聖母のような笑顔に、同じく蕩けるような優しい声。
にもかかわらず、言葉の内容はどこまでも身勝手というか、耳を疑いたくなるようなものだった。
「ああ……ですが、ゴミなどと言っては失礼ですね。私に投票してくださった方もおそらく、たくさんいらっしゃるはずですから。ですので、私に投票してくださった方『以外』がゴミです」
『え……あの、冗談ですよね?』
アナウンス担当の実行委員が思わず突っ込めば、四葉はにっこり笑って頷く。しかし声に出して肯定はせず、なおも楽しそうに観客や、果ては知尋達四人のライバルまでも罵倒して見せた。
「可愛いだけの小娘に、自分の本当の魅力を理解していない堅物、容姿で勝負すればいいところ勝ちを逃した愚か者。揃いも揃って救えませんね」
と、ひとしきり語って見せた後で。
「もちろん冗談です。無礼な発言をしてしまい、大変申し訳ありません」
普段の彼女に戻って、しゅん、と頭を下げてみせた。
その時、ほっとしたのは知尋だけでなく観客のほぼ全員だっただろう。
「以上、私の演技(・・)はいかがでしたでしょうか。ちなみに台本作りに協力してくれたのは、私の大切な友人であり、生徒会副会長でもあるルー……ルシル・オーウェルです」
四葉の言葉にルシルがサムズアップ。
なるほど、ルシルが協力していたのか。それを何の迷いもなく公開し、ルシルの株を上げてしまうあたりが彼女らしい。
そういう気遣いが先の冗談を明確に冗談に変え、四葉の優しい印象をより強調する。なかなかどうして、面白い手だと思えた。
……ただ、きっと、あの言葉は殆ど全部本気だっただろう。
知尋達を罵倒した部分は台本を作りようもなかっただろうからアドリブのはずだし、それ以外の部分にしても、今の四葉は内心、似たようなことを思っているはずだ。
彼女が価値を認めているのは自分と友人、それから知尋とその関係者だけだ。
だから、知尋は別の意味でもひやひやさせられた。
ともあれ、ここで全員のアピールが終わった。
『では、続いて質問コーナーに移ります。彼女達に聞いてみたいことがあったら何でも結構ですので、挙手をお願いします』
このまま、何事もなくミスコンを終えられるか。
怒涛のアピールタイムのせいもあって、かなめへの警戒心も若干薄れていた。ここまで特に何のモーションも起こしてこなかったのだ、『ちさと』が知尋だと彼女はまだ知らないのかもしれないし、知っていてもこの場で何かする気はないかもしれない。
と、油断したのがいけなかったのか。
「はい、はいはーい。ちょっと待ってくださーいっ」
物陰から会場へ歩み寄りながら、元気に挙手する少女がいた。
当然、指宿かなめ――どういうわけか知尋を探していた、自称『猟奇的残虐系アイドル』である。
観客、実行委員、知尋達の注目が集まる中、彼女は堂々とステージに近づいてきて、許可されてもいないのにステージへ上がってくる。
『あの、関係のない方はステージには……』
「私の顔、見覚えないですかぁ?」
制止しようしたアナウンスを、マイク無しにしてはかなり大きな声が遮った。
『あ。え、指宿かなめ? 嘘?』
思わず、という感じの呟きがマイクに乗ったのが駄目押し。
今、注目のアイドルだというのはどうやら確からしい。かなめの顔を知っている生徒がかなりの数いたようで、会場のざわつきはこれまでで一番となった。
アイドルがお忍びで他校の学園祭に来て、ミスコンに乱入。
これから何が起こるのか、あるいはこれも実行委員会側の仕込みなのかと騒然となる。
……とりあえず、これが仕込みでないのは知尋にはわかる。イベントに芸能人を呼ぶなら多大な費用がかかる――分配した予算ではとても賄えない――し、生徒会に話が通っていないのもおかしいからだ。
そして、誰もこの流れを止める気がない。むしろ静観する構えなのは話の流れ、そしてかなめの顔を見た人々の表情から明らかだった。
『ごめんなさい、止めきれなかった』
脳内に万里歌の声が響いた。
声に反応を見せたのは知尋の他、四葉とルシル。二人も突然の事態に、それぞれ微妙な表情を浮かべていた。
