「やっと出てきたね、ほら元気だしな! 顔色は悪くないんだから」
ここ十数日の間、わざわざ部屋の前まで食事を届けてくれていたリンダさんが微笑みながら声をかけてくれる。そのいつも通りの大きな声が嬉しくて、久しぶりに笑った気がした。
「色々と心配かけました。でも、もう大丈夫」
私の応えに朗らかな笑みを浮かべるリンダさん。彼女は……仲間達が全滅してしまった事までしか知らない。
その後で、あの男に私がされた行為。閉じ篭っていた部屋の中で声を押し殺して何をしていたのか。
月のモノが訪れて、"心"の底から安堵した事。
私の卑しく、淫らな部分を……
「そうかい? 無理するんじゃないよ!」
知らない……そう、私が口にしなければ誰も知る事は無いのだ。だから……以前と変わらず心配してくれる様子に再び安堵の笑みが浮かぶ。
「ええ、本当に大丈夫よ」
大丈夫。秘密は守られている……だいじょうぶ、ダイジョウブ――――
……◇……◆……◇……
最低だ……
穏やかな日差しの下、先に見える町へ向かってゆっくりと疲れきった足を進める。昨日まで一緒に居た皆はもういない。居なくなってしまった。
唯ひとり、生き残った私も――
「……っ!」
足を踏み出した拍子にジクリと、下腹部が疼く。その出来事を思い出させるように。
ホント、最低……
「よう! お疲れ…………お前さん、いつもの仲間は?」
町の入り口に詰めていた顔見知りの兵士の声に無言で首を振って、そのまま通り過ぎる。そういえば皆で階層奥地の調査に出発した朝も、ここに詰めていたのは彼だった。遠く感じる数日前の記憶を思い起こす。
年配の兵士は私の様子から事情を察したのだろう。「そうか」と呟くだけでそれ以上追求してはこなかった。出かけた者が帰ってこない。そんな事は世の中にありふれている……特に、この町では。
最低だ……
死んでしまった仲間の事よりも、自分が■された事に気付かれなかったか、そんな事ばかりが気にかかる。湿り気の残る下着から、いやらしい液体が垂れてしまっていないだろうか。首元へ巻いた布から、強く吸い付かれた痕が見えてはいないだろうか。
下腹部が、じんじんと熱い。
「戻りました。鍵をお願いします」
道行く人達の視線を避けるようにしながら、やっと下宿に辿り着いた。そそくさと管理人室のリンダさんに声をかける。
「お帰りナターシャ! 他の連中の鍵も持っていくかい?」
「……いえ、私の部屋だけで」
あぁそうか……いつもは手の空いた者が皆の分の鍵をまとめて受け取って部屋へ戻っていたな。今まで送っていた日常の、そんな事も忘れていた。私の普段と異なる返事を聞いたリンダさんの表情が訝しげに曇る。
「なんだい。あんた達ケンカでもしたの?」
「っ、死んだの……みんな」
鍵を受け取りながら何とかそれだけを口にして、逃げるように部屋へ向かった。
中庭で水を汲み、自分の部屋へ入って、扉を閉めて……すぐさま鍵を掛けて。そこでやっと一息吐くことが出来た。大丈夫だ。誰にも気付かれていない、知られていない。
――私が■されて、それを■■■でいた事なんて。
……◇……◆……◇……
部屋の中で独り絶望していた。
「くっ…………うぅ……」
桶の水を絞った布で自分の身体を拭いている時に、肉体の内側から零れてきた男の欲望。
……何回、中に出されただろうか。
こんな有り様では赤子を孕んでしまうかも知れない。……嫌だ。もしそうなったら、私が■されたと、他人に知られてしまうではないか。
「……はぁ、はぁ…………んっ……」
自ら慰めるのに似た行為。男に注がれたソレをかき出そうとする指の動きによって、肉体の内側の疼きが強くなる。
とろり、とろり、と胎の奥から卑しい液体が流れ出していく。
「あぁ、違う……違うの、私は……」
部屋の中で独り、彼女は誰にともなく否定の言葉を発しながら肩を抱いて身体を震わせる。
気がつくと夜になっていた。
月の無い夜。
月が出ていなくとも星は常に輝いている。完全に暗闇になる事はありえない。しかし、彼女には部屋の隅の暗がりから真っ黒なナニカが広がり、目に映る全てが暗闇に染まっていくように感じられた。
――ふっ、あっ……ぁ、くっ…う、ンっ! んん……
暗闇の中、独り寝台の上で蹲っていれば、どこからか声が聞こえてくる。生娘が耳にすれば真っ赤になってしまうであろう声……欲情した女の声。
――あっ…………あぁ、ん、んくっ……うぁ、ああ……
その声はだんだんと近くで聞こえる様になっていった。くぐもってはいるが、確かに悦びを感じている女の上擦った声。
――ん…んぁっ、あふ、あぁあ……はっク…あっ!
どこか聞き覚えがある声。高くなっていくその声に疑問を抱き、何故か熱の篭る頭で考えて……そして思い出す。
――くぅ、んうぅうンんっ…………!
