ミスコン本選は男子女子合同ではなく、順番に行われる形だった。
まず男子の部が行われ、次に女子の部。
予選上位の五人がステージに上がり、まずはアナウンスによって簡単に紹介される。その後、一人ずつ自己紹介とパフォーマンスを行い、最後に質問タイムがあって終了。
投票は予選とは別扱い。
予選で投票した生徒もそうでない生徒も投票でき、予選とは別の相手に入れても構わない。
ステージ上のパフォーマンを見て決めるもよし、意中の相手に再度投票するもよし。
再投票という性質上、予選五位の生徒が一位になることもあり得る。ただし予選での獲得票数の差は実行委員が計算し、若干のハンデをつける仕組みになっていた。
男子のノミネート者は長身の生徒が多かった。
1-Cのエースである神代をはじめ、風紀委員の副委員長など層々たる顔ぶれである。ついでに言えば概ね全員、顔も良い。
ルックスだけでなく運動神経、特に戦闘能力も重要な判断要素になっているようだ。
「ええと、一年C組の神代悠希です。こういうのはよくわからないけど、たくさんの人に投票して貰えて嬉しいです。パフォーマンスはアクロバットをやります」
神代はそんな風に挨拶した後、バク転やバク宙、側転等々の技を連続披露した。
狭いステージ上を所狭しと飛び跳ね、スピード感とダイナミックさ、安定性をアピールする。こういう戦闘にあまり関係ない技でも、彼の身体能力は如何なく発揮されていた。
きっと、普段からこういうトレーニングもしているのだろう。
観客たちの反応も良好。特に女生徒からの黄色い声はかなりのものがあった。
「さすが、白峰さんが見込んだ子ね」
「無論。私の眼鏡に適った男ならば、あの位はできてもらわないと困る」
感嘆する四葉に、沙雪が誇らしげに答えていた。
五人のパフォーマンスの後の質問タイムでは、彼女がいるのかとか、好きな女性のタイプはどうかとか、忌憚ない質問が観客から投げられていた。
なお、神代は恋人について「いない」と答えた。ちらっと沙雪を見ると、どことなく「当然だ」という顔をしているように見えた。
「ぼ……私もああいうの答えるんですよね……?」
「そりゃそうでしょ。っていうか、私達の方が質問される内容は際どいでしょうね」
呟く知尋の傍でルシルが鼻を鳴らした。
「いいじゃない。彼氏じゃなくて彼女がいますって堂々と言えば」
「超、爆弾発言ですよねそれ」
などと言ううちに男子の部が終了。
男子達に関しては、これで後は投票の結果を待つだけだ。投票自体は女子のパフォーマンスおよび質問コーナーの終了まで受け付けられるので、しばらくの間はハラハラしながら待つことになる。
「神代君、おつか……」
「神代、中々良かったぞ」
戻ってきた神代を労おうとしたら、その前に沙雪が彼へ声をかけていた。
そのまま体幹のブレがどうとか動きのキレがどうとか熱心に話し始める彼女を見て、これは邪魔しちゃいけないな、と思った。
「ふふ。沙雪も随分、彼に熱を入れているんですね」
「黒羽先輩」
四葉が寄ってきて微笑を浮かべる。
と、思ったら、彼女はそのまま顔を近づけて囁いてくる。
「何か、問題があったのですね?」
「はい。指宿かなめっていう子がわた……和泉君を探しているらしくて。ちょっと危険な子かもしれないんです」
「わかりました。私も一応、警戒だけはしておきます」
そう言って彼女は頷いてくれた。
直後、実行委員からステージに上がるよう指示があった。一位の四葉から順に歩いていきステージ上まで到達すると、観客席全体を見渡すことができた。
かなりの人数。数十人の生徒の他、一般客も半分くらいの数がいる。
愛華、李狐、華は集まって座っていた。目が合うと、愛華が代表して手を振ってくれる。鈴や万里歌も別の場所に立っているのがわかった。綾瀬はいないが、他の四人がこの場にいる以上は生徒会室で留守番だろう。
かなめは、いないか。
――いや、いた。
ややステージから遠い位置、ちょうど物陰になるような位置だったため発見が遅れたのだ。しかし、あのパンクロリータは見間違えようもない。
この場にいるのは、ただの興味本位か、それとも。
