かなめが胸を張って告げた言葉に、李狐が目を細めた。
「……なんか、どっかで聞いたような話な気が」
「あなた達とは全然違いますよぅ。規模も、結束も、持っている力も」
「わ、私達だって仲いいもの」
これは愛華。
そこだけは譲れない、と反論する彼女にかなめが鼻を鳴らした。どこか冷たい視線を愛華に送って、
「じゃあ、あなたは彼のために死ねますかぁ?」
「え……」
「私は死ねますよぅ。ご主人様が死ねと言えば、いつでも」
彼女の声は陶然としていた。
主人のために死ぬことが喜びだとでもいうように。
その言葉が嘘だとはとても思えない。また、目を見て『読心』を使っても作為を読み取ることはできなかった。
――本気なのだ。
かなめは本気で主人、深海灰人に心酔している。彼の命令なら何でも、どんな理由でも実行できる程に。
それは狂信と言っていい。
知尋だって、李狐らから「捨てられたら死んでやる」と言われたことはある。しかし、彼女達に死ねと命じても「嫌だ」と返ってくるだろう。当然のことだし、それでいいと思っている。
だからこそ、かなめの忠誠の深さが良く分かる。
まさか『アブソリュート』の構成員は皆、そういう者達だというのだろうか。
「……君達は犯罪組織、なのかな」
組織だというなら、あの時、楓がその名を口にしたのは仕事関係だろう。
彼女が理事長室に赴いたのも、組織について何らかの『相談』をするためだったのではないか。
警察が警戒する組織、となればそれは。
「違いますよぅ。警察とはうまいこと仲良くやってます。基本的には何でも屋みたいな組織ですねぇ」
「そうですね。依頼なら何でも、合法だろうと非合法だろうと請け負うだけですよね」
「あれぇ? そんなこと言って、昔、ご主人様に取り入ろうとしていたのは誰でしたっけぇ?」
「それは小学校の頃の話です」
睨み合うかなめと華。
旧知だろうに、二人は仲が良くないようだ。立ち位置が違うからか、かなめの性格的問題か、あるいはその両方か。
ともあれ知尋は話を進める。
「それで、指宿さんはどうして僕に?」
ミスコンで神代と戦わされたことを戦力調査と考えると――。
「宣戦布告、とか?」
「まさか」
意を決しての問いかけを、しかしかなめは一笑に伏した。
「あなた達なんて、潰そうと思えばいつでも潰せます。そんなつまらないこと考えていませんよぅ」
「じゃあ、どうして?」
「あなたの力を見極めて、ご主人様に報告するため。あなたがご主人様の傘下に入るに相応しいか判断するため、ですぅ」
「僕に、仲間になれって……?」
「はい。どうやらあなたは、ご主人様と似通ったところがあるみたいですから。なら、部下にすれば何かと都合がいいんじゃないか、と、ご主人様は考えられたみたいですぅ。私からしたら、あなたなんてご主人様の足元にも及びませんけどぉ」
深海灰人という人物は多数の女を奴隷化しているらしい。
また、奴隷化した女達をまとめて組織を作り運用している。かなめによれば、その影響力は警察機関、および犯罪者にまで及んでいるとか。
――強力な組織を作り、構成員を守る。
ある意味、知尋が求めていること、真里亜達との生活を守る方法の、明確な実例と言える気がした。
「それで、指宿さんの判断は?」
「一応は合格だと思いますよぉ。まあ、私の報告を聞いたご主人様が判断することですけどぉ」
「つまり、あなたはただの使い走りってことですね」
「重要な偵察を任せていただいた、って言って欲しいですぅ」
かなめの口調はあくまで軽い。
自分達の力に十分な自信があるのだろう。
そんな相手に尋ねるのは少々恐ろしいが――。
「もし、断ったら?」
すると、かなめの目がぎらりと光った。
「ご主人様からは、偵察以上の命令は受けていません。でも、少しくらい『どうするのが得か』見せつけてもいいですよねぇ?」
「指宿さん一人で?」
「戦力差がどれだけでも関係ありませんよぉ。だって、私の味方は味方で、私の敵は私の味方ですからぁ」
堂々とした発言。椅子から立ち上がろうともしない彼女が、何をするつもりなのか、全く見当もつかない。
