ぴちゃぴちゃと。
小さな水音が気になって目が覚めた。
「っ……ぁ」
身体が重い。
ずん、と、何かにのしかかられているような感覚が頭と両腕を襲っている。頑張れば動かせなくはなさそうだが……。
いや、それよりも。
水音と共に身体を伝わる微弱な快感はなんだろう。
「……真里亜?」
視線だけで下半身を見やると、真里亜が全裸のまま知尋の身体に舌を這わせていた。また、それだけでなく空いた右手で自らの秘部を慰めている。
彼女は知尋に気づくと薄く頬を染めた。それでも自慰を止めなかったが。
「あ、目が覚めた?」
「う、うん。……ええと、何してるの?」
室内は暗い。時刻はまだ深夜といったところか。
見ると、真里亜の身体にかかっていた体液は消えている。床に飛び散った精液や愛液もどうやら掃除されているようだ。
ただ、知尋自身の身体も含め「液体が乾いた跡」があちこちに残っている。
つまり、
「……お掃除、よ」
そういうことなのだろう。
知尋より先に目を覚ました真里亜は自分たちの状態を確認し、対処をしようとした。しかし、快楽に染まった頭は単に洗うとかそういう発想ができず、その全てを舌で舐めとったのだろう。
で、そうしたら我慢できなくなってオナニーまで始めた。
「足りなかった?」
今回は本当に頑張ったつもりなのだが。
落胆する知尋に、真里亜が慌てたような声を上げる。
「あ。……いえ、その、違うの。これは和泉くんが悪いんじゃなくて。私が我慢のきかない駄目な女だっていうだけだから」
言いながら恥ずかしくなってきたのか、彼女の顔が更に紅潮する。
また、股間を弄っていた手も止ま……らずに激しく動き始めた。
ふっ、と、知尋は思わず吹きだした。ここまでくると呆れるより先に笑えてくる。
「わかった。気にしないで、続けて欲しいな」
「え。……ええ、わかったわ」
知尋の反応にぽかん、と口を開けた真里亜だったが、すぐに表情を戻して行為を再開する。はぁはぁと息を吐きながら知尋の身体を舐め、少しずつ汚れを清めていく。
仮眠を経て冷静になった頭で見るとまるで犬のようだ。
滑稽だと捉えてもいいと思うのだが、知尋はむしろ興奮を覚えてしまう。身体はもう疲れ切っているにも関わらず、ペニスがゆるゆると屹立していく。
真里亜が顔を上げて知尋のペニスをじっと見つめた。
「元気になった。……あなたも、またしたくなった?」
「ええと。うん、まあ。でも、身体はまともに動きそうにないかな」
「そう」
答えて、真里亜は指でペニスに軽く触れる。握るでもなく撫でるでもなく軽く刺激しながら、どうやって奉仕するか考えているようだった。
「……そうだ。いいものがあるの」
やがて何かを思いついたのか、そう言って彼女は立ち上がった。
「いいもの?」
何やら廊下の向こうへ消えていく彼女を見つつ、知尋は呟く。
真里亜はすぐに戻ってきた。手には赤い色をしたジャージ。左胸のあたりに刺繍された名前は……西崎。
李狐が着ていたものだとすぐに知れた。
「それ、どうして?」
「彼女、これを脱いだまま帰っていったでしょう? だから貰ってきたの」
「貰ってきたって……」
まあ、あの流れだと李狐に返すわけにもいかなかっただろう。放置したり、落とし物として学校側に提出したとしても本人が取りに来たかは微妙なところ。
だからって持ってくるというのは、どうなのだろう。
なんとも言えない知尋に、真里亜は不思議そうな顔をする。
「男の子って、こういうのが好きなんじゃないの?」
「こういうの?」
「女の子の持ち物で、オナニー、するの」
あえてゆっくりと言いながらジャージを軽く広げ、知尋の顔を包み込むように覆わせてくる。
誘われるように鼻で息を吸い込めば。
「西崎さんの匂い。少なくとも今日の分……洗濯を面倒がる子だとしたら、数日分の匂いがついているかもしれないわ。そういうの、興奮しない?」
生地の無機質な匂いに混じって、人間の汗の匂いがする。
