「ポイントレース? あの賞品が出るやつ?」
「そう。一応参加しろって言われてて」
教室を出た後、あてもなく歩きながら生徒会主催イベントの話をする。
なるべく公平を期す意味もあるのだろう。裏側の情報は殆どシャットアウトされていたため、知尋が知っているのは単なる概要だが。
生徒会主催ポイントレース。
参加できるのは柴鳳学園の生徒だけで一般客は参加できない。学園祭の出し物の一部、アトラクション系を中心とした対象コーナーにチャレンジし、その結果・成績がポイントとして算出される。
そうして二日目が終了した時点での総合ポイントが高かった者に賞品が贈られる、という仕組みだ。
「じゃあ、そういうところ回った方がいいのかな?」
「そこまで気にしなくてもいいよ。でも、対象のところに入ったら二人で挑戦してみよう」
レースへのエントリー自体に手続きは必要ない。
ポイントの加算は学生証を利用して行われるため、ポイントが欲しければ各コーナーで学生証を差し出せばいいし、欲しくないなら出さなければいい。
基本的に「ついで」で参加する分にはポイントを貰っておいた方がお得、という企画である。
「なるほどね。じゃあ、適当に面白そうなところ回ろっか」
並んで歩きながらパンフレットを眺め、目に留まったところからどんどん行ってみることにする。
そうして、手近な出し物から二人が選んだのは――。
「腕相撲、って」
「駄目? 時間もかからないし丁度いいかなって」
参加費百円。難易度を選んで挑戦し、勝てば難易度に応じたお菓子が貰える。負けた場合でも駄菓子が貰える、というアトラクションだ。
あまり、というか全然、知尋には向いてなさそうな出し物だが。
失敗する人を見込むと利益は十分出そうだね、などと分析しつつ、愛華は知尋に微笑んで見せる。
「どうせやるならえり好みせずにやらなきゃ駄目だよ、知尋君」
「……愛華って、時々凄く積極的だよね」
まあしかし、短時間でポイントが得られるという意味では確かに効率がいい。
せっかくなので挑戦してみることにして入り口をくぐる。
まだ開場間もないためか他の客はなし……と思ったら、難易度別に用意されたブースのうち最高難易度の「ヘルモード」に二人、生徒の姿があった。
一方は長身の女生徒で、こちらは連れの応援が目的の模様。
もう一人は、やはり長身の男子生徒。見るからに爽やかな美形で、見るからに引き締まった身体つきをしている。
「神代君?」
「静かに。今、あいつは集中している」
傍に歩み寄って呟けば、女生徒の方が小さな声で釘を刺してきた。
彼女は校章の色からすると三年生……というか、良く見ると一度会っている人物だ。白峰沙雪。どこか剣客のような雰囲気を持つ風紀委員長。
愛華と二人でぺこりとお辞儀し、それからふと気づく。
沙雪も神代も腕に揃いの腕章をつけている。風紀委員として警備に携わっている証だ。二人一緒なのは、新人教育も兼ねてのペア行動といったところか。
「……凄い」
愛華の呟きに、視線を神代へ移す。
ちょうど決着がつく瞬間だった。筋肉質な男子生徒と向かい合い手を握り合った神代が、だん、と相手の腕を机に押さえつける。
負かされた男子生徒が、はあ、とため息をついて苦笑する。
「マジかよ。初っ端からクリアされるとか、幸先悪いスタートだなあ」
「……いや、とてもいい試合だったよ。どうもありがとう」
笑顔で右手を真っすぐ差し出す神代。相手もそれに答え、二人はがっしりと握手を交わした。
そうしてようやく、立ち上がった神代が知尋達を振り返る。
目を丸くしたところを見ると本当に集中しきっていたらしい。おそらく言葉通りギリギリだったのだ。そういえば、相手の男子生徒は『筋力強化』だかの能力者だった気がする。『身体強化』より一転特化な分だけ強化性能は上だろうが――素のスペックと訓練の差で神代が上回ったということか。
「和泉君、高槻さん。君達もレースに?」
「ううん、私達はデートだよ」
神代の問いに愛華が首を振る。
一瞬、出遅れた知尋は何と答えるか思案したところだったのが、彼女は「ついで」の挑戦をレースへの参加とは呼ばないつもりらしい。
