※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第九十九話 鳳と黒羽

 鳳家と黒羽家はもともと家ぐるみで親交があったらしい。

 その縁で長男長女、次男次女をくっつける話が持ち上がったのだろうと華は語った。

 

 ――四葉の婚約者が鳳だったとは。

 

 これはおそらく綾瀬や万里歌、ルシルも知らない事実だ。

 しかし、それなら最初に集められたのが理事長室だったことも納得がいく。二人がある程度、気軽に連絡を取り合える仲……親密な関係だったからこそああなったのだ。

 ……もしかすれば、知尋と直接顔を合わせたいという鳳の思惑もあったかもしれない。

 

「現理事長の婚約が、前理事長の亡くなる前か後かはわかりません。婚約は役所に届け出が必要だったりするものでもないですから」

 

 前理事長が亡くなった時点で、彼と鈴の婚約は解消している。

 ならば、代わりに鳳と鈴が婚約する道もあったはず。そして、実際にそうならなかった理由が何なのかは出来事の時系列によっても変化する。

 

「……重要なところだけれど、わからないものは仕方ないわね」

 

 真里亜が嘆息する。

 

「その『鈴さん』に新しい婚約者は?」

「不明です。いるかどうかもわかりません。黒羽鈴に関しては最近の情報自体が殆どありませんでした」

 

 やはり細部は不明な点が多い。華の父親でも深く踏み込めば危険があるのだろう。あくまでも華を通した間接的なコネである以上、あまり多くを望むこともできない。

 

 しかし、わかったことも多い。

 例えば、鈴が鳳に反感を抱いている理由もなんとなく理解できた気がする。

 

 ――保護と称して鈴を束縛しながら、自分は他の女と婚約している。

 

 子供の理屈なのかもしれないが、鳳のやっていることは横暴だと思う。成人した女性が翼をもがれて籠の鳥ではあまりに可哀そうではないか。

 どうしても鈴の側に傾きがちな知尋個人の心情を差し引いても納得できない。

 

「……鈴さんの事情が考えている通りなら、何とかしてあげたいな。そうでなくても、せめて話くらいはしてみたい」

 

 呟くと、少女達が思い思いの表情を浮かべて知尋を見る。

 

「気持ちはわかるけど……」

「方法はあるんですか? 情報は増えましたけど状況は殆ど変わってませんよ」

 

 愛華と華だ。彼女達の言う通り、現状は多少わかったことが増えただけ。鳳から下された鈴との接触禁止については何も変わっていない。鈴と話ができないのでは説得も交渉もしようがない。

 しかし、無暗に禁を破るにはあまりにも状況が悪い。

 家柄や、個人の恋愛話に首を突っ込んでも仕方ないと考えて――何も知らなかったことにして諦めたが穏便だが……。

 

 そこで、李狐が口を開いた。

 

「……その鈴って女を見捨てるのはいいんだけどさ」

「李狐」

「いいから、とりあえず聞いてよ。……見捨てるのはいいけどさ、もしそうしても知尋が弱みを握られてるのは変わらないよ? むしろ、そっちの方が問題じゃない?」

 

 このまま待っていれば鳳は鈴との関係を修復するかもしれない。

 しかし、二人が仲直りできるかどうかと知尋の処遇には本来何の関わりもない。現状は鳳から一方的に脅されている状況で、知尋の立場がどうなるかは鳳の良心に頼っている。

 

 いつ彼の気が変わるかはわからない。

 ……もちろん、鳳だって事を荒立てたくないのだろうとは思う。だからこそ迂遠な手段を取っているわけで、そう考えると可能性としては低いと考えられるが。

 可能性があることが。

 対処しなければ永遠に残り続けること、それ自体が恐ろしい。

 

「――だったらいっそ、その『鈴さん』を味方にした方がマシじゃない?」

 

