真里亜が盛大に駄々をこねた一件以降、知尋の生活はまた新たな変化を迎えた。
それもまた、主な原因は彼女なのだが――。
調教から和解に至った翌朝、真里亜は知尋の上ですぅすぅと寝息を立てていた。
……良かった、ちゃんといてくれた。
繋がったままだったペニスを引き抜き、それでも眠り続ける真里亜に毛布をかけた……と、ここまでは良かったものの、代わりにというかなんというか、知尋は珍しく盛大に寝不足だった。
あれだけ肉体と精神を酷使したうえ、単純に睡眠不足なのだからまあ、当然だ。
しかし、前もって欠席を伝えてある真里亜と違い学園を休むわけにもいかない。
本当に体調不良ならともかく、自業自得な理由で休むのは生徒会の面々に申し訳ないと思ってしまう。
「ごめん皆、時間ギリギリまで寝かせて」
「あ、うん」
シャワーや朝食等、最低限の事柄を済ませたらすぐに仮眠し、登校後も授業の合間の休み時間を使って極力睡眠時間を稼いだ。
『睡眠促進』の効果もあってか、午後の授業は割合、悪くない体調でこなすことができた。
放課後は舞阪やらに冷やかされつつ愛華と実行委員会に赴き、会が終わった後は一人で生徒会室へ行き報告をこなした後、
夕方になってマンションに帰ると、居間には真里亜と李狐、愛華に華が揃っていた。
真里亜も一日休んで体力が回復したようだったので、一同はいったん棚上げになっていた話し合いを再開。
結果、色々なことが決まった。
前提として、少女達は全員知尋との関係を続ける。
それを確認した上で忌憚ない意見を交わしあい、まず、真里亜が学園祭実行委員を務めることについては今更何の対処もしないことになった。
今なら交代は可能だろうが、代わってもらう適当な言い訳が浮かばない。身内で交代しようにも愛華は多忙だしクラスの違う華は論外、李狐は性格以前に容姿が実行委員に向いていない。
加えて言えば、実際、真里亜が実行委員を務めることで知尋の助けになる部分はある。
「私も、何も辞めろとまでは言わないよ」
という愛華の声もあって続投してもらうことに。
そうすれば、真里亜の「学園でも知尋の傍にいたい」という願いも叶う。
二人はあくまでただのクラスメートを装いつつ学園祭実行委員会という共通点を利用して――欠席を詫びに来た真里亜に委員会での出来事を話すところから、表向きの関係を深めていった。
「最近、深海さんて和泉君と仲いいよね」
「ええ。委員会で話すことが多くなってから仲良くなったの」
もっともな理由をさらりと出せば疑う者もいない。
こうなると問題は、愛華との関係をどう落ち着けるか。
知尋経由で仲良くなったとして交友関係に組み込むこともできるが――。
「私、好きな男の子と女の子が仲良くしてるのはさすがに気になるよ」
これも、やはり表向きの見え方の話だ。
――もともと、愛華と真里亜の仲は
李狐も含めて三人で食事をしたこともあるくらいだが、二人の関係はどちらかというと李狐繋がり。直接的な友好度はさほどでもないと周囲からは見られている。
そんな中、真里亜が急に知尋と仲良くし始めれば、愛華としては「少なくとも表向きは」ただでいい顔をすることができない。
「……ええと。女の子の交友関係って大変なんだね」
「そうだよ?」
愛華に李狐、華が「何を今更」という顔をするので、あまりそういうのが得意でない真里亜と一緒に戦々恐々とした。
……なお、ならば李狐が知尋と仲良くするのはいいのかといえば、これは李狐が愛華経由で知尋と仲良くなっているから問題ないらしい。
間に愛華というクッションが挟まるか、直接知尋に向かっているかの差だ。
では、今回の場合どうするかと言えば。
「真里亜ちゃん、喧嘩しよう」
論理的にトラブルが起こるべきなら起こせばいい、というストレートな回答。
真里亜が知尋と仲良くなり始めたのと時を同じくして、愛華と真里亜はお互いへの対応を少しずつ冷めたものに変えていった。
例えば相手が知尋と話す間へ割って入ったり、一対一では話さないようにしたりだ。
もちろんお芝居なのでマンションではごく普通に接しているのだが……見ている知尋としては色々心臓に悪かった。
二人の冷戦(演技)は最終的に怒鳴りあいにまで発展した――らしい。
