知尋と神代の試合終了後、指宿かなめは意外にあっさり引き下がった。
彼女はマイクを手に、ステージから降りながら声を上げる。
「ふん。仕方ないから認めてあげますぅ。光栄に思ってくださいねぇ」
負け惜しみのような台詞である。
実行委員にマイクを返して立ち去る彼女の姿を、その場にいたほぼ全員が、ぽかんとした表情で見送った。
――何これ、もしかしてここまで全部仕込み?
などという声まで聞こえてくる。
負傷した神代と、彼を支えた知尋はそれどころではなかったが。
「どいて!」
「すみません、通してください!」
観客席から二つの声が上がり、朱香と愛華が駆けよってくる。
やや先行した朱香がまず駆け寄ってきて、半ば奪い取るようにして神代を支える役割を知尋から引き継ぐ。そこに追いついた愛華が、治療のため寝かせるようにと指示を出す。
神代はまだ意識があるものの、疲れ切っていて碌に動けない状態。大人しく地面に寝かされてくれた。
「医務室に連れてった方が良くない?」
焦った様子の朱香に対し、愛華は地面へ跪きながら答えた。
「神代君にあそこまで歩いてもらうのは大変でしょ。今、先生への連絡と担架の用意をしてもらってるから、今のうちに応急処置するの」
「……わかった」
唇を噛んだ朱香が頷いて身を離す。
彼女はきっと知尋を見て、足早に近づいてくる。
「湯瀬さん」
「黙って。……真剣勝負だから恨みっこなしなのはわかってるし、私が言うことじゃないのもわかってるけど、今イラついてるから」
「……うん」
何で勝ってしまうのか。
勝つにしても、もっとスマートな勝ち方ができなかったのか。
理不尽だとわかっていても思ってしまうのだろう。理屈と感情が違うのはよく分かるから、知尋は何も言わなかった。
代わりに、謝りもしない。
外道な戦法で勝ったわけではない。
謝るようなことは何もないのだから。
「高槻さん。和泉君の治療は……」
「後回し。いいよね、知尋君?」
「うん。早く神代君を治してあげて」
「わかった」
愛華は微笑んで頷くと、一転して真剣な表情で治療を始めた。
担架は十分もせずに到着。男子の有志によって神代が医務室に運ばれていった。
彼に賢明に応急処置を施した愛華は、立ち上がろうとしたところでふらりと倒れかけた。それは駆け寄って支える。
「ありがとう、知尋君」
「こっちこそ、ありがとう。愛華達のお蔭だよ」
お蔭で勝てた、とは朱香の手前口にしなかったが、愛華はわかっているという風に頷いてくれた。
知尋も治す、という彼女の申し出は丁重に辞退してステージに戻る。隣にいる沙雪から刺すような視線が飛んできたが、幸い何も言われなかった。
『えー……色々あって時間も滅茶苦茶押しておりますが、投票が済んでいない方はどしどし投票しちゃってください。列が途切れ次第締め切ります!』
アナウンスから十分もせずに投票は終了。
投票に生徒証を用い、半ば電子化しているお蔭で集計作業もすぐに終わった。
ステージ脇の折り畳み机に座った実行委員の二年生が、PCのディスプレイを見つめて呻く。
『おお。……これは予想外の結果が出ました』
ざわっと揺れる会場。
『では発表いたします。今回のミスコンにて、栄えあるトップに輝いたのは――』
☆ ☆ ☆
「……どうしてこうなったんだ」
「えっと、私に言われても」
一年生の教室から少し離れた廊下。
時折、生徒が忙しそうに通りかかる他は人気のないその一角で、知尋と神代は並んで壁に背を預けていた。
「私って、まだその演技を続けるのかい?」
「それが、その。癖になっちゃっていうか……この格好でいつもの口調だと違和感があるっていうか」
「……まあ、構わないが。それでいいのか」
「どうだろうね……」
ミスコンが終わって医務室に顔を出すと、神代の治療は既に済んでいた。しばらく休憩中の彼に声をかけようかと思ったら「ついでにお前も診てやる」と則子から治療を受けた。
そうして1-Cの教室に戻ったと思ったら、舞阪から二人揃って追い出されてしまった。
