休み明けの月曜日。
試験が終わり、学園祭まで一週間を切ったことで校内は再びムードを一変させる。座学は各教科とも答案返却で時間を使うこともあり、今からお祭りの予兆が始まっている感じだ。
今日から学園祭実行委員会は毎日活動があり、生徒会も忙しさを増す。
「真里亜も大変だね。毎日委員会で居残りなんて」
「愛華さんこそ。普段から放課後に残っているでしょう」
その日の昼食は愛華に加えて真里亜と李狐も一緒だった。
知尋と愛華が同じメニューを食べ、李狐が手製の弁当をつつく中、真里亜は相変わらずコンビニのパンだ。これについては本人も特に気にしていないようで「朝食と夕食で栄養は調整しているもの」とのことである。
真里亜の騒動以来、こうして四人で食事をする機会が増えた。
この面子が集まる時はだいたい他のメンバーは加わらない。クラスメートは男子はもちろん女子も少々、間に割って入るのを遠慮してしまうらしい。
「ようお疲れ。いやしかし、二十人しかいないと和泉達が抜けるだけで結構デカいよなー」
何も気にせず声をかけてくるのは二枚目半のクラス委員くらいのものである。
「クラスの方、大変?」
「んー、まあ、楽ではないって感じか。メインは女子の担当だから男は平和だよ」
調整役に回っている舞阪自身は多忙なのだろう。
目に隈を作った彼によると、メニューや大まかな内装デザイン等はほぼ確定しているらしい。それを元に、男子達はこれから馬車馬のように働かされることになる。
適材適所。力仕事は男の方が向いているのだから仕方がない。
また、メイド服のデザインも既に決定しており着々と制作進行中。
「あたしも今日からは残って手伝うよ」
と、李狐が言う。
マンションに集まる面々の中では唯一、学園祭全体の運営には関わっていない立場なので、その分クラスの方を担当してくれるらしい。
本格的に忙しくなってきた、ということだ。
試験が終わってからの数日は『あの』真里亜でさえ疲労が心配らしく、なるべく早めに休むことを心がけているほどだ。それでも知尋との行為には手を抜いていないが。
李狐も忙しくなれば家事も滞る。
夜の行為をいったん止める……のは真里亜が嫌がるだろうから、ある程度軽めにしたり、夕食を店屋物で済ませる提案も視野に入れるべきかもしれない。
「衣装は当日までに間に合うのかな?」
「大丈夫だよー。もう何着かできてるし」
舞阪が割って入ったのを見て女子生徒が一人口を挟んできた。衣装の制作を主導してくれている生徒である。
彼女は笑顔のまま知尋の傍に寄り、声をかけてくる。
「それで、できれば和泉君に試着してみて欲しいんだけど」
「いいけど、今?」
「うん。できれば早い方がいいかな。放課後は逆に都合悪いでしょ?」
確かに。実行委員会に生徒会とやることは満載で暇を取りづらい。そう考えると今のうちにぱぱっと済ませてしまった方がいいか。
知尋は残ったお弁当を素早く平らげると、しっかり片づけてから立ち上がった。
「じゃあ、更衣室……は、ちょっと難しいかな」
「往復してると時間かかるし、私達が男子更衣室の近くまで行くのもちょっとアレかな」
仕方ないので窓際にあるカーテンの裏で手早く着替えることにした。
制服の上着は邪魔になるので脱いでしまい、自席の椅子に掛けておく。
女子手製のメイド服を受け取り移動しようとすると、目ざとく他の生徒達が注目しだした。
「お。和泉が着るのか」
「よし。カメラ用意しておこう」
「いや、こっちは気にしないで貰えると……」
無駄と思いつつ釘を刺してからカーテン裏に移動した。手早くシャツとズボンを脱ぎ、ロングスカートのワンピースに足を通す。後ろにファスナーがついた、シックかつシンプルな衣装だった。
それでいて、肩部分のふんわりした膨らみや袖のデザインには努力というか、意地でもオリジナリティを残さんとする作り手の意思が感じられる。
特に文句のつけようはなさそうな気がするが。
後ろ手にファスナーを上げ――知尋は比較的、身体が柔らかい方だ――しっかりと着てからカーテンを出た。
おお、とギャラリーのどよめき。
「意外に似合わないな」
「髪とかそのままだからじゃね?」
言いたい放題だった。
