※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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章間
番外編 恋は盲目 /高槻愛華


「今日は案外早く客が捌けたな」

 

 柴鳳学園に在籍する二人の校医の片割れ――小岩井則子が、白衣の裾を翻しながら窓際に立った。眼鏡に反射する陽光はだいぶ弱くなってきているものの、まだ橙色に染まってもいない。

 備品の整理中だった愛華はそんな彼女に笑顔で答えた。

 

「そうですね。でも、お客さんっていう言い方は良くないんじゃないですか?」

「客は客だろう。ここは医務室で私は医者だ。いくら客が入ろうと収入にはならないが」

 

 口元に笑みを滲ませながら則子がちらりと振り返った。

 まあ、実際、彼女の言う通りではある。則子は養護教諭――いわゆる「保健室の先生」ではなく、れっきとした医者だ。医務室の利用は無料であり、給料は学園から一律で支払われるので利用者、お客さんは少ないに越したことはない。

 怪我や病気に対処するのが仕事ということを考えれば、給料とか手抜きだとか以前に、校医が暇であるのはいいことでもある。

 

 からからと窓を開け、懐から煙草を取り出す則子。

 空気が休憩モードに入るのを感じた愛華は、雑談の続きとして彼女に尋ねる。

 

「先生は養護教諭の資格も持ってらっしゃるんですよね?」

「ん? ああ、まあな」

 

 この柴鳳学園は珍しく、校医と呼ばれる存在が二人も常駐している。代わりに専門の養護教諭はおらず、則子ともう一人の校医がその役割を兼任していた。

 普通の学校とは怪我の発生率と深刻度がだいぶ違うため、こういう体制の方が運用しやすいのだ。

 

「格好いいですよね」

「……高槻もそうするつもりか?」

「はい。できたらそれを目指したいです」

 

 将来、則子の後任になろうとか考えているわけではないが、医務室で日々手伝いをしていると取っておいて損はなさそうだと思う。

 則子は口から紫煙を吐き出しながら苦笑した。

 

「まあ、養成校の校医になるのはあまりお勧めしないな。何せ安月給で激務ときている。開業医とどちらがマシかは運次第な気もするが」

 

 と、彼女はそこで言葉を止めて愛華を見た。

 

「お勧めしないと言えば、高槻」

「はい?」

「お前、和泉のどこがいいんだ?」

 

 言われた愛華は瞬きをした。

 則子の顔を見返すと特にどうということはない感じ。嫌味や小言で言っている様子はない。むしろただ単に理由がわからないのだろう。それはそれで、少しばかり不服だと思ってしまうが。

 どういったものか、少し考えてから答える。

 

「全部です」

「バカップルか」

 

 思案した末の回答は何故かすぐさま非難にさらされた。

 ……本気だったのだけれど。

 

「あばたもえくぼ、ってのはわかるけどな。惚れた切っ掛けはあるだろう?」

「きっかけ」

 

 もちろん、ある。

 しかし二人の馴れ初めは特殊すぎる。尊敬する則子に引かれるのは避けたいので、愛華は別の方法で説明を試みる。

 状況ではなく、気持ち的な理由。

 

「知尋君は私を必要としてくれるから、でしょうか」

「……必要、か」

「はい」

 

 頷く。

 則子はんー、と、言葉を纏めるように唸るとしばらくして言った。

 

「避妊はしろよ」

「そういう意味じゃありません!」

 

 真っ赤になって反論した。

 いや、抱きたいと言われたのも事実だし、それも理由の一つだけれど。決して理由の全てではない。

 

「男なんて皆、結局は身体目当てだろう」

「そうかもしれませんけど。なんていうか、知尋君はそういうのだけじゃなくて、その。私がいないと駄目っていうか」

「ああ。駄目な男に引っ掛かるタイプだったか」

「……否定はしません」

「しろよ」

 

 短く突っ込んでくる則子はむしろ楽しそうに見えた。

 彼女は吸い終えた煙草を携帯灰皿にしまうと再び窓から空を仰いだ。

 

「神代だったか。あいつからも告白されてたんだろう?」

「どうしてそれを?」

「昼休みに来た女子から雑談がてら聞いたんだよ。あれだけの男を振るのは勿体ない話だと思うが」

「そう、ですね」

 

 神代悠希とは則子も複数回、顔を合わせている。彼は知尋のような回復能力を持っていないし、特訓の激しさも全然違う。

 怪我をして医務室を頼ってくることも多く、顔を覚えられているのだ。

 特に最近は風紀委員会に入り、より充実した訓練生活を送っているらしい。A組の湯瀬朱香や風紀委員の上級生と頻繁に手合わせをしているらしく、頻繁に医務室へやってくる。

 

 ――神代は和泉と違って分相応な怪我の仕方してるな。

 

 いつだか則子がそう言っていたのを覚えている。

 別に知尋だってしょっちゅう腕を折りかけているわけではないのだが、半年で二度も医務室に運ばれていればそういう評価になるのも仕方ないか。

 

「神代君は格好いいですよね」

「なら、今でもあいつにときめいたりしないのか?」

「いえ、全然」

 

