デートは次の日曜日と決まった。
その週の金曜日は試験休みで授業がなかったものの、さすがに日程が急すぎること、学園祭実行委員会が数日ぶりに開かれることなどからこの日程になった。
『女の子……? 可愛いんですか?』
『うん。可愛い、と思うよ』
和泉知尋の提案を華が了承したのは、ひとえにそのやりとりがあってのことだった。もしここで可愛くないとか相手は男だという言葉が飛び出していれば、間違ってもデートなど了承してくれなかっただろう。
『彼女』は知尋と華が約束した待ち合わせ場所――学園や真里亜のマンションにも近い公園に、時間の十分前に到着した。
華は既に来ていた。
わかりやすく、公園内の時計の下に立ってくれている。
彼女はフリルの付いた長袖長スカートのワンピース姿だった。胸元にはリボンがあしらわれており可愛らしいイメージを引き立てる。足元は黒いタイツに茶色のショートブーツ。手には小さな手提げバッグ。
トレードマークの黒縁眼鏡はいつも通り。
少々あざといというか、男性を撃ち落としにかかっていると思われそうな格好だが、大人しい華のイメージには良く似合っていた。
「すみません、遅くなりました」
慌てて――スカートの端が翻らないか気にしながら――声をかけながら駆け寄ると、顔を上げて微笑んでくれた。
「お気になさらず。まだ時間前ですよ」
それからじっと『彼女』を見つめてくる。
熱心な視線に落ち着かない気分になり、思わず小さく身をよじった。
「あの、私、変でしょうか?」
淡いクリーム色のセーターにダークグレーのストール、ワインレッドのスカート。脚は黒のストッキングにロングブーツ。バッグは小さい肩掛けだ。
セミロングの髪は毛先を軽くウェーブさせ、目立たない程度に化粧もしている。
自分でも悪くはないと思っているのだが――。
「大丈夫。とっても素敵です」
「あ……良かった」
安心したらほっと息が漏れ、同時に口元へ笑みが浮かぶ。
そんな『彼女』に華はにっこり笑顔を返しながら言った。
「じゃあ、まずお名前を聞いてもいいですか?」
☆ ☆ ☆
御角(みすみ)ちさと。それが『彼女』の名前だ。
知尋の従姉妹で同い年。『落とし物』ではないものの、『落とし物』や柴鳳学園の環境にほのかな憧れを抱いている。
そこで、知尋に頼み込み、学園の生徒とのお出かけをセッティングしてもらった。
「でも、いいんですか? 彼は『デート』なんて言ってましたけど、女同士で」
「はい。男の子とお出かけなんて恥ずかしくて……女の子といる方が落ち着きます」
引っ込み思案なので、と、ちさとは伏し目がちに答えた。
それから二人は、ひとまず駅へ移動し電車に乗ることに。
ちさとは学園を見てみたいと希望したのだが、さすがに部外者を無断で入れるのはまずいということで無しになった。
『もう少ししたら学園祭がありますから、是非その時にでも』
『あ、そうですね。じゃあ、今日のところはお任せします』
御宿華。
彼女のプライベートについては、言い出しっぺである知尋も多くを知っているわけではなかった。
見た目から受ける文学少女的印象は勘違いでなく実際本が好きらしいこと、男っ気が全くないこと、料理を始めとする家事はそれなりにできること、といった程度。
会話をする取っ掛かりはそこまで多くない。
ただ、とりあえず気難しい少女ではないのはわかった。
迷いなく駅へ歩く彼女に半歩遅れてついていくと、時折こちらを気にして振り返ってくれる。天気の話題や通学路のことなど他愛無い話を振ってもくれた。
「ところで、ちさとちゃんって呼んでも大丈夫ですか?」
「もちろんです。あ……私は何とお呼びしましょう?」
駅のホームに並んで立ちながら会話。
華はくすっと笑ってちさとに言ってくれる。
「華でいいですよ。あまり私に気を遣わないでくださいね」
「あ、ありがとうございます」
……あれ。こんなに話しやすい子なの?