苦笑しつつ先の女子生徒に向き直る。昨日の経験を思い出し、できるだけ思考を『ちさと』に寄せつつ一回転してみる。
ふわりとスカートが広がる。動きに無理が出る部分もない。
「サイズはこれで問題ないんじゃないかな」
「そうだね。見た目の方はウィッグ被ってもらうし、上からエプロンも着けるから大分印象変わるだろうけど……何か気づいたところとかある?」
「……ええと」
昨日のウィッグを被り、シンプルなエプロンを身に着けた姿を想像する。
「胸のところにリボンとか付いてたら綺麗かな、とか」
「あー、やっぱり思う? 私も考えたんだけどさ、あれ結構手間かかるんだよね。時間が余ったら挑戦してみたいけど」
直感的な呟きは幸い、女生徒にもすんなり受け入れられた。
ちょっとした達成感から笑みが浮かぶ。
「なら、このままでいいと思うよ。可愛いと思う」
「そう? ありがとう和泉君」
後日、女子と普通にファッションの話をする男、という不名誉な噂が流れた。
☆ ☆ ☆
学園祭実行委員会の活動は既に「会議」から「作業」へと重点を移している。
初めに新規連絡事項や問題点の提出等、実行委員全員での集まりを設けた後は各自、決められた役割分担に従って作業に入る。
ポスターや各種印刷物の作成、門を飾り付ける準備や大規模イベントの準備、学園祭中に放送で流す音楽のリスト作成や音源の収集等々、手分けしないと終わらない作業が目白押しなのだ。
そして、これらの作業についてまで議事録を作る必要はない。
何かあった時のため、その場にいる意味はあるが、それもケースバイケース。作業が難航しているわけでもないのなら、生徒会の仕事を手伝う方がいい。
というわけで、知尋は何かあればスマホで連絡するよう真里亜や華、実行委員長に伝えて生徒会室へ戻った。
「あー、お帰り下僕」
「ただいま戻りました」
物凄い台詞で出迎えてくれるルシルに会釈を返す。何度も顔を合わせたお蔭で彼女の物言いにも多少は慣れた。
他の三人も勢ぞろいしていて、苦笑しながら視線で歓迎してくれる。
大テーブルの上にはいつも通りお菓子が置かれ、室内にはコーヒーの香りが漂っているが、面々はのんびりお茶会ムードではなくそれぞれの仕事をこなしていた。
「和泉君、日曜日は楽しく過ごせましたか?」
「はい、お蔭様で」
綾瀬に答えつつ荷物を置き、自分の分のコーヒーを淹れた。
カップとインスタントコーヒーの位置ももう覚えている。おかわりを淹れさせられたことも両手で足りない。
「今は何をしてるんですか?」
「書類仕事と、それから生徒会主催のイベントね」
「生徒会主催の……」
そう言えば、そう言うのがあるのは知っていたが殆どノータッチだった。
学園祭では各クラスの企画展示がメインになるが、それ以外にも有志団体が実施するものや、実行委員会が主催するものもある。
例えば実行委員会ではミスコン等を開催するはずだが、生徒会のイベントは。
「ポイントレース、でしたっけ」
「そ。毎年恒例のね」
説明ついでに脳内を整理するつもりか、ルシルが作業の手を止めずに答えた。
このポイントレースは柴鳳学園独自の風習で、普通のアトラクションやスタンプラリー等とはやや異なる性質を持つ。
そこで四葉がルシルの説明を引き継ぎ、言葉を紡いだ。
「対象は学園の生徒だけで外部の方は参加できません。生徒の希望者だけが参加する、学園祭全体を使った腕試しのようなものです」
参加者は学園祭期間中に複数のチェックポイントを巡り、そこで様々なチャレンジを行って成果を競う。
チェックポイントは生徒会が設置したものとは限らない。各クラスの企画展示(主に遊戯系の出し物)等も対象となり、回り方は自由。全てを回りきらなくても良い。
そして、各チェックポイントでの結果はポイントの形で集計される。
『上位者には賞品も出る。一位は学食や購買で使えるクーポン一万円分』
「体育祭の十倍ですね」
あの時は団体戦で今度は個人戦なので一概に言えないが、結構太っ腹だ。
時間に余裕さえあれば参加しない手はない気がする。
「参加者を募るためにね。これは次のイベントのために優秀者を発掘する企画だし」
「イベント、って、生徒会役員選挙のことじゃないですよね?」
「ええ。学校対抗戦……『落とし物』養成校同士が競い合う催しのことです」