『ではまず第五位! 1-Cのメイド喫茶が投入した謎の大型戦力、年齢不詳、苗字も不詳の謎メイド、ちさとちゃん!』
アナウンスが思考を中断させた。
ぱちぱちぱち、と拍手が飛んでくるのに合わせ、知尋は笑顔を作ってぺこりとお辞儀。なるべく綺麗に見えるようにしたつもりだが、果たして緊張が見た目に表れなかったかどうか。
続いて四位以降の少女達も次々紹介されていく。後の四人はさすがの舞台度胸と言うべきか、観客の人数によるプレッシャーなど微塵も感じている様子はなかった。
ただ、真里亜の表情だけは硬い。
おそらくミスコンのせいではない。直前に伝えたかなめの名が何かしらの重荷になっているのだ。
申し訳ないと思う反面、この場にかなめがいる以上、伝えておいて正解だったとも思う。
『さて、引き続き個別のアピールタイムといたします! まずは予選五位のちさとちゃんからどうぞ!』
「あ、はいっ」
他の四人が後ろに下がるのにやや遅れて一歩進み出る。ステージ左端の立ち位置から中央に移動して、再び一礼。
渡されたマイクを顔に近づけて。
「あたっ」
軽く顎にぶつけ、その音をマイクが拾った。
観客から軽い笑い声が起きる。
「ご、ごめんなさい。……ええと、ちさとです。詳しいことは内緒なんですが、一応、一年生ということでお願いします」
事前に打ち合わせた結果、『ちさとちゃん』が和泉知尋だということは、観客たちに伏せておく方向で落ち着いている。
知っている者がバラすことまでは抑止できないものの、その方が謎っぽい感じが出て面白いかも、と実行委員側も了承してくれていた。
「投票してくださった皆さん、ご来店くださった皆さんもありがとうございました。……私としてはここに立っただけでもう十分なのですが、最後にアピールをさせてください」
こんな、清楚な美少女メイドみたいなことをどの口が言うのか。
言っている途中から恥ずかしさがこみ上げてきて死にたくなったが、なんとか堪えて言葉を続けた。
なんとか最後まで言い切ったら、いったんマイクのスイッチをオフにする。
とんっ、と。
軽いステップを踏み、その場で一回転。なんとか立ち位置からほぼズレずに着地すると、ふわりと翻るスカートが落ち着いてから両手をスカートに。
両手でスカートを摘まんで、笑顔と共に恭しく一礼。
「……以上です」
『あれ? それだけでいいんですか?』
「はい。私はメイドですから。それに、今ので十分、私の気持ちは伝わったと思います」
早く帰りたい。
……と、半分くらいはそれが本音だったが、残りの半分には別の狙いがある。
知尋の予選順位は五位。その関係から、紹介およびパフォーマンスがそれぞれ最初になることはわかっていた。残り四人、いずれ劣らぬ才媛が控えているのだから、生半可なことをしても印象は薄れる。
なら、敢えて分量は物足りないものにする。
精一杯、謎のメイドという属性を生かした短いアピールに力を入れ、もっと見たいと思わせる。
同時に、今の宣言はある意味、残り四人への挑発とも取れるはずだ。自分は言葉を弄したり、過剰なアピールをせずとも、ただ自分の魅力だけで彼女達に匹敵できる――と、そんな風に。
残り四人が『ちさと』の先制攻撃にどう対抗するのか。
観客の意識がそういう方向に変わってくれれば大成功。美少女達に真っ向から挑むという難題は果たしたと言っていいだろう。
まあ、うまくいくと楽観はしていないが。
知尋が後ろへ移動すると代わりに沙雪が前へ進み出る。彼女は相変わらずの硬い口調で応援の礼を述べた後、用意していた木刀による剣舞を披露した。
とん、とん。
軽いステップでステージを踏みしめ、併せて木刀が幾度も空を斬る。
アピールの方向性は神代に近い。
しかし、受ける印象はより強烈だった。一つ一つは単純な動作に過ぎないが、それらが全て速く、そして鋭い。流れるように続く動作はまさに舞っていると形容するのが相応しいと思えた。
何より、直接的な『実力』のアピールは見る者に分かりやすい。
男性ではなく、見目麗しい女性がそれを行うのならば余計に。
……おそらく、彼女はこの学園における最強クラスの一人だろう。知尋の姉、楓に勝てるとは思わないが、それでも現時点では神代を圧倒するだけの力を秘めているはず。