 毒食えば皿まで、ではないが対立前提なら味方は多い方がいい。

 李狐がそう締めくくると愛華達も唸った。

 

「知尋様、私も李狐に賛成です」

 

 そして最後に、真里亜が静かに知尋へ告げる。

 

「己の欲望で悩む女を見捨てるのは、知尋様らしくありませんから。知尋様は『彼女』を助けるべきです。助けていただきたいと、私はそう思います」

「……真里亜、それってどういう意味?」

「私が今、私でいられるのは知尋様のお蔭だということよ、愛華さん」

 

 睨むように尋ねる愛華に真里亜は微笑んだ。

 

 ……知尋は真里亜と出会い、彼女の欲望を受け入れることで力を得た。

 今も、こうして真里亜と共にある。

 李狐も華も、そして愛華も。欲望を肯定する知尋の姿勢に惹かれてここにいる。知尋に抱かれる愛されることを良しとしたからこそ今がある。

 

 だから、これからも欲望を肯定し続けることが知尋のあるべき姿だと。

 彼女が言いたいのはそういうことだ。

 

「でも、それは真里亜の考えでしょ?」

「そうね。例えば、李狐や華さんから見れば話は違うでしょう」

「……ん。まあ、そうかな」

 

 水を向けられた李狐は苦笑して頷いた。

 彼女と華は当初、知尋と敵対していた人間だ。二人は己の欲望、心の闇を一度、知尋に叩き壊されている。そういう意味では肯定どころか否定された側だとさえ言える。

 しかし、李狐は苦笑を笑顔に変えて。

 

「でもさ。結局こうやって傍に居させてくれてるんだから知尋って甘いよね。そういう意味では真里亜の言うことも間違ってないんじゃない?」

「そうですね。和泉君はいつも詰めが甘いです」

 

 華は李狐に同意しつつ、いつも通りに辛辣だった。

 

「……甘いから、私は今こうして生きていられるんでしょう。真里亜ちゃんが笑顔でいられるんでしょう」

「……そっか」

 

 愛華が息を吐いて沈黙する。

 彼女はしばらく間を置いた後、真里亜を見てゆっくり首を振った。

 

「わかるよ。でも私は反対。私にとっては知尋君と一緒にいられるのが一番大事だもん。それは知尋君が退学になったら駄目になっちゃう」

 

 家族関係的にも金銭的にもある程度、自由な立場にある真里亜は何らかの方法で知尋についてくるかもしれない。

 李狐もいざとなればバイト等で資金を溜め計画的に家出するくらいはやるだろう。

 華は別に知尋と離れようが切実に困ることはない。

 しかし愛華は違う。

 知尋と一緒にいられる最も高い可能性に縋るなら危険を避けるのは当然だ。

 

「優先順位は私と知尋君が一番。だから極端に言えば、真里亜ちゃんや李狐ちゃんがどうなっても知尋君が助かるならその方がいい」

 

 例えば真里亜に李狐に華、三人ときっぱり別れて普通の高校生に戻れば、退学処分を受ける可能性はおそらく下がる。

 鈴のことだけで退学処分を下す大義名分になるかは微妙なところだ。

 

 素直に毒を吐く愛華に、真里亜が微笑んで頷いた。

 

「愛華さんも随分、知尋様の色に染まってくれたのね」

「え……?」

「そうでしょう? 好きな人のためなら容赦なく友人を切り捨てる、そんなやり方を、昔のあなたは選んだかしら?」

 

 愛華がはっと表情を変えた。

 

 真里亜が欲望を肯定されたように、愛華もまた知尋と付き合ううちに心の黒い部分を曝け出せるようになってきている。

 誰にでも優しくできる愛華の気質を損なう反面、言いたいことをはっきり言えるのは決して悪いことではないはずだ。

 

 再びの沈黙の後、愛華はゆっくりと頷いた。

 

「わかった。でも、やるからには絶対失敗しないようにしようね。でないと私、どうしていいかわからなくなるから」

 