そこで気づいたように声を上げたのは華だった。
「……まさか」
「そう、そのまさかですよぅ」
今頃気づいても遅いですけど、と付け加えるかなめ。
「私の能力は『端末』。指定した個人の能力を、私を通して発揮する能力ですぅ」
「な……」
端末。
他人の能力を用いる、という意味では華の『略奪』に近い能力だ。異なる点は元の能力者から能力が失われるわけではないこと。
更に、単なるコピーとの相違点は――おそらく、かなめが発揮した能力も大元の『誰か』に帰属するということ。
例えば、知尋の『支配』を『端末』が使った場合、主人は知尋になる。
となれば、彼女がこのタイミングで用いるのは。
「私の声を、姿を、存在を認識すればするだけ、あなた達は私に、ご主人様に逆らえなくなっていきますぅ。Cランクの私では、ご主人様の力を完全には再現できませんけどぉ――この場にいる皆さんはもう、たっぷりと私の声を聞いていますよねぇ?」
ミスコンの時点から仕組まれていた。
この場にいる全員があの時も居合わせており、かなめの声も姿もたっぷりと認識している。加えて先程までの会話もある。
能力による強制力がどの程度のものかわからないが、自信たっぷりに解説した以上、少なくともかなめは十分だと判断したのだろう。
「っ!」
なら、先手必勝。
逆らえなくなるというなら、何か命令される前に動くしかない。
知尋は席を立ち、かなめのいる場所まで回り込もうとして――腕を四葉に掴まれ引き留められた。
「……ご主人様」
それ以上は駄目だと首を振られる。
――まさか。
命令がなくても逆らえないのは変わらない? かなめを、深海灰人を害する行動を自主的に止めてしまう程に強制力が高いというのか。
四葉を無理矢理、振り払うこともできず、知尋は足を止めた。
居間の中を見まわす。
誰も何も言わない。黙ったまま知尋を見ていた。
「ふふっ。いい子ですねぇ。どうやら和泉君には効かないみたいですけどぉ、それは想定内ですぅ。もともと男には効きが悪い能力ですからぁ」
「く……っ」
男には効きづらい。
裏返せば女には有効ということで――残念ながらこの場にいるのは知尋以外、全員が女。全員、否応なくかなめに操られてしまう。
かなめにとってアウェーだったはずの場が、いとも簡単にホームへと早変わりしてしまった。
「さあ、それじゃあどうしましょうかぁ。どうせだから和泉君を思いっきりレイプして欲しいんですけどぉ……そうですねぇ、やっぱり真里亜ちゃんにお願いしましょうかぁ。他の子は、和泉君を押さえつけてくださいねぇ」
逆らえない。
いくら『支配』で真里亜達の動きを抑制しようと、さすがに数人がかりでは分が悪すぎる。加えて今日はもう全力を振り絞ってしまっていて無理もきかない。
犯されるしかない。
信頼し、心を委ねてきた少女達の手で、身も心も凌辱されるしかない。持っている能力を総動員しても打つ手が見つからない。
……と、言いたいところだが。
「生憎だけど断るわ」
「和泉君をレイプするのは吝かじゃないですけど、やるなら私の好きにやりたいので。あなたの命令は聞きたくないです」
「黙って聞いてれば好き放題言って。あたし達が知尋を裏切ると思った?」
「ご主人様への忠誠は、その程度では揺らぎません」
「ごめんね知尋君、ちょっとだけ騙すみたいになって」
少女達が口々に言い、それぞれに不敵な表情を見せた。
一人、かなめに啖呵を切っても仕方ない鈴だけは微妙にしょんぼりしていたが、彼女も含めて、能力に操られている者は一人もいない。
彼女達の目を見た時点でそれは分かっていた。
「……どうして」
絶句していたかなめが声を上げた。
「どうして私の、ご主人様の能力が効かないんですかぁ!?」
絆の力。
などと、言えたら格好いいのだが。
「僕の能力が効いているから、じゃないかな。前にも皆との繋がりが能力を無効化したことがあったし」
暗示なのか洗脳なのか肉体強制操作なのか知らないが、少女達は既に別の能力――既に知尋の『支配』を受け入れている。
