最近、西崎李狐には不満があった。
といっても、この前、深海真里亜が爆発させたような大きなものではない。ごくごくささやかな不満だ。
加えて、李狐はあまり一人で悩みを抱えるタイプでもない。
「話があるんだけどさ」
と、居間のテーブルに皆を集めてとっとと話を通してしまう。
皆とは、李狐の他に真里亜に愛華、華の三人。要するに、現状で和泉知尋と交際あるいは奴隷関係にある少女達全員である。
厳密に言えばセフレ宣言(?)をしている鈴とかいう女もいるのだが、彼女とは連絡がつかないし今回の件にはそれほど関係ないので除外。
なお、知尋は現在入浴中だ。
たまにお風呂で「ご奉仕」することもあるが、今日はそうではなかった。知尋抜きで全員が顔を突き合わせるには丁度いい機会だ。
ただし、猶予は短いので単刀直入に済ませなければならない。
「今度からさ。曜日を決めない?」
「……それは、知尋様に抱かれる曜日ということね?」
かなり言葉を省いた提案に真里亜がすぐさま応じた。
「どういうこと?」
逆に、愛華はまだ理解できない様子。同性から見ても可愛らしい仕草で首を傾げてみせる彼女に、李狐はもう少し順を追って説明する。
「ほら。あたしたちって皆、知尋としてるわけだけどさ……今は誰がいつ知尋とするかはバラバラでしょ?」
「うん、そうだね」
頷く愛華。
実際、現状では朝の奉仕や入浴時の奉仕、夜の奉仕まであらゆる場面において、知尋の相手をするのは都合のいい者、手の空いている者、知尋に指名された者となっている。
こういう流動的な形の方が臨機応変に対応できるし、知尋の気分に合わせやすいのは確かなのだが。
「そのせいで最近、知尋と二人っきりになれる時が少ないんだよね」
「……あー」
しみじみ呟いた李狐に、華が微妙な顔をして呻いた。
「そういえば、西崎さんもそっち側でしたっけ」
「そっち側って?」
「和泉君に抱かれたい側ってことです」
「……いや、そりゃそうでしょ」
思わず半眼で答えた。
李狐は知尋を愛しているし、彼に抱かれるのも好きだ。ついでに今更この面子相手に恥ずかしがる気もない。
まあ、最近は色々あって一歩引いた立ち位置が多かったが。
李狐だって年頃の女だ。
もちろん奴隷の立場は弁えるつもりだし、知尋にとって恋人である愛華のことは尊重したいと思う。
しかし、いつも素直に譲れるわけではない。
嫉妬だってするし、二人きりで知尋に甘えたいときもある。
「だからさ。よくある『月曜日は誰で火曜日は誰、日曜日は全員纏めて』みたいな奴を決めない?」
要は当番制とかローテーション的なものだ。
あらかじめ曜日で担当者を決めておき、その日の担当者は一日、知尋に抱かれたりご奉仕したりする権利を得る。
「……それ、よくある話なの?」
「李狐。私達の常識でそのまま話をしても愛華さんには伝わらないわ」
「え。あたし、その手の知識で真里亜側にされるわけ?」
確かに、昔に比べたらそういう知識は増えた。
しばらく前、書店で見かけた漫画を興味本位で買ったのが切っ掛けだ。その漫画に出てくるご主人様とメイドの姿に妙に惹かれ、主従を題材にした作品を買いあさった。
最初の作品こそ健全なものだったが、真里亜に勧められるままつい成人作品にも手を出してしまい、気付けばメイドもの以外の官能小説も読み漁っていた。
お蔭で性知識はかなり増えたが……若干、軽率さを後悔すべきではと思わなくもない。
「と、とにかく。どう? 悪い話じゃないと思うけど」
抱かれる権利が誰にあるかを「なあなあ」にしておくから3Pや4Pが増えるのだ。誰かに明確な優先権があれば、他の誰かを参加させるかはその権利者が選べばいいだけのこと。
