※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第十三話 打ち砕かれるプライド/西崎李狐<前編>

「李狐、今日はなんか機嫌良いよね」

「そう? 別にいつも通りだけど」

 

 木曜日の昼休み、西崎李狐は友人から思わぬ指摘を受けた。

 ラップで包んだおにぎり――手製なので形は悪いが、自分で食べる分には何の問題もない――を齧りつつ考えてみると、確かに多少、浮かれているかもしれない。

 何故か。

 和泉知尋が休んでいるせいだと、今度は考えるまでもなくわかった。

 

「あの顔がないと平和でいいわ」

 

 誰ともなしに呟く。

 すると噂話、特に誰かの悪口が大好きな友人達はこぞってその話に乗ってくる。

 

「あー、和泉ね」

「確かに。もう慣れたけど、目が合わないようにするの気を遣うもんねー」

「特に李狐は嫌いだもんね。和泉のこと」

「別に。ただ気持ち悪いだけ」

「それを嫌ってるって言うんでしょー」

 

 違う、と思ったが口には出さなかった。

 李狐から知尋への感情は、単なる好悪で片づけられるものではないのだ。言ったところで誰にも理解されないだろうが。

 和泉知尋。

 彼が休んでいるのは、昨日徹底的に痛めつけやった成果だろうか。

 まあ、途中で深海真里亜の邪魔が入ったせいで若干甘い感じになってしまったが、それでも治療か恐怖か、どっちかで休んだのだとしたら大成功だ。

 このまま登校する頻度が減って休みがちになり、学園を辞めてしまえばいい。

 あんな奴、居ても目障りで気持ち悪いだけなのだから。

 

「そういえば、深海さんも休みだよね」

「どうしたんだろ。風邪とか?」

「え、深海さんって風邪ひくの?」

 

 気づくと、友人たちの話題は深海真里亜の方へ移っていた。

 どうやら昨日、李狐と真里亜が一緒にいたことはあまり周囲には知られていないらしい。

 ……あいつにもそのうち復讐してやらないと。

 昨日の訓練場で、真里亜は知尋を痛めつける李狐を実力行使で止めにきた。腹に渾身の一振りを浴びせられ、更に肩や首を滅多打ちにされた。

 高槻愛華がお節介にも治療してくれたおかげで大分マシになったものの、まだ多少痛みは残っている。

 そして、あの時告げられた言葉。

 

『これ以上やるなら、殺すわよ』

 

 言い返す言葉が何も出てこなかった。

 

 ――こいつは、やばい。こいつは本気で言っている。

 

 冷徹な、冷徹すぎる目。憎悪も含まれていたが、より大きかったのは侮蔑。低俗なもの、下等なものを見る眼つきだった。

 あんな目で見られるなんて。

 

 絶対に許さない。

 

 危険だと思ったからあの場は譲ったが、負けたわけではない。

 心から屈服していないから負けじゃない。

 今度、絶対に借りは返す。

 あいつの能力を考えると直接痛めつけるのは難しいだろうから、使うなら搦め手か。幻影で恐怖を与え、ロープか何かで縛って動けなくする。後は虫でも這わせてやるか、裸に向いて写真撮影でもしてやればいい。

 ……あいつの苦手なもの、調べておかないと。

 おにぎりの最後の一口を放り込みながら、李狐は密かに笑った。

 

 

 西崎李狐が和泉知尋に拘るようになったきっかけは、柴鳳学園に入学してすぐの実戦訓練でのことだった。

 

 あの日、李狐は直前に神代悠希と対戦していた。

 神代は当時から別格だった。『落とし物』としての能力もさることながら、その身体能力もまたバランスと完成度の面で群を抜いており――正直、相手にすらならなかった。

 李孤は、自分の幻影能力にある程度の自信があった。

 中学時代、その能力を使って数多くの人間を騙し、からかってきたし、うまく使えば戦闘の役に立つことも学んでいた。

 しかし、神代には全く通用しなかった。

 恐ろしいものを出そうが、思わず逃げたくなるような虫や蛇を見せようが、神代は怯まなかった。同世代の女子に比べれば鍛えていたつもりの身体能力も、神代には全く及ばなかった。

 自分の弱さ、小ささを見せつけられた気分になった。

 

 李孤の家は昔から貧乏だった。

 父は安月給で、そのくせ酒癖が悪かった。母はそんな父に根気強く付き従っていたが、ある時、父が肝臓を悪くして入院すると人が変わってしまった。

 母はそれまで働いていたパートを辞めて水商売を始めた。

 父の治療費はこれまで貯めた父の給料から出し、水商売で稼いだ金は一円も父に使おうとはしなかった。一応、見舞いや身の回りの世話だけは最低限行っていたが、目は完全に冷え切っていた。おそらく父も気づいていたと思う。