男のキツイ体臭ではない。女子の、すっと鼻に抜けるような独特の香り。土の匂いはしないが、この匂いのこびりつき方は今日一日分のそれにしては強い。
トレーニングウェアの上から羽織る用と、体操着の上から羽織る用。二着を使い分けていたのかもしれない。だとするとこれは一昨日と今日の分の匂い。
一昨日、知尋を打ち倒して罵倒し。
今日、知尋を嬲ることを考えながらトレーニングに励んでいた、その時に彼女が纏っていたもの。
……気づけば、知尋は何度も深呼吸を繰り返していた。
呼吸の度に知尋のペニスはぴくぴくと反応し、硬度を増していく。
目まで隠れているため、知尋からはペニスの様子は直接見えないのだが。
「ふふ。このまま、舐めてあげる」
耳元で囁かれ、すぐにねっとりとした感触がペニスに伝わってくる。
じゅるじゅると音を立てて、敢えて緩慢に動く真里亜。あれだけの行為をした後なので、どちらかというとこれは余韻、楽しむことを重視した奉仕のようだ。
小さな呻き声を時折上げる以外は言葉も発せず、ただフェラチオに興じる真里亜。
おそらく、知尋に自身を李狐だと錯覚させようとしているのだろう。そう思った知尋は敢えて真里亜に何も言わず、ただジャージに包まれたまま呼吸を繰り返した。
倦怠感とごたまぜの快感が全身を包んでいる。
出したい。けれどこの快楽をずっと味わっていたくもある。出してしまえば終わってしまうのなら、出さなくてもいいか。
しかし、やっぱり苦しい。
頭がくらくらして、だんだん何もわからなくなってくる。自分が起きているのか、眠っているのかも。
ただ、身体が気持ちいい。
快感が際限なく蓄積されていき、やがてある閾値を超える。
激しくはない、けれど深く重い、達成感にも似た痺れが全身を襲い、ペニスからどろりと精液が噴き出した。
どろどろ、どろどろ。
ギリギリまで焦らされた結果か、その量はこれで七回目とは思えないものだった。真里亜はそれを全て口で受け止めたらしく、わざとらしくくちゅくちゅと音を立ててからごくりと飲みこむ。
そしてようやく、知尋の顔からジャージが取り除かれた。
「どうだった?」
得意げな顔。
目を合わせて伝わってくるのは満足感。さすがにあれだけやれば、さすがの彼女も性欲を抑え込めるらしい。
……今日のところは、という但し書きが必要だろうが。
「うん。……良かった」
「でしょう?」
得意げに言われるとなんだか複雑な気分になった。
「ああ、でも、これに精液をかける方が良かったかしら」
「いや……いいよ、そこまでは」
「そう? ならいいんだけど」
あっさり頷いた真里亜はおもむろに李狐のジャージを羽織り始める。他人のものを着る抵抗感などは特にないようだ。
「……さて。お風呂にする? それとも、食事?」
「あー」
奇をてらうならお風呂で君を食べたい、とか言うところなのだろうか。
とはいえ、今そんな気力があるはずもなく。
「先にシャワーかな。……でも、しばらく休みたいから、真里亜は先に使ってくれてもいいよ」
「そう? 一緒に入るという手もあるけれど」
「……それは、身体が動くときで」
「あら。……へえ。そう、そうね」
「な、何?」
「別になんでも」
何だか妙に嬉しそうな顔でこくこくと頷いている。
彼女は「じゃあ、遠慮なく」と言って、いそいそと浴室に向かっていった。知尋はそれを見送ってから目を閉じ、短時間の仮眠を取る。
しばらくすると湯上りの真里亜に起こされた。
「……あれ。どれくらい経った?」
「三十分も経っていないけど……どうして?」
「うん。ただの仮眠にしては疲れが取れてる気がして」
腕を持ち上げて、握る。
重いが、先程の行為の疲労を差し引いても、真里亜にフェラされる前よりも多少、不快感が和らいでいる。
考えてみれば、さっき目覚めた時点での回復具合もやや過剰ではなかったか。
知尋の言葉に真里亜が顎に手を触れた。
「……新しい能力が目覚めたのかも」
「本当に?」
「確証はないけれど。……とりあえず、詳しい話はシャワーの後にしましょう」