 首を振ってにっこり笑うと、則子は虚を突かれたような顔をした。

 ふぅ、とため息。

 

「やれやれ。和泉は随分好かれているんだな」

「はい。だって、私は知尋君の彼女ですから」

 

 他の男には心を奪われない。

 医務室で神代と話す機会も結構あるが、それは全部友人としてだ。知尋と別れでもしない限り、彼を恋愛対象とはみなさない。

 

 いや、もし知尋と別れることになったら、きっとしばらく立ち直れない。もしかしたら一か月くらい毎日泣いて過ごすかもしれない。

 そもそも簡単に別れるつもりもない。

 原因が真里亜達の誰かにあるなら徹底的に喧嘩をするし、もしも知尋の好みに合わないところがあるなら頑張って直す。知尋が間違ったことをしているのが原因なら叩いてでも行いを正す。

 いざとなったら既成事実を作ってでも……。

 

「高槻? 怖い顔をしてるぞ?」

「あ、すみません。ちょっと知尋君のことを考えていて」

「……なんというか、恋は盲目というのは本当だな」

 

 男は信じない、と言って恋人を作らないでいる学園の女性校医は、弟子の笑顔を見て再び深いため息を吐いた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 則子と雑談を終えた愛華は、学園を出てマンションへ向かう。

 このルートにもすっかり慣れた。

 当初は二日に一度を心がけていたマンション通いだが、だんだん頻度が増している。医務室のお手伝いをしていると一人で全部家事をするのがちょっと大変なので、ついつい皆とご飯を食べてしまう。

 もちろん、知尋に会いたいのが一番の理由だけれど。

 

 ……というか、あのマンションが真里亜の物だと知った上で、愛華はあそこを「知尋の家」だと認識している。

 つまり今の愛華は彼氏の家に日参している状態で。

 そう考えると恥ずかしい反面、なんだか楽しかったりもする。

 

「ふふ」

 

 合い鍵でマンションの入り口を通り抜け、一階の一番奥にある部屋を開ける。

 

「こんにちは」

 

 勝手知ったる何とやら。

 特に応対も待たずに玄関で靴を脱ぎ、下駄箱にしまって廊下を歩いた。

 

「やほー、愛華」

「いらっしゃい、愛華さん」

 

 そもそも家主達も愛華をお客様扱いしていない。案外、来るのが当たり前、くらいの感覚でいるのではないだろうか。

 

「知尋君はまだ生徒会?」

 

 通学鞄を床に置き、しゅるりと制服のリボンを外しながら尋ねた。

 

「うん。いつも通り、ご飯前には帰ってくると思うけど」

「そっか」

 

 まあ、それは仕方ない。知尋の生徒会入りはきちんと相談して決めたことだし、彼が毎日頑張っていることはよく知っている。

 それに、お願いすればちゃんと二人の時間を作ってくれる。

 学園祭シーズンが終われば生徒会の仕事も減るだろうから、今ほど忙しくはなくなるだろう。そうしたらもっと甘えられる。

 

 二人でお出かけして買って貰ったブレスレットは絆の証だ。

 ――私服に着替える際、腕につけたそれが見えて笑みが深まった。

 

 着替えを終えたらしばらくゆっくりする。

 宿題を片づけつつ、合間に真里亜や李狐とちょっとした雑談。

 もう少し時間が経ったら夕食の支度やお風呂の準備が始まるので、それまでの猶予にコミュニケーションタイムだ。

 

「そういえば、真里亜ちゃん。考えてることがあるんだけど」

「なにかしら?」

「この前の鞭、今度貸してくれないかな?」

 

 ぶっ。

 ノートに目を落としたまま何気なく言うと、近くにいた李狐が吹き出した。

 ちょうどアイスティーのグラスを傾けたところだったため、液体が軽く周囲に飛び散った。

 

「李狐ちゃん、急にどうしたの?」

「いや、それはこっちの台詞だってば。ね、真里亜」

「え、ええ」

 

 見れば、黒髪の少女も驚いたように目を丸くしていた。

 

「貸すのは構わないけれど、どうして急に?」

「この間のでSに目覚めちゃったとか?」

 

 鞭、という単語から一同が思い出すのはこの間の調教劇だ。

 あの時、愛華は知尋から調教を引き継いで真里亜に鞭を振るった。何度も、何度も。確かにあれは今、思い返せばSMで言うSに該当する行為だが。

 

「違うよっ。ただ新鮮な感触だったっていうか、使えるかもって思っただけ」

「使うって……」

「知尋様とのプレイに、かしら?」

 

 二人が揃って眉を顰める。

 彼女達につられるように、愛華の脳裏にも「四つん這いで鞭を受ける全裸の知尋」の姿が浮かんだ。

 漆黒の瞳が真剣な色を作ってじっと見つめてくる。

 

「さすがにそれはお勧めしないわ。知尋様がMに目覚められたら困るもの」

「だから違うってば!」

 