凄い、とあらためて思った。
『落とし物』という特殊能力者であり――能力を併用できる、いざとなればかなりの状況にも対処できるという長所があるとはいえ、人というのはここまで強くなれるものかと。
楓や、今の沙雪、そして神代を見ていると思う。
「……私には、皆さんが期待しているようなパフォーマンスはできません。一晩考えましたが、どうしても華やかなアピールは思いつきませんでした」
続く真里亜のスピーチは静かで淡々としていた。
彼女は言葉を切って背後を振り返る。見たのは知尋ではなく、剣舞を終えてなお汗ひとつかいていない沙雪だ。
「だから、私なりの方法で私の価値をお見せします」
まさか、と思った。
知尋は反射的に実行委員を振り返る。しかし、彼女達は真里亜が何をするか興味津々といった様子。何が起こるかの予測はできていない。
どのみち、ここで止めても「止めた理由」を皆に説明するのが難しい。
せめて思い過ごしならいいが。
――しかし案の状、マイクを通して響いたのは、指の骨が砕ける音という、なんとも恐ろしいものだった。
『……え?』
実行委員の声をマイクが拾う。
直後、真里亜のマイクがごとん、と落ちた。真里亜が右手を使って左手の指の骨を折ったため、マイクを持っていた左手が使い物にならなくなったのだ。
直後、真里亜は右手を拳の形にすると大きく振り上げ――。
「……なんという」
沙雪の呟き。
ごきん。
今度の鈍い音は、おそらく観客にまでは伝わらなかっただろう。しかしビジュアルとしての凄惨さは段違いだった。
必要以上の力を籠めた右拳が左肩(・・)を打ち、結果両部位の骨が損傷した。
通常なら今すぐ病院に行かないといけない怪我。この学園における基準でも、迅速に校医の処置を仰ぐべき事態。
事実、周囲が酷くざわつき始めるのがわかる。
ただ、まあ、真里亜に限っては問題ない。
肉体の損傷は見る見るうちに治っていった。ほんの一分程で、ぷらんと垂れ下がっていた腕や指が少しずつ、戻り始めているとわかるレベルになる。
完治するにはしばらくかかるだろうが。
知尋は思わず駆け寄り、落ちたマイクを拾って真里亜に差し出した。この状態では自分でマイクを握ることもできないだろう。
「ありがとう、ちさとさん。……お騒がせして申し訳ありません。この通り、私には自分の傷を治す力があります。もしも本気の戦いとなれば、おそらく大概の相手には負けないでしょう」
言って振り返るのはやはり沙雪。
不敵なまでに直接的な言葉。宣戦布告とも取れる発言を向けられた沙雪自身は、むしろ落ち着いているというか、真里亜を痛ましそうに見ていたが。
実際、真里亜は強い。
かつて、負けはしたものの、彼女は神代とほぼ互角の戦いをしている。あの時は全力ではあっても死力を尽くしてはいなかっただろうから、本当の真剣勝負なら結果はわからなかった。
そして今、見る限り、彼女の『自己治癒』はあの時よりも強力になっている。
「以上です。ありがとうございました」
拍手の音は酷くまばらだった。
なんだか物凄い空気となってしまった会場を実行委員のアナウンスがとりなし、続いてはルシル。
「ま、なんか物凄い勢いで注目持ってかれたけど、私には関係ないわ。もう一回取り戻せばいいだけだし」
そう言った彼女のパフォーマンスは、自らの『天才』をフルに発揮するものだった。寿限無の暗唱から始まり、四桁×四桁の計算を即座にやって見せ、次は何故かけん玉でいくつもの技を次々に披露。
おまけに、その場でバク宙を決めて見せた。
「ちょ、ルシル先輩っ、スカート――」
「大丈夫だ。アンダースコート……見せてもいい下着を穿いている」
だからって、普通この場でやるだろうか。
最初の不敵なスピーチに始まり、性質の違う複数のパフォーマンス――さらには最後にとんでもない「おまけ」を見せ、ミスコンを、女の子を愛でるという本来の形へと立ち返らせる。
この面子、やっぱりあまりにも濃すぎる気が。
四葉は大丈夫なのか、とハラハラしながら見守ると、トリとしてステージ中央に移動した彼女はぐるりと辺りを見渡した後、
「ふふ。なんだか人がゴミのようですね」
「ちょっ……」
色んな意味で肝の冷えるジョークをかましてみせた。