少女と女……今現在その境界線上にある彼女は夢を見ていた。
最初にその"夢"を見たのは迷宮から命からがら帰還し、疲れ果てた体で寝台へ倒れて泥のように眠った日の事だった。それからというもの、頻繁にその"夢"に苛まれている。
――ロウソクの灯りが照らす大きな寝台で、声を上げて獣のように交わる男と女の夢を
――その数日後には埃の舞う小さな部屋で抱きしめあい、立ったままで激しく交わる男と女の夢を
――ある時は薄暗い部屋で、男に組み敷かれた女が壊れたような嬌声を上げる夢を
――また次の時には……
幾度となく見ているその"夢"の内容は見る度に異なり、同じなのは男と女がいる事……そしてその間にある行為だった。
鮮明な映像ではない。いや、映像として見ているものですらないのかも知れない。そもそも自分はそのような場面を見た事がない。だからそんな自分がこのような"夢"を見るなどありえない。
……ない、筈だ。
たとえ今は信仰の力を失ってしまったとしても、自分は純潔を司る月神殿の神官だったのだから。
だから……だから、きっと夢にすぎないのだ。
迷宮で苦楽を共にした頼りになる戦士達。彼らが、獣のような息遣いで淫らな笑みを浮かべた妖艶な女へとのしかかっている光景も。その知識により皆を導いてくれたローブの魔法使いが、恐ろしい影に背後から組み付かれて首を噛まれている光景も。
夢なのだ……仲間達に危険が迫っている場面で自分が助けない筈が無い。そう、"あの時"に、自分が"自由でさえあったならば"助けない筈がないではないか。
「っ!」
チリチリと……夢の中であるのに頭のどこかが痛んだ。
現実に仲間達は迷宮で散ってしまった。では、はたしてその最後はどんなだっただろうか? 神官長様から贈られて、大事にしていた銀で編まれた鎧はどこで無くしてしまったのだろうか? どうして自分は信仰の力を失ってしまったのだったか? 迷宮から脱出した時はどんな状況だっただろうか?
ぐるぐると様々な疑問が襲い掛かってくる。
そして、その先あるのはいつも同じ感覚――その中で、肉体が溶けていってしまいそうな熱い律動。ゆさゆさと揺れて、高まり、染まり、悦び、いつでも側にあり自分を許容してくれるナニカ。
どうしてか、それに安心した時に思う……思ってしまう。
でも、そんな事を思うなんて実際にはありえない。あくまでもこれが夢の中であるからに決まっている。あの男と女の行為を見て、「自分もまたあんな風に■■てもらいたい」と思う事なんて――
――ふふふ、本当に?
「ッ!!」
勢いよく寝台から身を起こすと、そこは自分の部屋の中だった。肉体が熱く汗ばみ、はぁはぁと呼吸が乱れているのを自覚する。
「夢、か」
寝衣の胸元を握り締めながら、荒い呼吸を静めて心を落ち着かせようとしていく。しかし熱の篭った自分の肉体はいつまでたっても冷める事はなかった。
どうして……
疑問を抱いて自分の肉体へと目を向ける。汗に濡れ、素肌に張り付く布の上からふくらみの先端が固くなっているのが判った。寝衣を握り締めていた筈の自分の右手は、いつの間にかそうするのが当たり前であるかのように、その突起を転がすように動いていた。そこから伝わる刺激が、夢の中で得られた安心感と似ているように感じられて。
じくり、と肉体の深い部分が疼く。
いけない、私はまた――
……◇……◆……◇……
「くゥ…………んっ」
夜明け前の静かな部屋の中へと熱い吐息が広がっていく。両足の付け根へとあてがわれた自分の手がまるで別の意思を持っているかのように蠢くと、じんじんと肉体の内側からは甘美な刺激が込み上げてきた。
「……はぁ……はぁ、ん……」
淫らに蠢く指先にはヌルリとした感触があり、その部分からは小さく湿った音が聞こえた。痺れるような刺激にくらくらしながらも駄目だ、と考える。
