結婚初夜。
それは恋人同士、いや『夫婦』にとっての大事なひととき。
男性にとっては、愛する人を本当の意味で「自分の物」にする時だろう。女性にとっても、誓った「永遠の愛」を確かめあう時であり、遂に結ばれた感慨を全て昇華すべき時だ。
ただ、まあ。
「初体験が結婚初夜とか今時流行んないよ?」
「っていうか、二次会三次会ってあるんだし、旦那さんと二人っきりになる暇ないって」
友人達からそんなことを言われたりもした。
どちらの意見もわかる。
愛華だってもう、とっくに処女じゃない。むしろ彼が抱いてくれないと不安で仕方なくなるタイプだし、せっかく結婚式に来てくれた人達をしっかり持てなすのは招待した側の義務だと思う。
けれど、だからといって初夜を蔑ろにしたくない。
……絶対、二人っきりの時間を作るからね!
結婚しよう、という話になった段階から彼女は強く主張していた。幸い彼も反対せず受け入れてくれて、そのために二人で色々準備をしてきた。
式の翌日は丸一日お休みにしたり。
急な仕事が入っても絶対出ませんから! と上司や同僚たちに口をしつこいくらい言い募ったり。
終電が無くなるのを見越して式場近くのいいホテルを予約しておいたり。
飲み過ぎた時のため、毒素分解能力を持つ知人を二次会まで含めて確保しておいたり、良く効く栄養ドリンクを選別しておいたり、だ。
そして無事に。
「凄い時間になっちゃったね」
「うん。でも、無事に戻ってこられた」
都内にある高級ホテルのスイートルーム。色々な意味で、普段なら絶対に泊まれない部屋の窓から外の景色を見渡す。
既に時間帯は深夜を通り越し、世界はだんだんと明るさを取り戻しつつある。
それでも初夜は初夜、だ。
「それじゃあ、知尋君。……ううん、あなた」
「……ん」
身に纏ったウェディングドレス……式の四次会まで終えてここに戻ってきた後、伴侶が着付けてくれたものだ。わざわざこのためだけにドレスの着付けを覚えてくれたのだから、本当に頭が下がる。
その伴侶も、今は式の際に着ていた礼服に身を包んでいる。
どちらもレンタルではなく購入したもの。その分高くついたし、ここで使い捨てるのはもはや暴挙の域なのだけれど、だからこそ一生に一度の思い出として心に残るはずだ。
「私を、抱いてください」
初めて出会った時のこと。
意識し始めた頃のこと。
付き合ったきっかけと、付き合い始めた頃のこと。
時には喧嘩したり、酷いトラブルに見回りたりもしたこと。
多くの思い出を胸に、万感の思いを込めて、愛華は彼にそう告げた。
「うん」
ベッドサイドに立ち、彼とキスをする。
甘く優しい触れ合うようなキスからディープキスに移る。いくらでもそうしていたくなるの抑えて、短い時間で唇を離した。
「……こんな格好で、こんなエッチなキスしちゃった」
非日常的な行為に胸の鼓動が早くなる。
「何回も言ったけど――綺麗だよ、愛華」
「ありがとう。何回聞いても嬉しい」
微笑みを交わし合った後、彼が愛華の腰に腕を回してくる。
「きゃ……」
抱き上げられ、そのままベッドまで運ばれる。
運ばれたらそっと足から下ろされる。
白いシーツの上に純白の裾が広がった。横座り状態になった愛華は、続けてベッドに上がってくる彼にそっと尋ねる。
「どうするの?」
「こうしようかな、って」
背中側から密着され、胸を手で包まれる。
ドレスとブライダルランジェリー越しのため、感触は極めてソフト。この日に買った衣装だが、無駄には傷つけまいと考えてくれているのだろう。
そんな心遣いと、後ろから腕を回されているシチュエーションに胸がきゅんとする。
「……くすぐったい」
「でも、愛華の胸はドキドキしてるよ」
「当たり前でしょ。あなたと、こうして一緒にいるんだもの」
衣装の性質上、腕を潜らせて胸に直接触れるのは至難。
ふわりと広がるドレスの裾が邪魔するせいで、愛華の秘所を責めるのもやはり難しい。
愛撫は必然的にじゃれあうようなそれに終始する。
贅沢な時間の使い方だ。
交際の過程でラブホテルも何度か利用したが、ああいう場所と違い、ここならチェックアウトを気にしなくていい。「起こさないで」の札もドアの前に下げたので、外部から邪魔が入ることはないだろう。
スマートフォンの電源も切ってある。
あの子やあの子からやっかみ半分のメールが来るかもしれないが、それを見るのは昼過ぎか、夕方か。
「なんだか恥ずかしいな」
「どうしたの、今更」
「だって、私は真里亜みたいに大きくないし、鈴さんみたいに柔らかくもないし。華ちゃんみたいに敏感でもないもの」
