パスタにサラダにフライドポテト、フレンチトースト、ドリンク、おまけにデザートのケーキ……。
テーブルに大量の皿が所狭しと並べられていた。
なお、先に挙げたラインナップは全て華が自分で食べる用に注文したものである。やけ食いという表現は伊達ではなかったらしい。
「……ん。やっぱりこういう所の料理は味がしつこいですね。胸焼けしそうです」
「大丈夫? 残るようだったら協力するけど」
「それはまず、自分の分を食べきってから言ってくださいね」
良かれと思っての提案は軽く切って捨てられてしまう。
知尋が自分の分として頼んだのはベリーミックスのパンケーキとチョコレートパフェ。いずれも食事として不相応な甘さを誇っており、飲み物がストレートのアイスティーでなければ胸焼けして食べきれないかもしれないレベルだ。
本当は焼肉丼でも食べるつもりだったのだが、華に「その格好で?」と冷ややかに見られたので断念せざるを得なかった。
「それにしても和泉君の発想は異次元ですよね。女装した自分を別人として紹介するとか。変身願望でもあるんですか?」
「いや、これ、凄く恥ずかしいんだよ?」
今回の女装には学園祭の予行演習的な意味もある。
どうせ人前でメイド服を着るのだからと羞恥心はある程度捨ててきたが、それでも耐えられたのは「御角ちさと」を演じていたことが大きい。素でこの格好をして平気でいるにはある種の才能が必要だろう。
スカートはひらひらして動きにくいし、服にポケットがないのも凄く不便だ。
あと、映画館までの道中などで道行く男性の視線が気になったりもした。これは十中八九、隣にいた華を見ていたのだろうが。
……思いつつパンケーキとパフェを食べ進めていると。
自分の食事に集中しているように見えた華から注意の言葉が飛んでくる。
「大きく口を開けすぎです。もっと小さく切って食べてください。あと、なるべく唇は使わずに口の中へ入れるように。せっかくの可愛い顔が台無しです」
「ご、ごめん」
相手が知尋だと分かった途端、この辛辣な態度である。
しかしまあ、注意されたことは素直に守っておく。この後も学園祭の二日間は最低限、女装をしなくてはいけないわけだし。
「ところで……御宿さんは単純に真里亜が好きなだけじゃなくて、女の子全体が好きなんだよね? それって何か理由はあるの?」
食事の間を持たせようと話を振ると、華がじろりと睨んでくる。
「世間話の話題じゃないと思いますけど。……まあ、正確な理由は私にもわかりませんよ。気づいたらそうだっただけです。ただ……」
「ただ?」
「男の子を嫌いになったのは、多分、女の子を好きになった後です。真里亜ちゃんが男のいいように弄ばれるのが嫌だったんでしょう」
ここでも真里亜が出てくる。
しかし、彼女がいいように弄ばれると言うのは。
「それは、僕の話?」
「へえ。和泉君は真里亜ちゃんの意思を無視していいように弄んでるんですか?」
冷たく睨まれた。
どうやら、今のは藪蛇だったらしい。
華は嘆息して「違いますよ」と言った。
「昔の話です。それに、実際に弄ばれるところまでは行ってないはずです。要は私の想像ですね」
それは『あの人』と関わりがあるのか。
聞きたい気もしたが、そうしたら今の一応穏やかに進んでいる状況が壊れてしまうだろう。
また、聞いてもおそらく答えてはくれない。
たんっ、と。
フライドポテトにフォークを突き立て数本をまとめて持ち上げつつ華が言った。
「……まあ、そういう意味では、真里亜ちゃんが幸せそうなのは不幸中の幸いです。あくまで男の中ではマシ、っていうだけですけど」
褒められているのだろうか。
首を傾げたところで、華は「この話は終わりです」と言った。せっかくなので普通の世間話がしたいらしい。
「そうそう。実行委員会のことですけど、あの二年の男子どう思います? ちょっと適当に考えすぎだと思うんですよ」
「え、誰のこと?」
「はあ? あの人ですよ、ほら、目つきが見るからにいやらしい感じの」
と、主に華がしゃべり続ける形ではあったものの、話は意外に弾んだ。
一段落する頃には食事も終わり、店員に食器を下げて貰うと再び静寂が戻ってくる。入室時に予約していた二時間には少々まだ余裕があった。
「どうしようか。何か歌う?」
尋ねると華は「んー」と考えこんだ後、何やら微笑む。
嫌な予感がしたものの狭い個室内に逃げ場はなく、知尋はまんまと追い込まれる形でソファの隅、角の部分に追いやられる。
妙に身体を密着させたまま、華が眼鏡を外してテーブルに置いた。
「御宿、さん?」
「駄目ですよ、『ちさとちゃん』。ちゃんと華さんって呼んでください」
「いや、それは」
もう終わった話、と言おうとした唇を細い指が塞いだ。
顔が近い。知尋の命令でも真里亜のお願いでもなく、華とこんな風に見つめあったことがあっただろうか。
交わした視線から感じるのは――嗜虐心?
