二人の出会いは高校の入学式だった。
目が合った瞬間、相手に「他の誰とも違う印象」を受けたのを覚えている。
――ただし、悪い意味で。
第一印象は最悪だった。以降も険悪な関係……というか少女の方が一方的に嫌う日々が続いたが、気づけば全く違ってしまっていた。
嫌悪は興味に。
反感は好意に。
好みとはまるで違う細くて頼りない女顔の少年に、気づけば惹かれていた。
一度自覚した思いは日を追うごとに強くなった。否定しようとすればするだけ彼のこと以外考えられなくなり、どんどん泥沼に嵌まっていった。
……あたしはこいつが好きなんだ。
認めると気持ちが楽になったが、告白することはできなかった。
これまでの関係、一方的に押し付けてきた暴力の数々が、少女に積極的な行動を躊躇わせた。
そこに運命の悪戯が訪れる。
ある出来事を契機に、二人の関係は劇的に変化した。
学校内において仲の悪いクラスメートであることは変わらぬまま、プライベートにおいて新たな関係が築かれたのだ。
誰にも言えない二人だけの秘密。
「……ご主人様」
「李狐」
囁くような呼びかけに、彼――『ご主人様』が答えてくれる。
優しい声、少女の柔らかさと男性の鋭さを持った顔が向けられると、少女――李狐は天にも昇る気持ちに包まれる。
二人は彼の部屋にいた。
ベッドに本棚、勉強机に箪笥とクローゼットなどが置かれた、ごく普通の私室。
窓は曇り硝子になっているため外からは見えないが、日常生活を想起させるこの場所は「そういうこと」をするにはやや恥ずかしい。
しかし、それが李狐の日常。
求められればいつでもどこでも。忠誠を誓い、愛するご主人様のために奉仕し抱かれ、はしたない姿を晒す。どうしようもなく淫らで退廃的で、けれどこのうえなく幸せな生活。
――彼の『メイド』としての、李狐の人生。
頭には可愛らしいフリルの付いたカチューシャのようなもの――正確にはホワイトブリムと呼ばれるヘッドドレス(頭部の装身具)を飾り、衣装は黒と白のコントラストが美しいシックなメイド服。
ロングスカートのそれにポケットの付いた純白のエプロンを重ねた姿は、清純さと従順さ、可愛らしさと機能美を併せ持った独特の魅力を醸し出している。
そして、首には細い革のチョーカー。
全体色はブラウンで、デザイン自体はカジュアルなもの。ただしメイド服を着ている現状を鑑みれば、それが『首輪』の役割を持っていることは自明だ。正面に下がる金属製のプレートに筆記体で刻まれた少女の名前もまた、その印象を引き立てている。
家に居る時は基本、常にこの姿でいるよう言いつけられている。
替えのメイド服は何着も用意されており、また下着も白か黒に限定されている。どこまでも少女を縛り付けるその決まりが、嬉しい。
縛られれば縛られるだけ、彼の物だと実感できるから。
ついでに衣装自体は可愛いし、気も引き締まる。宅配便の応対などをする時もこの格好だが、恥ずかしさが勝っていたのは最初の頃だけ。今は仕事着で仕事をして何が悪いのか、と開き直りで羞恥を押さえこんでいる。
「ご主人様、ご用件はなんでしょうか」
「うん。本を読んでる間、手持無沙汰だからさ」
机の前に腰かけた彼は、手にしたハードカバーを持ち上げて足の方を示す。明確な命令はなかったが、それだけ言われれば十分だった。
「かしこまりました」
李狐はこくんと頷き、主の足元へと身体を潜り込ませる。その際、できるだけ可愛く見えるよう、スカートの裾を広げてぺたんと女の子座りをする。
それから軽く身を乗り出すようにして、彼のズボンに手をかけた。
「失礼いたします」
ベルトを外し、ホックとファスナーを開放してペニスを取り出す。ファスナーで傷をつけたり爪を立てたりしないよう丁寧に。
まだ勃起していない小さなそれに、白い手袋を着けた指を添える。
――主である少年は、既に視線を本に戻しその内容に集中していた。
