「危ないよ、暴れると」
「う……」
嘘だ。
こんなのは嘘だ。あの和泉知尋がこんなことをするはずがない。
混乱しながら見上げれば、恐ろしく冷たい彼の顔があった。
……どこか、昨日の深海真里亜の顔に似ていると思った。
だとしたら、自分は殺されるのか。
ぞくりと背筋に寒気が走り、全身が硬直する。そこへ木刀の尖端が立て続けに降ってきた。
腕、足、腹、首。あちこちを強く、執拗に攻め立てられる。一度突かれた箇所はずきずきと痛み、李狐の意志と抵抗力を少しずつ確実に奪っていく。
……和泉って、こんなに力強かったの?
彼の一撃は李狐のそれよりも重かった。なよっとした、可愛い系の顔をしていたところで、彼も男子なのだ。
力では敵わない。
力で敵わなかったら、この状況で何ができるというのだろう。
「やだ……やだぁ……」
もう、恥も外聞もなかった。
李狐は瞳に涙を浮かべながら、子供のようにしゃくり上げる。もともと取り繕っていただけの外面なのだ。仮面を被っていられないと李狐自身が思ってしまえば、後に残るのは弱々しいただの少女。
泣きながらやだ、やだ、と繰り返す李狐に、知尋はなおも木刀を振るい続けた。きっともうあちこちが痣になっている。何より、動かすだけの気力がもうない。
負けた。
自分は、和泉知尋に負けた。
「やだぁーっ!」
それでも認められない。
心まで屈服しなければ負けじゃない。そのポリシーに必死に縋りつく李狐。
そんな彼女に知尋は馬乗りになり、木刀を放り捨てて細い首筋を掴んだ。
「う……そ……」
食い込んでいく指の感触に、遂に「絶望」を感じる。
死んじゃう。そんなことしたら本当に死んでしまう。
いやいやをするように首を振るも、そんなことお構いなしに指の力が強くなる。
「ぐ、あ……ぁっ」
意識が遠くなる。気道が塞がされて呼吸が制限される。
苦しい。苦しい。目がかすみ、腕と足がくたりと落ち、瞳と口からは涙と涎が溢れ出す。
解放されたのは「落ちる」直前だった。
げほげほと咳き込みながら知尋を見上げる。彼は、何故かつまらなそうな顔で李狐を見ていた。
「西崎さんって堪え性ないんだね」
首絞めに音を上げるのが早すぎるということか。
……そんなことを言われても、こんなものどうやって堪えるというのか。
人が苦しむ姿を「楽しい」「つまらない」で考えているような知尋の態度に、李狐は底知れない恐怖を覚えた。
やっていることだけ見れば、これまでの李狐自身と大差ない。その事実にすら気づかないまま。
「さて、と」
知尋が李狐の胸元に手をやり、学園指定のリボンを外す。それを適当に放り捨てると、今度はブラウスに手をかけた。
ぶちぶちぶちっ、と、あっけなくボタンが千切れ飛んで行く。
「な、な……」
そんなことをされたら着るものがなくなる。どうやって帰ればいいのか。
そう思ってブラウスの方を見つめると、不意に知尋がこちらを向いた。
目が合う。
気づけばサングラスの幻が消えている。さっき首を絞められた時に精神集中が途切れたのだ。
心が読まれる。相手に伝わった感情は恐怖か、絶望か。
「ごめんなさい、って沢山言ってみてくれないかな?」
「だ、誰が……」
「そっか」
ぶち、ぶち、と。
袖のボタンまで丁寧に引きちぎると、知尋は李狐からブラウスを剝ぎ取った。上半身は下着だけの姿になってしまう。
男に、知尋相手に肌を晒している。恥辱から頬が朱に染まるのを感じた。
「スカートも脱がせるよ」
ぐい、と引かれ、肌を擦りながら無理矢理に引きずり降ろされる。膝や足が引っ掛かればこれも力づくで動かし、抜き取られたスカートが床に放られる。
知尋が立ち上がりポケットを探る。
取り出されたのはスマートフォン。
李狐へと向けられたカメラのレンズが、室内の照明に反射してきらりと光る。
「だ、駄目……それは止めて!」
「ごめんなさい、は?」
「っ」
唇を噛む。
と、ぱしゃり、とシャッター音が室内に響いた。
更に連続して何度も。
「あ、ああ……」
本当に容赦がない。少しでも逡巡すれば彼は躊躇なく行為を実行する。
そして、一枚でも撮られてしまえば。
上下ともに下着のみというあられもない姿が永遠に、データとして残ってしまう。
ぱしゃり、ぱしゃり。
なおもシャッター音が響く。そのたびに李狐のなけなしの自尊心がどんどん削られていく。
しかし、口は動かない。
