※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百二十九話 宴の一幕、三度目の勝負

「武器は、今回は用意できないから禁止。急所への攻撃も禁止。場外は無し。起き上がれなくなるか、ギブアップした時点で負け……で、いいかな?」

「うん、大丈夫」

 

 答えながら、知尋は軽い準備運動を行った。

 生徒会室での仮眠は短い時間だったが、十分な効果があった。お蔭で今、まがりなりにも勝負が行えそうだ。

 

 ……疲れているのは神代も同じはず。

 

 何しろあの楓と戦ってぼろ負けしているのだ。

 加えて、メイド喫茶で働いていたのは彼も同じ。それらの条件を加味すれば、むしろ知尋に多少のアドバンテージがあるかもしれない。

 その上で、とにかく戦いながら糸口を見つける。

 

 ちらり、と。

 

 知尋は愛華達の方へ視線を向けた。

 三人とも、じっと知尋を見つめている。心配してくれているのが『読心』を使うまでもなくわかった。それでも何も言うまいと口を噤んでくれているのも。

 万里歌や四葉もそれぞれに不安そうな表情だ。

 ルシルは、どちらかというと興味深げな様子。

 考えてみると、生徒会のメンバーは知尋と神代の因縁について詳しく知らないのかもしれない。

 

 真里亜は胸の前で両手を組み、じっと知尋を見守っていた。

 大丈夫。

 そう言ってあげたいのは山々だが、生憎、安請け合いができるほど楽な戦いになるとは到底思えなかった。

 それでも、やると決めてしまった。

 

 準備運動を止めて深呼吸。

 

「スターターは私がやりますねぇ」

 

 ステージ上からマイクで言うかなめに、神代と二人、黙ったまま頷いた。

 数歩の距離を置いて向かい合ったまま時を待つ。

 そこへ、背後から声がした。

 

「知尋くん、返事をしなくていいから聞いてね」

 

 鈴の声だった。

 そう言えば、さっき見回した時に見つからなかった。どこにいたのかと思えば死角に回り込んでいたのか。

 おそらくは『認識疎外』も起動しているのだろう。彼女は知尋と愛華達、『支配』で繋がった相手にしか聞こえない声で告げる。

 

「大丈夫。勝てるよ。今の知尋くんにはそれだけの力があるはず」

 

 どういうことなのか。

 直接問い返したいのは山々だったが、状況がそれを許さない。

 仕方なく黙ったまま聞いた。

 鈴の告げる、勝てる根拠――勝利への秘策について。

 

 そして。

 

「始め!」

 

 かなり大急ぎの説明が一段落したところで、かなめの声が響いた。

 二人、同時に動き出す。

 神代は前へ。そして知尋は、ほぼその場から動かないまま迎撃態勢。視線は、じっと相手へ向ける。

 

 相変わらず、神代の動きはとても素直だった。

 真っすぐ向けられた視線から、彼の意図、飛び込みざまの右ストレートという動きが伝わってくる。お蔭で知尋は多少の猶予をもって攻撃に備えることができる。

 

 『読心』による攻撃予測は諸刃の剣だ。

 相手の動きを読み取ることができるのは、それだけならかなり強力な力だと言えるが、実際には意図を読み取ってから対処するのにラグが発生してしまう。

 今のように、ある程度離れたところからなら問題ないが、接近しての殴り合いになれば使わない方が良い場合が多い。

 それでも、使えるだけ有り難い。

 

 知尋は迎撃に、神代と同じ右ストレートを選んだ。右足を軽く引き、強く一歩を踏み出しながら、襲い来る神代へと拳を繰り出す。

 タイミングはジャスト。

 どうやら、神代の側でも合わせてきたらしい。お互いの拳が、相手の左肩にクリーンヒット。肩に絶大な衝撃が走るのと同時に、オーバーパワーでの一撃の反動によって右拳までもがずきっと痛む。

 

「くっ」

 

 神代の表情が一瞬だけ歪んだ。攻撃が効いているのだ。

 彼は知尋と視線を合わせたまま一歩後退、その間に次の攻撃プランを組み立て、すぐさま行動に移ってくる。

 左脚により中段蹴り。

 知尋は、今度は回避を選んだ。半ばジャンプするように大きく後退しようとして――ぎゅむ、と抵抗感。左足がメイド服のロングスカートを踏みつけた。

 

「やばっ」

 

 慌てて腕を持ち上げ、蹴りをガード。

 神代は申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、すぐさま彼我の距離を調整して蹴りを繰り出してきた。ずっしりとした重みが腕にかかる。

 受けた衝撃を利用しつつ今度こそ後退。

 

 ……まずい。

 

 思いのほかメイド服が動きづらい。

 もともと、激しい動きをするための衣服ではないのだから当然なのだが、腕の可動範囲はやや狭くなるし、何と言ってもスカートが邪魔になる。動くたびにひらひらとはためき、下手をすれば先程のように踏みつけてしまう。

 柔術や薙刀術でも習っていれば、袴の要領で扱えたかもしれないが。

 

 どうする?

