閉店と後片付けの作業は案外、手早く済んだ。
学園祭はまだ明日も続く。1-Cの教室は別用途に使われる予定がないため、店の飾りつけ等、内装に手を付けなくて良いのが大きい。
厨房を主として掃除しゴミを片づけたら、担任が略式でHRを済ませる。
その後は舞阪を進行役として今日の反省会。と言っても反省点はそこそこに一日分の売り上げ発表をしたり、足りなくなりそうな食材の買い出し担当を決めたりといった話題が大半を占めた。
「んじゃー、そういうことでお疲れー。明日もよろしくなー」
相変わらず微妙に適当な締めの言葉で、今日のところは解散となった。
クラスメート達は各自、仲のいい者と雑談を交わしたり、休息のため足早に教室を後にしたりと動き始める。
そんな中で知尋はといえば。
「よ、ちさとちゃん」
「……その名前で呼ばないで欲しいんだけど」
「まあ、そう言わずに」
何かをしようとする前に、にやにや笑う舞阪に絡まれた。その後ろからは神代が苦笑しながら歩いて来る。
彼の苦笑の理由は何だろうと思っていると、耳元で男の囁き声。
「大健闘じゃん」
「何が?」
顔をしかめて問い返す。
「ミスコンだよ。お前、途中経過で六位に入ってたんだよ」
「六位!?」
寝耳に水の話だった。
確か、五位までに入ったらステージに上がらないといけなかったはず。このまま六位ならそれは免れる計算だが……。
「ちなみに、どっちで?」
「女子部門に決まってるだろ?」
無駄に爽やかな笑顔で言われた。
決まってるか? とは思うものの、考えてみると自分でも、素のまま入賞できる自信など全くなかった。
「ちなみにそこのイケメンは男子四位な」
「ああ、うん。神代君だもんね」
けっ、と吐き捨てる舞阪に知尋も頷く。
妙な評価を受けた神代は憮然とした表情だ。
「そういうのは対応に困るから止めてくれると嬉しい」
「んなこと言って、お前だって嬉しいだろ? 百人くらいいる男子の中で四位だぞ四位」
「もちろん嬉しいよ。でも、皆の応援のお蔭であって、俺が誇るようなことじゃないだろ?」
自分にできるのは、応援に恥じない活躍をすることだけだ。
恥ずかしげもなくそんな風に告げた神代は、ふっと知尋の方を振り向く。
「それはともかく。和泉君、おめでとう。舞阪の言葉を借りるなら、全校生徒で六位ということになるんだ。喜んでいいことだと思う」
「……ええと。うん、ありがとう」
まさか神代から称賛されるとは思わなかった。
色々と複雑な気持ちを抱えながら笑みを作って答え、彼らと二、三、話をしてから別れた。
代わりに愛華の元へ向かえば、ちょうど李狐や真里亜と話をしてるところだった。
振り返った真里亜が微笑んで口を開く。
「おめでとう、和泉君。形がどうであれ、あなたが評価されるのは嬉しいことだわ」
「……ありがとう。でも、もしこれ以上順位が上がったら、僕に投票した人を恨まないといけないかもしれない」
つい低くなった声で告げると三人が揃って目を逸らした。
どうやら李狐だけでなく、愛華と真里亜も投票してくれたらしい。華と四葉、あとは綾瀬や、面白がった舞阪あたりの票も入っていればそれで七票。
全校生徒が二百名前後なのを考えれば、六位くらい取れても不思議はない。
まあ、関係者以外の票は大半が物珍しさというか、普段は学園にいない『少女』が新鮮だからという理由だろうが。
「逆に言うと、知り合いが入れ終わった後はもう伸びないか」
「どうだろ? 上位に入ってれば目立つだろうし、ネタで入れる人もいるんじゃない?」
ありそうな話だった。
もし入賞した場合はステージでパフォーマンスのうえ決選投票――できれば回避したいところだが、こればかりは天に祈るしかない。
「ところで和泉、さっき言ってた用事って?」
「ああ……うん。実は姉さんが遊びに来てて、今日は寮に泊まるらしいんだ」
他に人がいる場所のため、あくまで世間話を装って答える。
暗に伝えたいのは、当然「今日はマンションに戻れない」ということだ。
楓を寮に泊めた上、当の知尋が寮を空ければ、それはもう疑ってくれと全力で主張しているようなものである。
そういう意味では部屋の状態にもやや不安はある。
何しろ李狐達の荷物の一部が置かれていたりするのだ。一応、こんなこともあろうかと目に付きづらい場所を選んでいるが。