「っ。そうか」
実質、戦闘力では一年最強であろう少年はかすかに言葉を詰まらせてから微笑んだ。
彼が言葉に詰まった意味、知尋をちらりと見た意味が、果たして愛華には分っていただろうか。
いずれにせよ、彼とも会話はそれ以上続かなかった。
傍観していた沙雪が静かに神代を促したからだ。
「終わったなら行くぞ、神代」
「あ、はい! すみません、白峰先輩」
慌ただしく賞品を受け取り、専用の端末に学生証をかざした後、神代は「じゃあ」とその場を後にしていく。
「警備の途中なんだ。あまり長居はできないからさ」
「うん。頑張ってね、神代君」
沙雪に連れられて教室を出る神代を、知尋はやや複雑な思いで見送った。
今の出会いは、忙しそうな彼に余計な心労を増やしはしなかっただろうか。
「……湯瀬さん、だっけ。あの二人を見て嫉妬したりしてないといいけど」
一方の愛華は一見のんびりと、そんなことを呟いていた。
☆ ☆ ☆
腕相撲にて『普通』『優しい』をそれぞれクリアした知尋と愛華は、柿の種とポテトチップスを貰って教室を後にした。
ヘルモードとは段違いだろうが、それでも多少のポイントが蓄積されたはずである。
「次はどうする、知尋君?」
「ん……こうなったら、できるだけ挑戦してみるよ」
「ふふ。やる気だね。格好いいかも」
続いては二年生の某クラスが行う『熱湯我慢』の出し物に立ち寄る。
ルールは簡単。参加費を払って熱湯に片手を入れ、指定秒数以上我慢できれば粗品が貰えるというものだ。
下手したら火傷しかねないゲームなので、これは知尋だけが挑戦。
ここでは熱さが苦痛とカウントされたらしく『苦痛軽減』が効果を発揮、思いのほか好タイムを叩き出した。
まあ、その代償としてチャレンジ後の手は真っ赤に腫れ上がっていたが。
「い、痛くないんですか、それ!?」
「……あはは。まあ、我慢できないことも」
「いいから知尋君、手貸して!」
有無を言わさず愛華に治療された。冷やす準備は出し物側で完備していたので、幸いさほどの労力を使わずに腕の機能が回復する。
しかし、そこまでして好成績――頑張った甲斐あって暫定一位――を出したにも関わらず、担当の二年生達からは苦笑いされる。
「可哀そうですけど、これでも最終的に十位に入れるか怪しいと思いますよ」
「え、そんなにですか?」
「何しろ冷却能力者とか、そういう人もいますから」
熱湯を水や氷に変えて「タイム:無限大」を叩き出す者が数人、肉体を熱に強く改造して長時間耐える者が数人、単に根性で知尋を上回る者が数人は出るだろう……という目算らしい。
お互い様とはいえ、ちょっと理不尽だ。
粗品としてタオルをもらい、教室を出た知尋は内心で思った。
「次は痛くないところにしようね」
「でも、やるならえり好みはって」
「しようね」
「う、うん」
ちょうど良く『輪投げ』を見つけて入ってみる。
そこは前の二つと比べると穏便だった。一プレイ毎に五本の輪をもらい、規定ラインから離れた位置の棒へと投げ入れる。棒は太さや形状、ラインからの距離が異なるものが複数あり、一点から十点まで幅がある。
得点が高いほどいい景品が手に入る、という仕組みである。
「一回三百円かあ」
「でも、景品は自信あるよ?」
言う通り、駄菓子やタオルよりはずっと品揃えがいい。
残念賞はこの店の次回割引券という仕様だが、上には洒落たキーホルダーやちょっとしたアクセサリーなどが並ぶ。他にも色々とラインナップされており、
「あ、可愛いぬいぐるみ」
サイズ違いでいくつも置かれたぬいぐるみに愛華が目を留める。
確かに可愛らしいデザインで、サイズも最大の物は愛華がぎりぎり抱きかかえられるかどうかというレベルだった。
大きなぬいぐるみはほぼパーフェクトを出さないといけないようだが。
「やってみようか」
「うんっ」
まずは愛華が挑戦。
じっと棒を見据え、彼女が放った一投目は距離が足りず十点棒の手前に落ちた。
「……むぅ」
二投目は逆に勢い余って行き過ぎ。三投目が棒に弾かれた時点で愛華は方針を転換し、一点の棒と五点の棒に一つずつ入れて駄菓子を受け取った。