「でも、李狐。最終的な決定権は知尋様にあるべきよ」
「もちろん。知尋がローテーションを破る分には自由でいいでしょ。そこは恨みっこなしってことで」
「ふむ。なら、私は別に構わないわ」
まずは一人、真里亜の了承を勝ち取った。
そこで、二人のやり取りを聞いていた愛華が口を開いた。困ったように眉根を下げながら。
「えと、李狐ちゃん。正直私は反対かな。知尋くんとするのに皆に遠慮するのは嫌だよ」
「……愛華って、最近ズバズバ本音言うよね」
どちらかと言えば良い傾向だが。
彼女の発言にも李狐は頷いた。
「ま、そうだよね。愛華も優先するのがいいかな。っていうか、知尋が愛華を優先するだろうから変わんないよね」
「……なら、私もいいけど」
我が儘を言ったところ、敵に塩を送られた形。愛華は少し恥ずかしそうに了承した。
すると残るは華一人だけなのだが。
「んー。私は反対というか、まどろっこしいかなと思います」
「どういうこと?」
「だって、こうすればいいじゃないですか」
彼女は笑い、ちょうど浴室から出てきた知尋に呼びかけた。
「和泉君。西崎さんが二人っきりで抱いてほしいそうですよー?」
なんてことをするのか、と二重の意味で思った。
☆ ☆ ☆
「ごめん、李狐。気づいてあげられなくて」
「……いいわよ、別に。あたしの我が儘なんだし」
ベッドの端に腰かけながら、李狐はぶっきらぼうに答えた。
今、防音の寝室にいるのは彼女と知尋の二人だけ。華の告げ口を聞いた知尋が、そういうことなら、と夕食後に李孤だけを連れ出したのだ。
微妙に鈍感な面のある彼だが、気づいていて無視はしないタイプでもある。
だからこそ好きで、だからこそ直接言うのは気が引けることがある。
なのにあの華ときたら、知尋が絡むと途端に意地悪になる。
傍から見たら、彼女だって知尋のことを気に入っているようにしか見えないのだが。殺すだの許さないだの言いながら何もしてないのがその証拠だ。
……ま、別にいいけど。
素直じゃない奴は放っておけばいい。
真里亜みたいに重傷なら別だけど、単なるツンデレで甘えられないのは本人のせいだ。もしかしたらあの憎まれ口が彼女なりの甘え方なのかもしれないし。
「李狐?」
「あ、ごめん。考え事してた」
せっかく二人きりになれたのに、こんなことでどうする。
軽く首を振って気分を入れ替える。ついでに軽く笑顔を作ると、だんだん楽しくなってくる。
どうしようか。
大抵のおねだりなら聞いてもらえる。
例えば耳元で「愛してる」と言ってもらうとか。抱きしめてもらうとか。
……考えただけでにやけそうになった。
李狐は、自分が真里亜ほど奴隷らしくないことを自覚している。いや、もしかしたら役を演じている時の華よりも奴隷としては甘いかもしれない。
こういう気兼ねない時間だとついつい彼に甘えたくなってしまう。
いけないと思いつつも、仕方ないと思う部分もあった。もとはといえば知尋に許されている安心感から始まっていることだから。
「ね、知尋。ここに座って?」
「え? う、うん」
戸惑いながらも素直に、隣へ腰を下ろしてくれる。
そんな彼に李狐はぎゅっと抱き着いた。
百八十度回転しつつ一人分だけ横にずれ、無理矢理、彼の膝の上に乗る。
「ちひろぉ……」
暖かい。
触れている部分から彼の温もりが伝わってきて、心をじわじわと温めていく。幸せな触れ合いに何もかもが蕩けて、もう他には何もいらないとさえ思う。
……完全に染められちゃってるなあ。
それはある意味、当然だ。
あの日、ただの雑魚だと侮っていた知尋から完膚なきまでに復讐された時。李狐はかつての自分を粉々に壊され、もう一度作り直されたのだから。