 程なく、父はストレスから症状を悪化させて死んだ。

 母は髪を染め、濃い化粧をするようになった。学校に通っていた李孤とはすれ違いの生活になり、家に恋人だか何だかをとっかえひっかえ呼んでいた。

 

『李狐。貧乏だって、中身が無くたって、女は着飾って見た目を繕えば何でもできるよ。きっといつかあなたにもわかるから、覚えておきなさい』

 

 そう母に言われたのはいつだったか。

 その言葉が李狐にとって最大の教えであり、呪いだった。

 なけなしの小遣いで可愛い服を買い、年上の男子と頻繁に遊びに行った。告白を受けたら迷わずオーケーし、作り笑顔やしたくもないキスで好感度を上げ、その後はとにかく貢がせた。

 金を渋るようになったら容赦なく相手を乗り換え、より相手を調子に乗らせるために色々なテクニックも覚えた。その過程で派手な女子グループとつるむようになり、髪を染め、化粧の腕も磨いた。

 幻影の能力はカツアゲや、見回りの警官を誤魔化すのに役立った。

 ……気づいたら、幼いながらも母と同じことをしている自分がいた。

 しかし後悔はなかった。着飾り他人を騙すことで自信が身に付いた。貧乏で、弱く幼い自分を覆い隠すことができた。

 嘘も信じれば本当になると思っていた。

 柴鳳学園に入ってからは、将来いい進路につくため男漁りをやめた。今の自分なら、そうしても十分やっていけると思っていた。

 なのに。

 

 李狐の虚飾、虚勢は神代によって崩された。

 自信を押しのけて浮かんだ不安。それでも表情には出していないつもりだった。しかし、知尋はそんな李狐の内心を直接読んで見せた。

 許せなかった。

 神代はいい。本当に強い者、「持っている者」を持たざる者が妬むのは筋違いだ。しかし知尋は明らかに強者ではなかった。

 こんな奴に、何故脅かされなければならないのか。

 彼を一瞬でも脅威と感じてしまった自分が許せず、本心を見透かす相手に会ってなお、偽ることでしか保てない「自分」が心底気持ち悪かった。

 だから、知尋を痛めつけた。

 何度も何度も。暴力だけでなく、視線や悪口も何でも使って。相手を下に、悪に仕立て上げた。同時にクラス内への働きかけも強め、李狐自身は一定の地位を確立することに成功した。

 疎外され、停滞していく知尋を見ると楽しくて仕方なかった。

 同時に、それでも登校してくる彼が恐ろしかった。

 だから、なおも知尋を虐め続けた。

 彼が消えるまで。李狐の視界から消えてなくなるまで。

 

 

「西崎さん」

 

 放課後の通学路、友人たちと別れて数歩進んだところで声をかけられた。

 振り返ると、そこに和泉知尋が立っていた。どういうわけか制服姿。結局、今日は放課後まで顔を出さなかったというのに今更なのか。

 

「……何、和泉? 昨日は生意気言ってすみませんでした、って謝る気にでもなった?」

 

 李狐は知尋と目を合わせないようにしつつ、嗜虐的な笑みを作った。

 知尋には今まで植え付けてきた恐怖心がある。碌に人気もない場所で声をかけてきて、何のつもりか知らないがいいカモである。

 しかし。

 知尋は動揺する様子も見せず、李狐と目が合うように回り込んでくる。

 

「いや。昨日の続きがしたくてきたんだ」

「っ」

 

 目が合いそうになったので慌てて視線を逸らした。

 ……何だ、これは。

 明らかに、これまでの和泉知尋と何かが違う。

 彼が何故、こんなにも平然としているのかわからない。

 わからないが、チャンスだ。

 

「へえ? あれだけやられてもまだ足りなかったんだ? いいよ、やろっか。もっと沢山可愛がってあげる」

 

 李狐は笑みを浮かべて彼に答えた。

 何にせよ、これは変化の兆候だ。登校せず李狐に会いに来たということは、おそらく他のことが手につかない状態なのだろう。

 今ならこいつを追い込める。

 知尋を退学に追いやったら、次は真里亜だ。

 

「ありがとう。じゃあ、行こう」

 

 軽く頷いた知尋はくるりと向きを変え、李狐を先導して歩き始める。

 向かう先は学園だった。柴鳳学園は生徒達に訓練の場を与えるため、放課後もかなり長い間校門を解放している。実戦訓練、いや「私闘」を行うのなら、昨日と同じように学園内の個室訓練場を使うのが手っ取り早い。

 学園に着き、訓練場の空室状況を確認する。

 おあつらえ向きに、昨日と同じ訓練場が空いていた。あの部屋は奥まったところにあるせいで人通りが少ない。思う存分、やりたいことをやりやすい環境だ。

 