「知尋君、仇を取ってくれる?」
「ええと……できるだけ頑張ってみるよ」
動かない目標なんて神代との試合に比べれば――と言い聞かせつつチャレンジ。
しかし、格闘戦と輪投げではそもそも全く毛色が違った。要は腕のスナップを利かせて投げるだけなのだが、その際に距離と高さ、方向を合わせる必要がある。
加えて、輪は事故防止のためビニールテープで保護されており、手作業によるこれが一本一本の重量バランスを変えている。特別運動神経が良いわけではない一般人には、十点の棒に五回挑戦して一回入れるのが精いっぱいだった。
「はい。十点はこちらのお菓子からお選びください」
「ありがとうございま……す?」
「待って、知尋君」
並んだ駄菓子に手を伸ばそうとすると、その手を愛華が握った。
彼女はもう一方の手で自分の駄菓子を差し出すと、首を傾げながら言う。
「これあげるから、残念賞の割引券をもらってくれないかな……って、いうのは駄目ですか?」
「こちらは構いませんよ」
後半の確認に輪投げ屋のスタッフがにっこり笑った。
……駄菓子がもらえるのに、残念賞をわざわざもらう理由。
知尋はそれを一瞬考えて。
「もう一回やる?」
「うん。二回目の方がうまくいくと思うの」
景品は敢えて割引券を選び、目当ての品を獲得するまで再チャレンジする。
これなら一回あたりの出費額が抑えられるため、最終的に高額アイテムを手に入れられれば結果的に得する、という計算らしい。
……ある意味、堅実な愛華らしいけど。
スタッフの口元が「かかった」とでも言いたげに歪んでいたのには、どうやら気づいていないようだ。
成功するまでチャレンジする客がいれば、その間、店側は紙代しかかかっていない割引券を吐くだけで収益が上がり続ける。最終的に目当てのアイテムが手に入らないと客側が丸損なのだが。
「楽しければいい、かな」
「お客様も挑戦されますか?」
「はい。愛華、交代で挑戦しよう」
結局、二人はそれぞれ五回ずつ、計十回輪投げに挑戦した。知尋がもらった割引券を愛華が使い、愛華がもらった割引券を知尋が使う作業を繰り返し、気づけば二人で二千二百円ほどかけて――。
「ちっちゃいぬいぐるみ一個かあ」
「でも、取れて良かったよ」
冷静になったら割に合わないことに気づいたらしい愛華を、知尋は笑って慰める。
と、疑問を浮かべた瞳にじっと見つめられた。
「もしかして知尋君、こうなるってわかってた?」
「いや、そんなことないよ。頑張ったら取れるかも、とは思ったし」
「……そっか。でも、私はやっぱりギャンブルとか向いてないかも」
思えば二人が付き合うきっかけになった件でも、愛華は思いつめて行きすぎるところがあった。情の深い性格がそういうところにも影響しているのだろう。
いざとなったら、知尋が止めないといけないかもしれない。
……まあ、互いの財布を共有するような間柄になった場合の話にはなるだろうが。
「案外、時間使っちゃったね」
「そうだね。……うーん、遊ぶのはこれくらいにして、軽く何か食べようか? シフトに入っている間は食べられないだろうし」
「うん、賛成」
ちょうど三年生の教室まで下りてきていたので、そのまま一階の昇降口から外へ。食べ物系は屋外の屋台が大半なので、そこで買い求める。
とりあえずは軽食……ということで、じゃがバターとチョコバナナという不思議な取り合わせになった。ついでにドリンクも買い求める。
「生徒は五十円割引してるから、良かったら学生証出してね」
「そうなんですか? じゃあ……」
差し出された端末に学生証を読み取られせ、割引料金を支払った。
空いているベンチを探して食べ物をお腹にためる。どちらも素人の作った品とはいえ、じゃがバターはアツアツだし、チョコバナナもしっかりチョコがかかっていて美味しかった。
お祭りの味、という奴である。
あっという間に食べ終えてゴミを捨てたところでちょうどいい時間だった。
「それじゃあ」
「お仕事だね。頑張ろ、知尋君」
差し出された愛華の手を握り、昇降口までそのままで戻った。