「あ……んっ! ぁッ、あぁっ…………あっ」
澱んだ空気の篭る部屋の中に、荒い息遣いと少女の喘ぐ声が響く。
ここは学院に所属する魔法使いの中でも優秀な者にのみ与えられる個人用の研究室である。それは使用者の研究を秘匿し、同時に危険な研究から未熟な学生達を遠ざける為に学園の敷地の奥に存在していた。建物には優秀な魔法使いである研究者自身が厳重に結界を張っている事も多く、外敵への防備は完璧とも言われている。
……はぁ……はぁ…………あ、ぃっ……
しかしその防御の結界は、内部で非常事態の発生した状況においては裏返る。強固な守りは皮肉にも外部と室内とを遮断し、他者の助けが現れない密室を作り出す事になってしまっていた。
「ぁ、あっ! ゃあ…………イっ、ひぁっ……あぁあっ!」
閉ざされた部屋の中を、祭壇に置かれたロウソクの灯りがゆらゆらと照らし出す。
甘い匂いの残る燃え尽きた香炉。
赤黒い液体が入っていたと思しき割れた杯。
散らばった呪文の書かれた古い羊皮紙。
光を失い燻った煙を上げている魔法陣。
罅の入った魔除けのペンダント。
あたりに漂う濃厚な魔力の残滓。
床に投げ出された杖。
知識のある者が視れば、そこで大規模な魔法の行使があった事を理解できるだろう。
……そして、それが失敗に終わった事も。
「あ…………あぁッ! あぃ……イいっ……あっ、アっ!」
少女は魔法使い
否、手の届かない遠くに転がっている自分の杖が手元にさえあるのなら、今後もそうであると言える。しかし今この時、少女の手元に杖は無かった。
腹の上に肉体を重ねた男の腰が、仰向けに横たわる細い肢体へと近づく。その度に、少女は端正な顔を歪め切なげな声を放った。開かされた肉付きの薄い脚が、互いの動きにつれてゆらゆらと揺れて熱気を帯びた部屋の空気をかき混ぜる。少女は魔法使いとしての役割を一時的に失ってしまっていた。現在その肉体に残されているのは、一人の女……雌という役割だけ。
「あぁ、や……ぁ、あっ! あっ、あぁっ……ふぁあっ!」
……ちゅぷ……ぢゅぷっ……
薄暗い部屋の隅で汗に濡れた白い裸身を組み敷かれている少女。周囲にはその身に纏っていたマントや制服が打ち捨てられている。その光景は、ある一つの事実を端的に表しているかのようだった。
人は……理性という、本能を覆い隠す衣服を剥ぎとられてしまえば、ただの動物にすぎないのだ。
一人の少女が学院の廊下を歩いている。
青色の緩やかに波うった髪と華奢な身体、硬い表情。紋章の入ったマントをはためかせ、自身へ集まる人の目を振り切るようにカツカツと小気味良い音を立てて足を進めていく。
(――すばらしい! 流石はノースヘッジ君だ。高名な『ノーブルグレイ』の後継者と言われるのも納得だ! これからも――)
名前はアルマ・A・ノースヘッジ。学園に所属する者達からは天才と目されている。
(――どうしてあんなガキが……俺だって『ノーブルグレイ』ほどの才能があればあれくらい簡単に――)
彼女は、16歳の時に成人を迎えると同時に優れた魔法使いの証明となる"術士のマント"を着る事を許されていた。そして、それから一年ほどで高い魔力と知識に期待され研究室を与えられる……そんな程度には、アルマは魔法に関する才能に恵まれていた。
(――成り上がり者の娘が、一体いくら払ってあの評価を買ったのやら――)
これらの待遇はアルマが生まれ持った才能によるものが大きい。だが決してそれだけではなく、幼い頃からアルマ自身が積み重ねた並々ならぬ努力が実を結んだ結果でもあった。
しかし……
(――まだまだ、だな。 『ノーブルグレイ』であれば、もっと――)
彼女の努力は、アルマから見る限り周囲の人間に正しく認められているようには思えなかった。
ギリ……と、自室へ戻ったアルマの噛み締めた奥歯が音を立てる。