『よう学園の顔コンビ。片づけは免除してやるからデートして来いよ』
デートって何だ、という突っ込みすらする間もなかった。
――そう。
何の因果か、神代と知尋はミスコンで揃って優勝してしまった。神代が男子部門トップで、知尋が女子部門トップ。
あの試合に感銘を受けた人が多かったんでしょう、とはあの実行委員の少女の言だが、まあ、その通りなのだろう。二人のことを良く知らなかった生徒にもあれで強く印象付けられただろうし、あそこからのノリでなんとなく入れてしまった者もきっと複数いたはずだ。
なお本選の結果は、男子部門は神代が一位に繰り上がっただけ。
女子部門は知尋が一位で、以下四葉、ルシル、沙雪、真里亜の順。真里亜が順位を落としたのはステージ上での騒ぎが原因だろうが、順位の低下について特に気にしている様子はなかった。
むしろ、かなめとの関係や、あの時の取り乱しようが気にかかる。
……帰ったら色々聞かないといけない。
「でも、すまなかった、和泉君」
「え。何が?」
「いくら形だけとはいえ、女の子をあれだけ殴ってしまったことだよ。本当に申し訳ないと思う」
「さっき馬鹿にされた後で言われても」
わざと頬を膨らませて見せると、神代は苦笑して、もう一度「ごめん」と言った。
それから彼は視線を上げ、どこか遠くを見つめながら。
「あの人は強かったよ。本当に」
「うん」
楓のことだというのはすぐにわかった。
「あの人は強いよ、本当に」
「でも、君も強かった」
「……え」
驚いて振り向く。
神代は遠くを見つめたまま、知尋の方を見ずに続けた。
「戦い方は全然違った。受けた印象も違う。でも、やっぱり姉弟なんだと思った。……君は強いよ。胸を張っていい」
「……っ」
思いもかけない言葉だった。
小さい頃から楓と比較されてきた。お姉さんは良くできるのにどうしてとか、お姉さんができるんだからきっとできる、とか言われたことは沢山あるが、姉と比較した上で「胸を張れ」などと言われたことがあっただろうか。
疲れているせいで精神的余裕がないのもあって、生理反応を拒めない。
湧き上がる熱い気持ちのまま涙が溢れ、瞳からぽろぽろと零れ落ちた。
「な、何で泣くんだ!?」
ようやく振り返った神代が戸惑いの声を上げる。
「だ、だって」
「ああもう、いいから泣き止んでくれ。男だろう」
などとやっていると、タイミングよくやってきた舞阪が空気を読まずに明るく声をかけてきた。
「おーい、お二人さん。そろそろHRになるから戻って……って神代。まさかお前、ちさとちゃんを口説いてたのか!? 湯瀬に言いつけてもいいよな?」
「待ってくれ! どうしてそうなる!」
抗議しながら舞阪に駆け寄って行く神代。
彼の必死な表情を見ていたら、なんだかおかしくなってきて、知尋はくすっと笑った。
「舞阪君。私、HRに出なくてもいいかな? この服、早く着替えちゃいたいから」
とりあえず、しばらく女装はもういいかな、と思った。
☆ ☆ ☆
その日は片づけもそこそこに下校となった。
どこのクラス、団体もほぼ、本格的な片づけを明日の日曜日に回す予定だからだ。例年、大掛かりな準備を要したクラスなどはほぼ一日を片づけに費やし、「休日」とは名ばかりになることもあるらしい。
……まあ、もしそうだとしても、今日は帰って寝てしまいたいのが人情というもの。
「このメンバーで帰るというのも不思議ですね」
夕暮れ空を見上げながら呟いたのは四葉だった。
知尋の斜め後ろに控えて歩く彼女は、一緒にいる面々を見渡して微笑む。
「今後は、こういうことも多くなるのでしょうか」
「あはは……まあ、今日は特別だと思うよ」
苦笑しながら知尋は答えた。
「そうですね。いつもなら和泉君と一緒になんか帰りませんし」
最後方を歩く華がいつもの調子で答えた。
――今、この場にいるのは口を開いた三人に加えて真里亜と鈴である。鈴は『認識疎外』により知尋達にしか見えない状態。医務室コースのため別行動の愛華と、先に帰った李狐がいないだけで、知尋の関係者が勢揃いだ。