これから奉仕しようという李狐を見もしない態度には寂しさを覚えないでもないが、これは二人にとってロールプレイ、役割に則った予定調和のようなものだった。
少年は李狐に一切の遠慮をしない。
欲望の赴くままに命令をし、あるいは家事をさせ、それでいて学校ではまるで他人のように振る舞う。ご主人様とメイドの関係になって以降、色々な出来事を経て決まったルールである。
少女はそうして彼に「使われる」ことに喜びを覚える。
これが彼なりの愛し方、精一杯主人らしく振舞おうという努力だと知っているから。
使われれば使われるほど、彼の生活に少女が浸透していく。そうしていつの日か、少女がいなければ物足りなくなる日がきっとくる。来させてみせるとそう思っているから。
しゅっ……しゅっ……。
ゆっくりと優しい手つきで竿を撫でる。
命令は射精させることではなく間を持たせることなので、強く短期的な快楽は必要ない。じわじわと、ほのかな快感を染み込ませて蓄積させていけばいい。
手袋を着けているせいか李狐としても指先の感覚が鈍い。
繊細な動作に支障が出るということだ。その代わり、手袋の質感と滑らかさが指でのそれとは違う刺激を主人に与える。
濡れていない亀頭は傷つけてしまう恐れがあるので避け、撫でるように奉仕を続けると、そのうちペニスが大きくなってくる。
李狐はなおも刺激を続行。
竿を縦に撫で上げ、撫で下ろしたり。指の腹を使って横に半周させてみたり。もう片方の指で睾丸を転がすように慰めたり。
徐々に先走り汁が増えてきたら、それを指先に乗せて亀頭に絡め、擦る。
「っ」
彼が小さく息を吐いた。
気持ちよくなってくれている。敢えて無関心を装った状態でも反応せざるをえなくなっている。それが李狐の喜びを感じる瞬間であり、狙いでもあった。
もっと、もっと気持ちよくなって。
可愛い顔を見せて。
声を聞かせて。
彼の要望通り、奉仕は長時間に渡って続いた。
命令を受けた時点でハードカバーは中程まで読み進められていた。読書速度にもよるが、読了に一時間程度はかかるのではないだろうか。
それまで射精させなくていい。
ある意味では本人から生殺しを希望されたも同然。
すりすりと手袋で撫でつけ、絡めた先走りがくちゅくちゅと音を立て始めると、ぱっくり開いた口でペニスを咥えこむ。
もちろん口内には唾液をたっぷり溜めてある。
竿を唇で挟んで扱くようにしながら深く飲みこんでいく。一定のペースで喉奥、イラマチオの領域までゆっくりと、だ。
さすがにそうすると少し苦しい。
初めて喉の奥まで犯された時は異物感に耐えられず、胃の中の物まで全部戻してしまった。彼の服まで汚してしまい、お仕置きとしてお尻をたくさん叩かれたのも今となってはいい思い出だ。
……もしまた、ああいう粗相をしたら叩かれちゃうのかな。
百回、叩かれた。
最後の方は泣き叫ぶ程辛くて、涙とか色々でべとべとになってしまったが、終わった後は彼がいつも以上に優しくしてくれた。
あの解放感はもう一度味わってみたいような。
などと思考を逸らせながら李狐は逆戻りする動きで再びペニスを扱いた。
――今はもう、ゆっくり飲みこむ分には苦しさにも耐えられるようになっている。喉奥まで激しくピストンされた場合は、彼が射精するまで我慢するのが精一杯だが。
行くのに十数秒、戻るのにも十数秒。
意味がないので数えなかったが、都合数十回は繰り返して。
ずんっ。
「むぐっ!」
突然、下から突き上げられたペニスに喉を塞がれた李狐は苦悶の声を上げた。
げほげほと咳き込む……こともできないまま主人を見上げると、彼はバツの悪そうな顔でこちらを見ていた。
「ごめん李狐、もう我慢できない」
机の上に本が置かれる。
少年は空いた両手で李狐の頭を掴むと、まるでオナホールでも扱うように前後へ動かす。