ある日の放課後、まだ人が捌けていない時間帯に、愛華が真里亜を呼び出したのだ。周囲の生徒が見守る中、彼女達は誰も連れずに個室訓練場へ向かい、数十分ほどして帰ってきた。
戻ってきた時、二人の髪と制服は微妙に乱れていた。当然、それを目撃した生徒達により様々な噂と憶測も立った。
しかし実際に殴り合いや怒鳴りあいが行われたわけではない、はずだ。
「何をしてたの?」
後から二人に直接尋ねもしたが、揃って「秘密」だと話してくれなかった。
二人とも妙にすっきりした顔をしてはいたが。
完全な決着はその翌日。
「和泉君。気づいたらあなたのことが好きになっていたの。高槻さんと別れて、私と付き合ってくれないかしら」
クラスメート達――愛華や李狐も含めた全員の前で、真里亜は知尋に告白した。
それは「そういうことになる」と前もって聞いていた知尋でさえも胸を打たれるほど、堂々として真っすぐな告白だった。
お芝居だとわかっていても断るのが躊躇われるのを感じつつ、知尋は彼女に頭を下げた。
「ありがとう。……でも、ごめん。僕には愛華がいるから。愛華のことが好きだから、深海さんとは付き合えない」
瞬間、クラス中がどよめいた。
多くの生徒から注目されている――しかもその中に神代もいる。それを意識した途端、顔が熱くなるのを感じた。
真里亜は瞳に涙を浮かべるとにっこり微笑んだ。
「ありがとう。無理を言って本当にごめんなさい」
この告白劇は、愛華と真里亜が個室訓練場でやりあった結果、という体で行われたもの。
「私が言ったんだよ。どうしても知尋君が好きなら皆の前で告白すればいい、どうせ無駄だからって」
騒動の後、愛華は周囲に向けて広く宣言した。
――少女達は真正面から互いに感情をぶつけ合い、恋をかけて勝負をした、という筋書きらしい。
愛華が投げかけたチャンス。分の悪い、勝ち目のほぼない賭けに真里亜は臆せず挑み、そして玉砕した。
潔く戦った少女を愛華は認め、遺恨の無くなった二人は親友になった。
……と、いうことになった。
お蔭で真里亜も知尋の傍にいられるし、周囲の生徒達からも可能な限り現状への経緯が見えやすくなったと思われる。
代わりに知尋は「深海真里亜から告白され、それを振った男」として注目され、主に男子からある種の畏怖を向けられるようになってしまったが、それはまあ仕方がないことなのかもしれない。
それともう一つ。
学園でもマンションと同じメンバーでいられるようにはなったものの、代わりに周囲に女の子ばかりになってしまった。
まあ、クラスメート達にしてみればこれは知尋を中心としたハーレムではなく、むしろ愛華が女の子を侍らせた結果で。
加えて言えば、それこそ自業自得ではあるのだが。
「和泉君。俺は、やはり君が良く分からない」
後日、神代からはそんなことを言われてしまった。
口にした時の彼は剣呑な向きこそなかったものの、その瞳に強い呆れの感情を宿していた。
「ええと、それはどういう……?」
「さあ。自分の胸に聞いてみればいいんじゃないか?」
微妙にやさぐれた回答が返ってくる。
これは彼の邪魔をしたことになるのか舞阪に尋ねると、彼は困った顔をして首を傾げた。
「いや、まー。さすがにこれはお前が悪いとは言わないけどな。とりあえず爆発しろ」
また、この騒動に伴って、愛華は真里亜のことを呼び捨てにするようになった。
同時に真里亜と李狐も愛華を名前で呼ぶことを決めている。
「真里亜。……えへへ、なんだか照れ臭いけど」
「ふふ。じゃあ、私も愛華さんと呼ばせてもらうわね」
「あたしも。あらためてよろしくね、愛華」
立ち位置の違いはあれ、お互いを同じグループの一員だと認めた証――きっとそういうことなのだろうと知尋は思っている。
そして真里亜から知尋への呼び方も、マンション内限定で新しくなった。
「知尋様。何か夕食に食べたいものはございますか?」
「あの、真里亜。なんかその呼び方は妙に気恥ずかしいんだけど……」
『和泉君』と『ご主人様』……使い分けていた呼称を統一したらしい。ようやく、心の底から主人として認めてくれたということなのだろう。
それは、とても嬉しい。
「……お気に召しませんか?」
同時に、正直、名前に様付けされると単に『ご主人様』と呼ばれるより抵抗があるのだが、残念そうに上目遣いで頬を膨らまされると何も言えなくなる。
「いや、嬉しいよ」
「……良かった」