「そうだね」
多少ふらつきながら浴室へ移動し、手早くシャワーを済ませた。十五分もかからずでてきたはずなのに、洗濯機の上には知尋のパジャマが用意され、また廊下と居間のフローリングが綺麗に拭かれていた。
真里亜は台所。
エプロンして、これから調理に取り掛かろうかというところだった。
「適当にあり合わせで作るけど、中華で大丈夫?」
「うん、ありがとう」
手早く作り出されたのは麻婆豆腐に卵スープ、あとは白米と、ごく普通の野菜サラダ。
あり合わせだと言いつつも、空腹のところに辛味で食欲を促進され、さらに白米まで用意されたらもう箸が止まらなかった。
思わず夢中で食べ進め、能力の話がまだなのに気づいたのは食べ終わった後だった。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
くすくす笑いながら真里亜がお茶を差し出してくれる。
それはしっかりと受け取りつつも、恥ずかしさから顔を赤らめてしまう知尋だった。
「それで、能力のことだけど。回復しているのは疲労だけ? 傷や痛みは?」
「そっちも回復してる、と思う。少なくとも痛みの方は和らいでる」
じゃあ、と、真里亜がどこかから小さな針を持ってくる。
針で知尋の指先を軽く突くと、傷口からぷっくりと赤い血液がかすかに漏れた。血が流れださないよう、心臓より上にしたまま数分放置。
特に何事も起こらなかった。
傷口はそのまま、塞がる気配はない。
「和泉くん。今はどう?」
「今?」
「そう。起きてからの体調」
「……言われてみれば、何か起きてる感じはしないかな」
読心の能力ならば、発動すれば心が読めるのではっきりわかる。しかし、あらためて身体の調子を顧みても、特に急速な回復が行われているような実感はなかった。
真里亜が湯呑みを手に取り、お茶を一口飲んでから頷いた。
「成程ね。……なら、睡眠時限定の自己治癒能力なんじゃないかしら」
回復速度はそれほど速くなく、おそらく平常時の二倍から三倍といったところ。疲労も痛みも、おそらくは怪我も治すことができ、睡眠時という縛りのおかげで精神力の消耗を心配する必要もない。
そんな能力ではないか、と真里亜は推測してみせた。
「それ、割と微妙な能力じゃない?」
「そうね」
あっさり肯定された。
「でも、無いよりはずっとマシなはずよ。眠っている時だけでも回復が可能なら、起きている間に多少、無茶なことも可能になる」
真里亜の首を絞めて痛めた手も早く治せる。
自身の手のひらを見つめ、知尋は頷いた。
「……そうだね。それに、願えば力が手に入ることも証明された」
この力は、おそらく知尋が願ったものだ。
痛んだ手と腕を見て感じた不足感。激しい訓練ができないままならなさ。おそらくはそういったものを解消するために生まれた能力なのだ。
真里亜を殺してしまいそうな衝動を抱えたのに、能力に影響したのが体調への不安の方だというのも情けない話だが。
「無茶できるなら、無茶すればいいんだ」
真里亜が顔を上げて知尋を見た。
「西崎さんを襲うの?」
「うん。どうせなら早い方がいいから。……いや、我慢できないから、って言った方がいいかもしれない」
今夜の行為により、心の箍は完全に外れてしまった。
李狐に対する暗い欲望はもはや押し込められることはなく、知尋の胸にわだかまっている。
これを、できるだけ早い解消しなければ落ち着かなくて仕方ない。
知尋の決定を、真里亜は否定しなかった。
代わりに、彼女は知尋に一つの提案をしてくる。
「そう。……なら、今日は登校するのは止めましょう」
「どうして?」
「身体を回復させるため。新しい能力を見極めるため。突き詰めれば、確実に、失敗することなく思いを遂げるために」
「そう、か。……そうだね。わかった」
知尋は真里亜の提案を了承することにした。
一先ずは眠り、それから能力の検証や作戦会議を行う。
全ては、西崎李狐にできる限りの苦痛と恥辱と快楽を与えるために。