うまく呼吸ができなくなり、歯を立てないようにすること以外何もかも余裕がなくなりながら李狐は思った。
ああ、嬉しい。
何の遠慮も無い情欲が、生の想いが叩きつけられている。少女のか弱い身体を突き破り、打ち壊してしまいそうな程に強く。
今この瞬間、確かに自分は彼を独占している。
どぷっ。
白く染まった意識と視界の中、李狐は想い人の精液が大量に注ぎ込まれるのを感じた。
頭を押さえられ固定されたまま喉奥で全てを受け止め飲みこんで、起こる生理的な反応も全部抑え込んでからようやく解放される。
ぐったりと床にへたり込んで。
……しばらく動けそうにないかも。
思った矢先、主人から新たな命令が下る。
「李狐。そこのベッドに寝てお尻を突き出すんだ」
そう言われれば、彼女には答える言葉が一つしか考えられなかった。
「……かしこまりました、ご主人様」
☆ ☆ ☆
……ほう。
読心――もはや同調とでも呼んだ方がいいかもしれないが――を終えて意識を現実に戻した知尋は、目の前にいる李狐が深いため息を吐くのを見た。
うっとりと表情を緩めた彼女は未だ夢心地といった様子。
「満足した、李狐?」
「……あ、ご主人様」
声をかけるとこちらを見てはくれたものの、今、彼女が呼んだ『ご主人様』とは果たして現実の知尋のことだっただろうか。
まあ、向こうの彼も、少なくとも外見は和泉知尋に間違いなかったわけだが。
――こうして再び『願望暴露』を使い、李狐のイメージを覗くことになったのは真里亜の発言が切っ掛けだった。
『知尋様。その能力は成長させられる……の、ですよね?』
『うん。鈴さんはそういうようなことを言ってたけど』
『でしたら、私達で練習してはいかがでしょう。もしかしたら元の読心にも、何かしらの影響があるかもしれません』
もっともらしい理由をつけて言われると、李狐や愛華達からも駄目だと頭ごなしに否定はされなかった。
黒髪の少女が自分自身のために言っているのはわかっていても、だ。
結局、知尋が真里亜に『願望暴露』を使えたのはあの夜の一回きりだった。以降はやはり処理能力オーバーによる頭痛でシャットアウトされる。
それを乗り越えるには能力を成長させるのが一番、というわけだ。
まあ、とりあえずやってみようと李狐、愛華、華……前回と同じメンバーにお願いしたわけだが、違うのは今いる場所が寝室で、現在知尋は李狐と二人きりだということ。
やってもいいけど、他の人がいないところにしてほしい。
三人一致の要望を受けて順番に、他に誰もいないところで能力を試すことになったからだ。
「でも、李狐のイメージする僕って結構鬼畜というか、かなり自分勝手な気が」
先程のビジョンを思い返しながら呟く。
李狐の願望はどうやらかなり条件の指定が細かく、ビジョン内に知尋の裁量による部分はあまり存在しなかったように思う。
また、雰囲気自体が女性側、つまり李狐の方に寄っていたため、知尋には少女漫画の一幕を男性キャラ視点で見せられたような胸焼け感があった。
と、李狐が少しむっとしながら反論してくる。
「そんなことないよ。あたしだって満足してるの見てればわかったでしょ? それに、やってること知尋と大して変わらないじゃん」
「……僕、あそこまで酷いかな」
だとすると若干自信を喪失してしまうが。
そんな知尋を見た李狐はくすりと笑い、立ち上がりながら言った。
「じゃあ、高槻さん呼んでくるね。夢精とかしてたら今のうちに処理しときなさいよ」
「いや、さすがにそれは……」
ない、という返答を待たずに部屋を出ていく李狐。
やれやれと思いつつ、ふと、彼女が座っていた場所へ目を向けると、シーツに見てはっきりとわかるレベルの染みができていた。
……夢心地で絶頂していたのは李狐の方だったんじゃ。
思い、これをどうしようか悩んだ知尋は開いたままのドアの向こうに愛華の気配を感じ、慌てて染みの上に腰を下ろした。