背筋が寒くなる。おそらく知尋の能力を奪おうとか策略を巡らせているわけではないのだろうが、この少女がSっ気を剥き出しにしている時は碌なことがないはず。
「ね……ちさとちゃん?」
キスされた。
優しく触れるようなキス。肩に触れる手もソフトタッチで、身体のラインに沿って指と手のひらが這わされていく。強引な感じはしないのに、彼女の導きに従って自然に身体の力が抜けていく。
どさ。
入室時と同じようにソファへ押し倒される。ストールが外れて床に落ちるが、華はそれに目もくれなかった。
「華、あの」
「華さん、でしょう?」
甘い声。
囁かれると脳が蕩けて思考が鈍る。
おかしい、いつもと全然違う。
華の態度と責め方が本格的かつ官能的なこと。慣れない服にソフトな拘束感を覚えていること。少し前まで「御角ちさと」として立ち居振る舞いを制御していた影響で、感じ方がやや女性に寄ってしまっていること。
相乗効果が、知尋を華に逆らえなくしていく。
……もちろん、頭の片隅に冷静な部分は残っている。
無茶な要求に出てくれば跳ねのけるが、同時に今この場だけの行為であればどこまでも流されることができる。プレイの一環として、知尋は「御角ちさと」になりきらされる。
「……華さん、ここでするのは恥ずかしいです」
高い声を意識して囁けば、華が嬉しそうに笑った。
「大丈夫ですよ、ちさとちゃん。このカラオケは『そういうこと』に配慮した造りとシステムになっているんです」
「え、どうして……」
「下調べしてあったからに決まっているじゃないですか」
恐ろしく用意周到な話だった。
デートが始まる前からちさとを連れ込んで『そういうこと』をするのを想定していたのか。
真里亜に熱を上げていながらその態度は浮気なのではと思わなくもないが、さすがにそれは知尋が言えた義理ではない。
あるいは知尋と真里亜関連でストレスが溜まっているのかも。
「こういうこと、お友達ともするんですか……?」
「まさか。学校では大人しくしていますよ。恋愛のトラブルは後を引きますからね」
他校の生徒である『ちさと』が相手なら多少の火遊びは問題ない、ということか。
……そう聞くと、彼女は実は知尋と同類なのではないかと思えてくる。
それにこの状況は知尋としても願ってもないことだった。
女装してのデート、などという手段を選んだ理由。
それは華に伝えたものが半分。
もう半分は事前に真里亜達へ伝えた通り、華を篭絡するための作戦だった。
きっかけは少し前、『願望暴露』の能力によって華の性的願望を覗き見たこと。あの時見た願望には華と真里亜、そして知尋にそっくりの少女が映っていた。
つまり、華は知尋の容姿を割と気に入っている。
もし女の子なら真里亜と一緒に手籠めにしたいと思っている……ならばそれを利用しない手はない。さすがに性転換は無理だが、女装なら道具を揃えて練習すればなんとかなる。
これを期に華から知尋への印象が変化してくれれば、という目論見は、どうやらある程度成功したようだった。
「ふぁ……あ」
「ふふ。ん……ちゅ」
キスの雨が降る。
頭はとろとろに蕩けていて身体に力が入らない。まるで本当に女の子になってしまったようにふわふわした心地。
華は身体を強引に押し付けてくるのではなく、軽く乗るような形で知尋を押し倒したまま、優しく甘いキスを続けた。
「可愛い。ちさとちゃん、もっと気持ちよくなって」
「ああ……」
半開きの唇から舌を割り入れ口内を愛撫したかと思えば、いいところで責めを止める。欲しい、とはしたない思いをよぎらせると、すかさず責めを再開する。
そうやって身体に華の味を覚え込ませていく。
恐ろしい手管だ。
話を聞く限り、学園に入学してから性経験を積む暇はなかっただろうに。中学時代の経験か、あるいは知尋達にさんざん嬲られた経験を昇華しているのか。
「……さて。ここはどうなっているんでしょうね」
「やっ」
さわさわと、スカートの上から股間を撫でられた。
疼くような刺激に身体が跳ねる。
「へえ」
指がかすかにスカートの下にもぐる。
「ちゃんと下着も女の子のを穿いているんですね。可愛いです」
「は、はい」
風でスカートがめくれた時や階段を上った時、高低差のある場所を歩く時など、もし下着を見られても大丈夫なようにだ。
知尋は普通に男物の下着でいいと思っていたのだが、女装をレクチャーしてくれた人物や女性陣から猛反対を受けてこうなった。色は上下とも清純な白である。
……ショーツは普段の下着と違いぴったりしていて落ち着かない。
特にペニスが包まれ勃起を制限される感覚は筆舌しがたいものがあった。女性下着で擦るプレイもあったりするくらいなのだから、その気持ちよさは推して知るべしだ。