「誰も彼も『ノーブルグレイ』…………『ノーブルグレイ』! 一体私のどこが彼女に劣っているというの!」
アルマは苛立ちと共に、握り締めた手を机に叩き付けた。激しい衝撃にインクの壷が跳ねて転がり、床を濡らしていく。
「私は…………私だって……!」
広がる真っ黒な染みは、深く沈んでいくアルマの心を表しているかのようだった。
『ノーブルグレイ』――本名をクリステア・マークスという灰色の髪をした強力な魔法使い。古代の知識を読み解き、上位魔法を使いこなしたのは学生の頃だったという。研究者となってからは触媒となるスクロール等の品の事前準備なしに空間移動の魔法さえも発動可能にした若き魔女。
ほんの2、3年前まで学院に在籍していた彼女の記憶は未だに色濃く学院の他の研究者達の意識に刻まれている。アルマも同様に、年若く強い力を持ち研究者となった女の魔法使いだ。そして、ただそれだけの共通点から後継者などと呼ばれ、事あるごとに彼女と比べられ……下に見られていた。
実際に未だ思春期に含まれる年頃のアルマには、こと精神面において『ノーブルグレイ』に劣っている未熟な部分がある。アルマは昔から孤独だった。一代で財を成した家に生まれて貴族の教養を身につけさせられた幼い頃。何もかもを親に決められる人生に嫌気が差し、家庭教師の一人に魔法の才能があると言われてからは魔法に没頭した。一人の人間として精神を成長させるべき重要な期間をすべて魔法を学ぶ事に使ってしまっていた。その為、彼女の人柄を知る周囲の年上の研究者達からは「未だ『ノーブルグレイ』には届かない」と評されていたのである。
「いンっ! アっ……あっ、あぁっ!」
魔法によって硬く閉ざされた部屋の中。容姿に僅かな幼さを残した少女が、肉体に珠のような汗を浮かべて身をくねらせる。
異性の肌を知らずにいた少女の肢体をひんやりと冷たい男の手が我が物顔で這い進む。やがて辿りついた場所で、やや芯のある手のひらに少し足りない程度のふくらみを持った乳房をゆっくりと撫で回していく。あえて手のひらを密着させていない、柔らかな肌と充血した突起をくすぐるような愛撫。二人を繋いでいる部分がくくっと強く収縮し、膣の中に入り込んだ雄の性器を締めつけられる感触に男が笑みを浮かべる。
「……いいコだ」
ポツリと男から呟きがこぼれた。
年齢に対し いくらか発育が遅れているように見えていた少女。女性として完成する前の瑞々しさを匂わせる肉体を思うがままに抱いている。その事が男へと言葉にできない背徳の悦びと興奮とをもたらしていた。
男は乳房へやっていた手を止めて、自らの腰を引き、ぐいと押し出して……貪欲にそれを繰り返した。
「ふぁ、うぅ――――あゃっ、やめ!? やっ……あっ!」
うら若き少女の肉体は、濡れそぼった膣の内部を蹂躙する深く強いソレに過剰なほど反応してしまう。咄嗟に開いた小さな唇から漏れたのは静止の言葉ではなく甘い声。華奢な背中がくぅっと小ぶりな胸を突き出すように反り返った。
……ちゅぷ……ぢゅぷっ……
少女のひざの間へと入り込んだ男の腰が、粘着質な音と共に交わった部分へ何度も密着する。
「だめっ……それ駄…んぁっ! あッ……んっ、んンんっ! ぁ、あっ……あっ!」
ツンと上を向いた桜色の乳首を乗せた発展途上のふくらみがフルリと小さく弾む。ピンと宙を蹴るように伸びた少女の足先から汗が飛び、離れた床へ点々と跡を残す。揺れ動く腰の下では二人の行為によって分泌された液体がとろりとろりとその面積を広げていた。
……ちゅく……ちゅぷ、ぢゅぷ……
「っあ! あっ、あぁ……ひ、あッ! くぁっ……あぁっ!」