拗ねるような声音になったが、紛れもない本心だ。
それなのに彼はくすりと笑みを零す。少しだけむっとした。
「気にすることないよ」
「でも」
「愛華の胸は形がいいし、大きさもこうやって手で包みやすい。それに、とっても綺麗だ」
「っ」
思わず、頬が赤く染まった。
友人達と比べるとコンプレックスだった胸なのに、彼は全く気にしていない。それどころか良いところをいくつも並べてくれる。
いつもそうだ。
似たようなやり取りをするのはいつものこと。その度にこうやって慰めてくれる。
「だから、私を選んでくれたの?」
学生時代から、彼と付き合っていたのは愛華一人だけ。
けれど結婚の話が持ち上がった際、ライバルとして名乗りを上げた女性は何人も……それこそ片手で数えられないくらいいた。
それでも選ばれた、選んでくれたのは義理なんかではなく。
「そうだよ。愛華が愛華だから。愛華と結婚したいと心から思ったから、僕は愛華を選んだんだ」
「……嬉しい」
彼はいつも欲しい言葉をくれる。
抱きしめて欲しい時に抱きしめてくれる。
……まるで心が読めるみたいに、なんて。
頭をよぎった形容にふっと笑って、愛華は彼に告げた。
「もう、いいよ」
「いいの?」
「うん。もう十分。……ううん、もう待ちきれない」
広がった裾をなるべく乱さないようにしつつ、愛華は彼の方を振り返った。友人達からは頼りないとか女顔とか言われる優しい顔立ちが目に入る。
とんっ。
軽く、殆ど力を入れずに彼をベッドに倒し、その股間に手を伸ばした。
いきなり脱がせようとするのではなく、まずはズボン越しにさわさわと撫でる。すると彼の分身が敏感に震えた。固くなっているのが衣装越しにもわかるあたり、彼も十分に興奮してくれているようだ。
「いつもより、大きいくらい?」
「それは……愛華が凄く綺麗だから」
もちろん、いつも綺麗だけど。
などと付け加えるのも彼は忘れない。
「もう。……大好き」
ズボンを脱がせ、彼にも腰を浮かせてもらいながら完全に抜き取る。はしたないと思いつつも、邪魔なのでベッドの下に放り捨てた。
「じゃあ、行くね?」
「……うん」
まずは膝立ちになり、両手を使ってドレスを持ち上げながら軽く立ち上がる。
衣装の重みを感じながら僅かの距離を移動したら、えいやっ、と心中で気合を込めながら腰を落とした。
勢いに乗ってスカート部分がふわりと広がる。
その期を逃さず膝立ちになると、ドレスの裾で完全にペニスが覆い隠された。
「下着、一体型じゃなくて良かったよね」
「ふふ。もう、何言ってるの。ちゃんとそれ、考えて選んだんだから」
愛華の着けているランジェリーはコルセット部分とショーツが別になったデザインのものだ。式の時はちゃんと穿いていたショーツを今は穿かないことで、ドレスを着たままの行為を可能にしている。
これがもしショーツ部分まで一体になったタイプだったら大変だった。ずらして挿入というのもこのシチュエーションにおいては情緒がないし、骨組みがしっかりしたタイプだとずらせなかった可能性すらある。
ちゃんと、最初からそこまで計算してあった。
「さすが愛華」
「ありがとう。でも、微妙に褒められてる気がしないかも」
いやらしい女だと暗に言われているようなもの。
まあ、そういう女になったのは彼のせいで、そういう女になりたいと願ったのは愛華自身なのだけれど。
しゅる……。
かすかな衣擦れの音を立てながら、膝立ちの状態から腰を落としていく。
秘所にもペニスにも手を添えられないのが不安だが、今の二人ならきっと大丈夫なはず。
思いつつの騎乗位挿入は果たして。
つぷ。
狙い違わず。
数えきれないセックスで彼のペニスの形を覚え、今は期待からぱっくり開いた秘所が先端をしっかりと包んだ。
硬度も十分。
「んっ」
ずんっ。
角度を調整しつつ思い切って力を抜けば、身体を衝撃が貫いた。
痛みではなく、甘い痺れ。
「入っちゃったぁ……」
これまで我慢してきた生での挿入。
例外は初体験の一度きり、という行為を今ここで解禁する。
何年も待った。
我慢して我慢して、ようやく彼と結ばれた。
子供ができても大丈夫なだけの余裕ができるまで、結婚すらも待ったのだ。
「やっと、できたね」
「愛華」
「知尋君」
熱い。
避妊具越しの挿入に比べて圧倒的な熱を感じる。
ペニスの太さも、時折脈打つ様子も、それを膣がぎゅっと締め付ける様子まで、いつもよりもダイレクトに伝わる。
「今日は、お尻じゃないよ」
