ぽふ、と、大型ベッドの端に腰かける。
ピンク色のパジャマに、お気に入りのクッションを抱いて、愛華はふうっと息を吐いた。
寝室に二人きり。
お揃いの青いパジャマを着た知尋が、隣に座るのを待って呟いた。
「大変だったねえ、学園祭」
「……そうだね。たった二日だったとは思えないよ」
答える知尋の声にも、しみじみとした響きがあった。
無理もない、と愛華は思う。
金曜と土曜、二日間にわたる学園祭が終わったのは昨日のこと。日曜日である今日は大掛かりな後片付けが行われ、愛華達1-Cの面々も午前中いっぱいかけて教室を元に戻した。
この後片付けに、知尋は体調不良で不参加だった。
正確に言うと病気ではなく、単に体力の限界が来て倒れたためだ。まあ、登校できる状態ではなかったという意味では大差ない。
忙しかったのは皆そうだが、彼は特に色々ありすぎた。
何週間も前から放課後残って生徒会を手伝い、しばらく前からは鈴と四葉の件で四苦八苦した。更に女装してメイド喫茶の接客をこなし、ミスコンに出場したかと思ったら神代と試合をする羽目に。
とどめが、今朝まで続いたかなめの調教である。
合間に何度か仮眠をとっていたようだが、彼の『願望暴露』は調教の要。あまり長時間休むわけにもいかず、結局殆ど動きっぱなしだった模様。
それでも本人は登校すると言って聞かなかったのを、女性陣総出で無理矢理寝かせた。『睡眠促進』のお蔭もあり、午後には登校して生徒会の手伝いをこなしたらしい。
「知尋君は無理しすぎだよ。もっと自分のことも考えないと」
えい、と、知尋の頬を指で突く。
「うーん……それはわかってる、つもりなんだけどな」
「わかってないよ。知尋君が病気にでもなったら皆困るんだから」
愛華はもちろん、真里亜に李狐、華、鈴と、それから四葉。数え上げればなんと総勢六人が彼のことを愛しているのだ。
……ちょっと多すぎるんじゃ。
つい思ってしまうこともあるが、皆が真剣に彼を愛していることはわかっている。だから、邪魔だとか言う気はない。
新しく加わった鈴や四葉もいい人そうだし。
人数が増えても、知尋の愛華への想いが変わっていないことも、こうして傍にいれば感じられるから。
「でもさ、僕は愛華も心配だよ」
自分を突つく指をどかそうとはしないまま、知尋が言う。
心配、という彼の発言に愛華は首を傾げた。
「私?」
「うん。愛華だって、昨日は結構疲れたはずだよ。『治癒』を何度も使って」
「ああ。……大丈夫だよ、私はちゃんと寝かせてもらったし」
知尋の言う通り、昨日はかなりの精神力を消耗した。医務室の手伝いでも軽い治療を繰り返したし、ミスコンの時も『刺激共有』で受けたダメージを三人分治さなければならなかった。
それでも今は辛くはない。
「私はあの子の調教に殆ど参加しなかったもの」
調教は他の皆に任せて真里亜の部屋で寝かせてもらっていた。
仲のいい相手ならともかく、よく知らない少女にキスしたり愛撫するのはだいぶ抵抗がある。ちょっと疲れていたのもあって、他の皆からもむしろ「寝ていろ」と言われてしまったくらいだ。
お蔭でぐっすり眠り、今日の体調は悪くない。
「それに、明日は振り替えでお休みだし」
「なら、いいんだけど」
知尋の瞳が真っすぐに愛華を見つめる。
初めてではない。むしろ何度も経験があるのに、胸がどきどきする。このどきどきも『読心』で筒抜けなのだろうか。
「愛華も結構、無理するところがあるから」
「ふふ。なら、私達は似た者同士なのかもね」
隣り合って腰かけた状態から身を乗り出す。
ちゅっ、と、軽く唇を触れ合わせた。
知尋が何度か目を瞬き、ほんのりと頬を染める。普段、真里亜達にあれだけ色々なことをしている割に初心な反応である。
そういうところも可愛いと思う。
それから、昨日、神代に一生懸命立ち向かった彼はとても格好良かった。
好きだ。
どうしようもないくらい、彼が好き。
もう一度キスをした。
今度はさっきよりも強く唇に触れる。
慣れ親しんだ彼の感触。
もっと欲しくなって、愛華は身体の向きを反転させた。
とさっ。
覆いかぶさるようにして知尋をベッドに押し倒す。
一度唇を離して知尋を見た。
「愛華、積極的だね」
「……だって、こうするの、ちょっと久しぶりだから」