いかなる魔の技か、この日に至るまでは性の経験を持たなかった少女の肉体が破瓜の苦痛を感じる事は無い。その事がより、初心な少女をこうまで乱れさせる大きな要因となっていた。痛みを伴わない敏感な粘膜同士の濃密な接触。下腹部を突き上げられるごとに生じる快楽が、拒もうとする彼女に雌である事を強制する。
「最初はどうなる事かと思ったけど、ははっ……いやぁ呼ばれて来て良かった」
時間もたっぷりとあるしね……そう続けて、男はねろりと少女の吐息に濡れた半開きの唇を舐め上げた。それから彼女の細い腕を床に押し付け拘束し、ヌメりを帯びたその腰の深みを小刻みに責めたてる。
「あ、あッ! アっ、あっ……あぁッ! うぁっ、あ! あぁあっ!! ひァあっ!」
ちゅぷ、ぢゅぶ……と交わった部分からの淫猥な水音が大きくなるほどの激しい動き。射精へ至る為の前後運動が、未だ行為に慣れきっていない狭い膣の奥へと次々に刻まれていく。少女は堪えられずに嬌声を上げて肩にかかる青色の髪を振り乱す。しかしその肉体は淫靡な熱に火照った腰をくぃくぃとぎこちなく、それでいて力強く前後させている。中で動かれるごとにじくじくと全身に広がる甘い感覚が少女を淫らに蕩けさせていた。
薄ぼんやりと照らされた室内で踊るあられもない姿。それは、ともすればただ奔放に愛し合う恋人同士の様でもあった。しかし少女の頬に残る涙の跡が、引き裂かれた衣類が、合意の上で求めた行為ではない事を示している。だが一度男と女がこうにまでなってしまえば、もう遮るものは何も無い。
――そもそも、既にもう、現在のこれがこの場での男と少女との一度目という訳でもなかった。
この日、優秀な魔法使いの少女は悪魔の召喚という困難な儀式魔法を発動する事に成功した。しかしそれは最後まで計画した通りに終わる事はなかった。召喚された悪魔に拘束と契約の術式は容易く破られ、逆に身体の自由を奪われた。少女を魔法使い足らしめる装備品を剥ぎ取られ、強引にその身の純潔を散らされた。
最初の頃、少女は破瓜の瞬間にこぼれた涙の滲む瞳で、せめて心は屈服させられてなるものかと気丈に悪魔を睨みつけていた。しかしその表情は悪魔によって執拗に続けられる男女の行為で歪められ、次第に明らかな艶を滲ませるものに変えられていった。
腹の上にある悪魔の肉体を押しのけようとしていた少女のほっそりとした足は、いつしか自分から求めるかのように相手の腰へと絡められる。届かぬ杖へと懸命に伸ばしていた手と同じ日焼けしていない腕が、自らを犯す男へと縋りつく。拒絶の意思を込めて左右に振られていた頭は、今では肉体の奥から沸き起こる悦びに耐えかねて右左に振り乱されていた。
「あーっ! あぁアっ! も…ぁめッ! だめぇっ! イっちゃ…あンっ! いぅっ! ぃやぁッ! あぁあアあっ!!」
もう何度目になるのか。少女は
儀式魔法を発動してからは、一晩灯せる大きなロウソクが半分になる程度の時間が経過していた。それは少女の若い肉体と意識が休む事無く悪魔に犯され、淫魔の毒と与えられる快楽に侵され続けた時間を表している。
魔法の探求のみに青春を送った一途な少女の理性を狂わせ、肉欲の虜とするには十分すぎるほどの時間だった。
「なんですって?! 『ノーブルグレイ』が!?」
研究室を与えられてからの半年間、真っ黒に沈殿した想いを胸の内に抱えていたアルマに衝撃を与える出来事が起こる。探索者として防壁都市の迷宮で活動していた『ノーブルグレイ』が消息不明。そんな話が学院の上層部から伝えられたのだ。
「もう少しで、追いついてみせたのに……」
フラフラと帰ってきた自分の研究室の中で、やりきれない思いと共にアルマは呟いた。
危険な迷宮の中で消息不明になったという事は、まず確実に死んでいるという事である。アルマは、いつの日か『ノーブルグレイ』と直接対峙して自分が上だと証明するのだという目標を失ってしまった。