知尋の手で、知尋のためだけに。
「好きだよ、知尋」
「……李狐。うん。僕も好きだよ」
彼の腕が李狐を抱きしめる。
お互いの身体がより強く、より深く密着する。
その分だけ更に不自由な体勢になるが、二人は構わずキスをした。
もう、キスといえばディープキスが当たり前になった。
他人の口内に舌を入れるなんて不衛生、まして唾液を飲みこむなんてもってのほか――冷静に考えればそうなのだが、そんな当たり前のことを、いつしか考えなくなってしまった。
知尋以外の男が相手なら今でも絶対に嫌だ。
知尋だから、知尋とならいくらでもキスできる。たくさん唾液を飲ませて欲しいし、李狐の唾液も飲んでほしい。
それがきっと、想いの強さを伝える手段になるはずだから。
夢中で味わう。
ディープキスもフェラチオもある意味では同じこと。知尋の身体に舌で触れる行為で、ただ単に触れる位置が違うだけ。
テクニックが無数に存在するのも、同じ。
欲望の赴くままに貪るのもそれはそれで楽しいけれど、相手の反応を見るのも大切なことだ。どうやったら知尋が気持ちいいか、喜んでくれるか。自分が気持ちよくなれるかを研究し追及することで、結果的にもっともっと楽しくなる。
男の子は、女の子がエッチに乱れれば乱れるほど喜んでくれる。
ぷはっ……。
はぁっ、はぁっ。
何分も、たっぷり時間をかけたキスが終わる。李狐は知尋の唾液で唇を湿らせたまま彼にそっと囁いた。
「もっとキスして。キスしよ?」
すると、知尋は少しだけ困ったような顔をした。
「……でも、こんなの続けてたらキスだけで出ちゃうかも」
ある意味、物凄く情けない宣言だ。
しかし李狐は自分のキスが褒められたのだと嬉しくなってしまう。
それに、
「いいじゃない。あたしだってキスだけでイっちゃうかもしれないし」
女の子は身体だけでなく脳も使ってイク。何かで読んだ話だが、その通りだと思う。激しい快感が人を絶頂に導くのも事実だが、同時に好きや幸せ、楽しい気持ちが心を満たせば肉体的刺激が少なくともイクことができる。
「ま、でもパジャマに
李狐は微笑むと知尋の下半身に手を伸ばす。
彼の着ているパジャマの下、それから下着を丁寧に掴んで下ろしていく。いったん跪くような体勢になりつつ、知尋の足元まで辿り着いて完全に脱がせた。
露出した半勃ちのペニスに下腹部をわざと押し付けて。
「これで大丈夫ですよ、ご主人様?」
「李狐は、脱がなくていいの?」
「脱ぎますよ? これだけ」
李狐の着衣は綿のパジャマと中にブラ、ショーツ。そのうちパジャマの下だけを脱いで知尋に寄り添う。
「素股だったっけ。あたしの下着でも、パジャマでもお腹でも、好きなだけ出していいから……もっといーっぱいキスしよ?」
舌で、たっぷり気持ちよくしてあげるから。
言って、抱き着いたまま知尋を押し倒す。今度は自分からキスをして舌を絡める。ついでにどんどん唾液を流し込んでやると、知尋から肩を掴まれて姿勢を反転させられた。
「じゃあ、遠慮なく出させてもらおうかな」
「……あは」
彼の瞳に嗜虐的な色が浮かぶのを見て李狐は笑った。
ドSモード……その入り口に足を踏み入れた知尋は、李狐の身体を逃がすまいと押し倒しながら口内を蹂躙してくる。
キスにもテクニックは重要だが、少しだけ乱暴な動きに李狐はときめきを感じてしまう。男に押し倒される喜びが、テクニックどうこうを置き去りにしていく。
ぞくぞくして、そのうち本当にイってしまいそう。
更に、下腹部には固いペニスの感触。いつの間にか十分に勃起しているようで、二人が身じろぎするたびに擦れて甘い痺れが走る。
「ふぁ……これ、いいかも……」