笑顔で華に応対しながら、ちさとは内心で首を傾げた。
悪い子ではないが気難しくて扱いづらい。
目的のためには手段を選ばない面があり、ちょっと危うい。
知尋からの評価に偏っているのもあるだろうが、事前の印象とはだいぶ違っていた。やはり男子と女子では接し方を変えているということか。
本当に女の子が好きなんだなあ、と。
失礼なようなそうでないようなことを内心思った。
「ちさとちゃんはうちの学校のことが知りたいんですよね?」
「はい。じゃあ、色々質問してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
電車を待つ間と移動中、ちさとはお言葉に甘えて華を質問責めにした。
時間割について、授業内容について、どんな先生がいるか、どんな生徒がいるか、設備はどうか、学食は美味しいか等々……。
初歩的な質問の数々に、華は嫌な顔もせず笑顔で答えてくれた。
まるで、ちさとと話をすること自体が楽しいというように。
「でも、こういう話なら和泉君からも聞けるんじゃないですか?」
「ほら、知尋は男の子じゃないですか。だから、女の子の目線から話が聞きたかったんです」
「ふふ、なるほど」
実際、聞いてみると知尋の主観とは色々、角度の違う意見を聞くことができた。
例えば学食は安くてメニューも豊富だけれど、ちょっと量が多すぎるし野菜が足りないとか。午後になると急に校舎が汗臭くなるのはなんとかならないか、とか。
「着替えとか大変そうですよね。何クラスも着替えるんじゃ……」
「更衣室の中はある意味戦争ですよ。広いし綺麗なんですけど、授業の後は汗とスプレーの匂いで一杯になりますから。全速力で着替えてすぐに出る派の人もいます」
「あ、ちょっとわかります」
話すうちに電車が駅に到着。
近隣ではかなり栄えた街。ちさとも何度か訪れている場所だ。
待ち合わせは十時だったので、お昼ご飯を食べるにはまだ少し早い。
「さて、何をしましょうか」
「え、えーと……」
問われて頭を巡らせる。
しかし、ちさともあまり活動的な方ではない。
買い物くらいしか思いつかないが、ちょっと芸がないし、誘った側がばんばんお金を使う方に誘導するのも違うような。
「華さん、何かしたいことはありませんか?」
悪いとは思いつつも華に話を振ってみる。
すると彼女は小首を傾げて思案顔になった。
「そうですね……そういえば、気になっている映画があるんですけど」
「あ、映画。最近、劇場では全然見てないです」
「じゃあ、決まりですね」
華が片手にバッグを保持しつつ、もう片方の手でちさとの手に優しく触れた。
「行きましょう」
そうして微笑まれたちさとは、柄にもなく胸にかすかなときめきを覚えてしまった。
駅前から五分ほど歩いて映画館へ。
華が見たいと言っていたのは、古典文学を元ネタにした恋愛映画だった。元の作品はちさとも読んだ覚えがある。
チケットを買って入場する。
今から映画を一本見るとお昼を回ってしまうので、ポップコーンとドリンクを買うことにした。
売店に行くと結構色々な種類がある。
主にフレーバーとサイズの違いだが、フードとドリンクの抱き合わせ販売のメニューもある。
どうしようか華に相談しようとすると、彼女は既に販売員まで歩み寄っていた。
「このカップル用のって、女の子二人でも頼めますか?」
「え、ええ?」
大きいサイズのポップコーン一つとレギュラーサイズのドリンク二つ。
確かにお値段的にもお手頃なのだが。
「うーん。じゃあ、カップルって証明できるならいいですよ」
「わかりました。これでいいですか?」
「えええ?」
戻ってきた華が躊躇なく抱きついてくる。
細身なのにしっかりとした柔らかさを感じた直後、頬に唇が触れる。
反射的に真っ赤になるちさとをよそに、販売員のお兄さんは負けたというように苦笑して商品を用意してくれた。
「華さん、あの、今の」
「ちさとちゃんって、意外にスポーツ系なんですね。部活か何かやってるんですか?」
油断も隙もあったものではない。
女の子とデートと言っても、さすがに変なことはしないのかなと思いきや、あっさり一線を飛び越えて好意を伝えてきた。
嫌味もなく、自然に、抵抗する考えも起きないタイミングで。
「あ、ちなみにこれは私の奢りです。一緒に食べましょうね」
彼女がもし男の子だったらさぞかし女泣かせだっただろう、と、ちさとは思った。