それから、二ヶ月ほどが経過した頃。ぼんやりと虚ろな日々を過ごすアルマの元にまた一つの噂が舞い込んできていた。
『ノーブルグレイ』が消息不明となった迷宮で、強力な悪魔の討伐に成功したという内容の噂。10人以上居た熟練の兵士達が全滅、同行していた徳の高い神官さえもが命を落とした。生還したのは止めを刺した貴族と案内人として雇われた探索者の二人だけだと聞いて、学院の研究者達は恐れ慄いた。
そして、その恐怖からまた一つの噂が生まれた。それは『ノーブルグレイ』もその悪魔に倒されたのではないか、という噂だった。
「強力な悪魔……『ノーブルグレイ』、貴女は悪魔に殺されてしまったの?」
最近になって飲むようになったワインのグラスを手に独りごちるアルマ。そんな彼女の脳裏に天啓のように一つの考えが閃く。
「悪魔に倒された、それなら……それなら! 悪魔を従える事ができれば、私が上だと証明できる!」
噂はあくまでも噂であり、証拠を持って確かであると証明されたものではなかった。しかし、アルマはそうであると信じた。「自分を認めさせるにはそれしかない」彼女はそう考えていた、そうとだけしか考えられなかった。
がむしゃらに、貪欲に……まるで狂ってしまったかのように、アルマは魔法の研究を続けていった。
アルマは少しでも役に立つ可能性のある魔法の知識を集められるだけ集めた。一般的な動物を元に使い魔を作る魔法、遠くの対象に語りかける魔法、相手の心を縛る呪い。魔を払う力のある神術、悪魔の魂を感知する神術。『ノーブルグレイ』の残した空間転移に関する資料さえも利用した。
そうして……触媒に用いたモノと同質の存在を召喚する魔法を、研究の開始から半年と経たない内に完成させていた。組み上げられた魔法は画期的なものであり、発表すれば彼女の高い能力の証明となるものであった。言うまでも無く、その内容は多大な危険を孕んだものでもあった。
しかし、アルマは魔法の完成に満足して立ち止まる事は無かった。
最後には嫌っていた実家の、商人としての伝を使ってまでして、討伐された悪魔の角の一部とされる粉末を手に入れたのである。無論、貴族にまでなった商人の娘であるアルマはこの類の品に偽物が多いと知っていた。しかし駄目で元々と取り寄せたその粉末は、魔法具の素材や下級の魔物の屍骸等よりも遥かに高い魔力に対する親和性を持っていた。
「ふふ……これさえあれば、『ノーブルグレイ』を倒すほどの力を持った悪魔を……」
本物であると判断するに足る、明確で強力な反応。実験器具の上、魔力を浴びて紫色に輝く粉末を目にしてアルマは歪んだ笑みを浮かべていた。
触媒を手に入れた日より数日後。身を清め、研究の疲れを癒し……体調を万全なものとして、決行の日は訪れた。
自身の18度目の誕生日……命の力が高まるとされるその日の、空に満月が輝く夜。誰にも邪魔されぬよう念入りに結界を張り巡らせた研究室の中で、独り呪文を唱えるアルマ。部屋の中央に用意された祭壇を、奇妙な紫色の光が妖しく照らし出している。長きに渡って続けられた詠唱によって、魔法陣の力はこれ以上ない程に高められていた。
(これでようやく『ノーブルグレイ』を越えられる)
アルマは念願の叶う喜びに心を震わせながら、術式の終わりに向けて言葉を紡いでいく。
「『……し者たる、我、アルマ・A・ノースヘッジの喚び声に応え、現れよ!』」
アルマが締めとなる言葉に魔力をのせて発したその瞬間、物理的な圧力を錯覚させる程に強い紫色の輝きが部屋の中を満たした。そして次の瞬間、白い煙を伴った小さな爆発が起こり、輝きが弱いものに変化する。
まぶしさに一瞬目蓋を閉じていたアルマが紺色の瞳を開く。白い煙が充満した部屋の中、魔法陣の中心に、翼のある人影が現れている様子が確認できた。
(召喚に成功した!)