「……わかってる」
代用品のはずだったアナルももう、膣に負けないくらいの感度になっているが。
でも、やっぱり違う。
一番大事な部分で繋がっている喜び、安心感は代えがたい。
「ふ……んんっ」
白いガーターソックスに包まれた足は彼の身体の両側面に折りたたんで。
彼の下腹部、ペニスに体重を預けた状態から腰を上げ――あまりの快感にすぐ腰が落ちてしまった。
「愛華、無理は駄目だよ」
「大丈夫」
無理なんかじゃない。
「あのね。気持ちよすぎただけ、だから」
そのせいでバランスが崩れたのだと伝えると、彼は目を瞬いて薄く頬を染めた。
両手を伸ばす。
何も言わなくても、その手はすぐにしっかりと握られた。
身体が安定する。
下から支えられた状態で愛華は腰を動かした。
静かな部屋の中、聞こえるのは衣擦れの音と二人の息遣いだけ。裸でするのと違っていやらしい粘液の音は殆ど聞こえない。
はしたないことをしているのに、どこか上品な気分になる。
「これ……すごい。ずっとこうしていたくなっちゃう……っ」
「僕もだよ。大丈夫、ずっとは無理だけど、まだたっぷり時間はあるんだから」
何回でも交わっていい。
今日、この時だけは本当に何に遠慮する必要もない。
「なんだか王様気分」
「そこはお姫様、とかにすればいいのに」
「だって、私、もうそんなに若くないもん」
「そんなことないよ。僕にとっては愛華はいつまでもお姫様だから」
きゅん、と胸の奥が熱くなる。
無意識に膣が締め付けを強くし、よりダイレクトなペニスの刺激に身体が跳ねた。
「ふああっ!?」
気持ちいい。
感じすぎて腰を止めてしまいそうになるが、これまで経験し蓄積してきたたくさんの性技が行為を続けさせる。気持ちよくなりながら、もっと気持ちよくなる方法を愛華は知っている。
「好き、好き、好き……っ」
キスしたい。
でもこの衣装と体勢では難しいから、代わりに何度も「好き」と囁く。
「愛華……うん、僕も好き、好きだよ……っ」
彼の突き上げと同時に腰を下ろし、引き抜かれると同時に腰を上げる。激しいも甘やかな性行が間断なく続き、次第に何もわからなくなっていく。
好き、好き、好き。
思いだけがどんどん溢れ――やがて弾けた。
「―――っ!」
息が止まる。
一瞬、心臓すら止まったんじゃないかと思える快感が全身を駆け抜ける。直後、身体の奥、子宮に熱い液体が注がれる。
もう一度、愛華は絶頂した。
「ああ、ぁ……」
何にも勝る恍惚で満たされる。
はぁ……はぁ……。
直後は二人とも呆然自失の状態で、ある程度、気持ちが落ち着くまでにはたっぷり数分が必要だった。
彼の上に倒れ込んでしまいそうになるのを抑えながら、愛華は微笑んだ。
「私、このままだと明日の朝まで起きられなくなっちゃうかも」
「いいよ、それでも。愛華の仕事用の服も持ってきてあるし」
「え? いつの間に?」
「こんなこともあろうかと、だよ」
どうやら彼も彼で色々考えていてくれたらしい。
嬉しくて、もっとしたくなってしまう――そんな、好循環なのか悪循環なのか微妙な気持ちを抱えながら、愛華は繋いだままの手をぎゅっと握りしめた。
すぐに、彼からも同じように握り返してくれたことは言うまでもない。
☆ ☆ ☆
「……どうしよう、知尋君」
甘い、甘い夢から覚めた知尋は、愛華が青ざめた顔をしているのに気づき首を傾げた。
どうしたのだろう。
何か意に添わない内容でもあったのか。と、
「今ので婚期が遅れちゃったら」
「え。どうして?」
「だって。事前にドレス着ちゃうと婚期が遅れるって言うでしょ? 今のがカウントされちゃったらって……」
「なんだ」
真面目に言うから何事かと思ったが、ただの可愛らしい懸念だった。
ふっと吹き出すと、愛華はぷっと頬を膨らませた。
「なんだって、大事なことだよ!」
「ごめんごめん。でもさ」
夢の中の自分のようにうまくはいかないが――極力、優しい笑顔を浮かべて愛華に告げた。
「不安なら、愛華は僕を繋ぎ止めていてくれればいいよ。そうしたら、いつでも好きな時に結婚できるから」
「……知尋君」
「う、うん」
低い声で呟く愛華におずおずと答える。
やや俯き表情を見えにくくしたまま彼女が這ってきて、知尋の首をホールドする。
「……約束したからね?」
至近距離で向けられた瞳からは膨大な愛情。
知尋は、愛華の背中から六枚の羽が生え、それらが自分を強く拘束する様を幻視した。
この出来事が、後の二人の関係に大きな影響を与えた……か、どうかは定かではない。