隣り合って座り、ポップコーンは真ん中に置いた。
華が選んだフレーバーはキャラメルだった。一つ二つ口に放り込むと、強めの甘味が口の中に広がる。物凄く女の子してる味なのが華のチョイスらしい。
バターや塩以外のポップコーンは初めて食べたが結構癖になる味で、最初は量が多すぎるかと思ったが心配なさそうだった。
「あ、始まりますよ」
映画の内容は、基本的にオーソドックスな恋愛物だった。
異国から医学留学からしてきた青年が踊り子の少女と恋に落ちる。二人は夜を共にする仲にまでなるものの、やがて留学の期限が二人を引き裂き――。
元ネタではドロドロの悲劇で終わる話だが、映画では二人は再び結ばれて終わる。
もちろん、現実的には人種や国籍、金銭問題等、様々な問題が山積みなのだが、最後には愛が勝つ優しいストーリーである。
「……うん。再現度に不満はありますけど、結構いい作品でしたね。って、ちさとちゃん泣き過ぎじゃないですか!?」
「だ、だって」
ストーリー自体は単純で、かつ原作を読んで大筋を理解していたせいもあって、逆に登場人物の心の動きの方に集中できてしまい――気がついたら琴線にダイレクトヒットしていた。
「二人とも良かったな、って」
自分でも情けないと思うが涙腺が緩んでしまっている。
指を持ち上げて涙を拭おうとすると、ふっと苦笑した華がそれを制した。
「駄目ですよ。涙でお化粧が落ちちゃいます」
バッグからハンカチを取り出して涙を拭ってくれる。
「はい、できました。落ち着くまでゆっくりしましょうね」
「あ、ありがとうございます……」
ちさとは羞恥から顔を赤く染めながらお礼を言い、華の顔を見上げて。
眼鏡越しに目が合ってから「しまった」と思った。
……読心の能力によって伝わってくる感情が、慈愛から怒りへとみるみるうちに変化していく。
「前言撤回です。とっとと落ち着けるところに行って全部話して貰いましょうか、和泉君(・・・)?」
そう言ってちさと、もとい知尋を見下ろす華は、これまでで最も怖い顔をしていた。
☆ ☆ ☆
そう、御角ちさとなどという少女は最初から存在しないのだ。
今回のデートは、華に「女の子と二人っきりでデート」している気分を味わってもらおうという知尋の趣向だった。
とある人物から女装のコツを教わり、愛華や真里亜、李狐の協力を得て衣装や化粧の問題を乗り越え、土曜の放課後に一夜漬けで立ち居振る舞いを叩き込んだ成果が先程までの「御角ちさと」である。
もちろん、これはひとえに知尋の容姿が女装向きだったお蔭。
それから、同年代の少女を殆ど生のまま観察する機会が沢山あったことも大きいだろう。
とはいえやはり付け焼刃。
引っ込み思案な女の子を演じつつ、主導権を華に譲ってなおギリギリだったはず。通用したのは、うまく華の好みにハマってくれたせいだと思われる。
「ええ、まんまと騙されました。ところどころ違和感はありましたけど、最後まで確証はありませんでしたとも」
華に半ば引きずられるように移動したのはとあるカラオケ店。
通路の位置関係的に人通りの少ない部屋を確保した華は、知尋を部屋に叩き込むなりドアを閉め、鋭い瞳でそう告げた。
「え、ええと……」
「返してください。凄く楽しかった私の気持ちと、ちさとちゃんを今すぐ!」
「ちょっと御宿さん、落ち着いて」
「落ち着けますか! いいから早くちさとちゃんを連れてきてください」
ソファに押し倒されたかと思ったら両肩を掴まれ無茶振りされた。
そう言われても御角ちさとは単なる役柄、どこにもいない架空の人物なわけで、知尋には「ごめんなさい」としか言いようがない。
「でも、割と借りは返せたと」
「足りません。これからお茶かお食事をして、ショッピングでもして、最後は静かな部屋で落としきる予定だったんです!」
落としきるって具体的にどうするのか、聞きたいような聞きたくないような。
「ごめん、あそこで目を合わせなければ良かったよね」
「そういう問題でも……あるんですけど」
釈然としない様子で呟いた華は勢いよく首を振り「もういいです」と言った。
彼女は知尋の上から身を起こすとテーブル上の飲食メニュー表を手に取りながら知尋を睨んだ。
「とりあえずやけ食いします。ご飯代くらいは奢ってくれますよね?」
「う、うん。もちろん」
それくらいは罪滅ぼしとして当然だろうし、もし嫌だったとしてもそれを言える空気ではなかった。