肌にチリチリと感じられる強い魔の気配。アルマは成功の喜びで緩みそうになる意識を引き締めた。最後の仕上げを行うべく、魔法陣に組み込んだ支配の術式へ慎重に魔力を流しはじめる。魔法陣から悪魔の魂を縛る為の糸状の白い光が立ち上り、うっすらと見える人影に向かって絡みつく様に集束していく。
「――問答無用、というのは気に入らないな」
床に描かれた円の中に立つ悪魔がそう口にした途端、突如として魔法陣から真っ黒な煙が噴き上がった。明らかな異常。注がれた魔力に輝き悪魔を縛ろうとしていた光は、次第に薄くなり、最後には消えてしまった。
「キミみたいな悪いコには、おしおきをしないと……ね」
酷く耳ざわりの良い優しげな口調でアルマへと声をかけて……そうして、ただ一歩、悪魔はその足を踏み出した。
「え……? ――――っ!?」
内向きの魔法陣……悪魔を閉じ込める為の円にかかった悪魔の足、その出来事が意味する危険性を優秀なアルマはすぐさま把握した。
悪魔は陣の内に封じられてなどいない。
アルマはその想定外の出来事に動揺しながらも杖を構えると、研究の過程で独自に組み上げた魔を祓う術式を即座に解き放つ。
「……じゃ『邪悪なる者よ、退け!』」
悪魔の魂を灼く、本来の行使者である神官ならば無詠唱で発動可能な強力な神術。それを魔法の術式で組み上げ言霊で補強した……本家の神術ほどでは無いにせよ、悪魔に対して強い効果を期待できる渾身の一撃。
「へぇ、ぴかぴか光って綺麗じゃないか」
しかしその魔法は悪魔に対して何の効果も及ぼさなかった。口に出した言葉通り、本当にただそれだけを思っている様子で佇む悪魔の姿を見て、アルマの心に更なる動揺が走る。
(どうして!? 実験では、魔を払う効果が正しく発揮されていた筈なのに!)
この時、アルマが他の攻撃魔法……使い慣れた炎や雷の魔法を使用したならば、未来は別のものとなっていたかも知れなかった。しかし燃えやすい多数の書物やスクロールを保管した本棚がある事、また悪魔が相手である事。いくつかの理由から物理的な影響の出ないこの魔法を選び……そして最悪の事態を招いてしまっていた。
「『邪悪なる者よ、退け!』」
何度も同じ魔法を唱えるアルマ。
自分は間違っていない、術式は完璧で、実験で結果も確認した、ならば効果がなければおかしい。自らを……自分だけを信じるあまり、一度出した結論に固執してしまっている彼女は、悪魔が近づいている事に気づかなかった。
「『邪悪なるもッ!?」
唐突に魔力を流す対象である杖の感覚を見失い、アルマは周囲へと意識を向けた。カランと、なにか軽いものが落ちる音が聞こえる。
「あ……あぁ……」
目の前に立つ男の悪魔、その背後に転がっている見覚えのある杖。彼女を魔法使いたらしめているそれが、奪われてしまっていた。
アルマの脳裏に警鐘が鳴り響く。
(どうにか……どうにかしないと!)
「か、還りなさい!」
その悪魔には魔除けの印を記した巻物も、研究素材として確保していた聖水も効果が無かった。アルマは次第に部屋の隅へと追い詰められていく。
「いやはや、そちらが呼んだのに随分と勝手な言い草だね」
悪魔はお返しとばかりに氷の刃を発生させ、短剣のようなそれを下段から無造作に切り上げる。
「っ!」
(無詠唱で、発動体も無しに……?!)
恐るべき速度で造り出された氷の魔法に驚きつつも、後ろへと下がる事でどうにか回避に成功するアルマ。だが荒事に慣れない肉体では完全に逃れる事ができず、制服の胸元が切り裂かれ、帽子を跳ね飛ばされてしまう。
じっとりと冷たい汗の浮かんだ額には乱れた髪が張り付いていた。
(このままじゃ……どうしたら……)
壁を背にしたアルマは、現状の打開策を探して近寄る悪魔に目を向けてじっと観察する。簡素な靴を履き、何処にでもありそうなローブに身を包んだ、背中の翼と頭の角が無ければ普通の人間にも見える立ち姿。僅かにでも情報を得ようとその表情へと目を向けたその瞬間――
「ぁ………………ッ!?」
悪魔と視線を合わせたアルマの意識がぐらりと揺らいだ。
(精神干渉!?)