できれば、本当なら楓より先に帰って部屋の換気くらいしたいところ。
「お姉さんって、ここの卒業生なんだよね?」
尋ねてくる愛華は心配の表情。
裏の話は口に出せないため、知尋も微笑みだけで「多分大丈夫」と返した。
「うん。ランクAの『落とし物』で、今は警察の対策チームで働いてる」
「え。対策チームって、超エリートじゃん。意外」
和泉楓は、知尋より八つ年上の二十四歳。
知尋と同じく『落とし物』であり、知尋と違って極めて優秀な『落とし物』である。柴鳳学園を卒業後は大学に進学。その後、警察官となった。
対策チームというのは、李狐の呟き通りの超エリート。『落とし物』による能力犯罪を専門に取り扱う警察の内部組織の通称である。
構成員はほぼ全員が高ランクの『落とし物』で、能力を用いた犯罪であれば種類を問わず捜査し取り締まる。当然、通常犯罪に比べて複雑な事件や危険な事件も多く、荒事を求められることも日常茶飯事。
日々、人々が安心して暮らせるように戦い続ける正義の味方、というわけだ。
そんな優秀な姉がいるのにどうして弟はこうなのか……というのは小さい頃から何度も言われてきたことなので、知尋にとっては今更だが。
真里亜が微笑を崩さないまま優しい声で言った。
「『落とし物』の能力は遺伝で決定するものではないもの。むしろ、遺伝するのは『落とし物』としての資質だけで、発現するかどうかや能力の内容は個人に依存するというのが有力な説よ」
だから、知尋が気にすることではないと暗に言ってくれる。
「ありがとう、深海さん」
実際、知尋や楓の両親は『落とし物』ではない。
素質がないのか能力が発現していないのかは、あらためて聞いていないが。
姉が優秀だから弟も優秀だとは限らない。もちろん、その逆もしかり。
……ふと、鈴と四葉のことを思い出して苦笑した。
あの姉妹の関係につい気持ちが入ってしまったのは、自分と姉のことを重ね合わせたせいもあったと思う。
だから、四葉に鈴を責めて欲しくなかった。
四葉に鈴の気持ちを知って欲しかった。
「ね、知尋君。私、ご挨拶した方がいいかな?」
「え? ええと……どうだろう」
楓の言動はどうにも掴み切れない。
恋人ができたことも報告していないが、母には帰省時に伝えた。姉にも伝わっている可能性は十分あるし、会いたいから呼べと命じられることも容易に想像できる。
しかし。
「……面倒な人だから、あんまり会わせたくない、かな」
それでも、姉と愛華を対面させる未来を遠ざけたいと思った。
「……そっか」
愛華も知尋の反応から気持ちを察してくれた。
彼女は軽く頷いてにっこりと笑う。
「今度、詳しいお話を聞かせてね」
「わかった、約束する」
必要になったらいつでも行く、と言う愛華にお礼を言ってから、知尋は真里亜と共に実行委員会へ向かった。
なお、華と鈴にも事情を簡単にメールしておく。
鈴には念のため四葉にも伝えてもらうようお願いした。
実行委員会にて一日目の経過報告、発生した問題に関する相談、明日の方針決定などの会議の後、今度は生徒会へ。
実行委員会の内容を報告し、いくつか仕事をこなしてから解散する。
「……最近の平均よりは多少早いかな」
それでも時刻は夕食時に近い。
校門を出た後、自然とマンションへ歩きそうになる足を寮へと向ける。久しぶりに訪れる場所に複雑な感慨を抱きながら、部屋のドアへと手をかけた。
開いている。
「お帰り。遅かったんだな」
やはり、楓の方が早かったようだ。
窓は開いていて換気済み。ついでに床には雑に掃除機をかけた跡がある。
見たところ少女達の荷物は無事なようだが……部屋の違和感にはばっちり気づかれているだろう。
姉は知尋のベッドに半身を横たえてスマートフォンをチェックしていた。スーツを脱ぎハンガーに掛けてラフな格好になっている。
というか、少々ラフすぎる。
上半身はスーツの下に着ていた白いブラウス。その下には黒のスポーツブラがうっすら透けている。
そして、下半身は黒いシンプルなショーツのみ。
楓は胸が小さい。サイズはAかBといったところだが、だからといって彼女が女性的魅力に乏しいかと言えばそうではない。
女性としては高めの身長、それからスレンダーな体型は機能美が感じられるし、すらりと伸びた足は美しく引き締まり健康的な色気を醸し出している。