謝るなんてどうしてもできない。
シャッター音が止まった。
知尋が画面を指で操作し、頷いた。
彼は再び李狐に馬乗りになると淡々と言った。
「写真、送信しておいたから」
「……え?」
「スマホを奪っても無駄ってこと」
もう、取り返しがつかない。
知尋がスマホをポケットにしまい、李狐の髪を掴む。ぐいっと方向を変えさせ、正面から見下ろしてくる。
嫌だ。もう心を読まれるのは。
「怖がりだね、西崎さんは」
「ぁ……」
指摘された。
知尋の言葉がするりと胸に入りこみ、意識しないようにしていた「弱さ」を突きつける。怖くなって目を閉じようとすれば、指で無理矢理に瞼を開かれた。
見られる。
心の中を見られている。
ふっ、と知尋が笑った。
「勝てないよ。西崎さんじゃ、僕には」
絶対に言われたくなかった言葉。
ああ、でも。きっとその通りだ。
怖い。彼が怖くて仕方ない。今この場で解放されたところで、きっとこの恐怖は消えない。それくらい大きな恐怖が、彼の瞳を見つめることでどんどん強くなっていく。
瞳から新しい涙が溢れた。
「……ぃ」
「ん?」
「……ごめんなさい」
遂に、言ってしまった。
同時に李狐の心が知尋に屈服する。
「あたしは和泉に勝てない。あたしの負け。ごめんなさい、今まで痛めつけて」
「少しは素直になってきたね」
くすりと知尋が笑う。
彼の視線が下に向く。
どうやら、李狐のブラを見ているようだ。
「もっと何回も言うんだ。言っている間は手加減する。言葉を止めたら……殺す」
「ひっ……」
知尋がポケットから再び何かを取り出す。
スマホではない。細長く、鞘と刃が一体となった特殊な刃物。
カッターナイフの刃がキチキチと伸ばされ、ブラの中心に宛がわれる。
頭が真っ白になった。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
言わなければ、言い続けなければ殺される。
死ぬのは嫌だ。何があっても死ぬよりはマシだ。
「いい子だね、李狐」
苗字ではなく名前を呼ばれた。
それに反応して口を閉じると、ちらりと冷たい視線が送られてくる。びくりと身体が震え、ひとりでにまた口が開いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
知尋の視線がまた別に向く。
カッターが今度はショーツを切り裂いた。これで李狐は靴下と運動靴以外は全裸の状態。
カッターがしまわれ、入れ替わりにスマホが現れる。再度の写真撮影。その間も李狐は「ごめんなさい」と言い続けた。
「よし」
スマホはまたポケットに。
知尋の手が伸びてきて李狐の胸を揉む。大きさは平凡だが形のいい自慢の胸が、男の指によってぐにぐにと潰れる。
触られるのは初めてではない。が、こんな無理矢理な方法は初めてだった。
知尋はひとしきり胸を揉みしだくと、今度は乳首を口に含んだ。唾液をまぶし、舌で優しく乳首を転がされる。
「ごめ……んっ……ごめんなさい」
悪寒とは別の感覚に思わず声が出た。こんな状況だというのに性感が引き出されているのだ。
凌辱。なのに責めが妙に優しいせいだ。
ゆるやかな愛撫によって乳首が尖ってくるとしゃぶるような動きが加わり、より身体がぞくぞく震えた。更に乳首を甘噛みされれば軽く身体が跳ねてしまう。
もう一方の乳首も同じようにして快感を引き出される。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
何に謝っているのかだんだんわからなくなりながら、李狐は知尋の責めに耐えた。
これから自分がどうなるのか。薄々頭の片隅で予感しながら――。
そして、予感は現実になった。
乳首を中心に指で撫でまわされ、だんだんと全身を敏感にさせられる。首筋や脇の下を指が這うとぞくぞくと快感が走り、いったん気持ちよさを求め始めた身体は、ただ肌を舐められるだけでも疼くようになった。
ちゅく……。
知尋が指を股間に宛がうと、かすかな、しかし確かな水音が聞こえた。
濡れている。その事実に羞恥と官能が高まり、指で膣内を撫でられ、かきまわされて抑えきれなくなる。
くりっ、と勃起した小陰唇を抓られた李狐は、身体をのけぞらせながら叫んだ。
「ごめんなさいっ!」
ごめんなさい、が喘ぎ声の代わりになる。