ピシリ……と、彼女の首元から何かが割れる音が響く。
戸惑う事無く唇を噛み、痛みと血の味で意識を整える。しかしアルマに出来た抵抗らしきものは、それで最後だった。
「くっ!」
注意の外れた一瞬の間に目の前まで来ていた悪魔の片手で顎を掴まれ、下から持ち上げるようにして壁へと押さえつけられたアルマ。
「かわいそうに、そんな事をしたら痛いだろう?」
満足に口を開く事もできないアルマへと顔を寄せた悪魔は、彼女の小さな唇に舌を這わせ始めた。唇という神経の集中した部分に触れるヌラりとした慣れない感触に、アルマの肉体が強張る。
(なにを、しているの? …………っ!)
「んむっ!?」
投げかけられた言葉と奇妙な行動に抱いた疑問は、その答え……直前に噛み切った唇の痛みが消えた事に気づく前に、肉体へと伝わる刺激に思考を乱され消えていった。
制服の上から下腹部に触れられて、そこからじわじわと上へ。悪魔のもう一方の手が、拘束され逃げられない肉体を前にして動き始めている。
(いや……まさか、そんな……)
切り裂かれた部分から服の内側に入り込んだ悪魔の手が、アルマのふくらみへとたどり着く。
彼女の脳裏に過ぎるのは、研究の過程で知る事となった悪魔に関する知識。迷宮の奥深くには女の淫魔が潜んでおり、その妖しくも美しい容姿に惑わされた男の精を啜るのだという。
……では、もし淫魔が、男であったのならば?
どうなるのかという疑問の答えは、今度は直に見つかった。顔を押し上げるように固定され、苦しさから爪先立ちとなった彼女の細い足を下から上へと這い進む蛇の様なソレ。悪魔のいやらしく蠢く尻尾が……スカートの中、足の付け根を目指していた。
「ひぅ……」
アルマは喉から引きつったような声を漏らした。服の中、ふくらみに直接当てられた手がぞわりと動き、また足の間では管状の感触に下着の布地をスルリと擦られる。蓄積した知識から得られた推測と、そして現実から導き出された未来に、絶望が広がる。
アルマ・A・ノースヘッジは確かに天才だった。しかし、人の魂を持った悪魔などという異質な存在を予測し、事前に対策を練る事など出来る筈も無かった。
それから、いくばくかの時が過ぎた現在――
床へと押さえつけられていた両手の拘束が外される。
「んぁ……」
ふと、夢の中にいたような曖昧なアルマの意識へと、わずかに光が戻った。
(私、どうして…………っ!)
マントの上、一糸纏わぬ姿で横たわっていたアルマの素肌に湿った何かが触れる。感じられる誰かの吐息……日常ではありえないその近さに、彼女のきめ細やかな素肌が粟立つ。
「あっ…………や、放してっ、離れなさいっ」
悪魔に組み敷かれていた。
肉体の上にある存在へと瞳の焦点を合わせたアルマは、拒絶の言葉を口にして悪魔を押し退けようとした。しかし、腕の芯に残る奇妙な痺れで満足に動かすこともできない。
「おや、まだ足りなかったかな」
ぽた……ぽたん、悪魔の指先から滴る液体がアルマの肌に落ちる。
(足りない? 何が? さっきまで、私は…………)
ぞわり。
下腹部に残るソレの感触がアルマに直前の記憶を思い出させた……悪魔に胎の奥まで犯され、あられもなく乱れる彼女自身の姿を。
「ゃ、嫌っ! あ、あんな……これ以上は」
これ以上は駄目、戻れなくなってしまう。理屈ではなくそう感じたアルマは静止の声を上げる。しかし、当然の事ながらそれを受け入れられることは無かった。
「休憩は、もうおしまいさ」
「ひゃ……ぅ、んぅっ」
悪魔の手は貪欲にアルマの慎ましやかな乳房へと向かい、行為の余韻によってツンと充血したままの乳首を転がすように弄んだ。ふくらみの先から生まれた痺れるような快感が肉体へと広がり、堪え切れず小さな嬌声を漏らすアルマ。