昨日はかなめの調教、一昨日は楓の対応、その前も知尋が疲れていたりで、のんびりした夜の時間は持てていなかった。
学園祭を一緒に回ったのは楽しかったけど、それとこれとは別。
「それに、何度もあんなことされたら、私だってエッチになるよ。真里亜達に負けたくないし」
「大丈夫。愛華は愛華だよ」
「わかってる。わかってるけど、意地なの」
真里亜達のことは好きだし、仲良しだ。
だからこそ、好きな人のことでは張り合いたい。喧嘩とは違う、言わば競争のようなもの。
現状に満足してしまったら、いつか彼に飽きられるんじゃないかって不安になるから。
「しよ、知尋君」
「……ん」
仰向けに横たわった知尋が、かすかに首を動かした。
首元に回される腕に愛華は逆らわず、彼と深いキスをした。
じゅ、じゅる……れろっ……。
いやらしい音が室内に響く。
抱き合ったまま軽くベッドを転がって中程まで移動。押し付けた身体から、服越しに彼の体温を感じられた。
知尋は貪欲に愛華を求めてきた。
彼も、物足りなく思ってくれていたのだと嬉しくなる。嬉しくなった気持ちのまま舌を動かし、彼の舌に絡めていく。
……キス、上手いなあ。
他の男とキスをした経験なんてない。もしかしたら世間一般からすると下手な部類に入ったりするようなことがあるかもしれないが――愛華にとっては極上のキスだ。
心が蕩ける。
もっと、もっとと求めてしまう。
ずっとこうしているだけで幸せだと思える。
彼が求めるままに口を開き、自分の唾液を流し込んだ。唾液を飲まれるのは物凄く恥ずかしいが、興奮と愛情でとろとろになった思考は、恥ずかしいことも気持ちいいと変換してしまう。
これでは、露出プレイが好きだという鈴のことを笑えない。
いつか、知尋にそういうのを求められたら。
きっと、口では嫌がりながらも、何度かお願いされれば断れないだろう。物凄く恥ずかしくて心細くて、引き受けたことを後悔しながら彼の腕に縋って、絶頂してしまう。
それはとても恐ろしく、甘い想像だった。
ぷはっ。
数分の交わりからようやく唇が離れる。
「愛華、凄くエッチな顔してる」
「……え、嘘」
「嘘じゃないよ。凄く可愛い」
「ん……もう」
淫らな顔を可愛いと言われ、果たして喜んでいいものか。
悪い気はしないので余計に困った。
と、知尋がふと思いついたように言う。
「そうだ、愛華。ちょっとやってみたいことがあるんだ」
「どんなこと?」
「女の子がキスだけでイク、っていうのなんだけど」
「キスだけで……?」
そんなことができるのだろうか。
キスでイク。
抱き合って唇を合わせながら、幸せが許容量を超えて身体中を駆け巡る。
とくん、と胸が鳴った。
もしできるなら、やってみたいと思った。
「愛華ならもしかしたら、って」
「私じゃないと駄目なの?」
「うん。愛華じゃないと成功しない気がする」
「……そっか」
思い付きでのプレイ時、知尋は主に真里亜や李狐を相手にする。
愛華が特殊なプレイをあまり好まないのと、真里亜達の順応性が理由だ。
だから、必要だと言って貰えるのはとても嬉しかった。
「えへへ……そっか」
勝手に顔がにやけてしまう。
「うん。そういうのなら、いいよ」
「良かった」
ほっと微笑む知尋。
彼の手がゆっくりと伸びて、愛華のパジャマのボタンにかかる。
「脱がせるよ」
「……うん」
ひとつずつボタンが外されていく。
丁寧にパジャマの上が取り除かれると、身に着けていた白いブラが晒された。小さなリボンがワンポイントのシンプルなデザイン。ここの家人は黒い下着を好む者が多いが、愛華はセクシーな下着よりも可愛い下着の方が好きだ。
知尋も、本人に似合うのが一番だと言ってくれている。
下のパジャマも脱がされ、セットのショーツも露出した。上下の下着も順番に外されて、いよいよ一糸纏わぬ姿へ。
裸を見られるのはどうしても慣れない。
「私ばっかり不公平だよ」
照れ隠しからそう言って、愛華は知尋のパジャマに手を伸ばした。
お互いに裸になった二人は、脱いだ服をベッドの端に放って再び抱き合う。はしたないのを承知で胸を押し付け、相手の首に腕を回して密着する。
再びキス。
恥ずかしさのどきどきも行為の興奮に変えようと、自分から積極的に知尋を責める。舌で舌をなぞってやると、ぴくっと震えて面白い。