先にかけた方、あるいは強度が上だった知尋の側が優先され、かなめの命令を拒んだのだと思われる。
つまり。
「指宿さん。君は今、やっぱりこの場に一人だけってことになるね」
「……あはは」
かなめが笑った。
捨て鉢になったわけではない。
この期に及んでもなお、彼女には勝算があるようだ。
「私を殺しますかぁ? それとも犯しますかぁ? どっちにしても、そんなことしたらご主人様が黙っていませんよぉ?」
脅迫、である。
自分の奴隷、所有物を傷つけられれば主人が怒る。ある意味当然で自然な話だ。
「ご主人様。加えて申し上げれば、彼女はアイドルです。もし命を奪ったり身体に傷をつければ、罪に問われるのは避けられないでしょう」
先程、四葉が知尋を引き留めたのはそれが理由だったのだろう。
「そういうことです。だから私はこれで――」
「じゃあ、裸にして、徹底的に身体検査してから犯そうか」
「そうですね、それがよろしいかと」
「はあ!?」
あっさり言った知尋、同じく平然と頷く四葉を見て、かなめが叫んだ。
ようやく彼女の顔から余裕が消えた。信じられないようなものを見る顔で首を振り、早口で捲し立ててくる。
「話聞いてたんですかぁ!? 私を傷物にしたら警察が黙ってないって……」
「あれ? まさか膜が残ってるんだ?」
「は? 膜なんて今関係……」
「あるよ。君が君のご主人様に何度も抱かれてるなら、今更僕が犯した程度で何も変わらない。というか、傷や膜が問題ならそれでもいいんだ。それくらい治せるから」
視線を向けられた愛華が頷く。
「うん。ちょっとした傷なら、私と華ちゃんがいくらでも治すよ」
「ああ、それは良いですね。……私も治癒能力者を探す手間が省けます」
「四葉の膜の件か。それもなんとかしないとね」
「っ。話を聞けえっ!」
遂にかなめが癇癪を起こした。
勢いよく立ち上がり、拳を振り回しながら走り出そうとする彼女を、背後から鈴が取り押さえる。
『認識疎外』により消えていた彼女の行動は、かなめにとって完全な不意打ちとなった。
「なっ!?」
「ごめんね。それ、無駄なんだ」
鈴はついでに、いつの間にか用意していたらしいハンカチをかなめの口に詰め、細い紐で両手首を拘束していく。李狐や愛華もそれを手伝った。
「あは。愛華も乗り気じゃん」
「うん。しょうがないよ、だってこの子は危険だもん」
危険なのはどちらか、と思わなくもないが。
口と両腕を封じられ、なすすべもなくなったかなめに知尋は歩み寄り、そっと囁いた。
「大丈夫。一晩で解放するよ。その代り、一晩かけて調教してあげるけど」
「ん、んーっ、んーっ!」
「……知尋様。物的証拠を残さなかったとしても、彼女を犯してしまえば後には危険が伴いますが」
「真里亜は、反対?」
尋ねると、漆黒の少女は微笑んで首を振った。
彼女は転がされたかなめに視線を落としながら言う。
「私の知る『あの人』――兄さんは残酷な人です。駒の一つが傷ついたところで気にも留めないし、むしろ気に入らなければ処分するかもしれません。ですから、リスクの殆どは考える必要もないでしょう」
「ですね。『あの人』なら、事実なんてなくても証拠をでっち上げられるでしょうし。なら、やった方が得ですよ、和泉君」
誰もかなめを助けようとする者がいない。
理性的、常識的な対応に縋れないことを理解したかなめが瞳に涙を浮かべる。
そんな彼女に、知尋は再び囁いた。
「君達がいつもやっていること、そのまま返してあげるよ、指宿さん」
☆ ☆ ☆
約束通り、知尋達はかなめを翌朝に解放した。
「……次はこうはいきません。このことは全部、ご主人様に報告しますからぁ。楽しみにしていてくださいね」
かなめはそんな捨て台詞を残して去っていったが、以後、この件で警察が動いてくることはなかった。
だから――「楽しみにしていろ」というかなめの言葉は別の形で叶えられることになる。
深海灰人、『アブソリュート』の主による直々の来訪。
それはまだ、もうだけ少し先の話である。