『葉月先輩のせいじゃありません。あの状況じゃ、無理に止めた方が悪者になりかねませんし』
『……そうね。こうなったら状況を見守るしかないわ』
『ま、いいじゃない。話題にはなるわよ、絶対』
事情を何も知らないルシルはやや楽観的だが、下手に刺激して逆上されても藪蛇だ。もしかしたら穏便な用件なのかもしれないし――。
「私、気に入らないんですよぅ。私より可愛くない女達がミスコンで一位を争ってるとか」
「……え」
期待する気持ちは即座に裏切られた。
『ええと、そう言われても……。これは学園内の人気投票だし』
「それはわかってます。でも気に入らないのも本当。だからぁ、見せて欲しいんです。この子達が、ミスコンに出られるくらいの素材だって」
無茶苦茶だ。
いくらアイドルだからって、どれだけ無茶と我が儘を言うつもりなのか。
しかし、世論は肯定的だった。いいぞー、だの、嘘何それ超楽しそう、だのといった声がいくつも聞こえてくる。
悠然と立ち、小憎らしいまでに可愛い笑むかなめを四葉が見た。
「ですが、ただ証明しろと言われても……あなたは私達がどうすれば納得してくださるのでしょう?」
「いい質問ですねぇ。別に何でもいいっちゃ何でもいいんですけどぉ……いちいち一人ずつ証明してもらうのも面倒臭いですよね」
言い出した張本人が言うことではない。
同時に、彼女の言うことにも一理ある。今は女子部の質問コーナーの時間を削っているわけで、あまり長引けば、何の質問も受け付けられないばかりか投票時間も終わり、更に学園祭自体も終わってしまう。
ならば、どうするのか。
かなめが知尋の方を振り返った。
視線が交わる。感じ取れた思いはやはり、壮絶な嗜虐心。この少女は知尋達が苦しむ姿を見て楽しむことしか考えていない。
同時に、もう『バレている』ことを理解した。
「こうしましょ? そこの小娘が代表で証明してくださーい。あなた達五人がぁ、一応、ギリギリでぇ、私に認められる存在だってこと」
「代表?」
「そう、代表ですぅ」
にっこり笑ったかなめは更に、ステージ裏で待機する男性陣を振り返った。
「そこのあなた。……そう、そこの爽やかさんですぅ。あなたもちょっと、こっちに来てくれますかぁ?」
「あ、ああ。まあ、いいけど」
指名された神代が戸惑いながらステージに上がる。
と、かなめは彼に歩み寄って顔を寄せる。
「あっ」
観客席から誰かが声を上げ、誰もが反応しきれないうちに、少女の唇が神代の頬に触れていた。
キス、だ。
頬への軽いものとはいえキスはキス。それが美少女、アイドルのものであれば猶更、貴重な代物。
観客の男性陣と女性陣がそれぞれ別の意味でざわめく。
「……君は」
「私のお願い聞いてくれたらぁ、唇にしてあげてもいいですよぉ?」
「ちょっとあんた、ふざけたこと――」
「外野は黙っててくれませんかぁ?」
割り込もうとした声は朱香のものだった。
彼女が怒るのも無理はないが、かなめは、朱香がかなり本気で上げた怒声を一言で封殺してみせた。
「それとも、あの子、彼女さんですか?」
「……いや」
誠実な神代がここで嘘をつく理由はない。
そして、二人が付き合っているわけでもないなら、いきなり喧嘩腰になった朱香の方が立場は低い。
他の生徒達からの有形無形の抗議を受け、さすがの朱香も黙るしかなかった。
神代がやや遠慮がちに口を開いた。
「それで、お願いっていうのは?」
「はい。あの子と戦って、勝ってください」
場が凍り付いた。
「……戦う?」
「そうですよぉ。あなたは結構強いんですよねぇ? なら、女の子じゃなかなか普通には勝てません。そこで、五人の中で一番弱そうな子があなたに勝てるなら、それは認めてあげてもいいかなって」
知尋と神代が戦う。
よりにもよって、そんなことを要求してくるとは。
ただバレている、だけではないのだ。
知っている。
この指宿かなめという少女は、知尋のことを良く知っている。
知尋が過去に二度、神代と真剣勝負をして敗れていることまで、調べたか何かにより把握しているのだ。
どうしてそこまで、何のために?