 誰のためにも失敗できない。

 重い責任を感じながら、知尋は愛華に頷いた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 できるかぎり穏便に状況を打開する方法を。

 五人で色々と頭を悩ませてみたものの、結局、最後に落ち着いたのは「鈴が駄目なら鳳から情報を引き出す」という素直な案だった。

 

 圧倒的な権力に対抗する方法はそう多くない。

 別の権力に頼るという分かりやすい方法は使えないので、知尋達は別の手段に頼るよりない。

 そこで情に訴えかける。あるいは弱みを握って脅し返す。

 いずれにせよ、必要になるのは鳳と再度接触することだ。

 

 幸い、鳳との接触は禁じられていない。

 

 月曜の夜のうちに「黒羽鈴さんと黒羽四葉さんについて会って話がしたい」とプライベートアドレスに送信すると返事はその日のうちにあった。

 翌日の昼休み、一人で来るようにとのこと。

 

 約束の時間、理事長室を訪れるとすぐ不機嫌な声が飛んできた。

 

「任せろと言ったはずだが」

「あんなことを知って放っておけません」

 

 カモフラージュのため弁当箱を持ってきたところ、鳳は「好きに食べればいい」と、執務机に向かったまま吐き捨てる。

 

「どこで嗅ぎつけた?」

「風の噂です。本気で隠していることでもないですよね?」

「………」

 

 憎々しげな視線を受け止めつつ弁当箱を開く。

 

「恋人の手製か?」

「はい、そうです」

「……愛し合っている相手がいて、何故別の女に手を出す。相手を悲しませるだけだろう」

 

 鳳の指摘は正しい。

 あくまでも一般論としては、だが。

 

「なら、鈴さんを縛り付けて恋もさせないのは正しいことなんですか?」

「……彼女を名前で呼ぶなと言ったはずだ」

「話を逸らさないでください」

 

 鳳がため息を吐いた。

 

「君には関係ない」

「知り合いが悩んでいるのに無関係でいられるはずがありません」

「鈴とは関わるなと言ったはずだ」

「今まで鈴さんと話した思い出まで忘れろとは言われていません」

 

 話は平行線のままだが知尋は食い下がる。

 言い合いを続けていられるのは、知尋が論理ではなく感情で話しているから。納得できない気持ちをそのままぶつけているからだが、子供の駄々ほど始末に負えない物もない。

 

「私は鈴の保護者だ」

「鈴さんはもう大人です」

「子供だよ。鈴はまだ子供だ」

 

 確かに、子供の前でビールを美味しそうに飲む女性が立派な大人だとは思わないが。

 

「自分は黒羽先輩と婚約しているのに、鈴さんのことは縛り付けるんですか?」

「言ったはずだ。鈴には別に恋人がいる」

「……その人は生きているんですか?」

 

 暗に鳳の兄、前理事長のことを示す。

 これは賭けのようなもの。確証のない憶測を元にした挑発だったが、

 

「……何が、言いたいんだ!?」

 

 逆鱗。

 遂に、鳳が明確に声を荒げた。

 

「鈴さん自身が亡くなった人を思っているならいいです。でも、他人が彼女を縛り付けるのは違うと思います。死んだ人は生き返らないし喋りもしないんだから」

「お前に、私達の何がわかる!」

 

 だん!