ほっと息を吐いて微笑む彼女。
以前から好意を表してくれてはいたが、あれ以来、一層態度が柔らかくなったと思う。
奴隷として引いていた一線を少々押し上げた、というところだろうか。
真里亜の処遇というか立ち位置は『奴隷』のまま変わっていない。
彼女を『恋人』に格上げすることは愛華が認めなかったし、本人も望まなかった。
「考えてみましたが、私がなりたいのはやはり奴隷なんです」
対等よりも主従を。
指輪よりも首輪を欲する。
それが自分なのだと彼女は誇らしげに告げた。
「その上で――多少、李狐を見習うことにしました」
胸の愛情を忘れ去ることなど無理なのだから、無理せず付き合っていく道を考える。
性欲と愛情と忠誠心を全て纏めて知尋に向ける、と。
どこか甘い声で囁かれた知尋は、嬉しさと強烈なプレッシャーから何と言っていいかわからなくなった。
「……本当に。誰かに刺されて死ねばいいのに」
華からはそんなことを呟かれた。
まあ、もし刺殺事件が発生するとしたら犯人は十中八九、彼女だろう。
言いつつも、楽しそうな真里亜を見る彼女の口元には笑みが浮かぶ。
なんだかんだ言ったり、知尋を邪険に扱いつつも、愛する相手が幸せでいること自体は素直に喜べるらしい。
「ところで、和泉君。この間の『貸し』はいつ返してくれるんですか?」
これでもう少し気を許してくれれば言うことはないのだが。
「ええと、うん。一応考えてあるよ。だから、準備にもう少しだけ待ってくれると嬉しいかな」
「はあ、そうですか。まあ、そういうことなら期待せずに待っておきますが」
胡乱気な表情でそう言うと再び真里亜に視線を向ける華。
なんだかんだ、ほんの少しくらいは彼女とも仲良くなれただろうか。
と。
ことん、と小さな音を立てて傍にアイスティーのグラスが置かれる。
本番までに練習しておかないと恥をかくからと言って、このところ給仕の仕方について練習している李狐が、側面から顔を覗き込んでくる。
「知尋。生徒会の方は順調?」
「ん……それなりに、かな」
学園祭実行委員会には欠かさず出席して議事録を取り、委員会のない日もできるだけ生徒会室に行って雑用をしたり、四葉達の仕事ぶりを観察するようにしている。
お蔭で、委員会でもただの使い走りではなく、決定事項に関する質問を回答したり、少しずつできる範囲が広がっている。
しかし生徒会の面々との関係は相変わらず。
生徒会長の四葉は何かと忙しそうであまり話す時間が取れないし、副会長であるルシルの直截な性格も変わらず。うっかりミスを指摘されるだけでも微妙に堪えるし、下手に手抜きをしようものなら静かな罵声が飛んでくる。
綾瀬と万里歌は暖かくフォローしてくれるが、彼女達もそれぞれの仕事には手を抜かない。気配り上手な綾瀬や、てきぱきと書類仕事をこなす万里歌を手伝っていると、速度と出来栄えの差が気になって「むしろ邪魔してるんじゃないか」という気になってくる。
……そして、あまり思考を外に飛ばしているとルシルに叱責されるループ。
「本格的に認められるにはまだ遠そうだけど」
「そっか。ま、頑張って。協力できることは協力するからさ」
「ありがとう、李狐」
とはいえ、彼女達にはもう既に十分な力を貰っていると言えた。
毎日の家事を担ってくれているだけでも相当楽だし、その上、性欲処理まで行ってくれている。料理や洗濯を纏めて行うことで食費や光熱費が抑えられ、その分を貯金や他のことに回せるなんて地味な効果もあったり。
その恩にも報いなければならない。
「とりあえず学園祭を無事に終わらせないと」
「学園祭か。……あは、楽しみだね、知尋」
「う」
暗に女装のことを仄めかされて微妙に暗い気分になった。
と、李狐の反対側から真里亜が手を伸ばしてきて知尋の手を握る。
「いいではありませんか。知尋様なら大丈夫ですよ、きっと」
「あ、二人ともずるい!」
奴隷二人の行為を見咎めた愛華が立ち上がり、椅子の後ろから知尋の首に抱き着いた。
揉みくちゃにされる知尋を見て華がジト目になる。
「……何やってるんでしょうね」
馬鹿馬鹿しい、といえば馬鹿馬鹿しい騒動だが、これも真里亜がいなくなっていれば叶わなかったこと。そう考えるとかけがえのない出来事になる。
彼女達と今、こうしてここにいられることに、知尋は心から感謝した。