「そういえば、深海さんは一緒じゃないんだ?」

「うん、まあ」

「ふうん」

 

 どういう関係なのか知らないが、二人は多少仲が良さそうに見えた。昨日だって、真里亜はわざわざ知尋に付き添い、彼を庇うような行動をしていた。

 それが今日いないということは愛想を尽かされたのか。

 だとしたら、昨日彼女の同行を許可した甲斐もあったというものだ。

 

 訓練場まではすぐだった。

 

「そういえば着替えるの忘れたけど、ま、別にいいか」

 

 どうせ一方的に痛めつけるだけだ、制服だろうとウェアだろうと変わらない。

 一応上着だけは脱いで部屋の端に置き、用具入れから木刀を抜く。ブラウスにスカートだと下着を見られる心配はあるものの、まあ、気持ち悪い妄想をしてくれるのなら、その隙に一撃を加えてやればいい。

 

「………」

 

 知尋は黙って入り口の施錠をすると、自分も制服の上着を脱いだ。そして木刀を引き抜く。

 二人は昨日と同じように距離を開けて対峙した。

 ……この余裕、何か対策でもしてきたのだろうか。

 でも、たった一日で何ができる? 技を磨くにしても能力を鍛えるにしても、一朝一夕で劇的なパワーアップなどありえない。

 妙な自信はさっさと打ち砕いてやる。

 

「合図はどーするの?」

「好きにしていいよ」

「そ。なら、始めさせてもらおうかなっ」

 

 幻影でサングラスを作ると、李狐は知尋のいる方へと足を前に出した。

 同時に、今の自分とそっくり同じ姿の幻影を作り出し、本物の自分より幾分か早いスピードで知尋に向かわせる。上段の大振り。これを防ごうとすれば大きな隙ができる。

 知尋が防御したのを見計らって幻影を消せば、李狐の攻撃に支障はない。

 一応、幻を抜けてくるのも警戒するが――案の定、知尋はその場に立ち止まったようだった。

 

 李狐は大振りの姿勢を取りながら幻を消した。

 そこには防御を空振りされ呆気に取られた知尋の姿が……。

 

「え?」

 

 なかった。

 代わりに李狐が見たのは、右手一本で真っすぐに喉を狙ってくる木刀の尖端。知尋の左腕は盾のように振り上げられており、幻の大振りを腕で受けようとしていたことが見て取れた。

 突きは、防御できない。木刀は大きく振り上げてしまっている。

 それどころか、攻撃のために一歩を踏みだそうとしていた最中で。

 

「がっ!?」

 

 直撃した。

 一瞬息が詰まり、目がチカチカする。木刀の先端部分は刀身の保護が特に厳重だが、それでも痛みで手と足の力が弱まり、体勢を立て直すのに数秒を要した。

 どうして。

 読まれていた? それとも、幻が本物だろうと、大振りの木刀を腕で止める覚悟をしていた? あの和泉知尋が?

 

「隙だらけだよ、西崎さん」

 

 木刀を構え直そうとしたところに顎へ突きがヒット。また頭が揺さぶられる。

 

「っ、うざい!」

 

 破れかぶれになって木刀を滅茶苦茶に振る。しかし手ごたえはなく、木刀はただ空を切っただけだった。

 冷静に、かわされた。

 腕が大きく身体の中心から逸れた瞬間、今度は胸の中心に突き。どんっ、と強い衝撃に思わず顔をしかめた。

 駄目だ。このままじゃ負ける。

 和泉に。和泉なんかに。実力で……負ける。

 

「あああああぁぁぁっ!」

 

 李狐は絶叫しながら木刀を振り上げた。

 しかしそれを振り下ろすよりも早く、知尋は右手を木刀から離すと握りこぶしを作り、李狐の腹を力いっぱい殴ってきた。

 内臓にまで衝撃が届き、手にしていた木刀がからんと床に落ちた。

 

『女の子のお腹を殴るなんて、何があってもやっちゃいけないの!』

 

 小学生の頃、男子と喧嘩した時、担任の女性教師が言っていた言葉を思い出す。怪我の度合いはむしろ相手の男子の方が酷かったのに、性別の差という一点だけで、主に怒られたのは相手の方だった。

 中学以降もそうだった。

 腹や顔を殴ると不利になるよ、と言えば、男子は皆怯んだ。その隙に股間でも蹴り上げてやれば、腕力の差なんて関係なく李狐の勝ちだった。

 男子なんてただの雑魚。

 腕力にものを言わせるだけの小心者。そう、思っていたのに。

 

「西崎さん、今日は大人しいんだね」

 

 髪を掴まれた。

 根元を強く引っ張られ、押しのけるように地面へ突き倒される。

 

「や……っ」

 

 悲鳴と共に床を転がろうとすると、顔の横にドン、と木刀が突き立った。

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