言われてみれば、知尋も入学前のパンフレットで見た覚えがあった。
柴鳳学園や札幌の紫鶴学園等の『落とし物』養成学校が各々、代表者を出し合って切磋琢磨するイベントだ。各学園は所在地が離れているため対立色は薄くスポーツ的な意味合いが強いが、一応は学校間の格付けを決める意味合いもある。
自分には関係ないと大して気にしていなかったが、なるほど、その代表者選定に学園祭が一役買っているのか。
「まあ、対抗戦の方は今んとこ『そういうのがある』って認識でいいわ。でもポイントレースには知尋も参加しなさいよ」
「え、僕もですか?」
出たところで上位には|入れない(・・・・)自信があるが。
「当たり前でしょ、生徒会のイベントなんだから。賑やかしでもPRに協力しなさい」
「……なるほど」
そういうことなら参加してみようと思う。クラスの手伝いもあるので、そもそもレースに参加する時間がどれだけ取れるか不明だが。
「んじゃ、理解したところで手伝いなさい。はいこれ」
「了解です」
渡された書類を、知尋はさっそく片づけにかかった。
☆ ☆ ☆
長時間の頭脳労働を終えた後、生徒会室を出て実行委員会へ。
すると、もう少しで真里亜と華も一段落する様子だったので、作業を少しだけ手伝ってから三人で帰った。
空は夕暮れどころかすっかり暗くなって星が輝いている。
心なしか三人の足取りもそれぞれに重い。
「華さん。今日は家に寄っていく?」
「んー……そうですね。特に用もありませんし直帰したいところですけど。ちょっと待ってください」
連れ立って歩きつつ、華が何かを思い出したようにスマートフォンを取り出す。
しばらく端末を操作していた彼女は頷いて、
「やっぱり。父から調査結果が来てますね。そういうことなら直接皆さんに話した方が早いでしょう」
マンションへ帰ると、李狐と愛華はもう帰ってきていた。
「お帰り。お風呂とご飯できてるよー」
「ありがとう、二人とも。疲れてるでしょうに」
「気にしないで。私達のお仕事の方が軽いはずだし」
とはいえ皆、それぞれに疲労が溜まっている。
食事の前にシャワーを浴びるとお休みモードに突入しそうだったので、先に食卓を囲みつつ、華の調査結果を聞くことにした。
――華に依頼していた調査は迅速に、一日足らずで完了したらしい。
もともと、調べようとしたのは隠されている情報ではなく、探偵が必要なレベルの話でもない。
ある程度の地位にいる人間なら何の気なしに知れる情報だったため、短時間で済んだ模様。
「前理事長の鳳さんは現理事長、鳳由司の兄ですね。病に侵された兄から指名される形で理事長職に就いたようです」
「病気だったの? じゃあ……」
「はい。前理事長は既に亡くなっています」
三十代での病死。
まだまだ若く、無念はあっただろう。後任に弟を指名したのは、せめて近しい人間に志を継いで欲しかったからではあるまいか。
前理事長には妻や子供もいなかったようだ。
「ですが、どうやら婚約者がいたみたいですね。彼女は当時、まだ大学一年生」
「華さん。その人の名前は?」
「驚かないでくださいね。鈴……黒羽鈴です」
「……それって」
李狐達が息を飲むのを感じつつ、知尋は心のどこかで「やっぱり」と思った。
漠然と予感のようなものはあったのだと思う。鈴と鳳に何かしらの関係があるのは分かっていたし、鈴が知尋に姓を隠していた理由を考えれば、裏事情が存在するのも当然のことだ。
……しかし、黒羽姓とは。
鈴は、四葉の姉だということか。四葉からそういう話を聞いたことはないが、そもそも彼女は知尋と鈴の関係を知らない。
聞かされている方がおかしな話だろう。
「兄弟の婚約者なら、鈴さんと理事長も当時から親交があって不思議じゃないかな」
鈴と鳳は当時から仲が良かったのではないか。
だから鳳は鈴を気にかけているのではないかと連想する。
「そうですね。そこまでの情報はありませんが、自然な話だとは思います。……それからもう一つ、割とびっくりする情報がありまして」
「え、まだあるの?」
「ええ」
目を丸くする李狐に、華はくすりと笑って頷いた。
「現理事長の鳳さんは、現生徒会長の黒羽四葉先輩と婚約しているようです。兄弟姉妹同士の婚約、美しいですね」