駄目だ、こんな物では足りない、もっと、もっと……
「んふ…………はぁ…はぁ、ぁあ……」
別の手で張りのあるふくらみを揉みしだき、"あの時"されたようにその先端をくりくりとすりあげる。そこから送られる刺激をより求めるように自然と胸が突き出され、その背中が仰け反っていく。
――良いコだ……ふふ、さぁ……もっと先へ。
熱に浮かされた意識へと、夢の中の声が聞こえたような気がした。
そうだ……"あの時"はこんなものではなかった。肉の衝動に促されるまま、潤いをかき混ぜていた指をさらに奥へと入りこませる。
「あっ、くぅ…………んん」
ズルリ、と直接肉体の中を触れた刺激に思考が焦げ付いていく。あぁ……たまらない、もっと欲しい。
その感覚を味わいたくて、夢の中のように安心したくて。差し込んだ指を自分の中で前後に動かし、迎え入れている腰をゆさゆさと揺さぶる。
「っ………ッ…っ! ぁく……う、ふぁっ!」
その高みを一心に目指す肉体が、自分の意志とは別にぴくぴくと震え始める。快楽にふらふらと揺れる膝は何かを迎え入れるようにだんだんと開かれていき、足のつま先はぎゅうと反り返っている。にちゃにちゃと指の動きにつれて淫らな体液を流すソコから、夢と同じような熱さが全身へと伝染していく。
「あっ…く、んッ! ぁあ、あぁ…アっ! あぁっ!」
大きな声を上げ、口の端から涎をたらしてしまいながら行為へと没頭する。既にもう、それをはしたないと思う意識はどこにもなかった……そして――
「……んんっ、あぁ…ハぁあ、ぁア、あンんんんっ…………!」
今夜もまた、彼女の部屋の中にあられもない声が響き渡る。
……◇……◆……◇……
「…………はぁ」
汗とそれ以外の体液で濡れている寝衣に煩わしさ感じて、寝台から降りた彼女は、寝衣を脱ぎ捨てると一糸纏わぬ姿をひんやりとした空気の中へ晒した。瑞々しい若さを匂わせるその肢体を、閉じられた窓の隙間から差し込む朝の光がぼんやりと照らし出す。
「今日も布団を干さないと」
汚れてしまった寝具を見て軽く溜息を吐いて、手早く清潔な衣類を戸棚から取り出した彼女。その剥きだしになっている形の良い胸元、白い肌にポツンと赤黒い口付けの痕が残されていた。穢れを知らぬ神官である自分に有る筈のない異質なソレを視界に入れて……しかし彼女はその存在を意識する事が出来ぬままに着替えを終えた。そうして、差し込む光に目を細めながら部屋の窓を開け放った。
あの日、信仰の力を失ってしまった自分を変らずに迎え入れてくれた神官長様にはどれだけ感謝しても足りない。
彼女のお陰で神殿の敷地の端、通りに面した倉庫を改装した小さな店舗を住まいとして与えられて、そこで森で集めた薬草や神殿の見習いの子達が力を込めた聖水の販売などを行い、こうして日々の糧を得られているのだ。
「んぅ……っは、はぁ…………」
胸先にこそばゆさを感じながら背中を反らして大きく深呼吸をすると、少し疲労が身体に残っているような気がした。神官長様からも「無理はしないようにね」とのお言葉を頂戴している。薬草の在庫はまだあった筈……今日は森へ行かずに店でのんびりと過ごすのも良いかも知れない。
――をするのは心地良い、愉しい事だ。洗濯が多少面倒でも、どうにも止められない。それに……悪い事なんかではない。"あの時"にも優しく抱きしめられてそう言われたではないか。大丈夫だと、それをする自分が良い子だと……
"あの時"とはいつの事だったのか。熱い律動の中で大丈夫だと耳元に囁いたのは誰だったのか。どうしてそれがわからない事を疑問にすら思えないのか。彼女はそんな日常の中に紛れるように存在する違和感に気付かないまま、また新たな一日を過ごしていく。