奉仕しながらセックスしているような気分。
もともと李狐は手コキやフェラチオ、騎乗位の類が好きだ。知尋が気持ちよくなっていると自分も嬉しくなれるから。
だから、キスが奉仕になるのなら。何かしながらの素股奉仕というプレイがレパートリーに加わるのならとても嬉しい。
「李狐、まだまだだよ」
「ん……」
再びキス。
同時に小刻みに身をよじって自分と知尋に快感を送り込む。ぴくぴくペニスが動くのと、熱く固くなっているのが下着越しにも伝わってくる。
本当に挿入するより体勢に余裕ができるから、キスもしやすい。
知尋を独り占め。
二人っきりじゃないとできないプレイに心が温まる。
ふわふわと、ぞくぞくと。
求めあい、与えあい、唇を合わせたまま二人同時に絶頂を迎えた。
「っ!」
「―――っ!」
跳ねる身体を、知尋に腕を回すことで繋ぎ止める。そんな李狐のショーツに、どろどろした液体が次々と注がれ生地を湿らせていく。
内側からの愛液と、外側からの精液でぐちゃぐちゃになったショーツに再びペニスが添えられる。
悪寒と快感。
相反する感覚が更なる興奮を生む。
「いいよ、もっとしよ? あたしの服と身体、もっと汚して。知尋の好きにして」
「……うん」
またも唇を合わせる。
生命維持に必要なギリギリの空気を取り込みながら、一心不乱にキスをし腰を振る。息苦しさは絶頂への呼び水になり、二人は一回目よりも早いペースで絶頂した。
二回分もの精液を吸ったショーツは吸収限界を超えて使い物にならない状態に。
そこに知尋が手を添えるので李狐は逆らわず、されるがまま脱がせてもらう。
知尋は手にした布切れを知尋はしばらく眺めて、
「……李狐。これ、舐められる?」
「また妙なこと言いだす……」
これも本とかAVからの知識だろうか。
まあ、今となってはあまり人のことは言えないな……と嘆息。
「別にいいわよ、そのくらいやってあげる」
言ってショーツを受け取る。
あらためて手にすると本当にぐっしょり濡れていた。ちょっと気持ち悪い。
しかし、下着を濡らしている液体は知尋の精液。実質的にはフェラチオからの飲精と大差なく、そう考えればむしろ愛おしさすら感じる。
……むしろ自分の下着舐める方が抵抗あるかも。
などと思いつつ、李狐は舌を伸ばした。
内側ではなく、より精液の付着した外側をぺろりと舐める。かすかにしょっぱいような味と独特の匂いが口の中に広がった。良く知っている味だ。
「美味しい」
本心から告げた。
更に二、三度舐め、この方法では手間がかかりすぎると理解。
李狐は布地を丸めると絞り出すようにしながら一端を吸った。ちゅうちゅうと音を立てて液体を吸い出すと、先程とは段違いの効率で精液が吸い出される。
ある程度口に溜まったところで、唾液と混ざり合った精をこくん、と飲み干す。
「ありがとう、李狐。それくらいでいいよ」
「そう? 別に全部飲んでもいいのに」
微笑んで言うと抱き寄せられてキスされた。
……自分の体液を味わうのなんて嫌だろうに。
口づけたまま、無毛の股間で素股をした。今度の射精はお腹とパジャマの上で受け、終わったら騎乗位でセックスした。
何度も何度も絶頂して、何度も何度も絶頂させて。気怠い夜の時間を二人で味わう。
「ご主人様。また、時々こうやって抱いてくれますか?」
「もちろん。いつでも言ってくれていいよ。……いつでも受けられるかはわからないけど」
「……あは」
まったく、正直なことだ。
まあ、抱いてくれるならそれで構わない。曜日決めの話はとりあえず急がず置いておこうと決める。
……そのうち、またメンバーが増えそうな気もするし。
李狐は甘い疲れに身を任せ、目を閉じながらそんなことを思った。