 

 焦りと共に思考を巡らせるも、特に打開策は思いつかない。

 これが愛華など、生粋の女子ならまだ違うのだろうか。彼女達にしてもスカートで戦った経験などそうはないだろうが、多少は違うような気もする。

 

 ――なら、『ちさとモード』のまま戦えば?

 

 そんなことができるのか。

 全く予測がつかなかったが、他に策も無いので試してみることにする。

 神代の追撃を防ぎ、受け流し、かわしながら必死に気持ちを落ち着ける。和泉知尋から御角ちさとへと思考のベースを移行させ、女性的な思考をトレースしながら動きを切り替えていく。

 

 大丈夫。

 

 不意に心の中で声が聞こえた気がした。

 私なら大丈夫。あなたよりはもう少し、うまく戦える。

 そんな声に、知尋は耳を傾け、心を委ねた。

 

「やっ!」

 

 息を吐きながらの後ろ回し蹴り。

 最愛の恋人――愛華の動きをトレースしていることを感じながら足を振りぬくと、靴は神代のガードをすり抜け胴体へと入り込んだ。

 残念ながら、入り方はやや浅い。

 しかし有効打には違いない。悲観することはなく動き続ける。

 

「……これは」

 

 神代が目を見張る。

 蹴りを防げなかったのが予想外だったのだろう。それは、ロングスカートが上手い具合に目くらましと、タイミングをずらす役割を担ってくれたお蔭である。知尋の側もスカートで戦った経験はないが、神代だってスカートの相手と戦った経験はないのだ。

 まあ、これ自体は『秘策』でもなんでもなく、ただ勝負の土俵に立っただけの話なのだが。

 

 いける、かもしれない。

 ただ、気持ちを切り替えただけなのに、自分でも驚くほど動きが良くなった。これなら戦える。

 

 そして、一進一退の攻防が続いた。

 知尋はできる限りヒット&アウェイ、神代から距離を取りつつ彼の接近時に攻撃するスタイルを取った。こうすることで極力『読心』を利用すると共に、観客席を背にすることで、神代がラッシュを行いにくくした。

 また、高速のフェイントに対処するリスクもかなり減らせる。

 幾つもの状況が重なった結果、戦闘はかろうじて均衡が保たれる。

 

 互いに素手、打撃技中心の戦いではあったが、何度も攻撃を交わすうちにだんだんとメイド服はボロボロになっていく。秋用に厚手の生地だったお蔭で下着が見えるほど破けたりしなかったのが幸いである。

 

「……どうして」

 やがて、神代が呟いた。

 何度も知尋から攻撃を受けた彼も、疲労の色がかなり濃い。口からの呼吸は止まらず、腕を持ち上げるのも辛そうに見える。

 

 ……やっぱり彼は凄い。

 

 神代から数歩の距離で、自然体の構えた知尋はそう思った。今すぐ横になって眠りにつきたいという欲求を堪えながら。

 

「君は、まさかまた新しい能力を」

「そう、みたいですね」

 

 試合の開始直前に鈴が口にした『秘策』とはそのことだった。

 彼女が持つ二つの能力のうち『認識疎外』ではない方のもう一つは、相手を観察することでその性質を見抜く力。深く観察すれば相手が持つ能力さえも判別、分析することができる。

 そんな鈴が、知尋にこう告げたのだ。

 

『知尋くんに新しい能力が二つ増えてる。これを使えば多分、その子にも勝てるよ』

 

 後は早口に能力についての解説。

 時間の関係で、本当に簡単にしか聞けなかったが。

 

 神代が構えを解かないまま自分の身体を見下ろす。

 

「君の攻撃がやけに重く感じる。……それに、今までの君ならもう、とっくに倒れているはずだ」

 

 そう。

 これまでの知尋なら、初撃から相討ち狙いの戦い方などしなかった。神代の攻撃をまともに受ければ一たまりもないと警戒せざるをえなかった。

 そして、全力を超えた全力で打ち据えてなお、過去の二回は神代のタフネスの前に屈してしまった。

 

 攻撃力と耐久力の不足。

 新たに得た二つの能力が、この欠点を補ってくれていた。

 

『一つ目は、知尋くんが与える刺激を増やす能力。相手に触らないと駄目みたいだけど、攻撃が当たった時に念じてみて』

 