「それなら都合がいいです。このまま可愛がってあげますね」
ちゅ。
首筋にキスをした華は、知尋の着ているセーターを捲り上げる。
そうして胸、身に着けた白いブラを露出させると腕を回して背中のホックへ手をかける。
「邪魔なものは外しちゃいましょうね……」
「や……」
止めて、と言う前にホックが外された。
ブラがずり上げられて乳首が露わになる。
女の子と違い上半身の露出には慣れているものの、脱がされ視姦される状況にプレッシャーを感じる。
着けている時はブラの締め付けに落ち着かない気分だったが、それがちさととしての演技に一役買っていたのも事実。にもかかわらずそれが無くなったとなると、拠り所をどこに持っていいかわからず落ち着かなくなる。
演技の仕方が頭から抜けていく。
「ちさとちゃんは乳首でイけるでしょうか」
「んっ」
華の唇が、知尋の小さな乳首を咥えた。キスで性感を高められている上、乳首は何度か奉仕で責められた経験がある。
感度は思ったよりもずっと高く、身体が華の責めにいいように反応してしまう。
「可愛い声、沢山聞かせてくださいね」
「だ……っ」
なおも華が女の子として扱ってくるので、知尋の反射的な動きもそれに沿ったものとなる。
舌先で触れられ、舐めまわされ、女の子みたいに喘ぐ。
「あっ……ん」
自分の出している声だというのが信じられない。自分の声に自分の心が更に染められ、落とされる。
右と左の乳首を交互に責められ、やがて口に含まれていない方の乳首は指でコリコリと弄られるようになると目がチカチカして何もわからなくなる。
ショーツに覆われたペニスが痛いほど苦しい。
「さ、イっちゃいましょう、ちさとちゃん」
「あ、あーーっ!」
絶頂した。
びくんと身体が跳ね、そこを華が優しく抱きしめる。彼女の温もりを感じながら、股間からショーツの内側に白濁液がとめどなく溢れる。
……ペニスへの刺激なしで射精してしまった。
女の子がイクみたいに、乳首を責められてイってしまった。
はあ、はあ……。
呼吸を整えながらぼんやり上を見上げる知尋を、華が穏やかな声で褒めてくれる。
「よく頑張りましたね。とっても可愛かったですよ」
「あ、ありがとう、ございます」
頭を撫でられる。
とくん、と胸が跳ねるのがわかる。
と、華は知尋の上に乗ったまま自身の身体の向きを百八十度変える。
「さあ、まだまだ終わりませんよ。次は私を気持ちよくしてくださいね」
「……はい」
ワンピースのスカートが捲れて白と黒、ツートンカラーのショーツが露わになる。
男性特有の、射精後に訪れる倦怠感を味わう暇も無く続く性行為に、知尋は支配される倒錯感を受けながらも素直に従った。
……途中、かかってきた延長確認の電話に、華から責められたまま出させられたりしつつ、二人は長くセックスを続けた。
結局、華は最後まで殆どペニスに触れなかった。
知尋は数回ほど絶頂を迎えたものの、それは全て乳首責めだったりキスだったり別の箇所への刺激によるもので、徹底的にレズセックスの模倣に拘っていることが窺えた。
「下着、ドロドロにしちゃってごめんなさい。良かったら私のを穿きますか?」
「い、いえ。それじゃあ華さんが大変じゃないですか」
「いえ、私は替えを持っているので」
と、別のショーツをバッグから取り出す。
ならそっちを貸してくれればいいのにと言ったら「マーキングですよ」と言われた。
「っていうか、ぶっちゃけその下着はもう穿かないので後で捨ててください」
嫌なぶっちゃけだった。
「……まあでも、結構楽しめました。悔しいですけど顔は凄く好みですし、『ちさとちゃん』って」
服の乱れを直し、眼鏡を掛けた華がにやにやと言ってくる。
なんだか格好のからかいネタを与えてしまったのでは、と今更ながら思った。
自分の身支度を整えた後は、何やら知尋の分まで世話を焼いてくれつつ、華はぼそりと言ってくる。
「交換条件です」
「……え?」
「また女の子の格好をしてくれるなら、もう少しくらい『ご主人様』と認めてあげてもいいです。か、勘違いしないでくださいよ。和泉君の傍には可愛い子が何人もいますから。どっちかというとそっちが目当てなんですから」
言いつつ、華はしっかりこの間頼もうとしていた内容――鳳と鈴に関するもう少し突っ込んだ身辺調査も請け負ってくれた。
やはり女装が絶大な効果を発揮したのか。
「前にお伝えしたではありませんか。もう華さんは知尋様を害せないと。あの時点で、彼女は知尋様の手に落ちていたのです」
帰宅後、話を聞いた真里亜はそう言って微笑んでいた。