続けて歯茎などを優しく刺激したり、また唾液を流し込んだり。
少し調子に乗っていたら、知尋がいきなり体勢を入れ替えた。あっという間に、愛華は逆に組み敷かれる状態になる。
男の子っぽい強引さだ。
いつもの優しい知尋も好きだけれど、ちょっと強引にされるのもどきどきする。
お返しとばかりに舌で口内を蹂躙されると、胸が喜びに打ち震えるのが感じられた。
きっと、このどきどきは『読心』するまでもなく伝わっている。
唇を離した知尋が耳元で囁く。
「好きだよ、愛華」
「あっ……」
とくん。
ひときわ強く胸が跳ねる。
ああ、駄目だ。それは駄目だ。
そんなことを言われたら簡単に蕩けて、芯までぐずぐずになってしまう。
「愛華は僕のこと、好き?」
「……そんなの」
決まっている。
今更、そんなこと言うまでもない。
……なんて、普段なら自分からいくらでも素直に言うのだが、今は何故だか恥ずかしくてなかなか言えなかった。
だから、じっと目を見つめてみる。
心が読めなくても――読める知尋なら猶更、愛華の気持ちが簡単に伝わるはずだから。
「………」
なのに、知尋は許してくれなかった。
じっと黙ったまま、愛華を優しく抱きしめたまま返事を待っている。少しだけ不安そうに、少しだけ意地悪をするように。
きっと、言うまで解放してくれない。
心臓がうるさいくらいにどきどきする。
「……好き」
ぽつりと小さく。
するとすかさず聞き返された。
「ごめん、聞こえなかった」
「っ」
意地悪だ。
甘くて、蕩けそうな意地悪。
実行する彼の顔は穏やかで優しい。
むぅっと、ままならない気持ちを抱えた愛華は、少し怒ったような声で再度気持ちを表した。
「好き。大好き。知尋君が好き」
一度、はっきり口に出してしまうと、気持ちが後から溢れてきた。
このままだと『好き』が際限なくインフレしていきそうだったので、愛華は知尋の唇を塞いだ。
乱暴に舌を絡める。
気持ちよかった。どきどきが衝動になって愛華を突き動かしていた。言葉にできず抑え込まれた『好き』が全身を駆け巡った。
繋いだ唇から、知尋にも流れ込んでいるはずなのに、それは減る気配がない。
ああ、そうか。
流れ込んでいるのだ。愛華から知尋へ流れるのと同じだけの量が、知尋から愛華へ。
「好きだよ、愛華」
息継ぎの度に囁かれた。
「うんっ、好きっ、私も好きぃっ」
だんだん呂律が回らなくなって「好き」が「しゅき」になり始める。
それでも、知尋は愛華を笑ったりはしなかった。
繊細な手つきで首筋や背中、髪を撫で、何度も何度もキスをしてくれる。そうやって『好き』を増やしていき、わけがわからなくなるまで続ける。
ただキスをしているだけなのに。
まるで思い切り挿入され、膣内を犯されているみたいに興奮している。
これが。
これが、キスでイク感覚なんだ。
「しゅき、しゅきぃ、しゅきぃっ」
気持ちいい。
好き。
気持ちいい。好き。気持ちいい。好き。
『好き』は、『気持ちいい』。
「あ」
突然、弾けた。
「ふ、あ、あああ――っ!」
びくびくと身体が痙攣する。
身体中に『好き』と『気持ちいい』が駆け巡り、愛華の脳を犯した。
咄嗟に唇を離して口を自由にしたのに、絶頂の瞬間、一秒足らずの時間は呼吸さえできなかった。
身体が呼吸を思いだすまでの数秒を耐え、大きく空気を取り入れる。
「愛華」
「……こんなの」
気持ちよすぎる。
知尋から髪を撫でられながら、愛華は呟いた。
「私、またエッチになっちゃった……」
「嬉しいよ。愛華が可愛い顔を見せてくれて」
「……もう」
ふうっと息を吐く。
「キスばっかりおねだりするようになっても知らないから」
「いいよ。これからもキスをして、イク練習をしよう。イき癖をつけて、軽くキスするだけで、条件反射でイクようになっちゃおう」
「キスだけで……」
そんな風にされたら。
本当に、所かまわずキスを強請らずにはいられないかもしれない。
傍目から見たら、ただのバカップル。でも実態はキスしながらイク、いやらしい――。
「知尋君は、まだ気持ちよくなってないよね。お口がいい? それとも前がいい? 後ろでも大丈夫だよ?」
恐ろしくも幸せな想像を打ち切った愛華は、知尋にそっと囁きかけた。