 刺激、と鈴は形容した。

 つまり攻撃が命中した瞬間に発動すれば『痛み』を増やせるということ。見た目以上のダメージを受けた神代は混乱し、また計算以上に蓄積していくダメージに動きを鈍らせていった。

 

『もう一つは、受けた刺激を共有する能力。これを使えば、わたしを含めた六人(・・)に痛いのが分散するはずだよ』

 

 真里亜、李狐、愛華、華、鈴、四葉。

 知尋が『支配』した少女達が、知尋の受けたダメージを七分の一ずつ肩代わりしてくれている。だから、知尋は、重い拳を腹に受けても、蹴りが脇腹にめり込んでも、行動不能になるほどのダメージを受けない。

 たった七分の一の痛みなら『苦痛軽減』の能力により殆ど無視できる。

 ――戦いの最中によそ見をする余裕は殆どなかったが、ちらりと見えた観客席では、愛華が自分や李狐達を軽く治療しているのが見えた。真里亜は微動だにしていないが、おそらくは『自己治癒』を発動しているはず。

 こうして、知尋が分けた痛みは端から治っていく。

 大した説明もなしに付き合ってくれている愛華達には感謝してもしきれない。

 

 片や七分の一のダメージ、片や数割増しのダメージ。

 仮に、『刺激共有』と『刺激増幅』とでも名付けようか。

 苦痛の割合を極端すぎる程に傾ける二つの力が組み合わさり、今、知尋に有利な状況を作り出していた。正直、このコンボは掛け値なしに強力だ。『苦痛軽減』も含めればもう、はた目からはゾンビのような耐久力になっているはず。

 

 ……むしろこれだけやってなお、まともな勝負になっているという事実――神代の底知れなさが恐ろしいが。

 

 さすがの神代も限界が近い。

 最後に受けた攻撃は、試合開始直後のそれより大分軽かった。ちゃんと力が籠もっていない、足腰にもガタが来ている証拠だ。

 対する知尋にはまだ、しばらく戦い続けられる程度の余裕はある。

 そこへ。

 

「ちょっと、神代悠希! 一日に二回も負けるつもりなわけ!? もっとしっかりしなさいよ!」

 

 横合いから朱香の声が聞こえた。

 視線を向ければ、彼女は殆ど涙ぐみながら神代を見ていた。満身創痍の姿を見ているのが辛いのだ。

 そこへステージ上からも声。沙雪がすっと立ったまま真摯な瞳を向ける。

 

「そうだ、神代。私を倒すのではなかったのか? こんなところで膝をついている暇があるのか」

「……湯瀬さん。白峰先輩」

 

 神代が息を飲んだ。

 二人の期待、信頼――そして愛情。そうしたものが彼の胸に染み込み、力を与えるのが目に見えるようだった。傍にいてくれる人の想いが力になるのは、何も知尋だけの特権ではないのだ。

 朱香と沙雪の声に、他の生徒からもいくつか応援の声が上がる。

 

「……そうだな。俺は負けない。負けられない。少なくとも、俺はまだ、やれることをやりきっていない」

 

 息を吐く神代。

 彼の構えが変化する。正統派なファイティングポーズから、左腕を大きく引き、足に力を籠めた体勢へ。

 ――強く地面を蹴って肉迫し、胴体に全力の左ストレート。

 読み取れた意図は一瞬後に現実となった。

 

 おそらく、これが最後の一撃。

 

 回避する余裕はない。

 左右に飛んでも追撃されるし、咄嗟に後退した程度では逃げきれない。ならば、ここで止まったまま一撃を耐えきる方がいい。

 そう判断し、知尋は両腕で胴を守った。

 

「おおおおっ!!」

 

 雄たけびと共に、神代の拳が腕の中心に突き刺さる。互いの骨がきしみ、それでも神代は止まらず、そして彼の指から良くない音が聞こえた。

 ――これは、知尋や真里亜が得意する、オーバーパワーの。

 『身体強化』された神代が繰り出すと、その威力は段違いだった。

 位置を予測し、きっちり防御態勢を取っているのに息が詰まる。衝撃でそのまま跳ね飛ばされそうになるのを必死に堪えても、数歩たたらを踏むのは止められなかった。

 目がチカチカする。

 とても、すぐさま反撃に移る余力はない。

 しかし――。

 

「っく……」

 

 腕を引いた神代が、ぐらり、と身体をよろめかせた。

 慌てて肩を掴んで支えると、彼は驚いたように顔を上げた後、周りにも聞こえる声で宣言した。

 暗に悔しさを滲ませながら。

 

「俺の負けだ。もう振り絞る力も残っていないよ」

 

 その言葉に誰もが息を飲み、かなめがどこかつまらなそうに言った。

 

「おめでとうございますぅ。ちさとちゃん、あなたの勝ちですよぉ」

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