「あ、ふぁ……はぁ、はぁ……あぁっ、やぁ…………あっ!」
女性として成熟しきっていない乳房に悪魔の唇が吸い付き、アルマからさらなる反応を引き出そうとする。敏感なそこをねっとりと舌で舐め上げられ、力なく投げ出されていた彼女の脚が意思とは無関係にヒクンと跳ね上がった。既にもう何度か繰り返された男女の行為と、胎内に放たれた淫魔の精。少女だった肉体は、次第にまた女としての姿を露にし始めていた。
肢体に汗が滲み吐息が熱を帯びたアルマを、悪魔は抱き起こして膝の上に座らせた。
「あ……ぁ、わたし……もぅ、もう……」
正面から悪魔と向き合い、ふわついた思考の中でアルマは何かを言わねばならない衝動に駆られて口を開く。
もう……どうしたかっただろうか。止めて欲しかったのだっただろうか、それとも……
「ふふ、そんなに欲しいのかい?」
とろんとした瞳でいるアルマの耳元で悪魔が何ごとかを囁く。しかしドクン、ドクンと心臓の音が煩くて、彼女には言葉の内容が聞き取れなかった。
ただ、尻を鷲掴みにされて密着した肉体が少しだけ持ち上げられるのが解った。
そして――
「ぁ……ッっ!! んンんんっ!」
再び、密室に囚われた娘は灼熱に貫かれた。形の良い眉を歪めたアルマの肉体は、若さゆえか乱暴なそれにすらたちどころに反応を示して新たな体液で内部をぬめらせ、本人の意志とは関係なく行為の準備を整えた。
「ぅあっ、あ……だめ、わたし……んっ、は……あぁ…………アっ! あっ、あッ」
反射的に静止の言葉を口にしかけた彼女を、悪魔は容赦なく繰り返し突き上げる。アルマの背中がくぅっと仰け反っていく。
(こんなの、無理、今までだって、限界だったのに)
ぞくぞくとした感覚が、にちゃねちゃと淫靡な水音を立てる膣から背中を這い上がり、脳へと直接響き渡る。子を生す為に女に備わっている原初の欲望が、行為に慣れきっていないアルマの意識を猛烈な勢いで侵食していく。しっかりと腰を抱えられて逃げ場は無く。押し寄せる濁流のような快楽に翻弄され、どこかへ行ってしまいそうな自分を保とうと縋りつくものは目の前の男しかなかった。
……ちゅぷ……ぢゅぷっ……
「んっ……あっ! やっ、ぁわ……わたし、だめっ……ふぁ、あっ! へん、変になるっ!」
断続的に与えられる快感から途切れ途切れに話すアルマの声を耳にしながらも、悪魔の動きは止まる事はない。そして……それを訴えるアルマ自身も、気づけばもう止まれなくなっていた。
「変じゃないさ、自然なことだよ」
すぐ近くにある悪魔の肩へと腕を回して抱きついて、自分から腰を揺さぶりはじめたアルマ。耳をくすぐる男の声が、心地よかった。背を撫でる手から伝わる体温が、心地良かった。
「でも、こんなッ……あ、あぁ……こんなの、知らな…アっ! あぁ……ああぁっ」
擦り寄った固い胸板で転がる乳首が、気持ち良かった。自らの深みを貫くモノが、きもちよかった。そうして、アルマは逃げようとしていた理由が、次第にわからなくなっていった。
「ふぁ……あ、ンっ! ……んはっ、あぁ…あっ……んんっ、あッ!」
……ちゅく……ぢゅっ、ちゅぷっ、ぢゅぷ、ぢゅぷっ……
何か重要な事があった筈なのに、すぐ近くで聞こえる誰かの高い声がアルマの考える邪魔をする。奇妙な甘い痺れが ずくん、ずくんと下半身からひっきりなしにこみ上がってきて、どんなに頭を振っても離れない。
(もう……もう、いいかな。 だって、こんな、っ! ……こんなに、きもちイいッ)
くちゅぷちゅと近くから聞こえる粘着質な音の中で思考が掻き混ぜられて……熱く、蕩けていく。
「あァっ、ぁあアぁッ!」
顔をしかめるほどの、濃密な性の臭い。他の誰も現れない孤立した部屋の中でまた、一際高くアルマの嬌声が響き渡る。