なお、四葉は家に外泊許可を取っているとのこと。あまり頻繁には使えない手だが、学園祭という状況が手伝って許して貰えたのだとか。
華の言う通り、普段なら別々に帰宅するメンバーが今日に限って一緒なのは、ミスコンの本選で肩を並べた真里亜の家に、四葉が遊びに行くという体だからだ。
知尋は四葉とは顔見知りだし、同じくミスコンの参加者。華は真里亜の友人として一緒に歩いている。
そして真の目的は当然、学園祭中にできなかった話をまとめて片づけること。
「………」
かなめの登場以来、真里亜の表情にはどこか元気がない。
彼女もやはり知尋の斜め後方、四葉と対になる位置にいるのだが、先程から無意識に先行しては慌ててペースを落とすのを繰り返している。
気が急いているのだ。
早く話してしまいたい。気がかりを片づけてしまいたいと。
しかし、知尋は急がない。疲労もあるし、何より――。
「待ってましたよぉ、和泉知尋くん。それから真里亜ちゃんと華ちゃんも」
こうなるだろうという予感もどこかにあった。
マンションの入り口、ガラスドア脇の壁にもたれるようにして、パンクロリータの少女――指宿かなめが知尋達を待っていた。
彼女はにこにこと、わざとらしい笑みを浮かべながら言う。
「さあ、お部屋の中でお話ししましょう? ここでは話しにくいこともあるでしょうし」
☆ ☆ ☆
「……で、こうなったんだ」
「黒羽先輩とも、ゆっくりお話したかったんですけど」
勢ぞろいプラスアルファで帰宅すると、それを見た李狐と愛華が目を丸くする。
呆れと警戒を入り混じらせる李狐、戸惑った様子の愛華に四葉が頷いた。
「……ええ。先に指宿かなめさんの話を聞くべきでしょうね」
「そうしていただけると助かりますぅ。今日はオフですけど、私は結構忙しい身なもので」
当のかなめは笑顔を浮かべたまま、勧められてもいないのに椅子へ腰かける。あろうことか――と、言っても知尋自身にそこまで拘りはないが――一応、配置上は上座にあたる位置である。
逆に言うと入り口から遠いところへ自ら座った形。逃げる気はないのだろうとポジティブに考え、知尋はかなめの対面に腰かけた。
椅子が足りないが、四葉は進んで知尋の後方、入り口に近い側に立ってくれた。『認識疎外』を維持したままの鈴はかなめの後方。残りの少女達は余った席に着く。
李狐が人数分のアイスティーを淹れて運ぶと、かなめは「おかまいなくぅ」と言いながら、さっそくコップに手を付けていた。
「それで、話っていうのは?」
「その前に、自己紹介をさせてもらってもいいですかぁ?」
知尋の問いをかなめが制し、にっこりと笑った。
彼女は誰も何も言わないのを確認してから言葉を続ける。
「私の名前は指宿かなめ。札幌の柴鶴学園の一年生で、ランクはC。そして――『アブソリュート』の準構成員ですぅ」
アブソリュート。
名前を聞くのはこれで二度目だ。かなめの発言からすると、組織名のようだが、一体それが何だというのか。
と、かなめは知尋の反応が芳しくないことに気づいたらしい。
彼女は首を傾げて真里亜を見た。
「あれぇ? もしかして、真里亜ちゃん達は和泉君に何も話してないんですかぁ?」
「………」
煽るような声に真里亜は無言。
代わりに華がかなめに答えた。
「わざわざ言うことでもないと思いましたし。こうやって、そっちの方からやってくるなら話は別ですけど」
「……それって」
話がどこに向かっているのか、ここまで来れば知尋にも想像がついた。
真里亜達が隠していた――いや、言えないと考えていた事柄。これまでに遭遇してきた出来事の中で一つ、それに当てはまるものがある。
「真里亜達が言ってた『あの人』が関係しているのか」
「……ええ、そうです」
答えながら、真里亜は表情を大きく歪めていた。
「『アブソリュート』は主要メンバーの殆どを女性とする『落とし物』能力者集団。そして、そのリーダーは深海灰人(ふかみ かいと)。私の実の兄です」
「灰人様――ご主人様は素晴らしい方ですぅ。『アブソリュート』の構成員は皆、ご主人様に忠誠を誓っているんですからぁ」