 鳳の拳が執務机を叩く。

 彼が憤るのも当たり前だ。今、知尋がやっているのは彼らの事情を土足で踏みにじる行為なのだから。

 しかし。

 

「わかりません。何も知らされていないんですから。でも、だからこそこのまま納得なんてできません!」

 

 箸を止めて叫んだ知尋を、鳳がきっと睨んだ。

 強烈な憎悪を含んだ視線。

 彼は執務机を足早に迂回して知尋に歩み寄ってくる。それをただ睨み返していると、スーツの袖に覆われた両腕が知尋の首に伸びて――。

 

「やめて!」

 

 上がった悲鳴に腕が止まった。

 初めて会った時に見たレディーススーツ姿の鈴が、いつの間にか室内に立っていた。また仕込みかと思ったが、鳳も目を見開いて驚きを表している。

 

「来ていたのか」

「呼んだのはそっちでしょ? わたしは来たのを知らせなかっただけ」

 

 冷たい声。

 鈴が知尋の方を振り返った。

 哀しみを含んだ笑顔。

 

「知尋くんの言う通りだよ。わたしに恋人はいない。婚約してた人は何年も前に死んじゃった。私の処女を奪ってくれないまま」

「やめろ、鈴!」

「やめない!」

 

 鳳が怒声を上げれば鈴も叫ぶ。

 教員が通りかかれば騒ぎを聞きつけて飛び込んでくるのではないかという有様だが、幸い今のところそういう気配はない。

 鈴は両腕を持ち上げて宙に振り下ろすともう一度叫ぶ。

 

「もういいよ! あの小屋からは出ていくし、今のお仕事もやめる! ゆーちゃんの顔なんて二度と見たくない!」

 

 感情の爆発。

 一度、女性がこうなってしまうと簡単に落ちつかないのは知尋も知っている。もちろん全ての女性がそうだとは言わないが、

 

「行く宛てはあるのか? 生活費はどうする? 家の方々にはなんて説明するんだ。仕事を辞めるって、言っただけで処理が行えるわけがないだろう。手続きには時間がかかるし引き継ぎだって――」

「うるさい!」

 

 本気で怒ったり悲しんでいる時、それはままならない気持ちを抑えきれなくなった結果であって、論理的に考えての行動ではない。

 そんな時に「正論」を投げかけられれば、自分そのものを否定された気分になる。

 自分が今、悲しんでいることよりも正しさを通すことの方が大事なのだと、そんな風に悪い方、悪い方へと思考を巡らせてしまう。

 

「……鈴」

 

 鈴の荒れ様をようやく理解し、どうしていいかわからなくなったのだろう。

 呆然と立ち尽くした鳳に鈴は告げた。

 

「わたしはどうせお家から勘当されてるようなものだし、お仕事だって今は特別無いでしょ。新しい人を見つけて教えるのはわたしの仕事じゃない。貯金だってそれなりにある」

 

 これで満足か、とでも言いたげに彼女は鼻を鳴らした。

 そうして知尋を振り返り、傍まで歩み寄ってくる。

 

「行こう、知尋くん」

「でも」

「大丈夫」

 

 彼女は微笑んで再び鳳を見る。

 彼は未だ同じ場所に立ち尽くしたままだった。

 

「無理矢理何かするならすればいいよ。わたしのおうちに『自分は娘さんを怒らせました』『腹いせに生徒を一人退学にしました』って伝えたければそうすれば」

「鈴っ!」

 

 鳳が顔を真っ赤にして怒声を上げるが、もはや鈴に聞く耳はなかった。

 ……どうしようもない。

 この場は去るより他にないと、知尋は弁当箱を片づけて立ち上がった。

 

「行こう」

 

 鈴が手を取ってくる。

 これで二人は鳳から認識されなくなったはずだ。

 理事長室のドアを開けて廊下に出て、鈴に手を引かれるまま歩く。

 

「あの、鈴さん」

「やっと名前で呼んでくれた。まさか帰れなんて言わないよね?」

「いえ」

 

 今更そんなことを言えるはずがない。

 知尋は首を振り、申し訳なさを表情に浮かべながら彼女に告げた。

 

「授業と生徒会はどうしてもサボれないので、詳しい話はそれまで待ってもらえませんか?」

 

 そんな場合かと思わなくもないが、鳳に啖呵を切った手前、不真面目な態度は逆に好ましくない。

 学生である知尋には切実で重要な問題なのだった。

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