 付き合い始めて数か月でそこまでアブノーマルに走らない。

 まあ、浣腸とかお尻でのプレイも十分すぎるほど特殊なのだが。自分がされる側なら彼を信じて身を委ねられる。

 ……でも、さすがに痛いのは嫌かな。愛の鞭だって考えるとちょっと羨ましいけど。そう、あの時の真里亜ちゃんみたいに鞭を受けて告白したら知尋くんももっと私のこと好きに、

 

「愛華? そろそろ帰ってきたらー?」

「……あ」

 

 気づいたら妄想にトリップしていたらしい。

 こほん。

 咳ばらいをして話を戻す。

 

「そういうプレイに使うんじゃなくて、試合で使えないかなって」

 

 実際に使ってみて、非力な女の武器として悪くないと思った。

 軽いのにリーチが長く軌道に変化をつけられる。刃物ではないため相手を傷つけすぎる危険も少ない。習熟には時間がかかるだろうが、片手で扱えるので体術と組み合わせることも可能ではなかろうか。

 もちろん、あの鞭を試合に持ち出すつもりはないが、練習にはなるだろう。

 

「なるほどね。まあ、悪くはないかもだけど」

「何か問題?」

「愛華が鞭使うとか、見た目が物凄いインパクトだろうなーって」

 

 ……そんなに変だろうか。

 他人からの見栄えはイマイチ想像できず首を傾げる。

 

「そりゃ変でしょ。知尋の悪い影響かってみんなに言われそう」

「うーん。あれ、振ってて結構気持ちよかったんだけどなあ」

 

 あまり外聞が良くないなら使わない方がいいだろうか。

 ちょっと残念だと思っていると、真里亜が小さく呟くのが聞こえた。

 

「……愛華さんにはやっぱりSの才能があるんじゃないかしら」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

「Sっ気、かあ」

「うん。知尋君はどう思う?」

 

 夜。寝室のベッドの上に下半身を投げ出しながら、二人で夕方の話をする。

 意見を求められた知尋は、少し困ったような笑みを浮かべて言う。

 

「鞭を振る愛華は確かに様になってたと思うよ」

 

 彼が言葉を選んでくれたのは簡単にわかった。

 様になっていた。それはつまりSMで鞭を振るう女性――一般に「女王様」などと呼ばれるらしい『それ』っぽく見えたのだろう。

 なんでも、そういう女性は同性・異性を罵倒したり、痛みや苦痛、羞恥を与えて支配することに喜びを覚えるのだとか。傷つけるよりも治す方が好きな愛華には少々理解しがたい性質だが。

 

「そういうの、知尋君は嫌じゃない?」

「嫌じゃないよ。愛華がしたいなら、だけど」

「そっか」

 

 積極的に好きなわけでもないと言われ、ふう、と息を吐く。

 ……あれ。今のため息って「どっち」だっただろう。

 ほっとした? それとも残念だと思ったのか?

 

 李狐と真里亜が変なことを言っていたせいで不安になる。

 浮かない顔を見た知尋が首を傾げる。

 それから彼は何を思ったか、予想外の提案を口にしてきた。

 

「じゃあ、試してみる?」

「試すって……?」

「Sっぽいこと。言葉責めとか、愛華はしたことないよね」

「う、ん。ないかな」

 

 少なくとも意識してしたことはない。

 なら、いい機会なのだろうか。

 

「言葉責め、言葉責め……」

 

 しかし、いきなり言われても思いつかない。

 知尋も愛華を抱く時は意地悪な言葉を殆ど使わず優しくしてくれるので、された方の経験すらあまりなかった。

 じゃあ李狐達を抱いている時はどうかというと。

 

「え、えいっ」

 

 愛華は思い切って知尋にキスをする。

 彼が目を見開き、ディープキスの準備を整えようとするのを無理矢理ストップ。恥ずかしいのを堪えながら自分から舌を入れ、彼の口内に唾液を垂らした。

 

「ど、どう? 私の唾、美味しい?」

 

 精一杯、思いついたSっぽい自分を演じてみた結果は。

 

「うん。美味しいよ、愛華」

「っ」

 

 殆ど素の様子のままにっこり笑った知尋に、むしろ赤面させられてしまった。

 がっくりと肩を落として息を吐く。

 

「やっぱり、私には向いてないと思う」

「……あはは。無理にする必要もないし、気にしない方がいいよ」

「うん、そうだね」

 

 優しく言ってくれる彼に頷きを返し、腕にぎゅっと抱き着いた。

 

「でも、愛華。どうして急にそんなこと?」

「えっと、それはその」

 

 医務室での則子との会話や、居間での李狐達との会話。

 それが変な具合に影響してプレッシャーを感じた結果、というのが一つの理由だが。

 

「……秘密」

 

 真里亜に李狐、華、おまけに鈴さん。

 たくさんの女の子達に囲まれ、彼女達を抱いている知尋。

 もっと、彼に相応しい女に――エッチな女の子になりたかったから。

 この前の調教みたいな時に手伝えるようになればいいなとか、真里亜達に負けないくらい知尋を気持ちしてあげたいと思ったから。

 けれど、恥ずかしいのでそれはは言いたくなかった。

 

 ……言うのは、少なくとももう少し色々頑張ってみてからにしよう。

 

 そんな風に、愛華は密かに心に決めた。

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