腹の奥で熱を帯びたナニカが迸り、灼けつく様な悦びがアルマを満たしていた。
胡坐をかいた悪魔の腰に正面から跨り、がっしりと抱きかかえられて密着した腰をブルブルと震えさせるアルマ。大きく反り返った線の細い肉体が部屋の壁に妖しく影を揺らめかせた。もう何度目になるのか、汗だくの裸体を悪魔に預けているアルマの瞳に消えかけたロウソクの炎が映る。新たに胎の中へ受けた精によって、これまでに注がれたものが溢れて、二人の結合部を白く淫らに彩っていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……ぁン、んっ……はぁ、ぃい……あるまっ、コレ、好きぃ」
絶頂の波が過ぎ去った肉体を、下に……自らを貫く悪魔の怒張に押し付けるようにしながらアルマが呟いた。どこか幼子のような口調で語られた言葉を耳にした悪魔は、うっすらと笑みを浮かべながら応えるように腰を押し上げる。
「ふふ、アルマは凄いね……本当、キミは良いコだよ」
……ちゅく……ちゅぷ……じゅぶ……
(あ……わたし、褒められた……の?)
鈍った思考が、歪んだまま回り始める。悪魔の口から発せられた何気ない言葉は、今この時おぞましい毒となって快楽に揺れるアルマの心に染みこみ、侵していった。
「わたし、すごい……んぁっ、あッ! あぃ、いいっ……」
アルマはずっと賞賛されたかった、認められたかった。誰かとの比較ではない、今ここにある自分を褒めてもらいたかった。優秀であれと望まれて、友達を作って遊ぶ事もなく一人部屋の中で本を読んでいた子供の頃。自分ではない誰かと同じである事を期待されて、ひたすら研究に没頭した学生時代、その果てにある今の孤独。
そんな彼女に向けて……火照った肉体を両腕で抱き締めて、腹の中を、快楽の中心をぐんぐん突き上げながら……耳元で優しく囁かれた言葉。その甘い毒を受け入れてしまったアルマに、それが本来彼女が求めていたものとは全く違ったものであるという認識など、もう存在しない。
(うれしい、きもちいイ、もっとほしい……もっと、もっとアルマをみて、かんじて!)
肉体の奥で次々弾ける快感に曝された乱れる思考の中で、彼女はそう強く願った。アルマは明らかにおかしくなった自分の心に気が付けないまま、肉体を揺り動かす律動に飲み込まれていった。
光の消えた暗い部屋の中で人影が蠢く。
「あイっ! ぃ、あぁ…………アはッ…………っ! あ、ぁ……」
悪魔の下でアルマは掠れた声を上げていた。
文字通りの一晩中、休む事無くアルマは犯され……否、交わりを続けていた、求め合っていた。肉体が感じるままに、本能の命じるままに、悪魔に求められるままに、アルマはただひたすら腰を振っていた。上から、下から、前から、あるいは後ろから、力尽きた時には怪しげな薬を飲まされ、何度も、何度も、何度も。
飽きる事無くアルマを穢し続けていた悪魔は、窓の外では鳥のさえずりが聞こえ始める頃になって、ようやくその腰の動きを止めたのだった。
こうして、閉ざされた陵辱の夜は終わりを迎える。
しかし、もう元のアルマに戻る事など出来はしない。泥の様な眠りの中で乱れ疲れた肉体を休ませ、穢され尽くした肌を洗い清め、熱病のような火照りを冷まして……たとえ再びその瞳に理性の輝きを戻しても、既に彼女の奥底には女としての種火が灯されてしまっている。悪魔との行為の中で瑞々しい若い肉体に深く刻み付けられた女の悦び、一度咲き開いた花が蕾に戻る事はもうないのだ。
だから、また。
遠くない日、締め切った部屋の中で彼女は唱えるのだろう。
肉体の奥に残された炎に灼かれて……悪魔を呼ぶ、彼女だけの魔法を。