あぁ……これは、自分の声だと。そう、行為を行っているのは…………■されていたのは、自分だった。
それからも暗闇の記憶は途切れる事はない。
最初は離れている場所から聞こえていたのに、いつしか淫らな声を上げているのは現在の自分自身となって。下半身から途切れる事無くこみ上がってくる甘い刺激に意識が囚われていく。
「あっ……く、んん…………うぅ…んっ、あぁ……」
ここはどこ? 自分の部屋? 冷たい地下の通路?
記憶と現実の境界が曖昧になり、肉体の震えが、疼きが、止まらない。
声を、抑えなくては――
……◇……◆……◇……
「ぐぅ…………ぅ、ンっ……ッ!!」
ぎゅっと枕に顔を押し付けて、どうにか声を上げるのを堪えた。あんな声、人に聞かれる訳にはいかない。
「はぁ、はぁ…………はぁ――ぁっ、ふ…………ンん……」
……まだだ。
寝台の上にうつ伏せになり、膝を立ててお尻を突き出して……片手は足の間から離せないまま。残った手でシーツを握り締めて、行為を続ける。
(――いやらしい肉体だな……これじゃ、普段から――)
「あぁ、いや……ぃやぁ…………ぅあッ、く……」
記憶に残る男の言葉を否定したくても……じくじくとした疼きは消えてくれず。肉体は無意識の内に動いてしまっていた。指に感じるヌメリの中をかき混ぜて、そうして得られる刺激に意識が浸食されていく。
……あぁ、気持良い。
男女の行為を知らなかった訳ではない。まだほんの駆け出しだった頃、少しの興味から男に抱かれた事はあった。……しかし、こんな風に夢中になってしまう事は無かった。
「んっ……は、あぁ…あっ! あぁ…………違う……」
……そう、全然違うモノだ。こんなに良かった事なんて――
唐突に、鋭い光が顔に投げかけられた。
「ッ!?」
直前までの自分の思考にハっとして、足の間から手を遠ざける。窓の隙間からは太陽の光が差し込んでいた。
「そんな、これじゃ……私……ほんとうに」
男の言った事は正しかったのでないのか、私はいやらしい女だったのだろうか。
いや、違う……絶望に落ちてしまいそうになる心を必死に奮い立たせる。朝が訪れて、あの暗闇は去った。……大丈夫、大丈夫な筈だ。自分はおかしくない。
そうだ、今日は眠ってしまおう。あんな事があったから疲れているのだ。身体を休めればこんな事は、もう二度と……
……◇……◆……◇……
「はぁ……」
空気の澱んだ部屋の中。寝台の上に肉体を横たえたまま、息を整える少しの間だけ死んだ仲間達の事を想う。
戦士のように鍛え上げられた肉体が自慢だった神官。多少逃げ腰なのが玉に瑕だが、仕事はしっかりとこなしていた盗賊。無口な魔法使い。冒険を求めて兵士を辞めたと言っていた戦士。的確な指示で皆をまとめていたリーダー。
リーダーから寄せられていた想いにも気が付いていた。特に嫌いという訳でもなかった……自分が好意と呼べるものを抱いていたかは疑問だが。ただ何となくその事が気恥ずかしくて、こちらからはリーダーとだけ呼んでいた彼。
もしかしたら、近い内に彼からその想いを伝えられて……受け入れて。どちらかの故郷で家庭を持って暮らすのも悪くない。そう思う事もあった、それなのに。
今日も意識に浮かぶのは……皆が死んでしまった後の事、あの行為の記憶。
「……んっ」
身じろぎした拍子に、ぬめる下着の感触が感じられて背中がピクンと跳ねる。……あぁまた、声が聞こえてくる。
――んっ、あぁぅ! あふ……それ、ぃイっ、いいのっ!
愉しんでいた。
仲間が殺された……直ぐ近くで、直ぐ後で。しかし私は確かにあの時、悦びを感じていた。快楽を貪り、刺激に酔い痴れていた。
そう思い出しながら足の間へやった指に湿った感触が伝わってきた。日が沈む。……また夜が、暗闇の時間がやってくるのだ。
「……ぅ、はぁ…………あぁ……んぅ……」
指を前後に動かしながら思う。
大丈夫だろうか? いや、きっと大丈夫な筈だ。昨日も、その前も。声の事で尋ねてくる人はいなかった。誰にも知られていない。
だから、大丈夫。
……◇……◆……◇……
そうして部屋に閉じ篭ったまま十日ほどが過ぎ去った頃のこと。気だるい肉体には月のモノが訪れていた。
「ふ、ふふっ……」
クスクスと口から笑いが漏れる。よかった、これで本当に大丈夫。
私は顔も判らぬ男に孕まされてはいなかった。胎の底まで■された訳ではなかったのだ。自分が■されたという証拠はどこにも残っていない。気付かれない、知られない、秘密は守られている。……その事に、"心"から安堵する。
そうだ、もう閉じ篭る必要は無い。肉体に付けられた痕はもう消えているはず。部屋を出て、また何か仕事を受けよう。そうしていつもと変わらない日々を送るのだ。
身支度を整えた彼女は、"心"からの笑みを浮かべて部屋から出て行った。
――心の底に潜む"心"が、自分のものだと思ったままで。