女の子との関わりが増えた今、あらためて見ても楓は美人だ。
もし他の男が彼女のこんな姿を見たら大変なことになるだろう。
「着替え、持ってきてないの?」
「ああ。それに、誰が見るわけでもないのだから楽な格好で問題ないだろう?」
「僕が見るんだけど」
「身内は例外だ」
まあ、流石に知尋も実の姉に手を出すほど無節操ではない。
知尋はため息を吐いて話を流すと、荷物を置いて着替えを始めた。
私服の多くは真里亜のマンションに移したものの、それは春用や夏用が中心。冬服は新しく買ったりもしているので、古い服は割と残っている。
手早く制服の上着とズボンを脱ぎ、ハンガーにかけてからワイシャツに取り掛かる。
「……手馴れているな」
ぽつりと楓が呟いた。
「それは、入学してもう半年以上経つし」
「そうじゃない。女の前で必要以上に恥ずかしがらなくなった、ということだ」
「……ああ」
言われてみればそうかもしれない。
最近はあまり人目を気にしなくなった。何しろ、恥ずかしさから別室等で着替えようとすると、真里亜や李狐がうるさいのだ。
その癖、自分達の着替えは気にして欲しがったりするから難しいのだが。
「姉さんのせいもあると思うよ」
楓は昔からこんな感じなのだ。
装うことの重要性は十分に知っていて外出時はしっかり身嗜みを整える。一方、家に居る時は下着姿やシャツ一枚といった格好が多い。
面倒臭がりというか、身体へ無駄な負担をかけることを嫌う。
八歳違いということもあり、知尋にとっては昔から目の毒だった。
「私ではいつまでも慣れなかったから驚いているんだろう。……さては、女を知ったのか」
「な」
「母さんから聞いている。恋人ができたそうだな。その子を抱いたのか」
「な、な」
知尋がぱくぱくと口を動かしていると、楓は「ふむ」と頷く。
「どうせ食事の時間になる。その子も呼んで一緒に食事にしよう」
「いや、もうご飯食べちゃってるかもしれないし。いきなり呼んでも迷惑かも……」
「呼ぼう」
結局、十回近く抗弁しても、楓は聞く耳を持ってくれなかった。
スマホを強引に取り上げられそうになったところでギブアップ。知尋は大人しく愛華の番号をコールした。
☆ ☆ ☆
「ごめん、結局来てもらっちゃって」
「いいよ。私もご飯まだだったから助かるし。お姉さんにも会ってみたかったもの」
いったん部屋の外で愛華を出迎える。
笑顔で首を振ってくれる彼女は私服姿だった。さすがに医務室の仕事も終わっていたのだろう。マンションに置いている服でないことから、寮に帰っていたことも察しがついた。
「食材とかは買ってこなかったけど、いいんだよね?」
「うん、大丈夫。ちょうど『来た』ところだから」
お邪魔しますと、愛華は知尋に続いて部屋の中へ。
少し緊張した様子で、すかさず部屋の中を見渡し、楓の姿を見つけて姿勢を正した。
「初めまして。知尋君とお付き合いさせていただいています、高槻愛華です」
「こちらこそ初めまして。和泉楓だ。どうぞよろしく」
楓は先程と同じ下着姿で愛華を出迎えた。
さすがにベッドからは降りているものの、ブラウスだけではショーツが隠しきれていない。にもかかわらず、彼女はどこまでも堂々としていた。
楓に促された愛華が靴を脱ぎ部屋の中へ。
愛華と楓が向かい合うようにしてテーブルの前に座り、知尋は二人の間に腰を下ろした。三人が囲んだテーブルには先程届いたばかりのピザの箱が置かれている。
食事を提案した楓が「どういうわけか冷蔵庫が空だったから」と、意味ありげに言いながらピザの注文を提案したのだ。
しかし、この部屋はピザに縁があるのだろうか。
前にもここでピザを食べたことを思い出していると、愛華も同じことを思ったらしい。優しく目を細めて呟いた。
「なんだか、懐かしいな」
「ふむ。君はどうやらこの部屋に来たことがあるらしいな」
「っ。は、はい」
呟きを拾った楓の言葉に愛華がびくっと震える。
何やら、面接めいた雰囲気になってきた気がする。
……だから嫌だったのに。
「愛華、大丈夫だよ。姉さんは別に悪い人ではないから」
「ああ。別にこのピザにも何も入っていない。ただ単に、私も知尋も料理はあまり得意ではないというだけだ」
「……は、はあ」
嘆息して言った知尋と、頷いた楓を見て、愛華がほんの少しだけ表情を緩めた。