軽い絶頂に息が荒くなるが、それでもごめんなさいと言い続ける。
「舐めるんだ」
「ごめんなさい……」
謝りながらこくんと頷き、知尋のペニスに舌を這わせる。もっと可愛らしいサイズを想像していたが、意外にそれなりの大きさがあった。
「ふぉへんなふぁい……」
声がくぐもるのも構わず喋り続けながら精一杯舌を使い、ペニスを吸い、雑誌などで仕入れた知識を総動員して奉仕した。
「出すよ」
「!」
反射的に顔を引きそうになるが、頭を掴まれて固定された。やむなく、吐き出された精液を全て飲み干す。
ペニスが引き抜かれると、はあ、と生臭い吐息が零れた。
キスは経験があるが、フェラチオは初めてだった。性行為の経験はオナニーと、手でペニスを扱いたことがあるだけ。安い女だと思われたくないから身体は安売りしてこなかった。
その身体を、ただで弄ばれている。
「ごめんなさい……」
なのに、どうしてだろう。
怒りは湧いてこない。恐怖と諦観、そして恭順に似た感情が心を支配している。何度も言わされている謝罪の言葉、そして念入りに与えられた快楽がそうしているのだろうか。
よくわからなかったが、李狐は知尋の手が己の足を割り開いても素直に従った。
挿れるよ、とは知尋は聞いてこなかった。
ただ、ちらりと視線を送ってくるのでこくんと頷く。すると、ペニスの尖端が膣の入り口に添えられ、直後、一気に突き入れられた。
「―――っ!?」
お腹の中を裂かれるような激痛が走った。
破瓜の感触、こんな形で経験することになるとは思っていなかったけれど、李狐の処女はこうして奪われた。
「あ、はは……」
一瞬だけ、絶望から乾いた笑いを漏らすと、李狐はすぐに謝罪の言葉を再開した。
そこからはもう本当に為すがままだった。李狐が処女であろうと知尋は構うことなく腰を動かし、同時に乳首や臍を指で弄った。
避妊もしないまま中に射精され、ペニスを抜かないまま身体をひっくり返され後ろから突かれる。そしてまた射精すると正常位に戻り膣内を掻き回す。
敏感な個所を刺激され、また精液によって潤滑液が増えたことで破瓜の痛みは少しずつ和らぎ、代わりにかすかな快感が生まれ始める。殆どは錯覚によるものだったのだろうが、それでも李狐にとっては快感に違いなく。
その快感を、李狐は素直に受け入れた。
従順に従っていれば殺されない。
代わりに気持ちよくしてもらえる。
他にどうしようもないのなら、素直に彼に従えばいい。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
膣内射精だけでなく、身体にも精液をかけられ、それを指で塗りたくられた。
お尻の穴にまで指を入れられ、愛撫された。
何度目か、最後のセックスと射精で遂に、李狐は絶頂を迎えてしまった。
全てが終わる頃には声が枯れ、口だけがぱくぱくと動くようになっていた。
「もういいよ。お疲れ様、李狐」
そう囁かれ頭を撫でられると、何故か幸福感に襲われた。
李狐は、再び室内にシャッター音が鳴り響くのを聞きながら目を閉じ、そして深い眠りに落ちていった。
ピピピピピ。
そんな電子音に起こされたのは一時間ほど後のことだった。
訓練場には李狐ひとりだけ。知尋の姿は既に無かった。傍らで鳴り響いている目覚まし時計を止めたところで、李狐は身体の精液が拭われ、更に制服を着せられていることに気づいた。
木刀も片づけられ、床にも性行の跡は残っていない。引きちぎられたボタンやブラウスも無くなっている。
つまり、傍目に見れば李狐が訓練場で目覚ましをかけて眠っていただけの状態。
誰がやったのか。
大体の想像はついたが、証拠が残っていないので所詮は推測でしかない。
「……あたし」
木刀で打たれた痛みと、破瓜の違和感はしっかりと残っている。
今日、ここであったことは夢ではない。
自分は、和泉知尋に犯された。
教員や警察に訴えたところで証拠はなく、むしろ脅迫の材料を握られている。自力で仕返しを試みることは可能だが――。
『勝てないよ。西崎さんじゃ、僕には』
ぞくりと身体が震えた。
「あ、はは……」
心が空っぽで、怒りも殆ど湧いてこない。
李狐はふらふらと立ち上がると荷物を持ち、訓練場を後にして寮へ戻った。
涙がようやく湧いてきたのは熱いシャワーを浴びている最中のことだったが、彼女にはもはや、自分が何で泣いているのかもよく分からなかった。