「……そんなこと」
低い女の声が聞こえた。
真里亜が普段の冷静さをかなぐり捨て、瞳にはっきりとした怒りを湛えながらかなめを睨みつける。
「受ける理由がないわ」
「そうですかぁ? 皆さんはきっと見たいと思いますけどぉ」
ね?
と、言ってかなめが振り返ると観客達もはっと我に返ったようだった。
各々、話の流れを吟味し――戸惑う者、必然性がないと首を傾げる者もいる中、大多数は「確かに見たい」と賛同を示した。
「神代君だっけ。彼の運動神経凄かったし」
「メイド服の着て戦う女の子とか超好み」
……呑気な話だ。
ただし、学園の生徒としては一般的な反応だとも言える。日常的に訓練を受けている彼らは戦いに対する抵抗が薄い。怪我も大抵のものなら校医が治してしまうので、正々堂々としたぶつかり合いなら無理に止めようとはしない。
その上で違和感もあった。
かなめは上手く立ち回った。学園祭という状況、アイドルという立場、整った容姿とそれから度胸。様々な武器を使って大勢を味方につけた。
――だが、あまりにも上手く行きすぎていないか?
例えば、純粋にミスコンを楽しみにしていた生徒だっているはず。彼らから見れば、かなめの申し出は余計なわけで、もっと不満の声が上がってもいい。なのに、そういったことが無い。
まるで、何らかの能力の影響を受けているみたいに。
知尋は知っている。声や匂いを媒介として信用を勝ち取ったり、自分を印象付けることのできる能力者を。
そういった者達と同種か、別の能力なのだろうか。
そういえば、かなめはこう言っていた。
『札幌から全国区に上りつめた猟奇的残虐系アイドル』
札幌。
真里亜と華の出身地であり、そこには柴鳳学園とよく似た能力者養成学校――紫鶴学園が存在する。
だとすれば、指宿かなめもまた真里亜の。
「わかった」
思考を巡らせている間にステージ上でも動きがあった。
神代が、かなめの提案に頷いたのだ。
「彼――彼女さえ良ければ戦ってもいい。もちろん、お互い恨みっこなしの真剣勝負で」
澄んだ瞳。
神代の心に曇りは存在しなかった。もしも、この場がかなめに操られているのだとしても、彼が口にした通りのことを思っていることは信じられた。
にっと、かなめが笑った。
「ありがとうございますぅ。では、ちさとちゃんでしたっけ? どうしますかぁ? 逃げたいなら逃げてもいいですよぉ?」
あからさまな挑発だ。
今、知尋の頭は割と冷えている。かなめに対しては疑惑もある。性質的に相いれない存在だという気もする。一方で、彼女がけしかけてきた神代に対しては恨みや怒りを持ち合わせていない。
だから、この挑発に乗る必要がないことは判断できるが。
「……わかりました。私も構いません」
敢えて、知尋は頷くことにした。
「ちひ……ちさとさん! 危険です、相手の誘いに素直に応じるなど!」
「深海さん」
慌てた様子で声を上げる真里亜に、知尋はそっと微笑みかけた。
「素直に教えて。私は、神代君に負けると思う?」
「……それは」
真里亜が答えづらそうに目を逸らし、視線を泳がせた。
数秒の間を置いて彼女は短く答える。
「わかりません」
「そっか」
十分な答えだと思った。
知尋と神代、二人の力量をわかった上でそう答えてくれたのなら、勝ち目はちゃんと残されているということだ。
……と、真里亜が答えられなかった可能性は敢えて考えないことにして。
「どこでやればいい?」
「客席のあたりでいいんじゃないですかぁ? ……皆さーん、スペースを作りたいので移動に協力してくださーい」
言うが早いか、てきぱきと観客に移動を指示するかなめ。
他人を従わせるカリスマ性はさすがアイドルか、ちょうどステージ前に数メートル四方の空間があっという間に設けられた。
知尋は神代と頷きあって。
「じゃあ、神代君」
「ああ。……やろうか、久しぶりに」
前回は死力を尽くして負けた。
あの時、既に自身の戦闘能力としては打ち止めが近いことを感じた。
もちろん、それからも訓練をサボっていたつもりはないが、学園祭の準備や生徒会への加入により自主訓練はできていない。
果たして、何をどうすればこの少年に通用するのか。
ステージを下りた知尋は、急ごしらえのバトルフィールドにて神代と静かに向かい合った。