※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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番外編 淫蕩な製作者 2

「……知尋様?」

 

 真里亜が事態に気付いたのは、女性の囁きからすぐ後のことだった。

 知尋の方を振り返った彼女は、傍に立つ女性をしばし見つめ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 何かあったのか。尋ねる真里亜に女性が歩み寄る。

 彼女が耳元で何か――おそらく知尋と似たようなこと――を告げると、真里亜の顔がさっと曇った。

 知尋の正体がバレたことと、その影響について理解したのだ。

 

 もし、店員に報告されれば面倒になる。

 警察を呼ばれるかはわからないが、みっちりお説教のうえ二人とも出入り禁止くらいは覚悟しないといけない。

 歳を聞かれれば保護者にも話が行くだろう。

 そうなった場合、真里亜はともかく知尋は警察に突き出されるのと大差ない。色々な意味で。

 

 ……迂闊だった。

 

 ぶつかった知尋はもちろん、知尋をここに連れてきた真里亜も。

 まあ、まさかこんな流れでバレるなどと誰が予想できるか、という話ではあるのだが。

 

「そんな顔しなくても大丈夫。店員さんに言ったりしないから」

 

 くすっと笑われた。

 顔を強張らせた真里亜と顔を見合わせる。おそらく、今の知尋の顔も大して変わらないだろう。

 そんな二人を、女性はなおも面白そうに見つめる。

 

「二人はどうしてここに? 何かお買い物?」

「……ええ。男性用の貞操帯を買いに」

「へえ」

 

 真里亜の答えに女性が瞬き。

 視線が知尋に向けられて。

 

「それって君が使うの?」

「いえ、別の人です」

 

 少々下世話な質問だが文句は言えない。

 声も十分潜めてくれているので、店員に突き出さないという約束は真実のようだ。

 

「そっか」

 

 何やら納得したような首肯。

 かと思うと、彼女は首を振り向け、両手で知尋と真里亜の手を取った。

 

「あ」

「え?」

 

 一瞬の早業。

 二人はそのままある方向――店の入り口に向かって二人を引っぱられてしまう。幸いカウンターに向かう気配はない。

 

「興味あるから、もう少し詳しい話を聞かせてよ。私の家で」

 

 知尋達に拒否権はなかった。

 ありがとうございました、という店員の声を背に店を出る。階段――エレベーターは地下には行かない仕様らしい――で地上に戻ると、手を引かれたまま道を歩かされる。

 どこまで行くのか尋ねると、すぐそこだと回答。

 すぐ? と、疑問に思ううち、三人はコインパーキングに到着していた。

 

「家までもそんなにかからないから」

 

 どこかいい匂いのする国産車の後部座席に並んで座った。

 車が発進すると同時に、シートに投げ出していた知尋の手に真里亜の手が重なる。

 大丈夫。

 そう目で伝えてくる真里亜に、知尋はしっかりと頷いた。

 

 揺られること約十分。

 車は閑静な住宅街に入り、とある一軒家のガレージに停車。

 知尋達は車を降り、女性に促されるまま、ガレージ内にある裏口から家の中に入った。

 外観はありふれた二階建て住宅だった、その家の内側は。

 

「……これは」

「アトリエ……?」

 

 広い。

 彼女の家は極端に間仕切りが少なく、屋内を見渡しやすい構造になっていた。極端に言えば、キッチンやトイレ、バスルームを除き、一階フロア全体が大きな一部屋のようなもの。

 そして、そんなフロアには様々な物が雑多に広がっていた。

 キャンバス、ドライバーやレンチ、裁縫セットにデスクトップPC、一眼レフのカメラらしきもの……。

 また、それらと共に用いるのだろう、絵具や機械部品、布地なども多数。

 

「うん、そうだよ」

 

 つまりアトリエはアトリエでも、画家が創作に励む場というよりは職人の工房という趣の場所である。

 

「私の仕事場で、自宅。生活スペースは基本的に二階だけどね」

「なるほど」

 

 極力、作業スペースを多く取った結果がこれなのだろう。

 彼女が今着ている服はきちんと清潔そうなので、二階はある程度小奇麗になっていると思われる。

 生活と仕事を天秤にかけ、どちらが勝ったか実にわかりやすい家である。

 しかし、あまり職人肌の人間には見えなかったが。

 

「適当に座ってて」

 

 指示され、知尋達は周囲を見渡す。

 室内は先の通りの有様。本当に適当に座るしかなさそうだと諦め、真里亜と二人、割と壊れ物が少なそうな辺りに腰を下ろした。

 食べ物や飲み物等、腐るものは散乱していないのが救いである。

 どかせるものは丁寧にどかし、スカートを敷いて床に直接座った。

 

「お待たせ」

 

 女性は数分程で戻ってきた。どうやらキッチンに行っていたらしく、手にはお盆とグラス、ウーロン茶のペットボトルがある。

 グラスに注いでこなかったのは大雑把な性格だからか、それとも、話を短く済ませる気がないからか。

 なんとなく後者な気がした。

 

「はい、これ」

「ありがとうございます」

 

 ペットボトルからウーロン茶を注がれたグラスを受け取り、礼を言う。

 液体を一気に半分ほど飲み干すと、緊張がほんの少し和らいだ。

 

「ん、よしよし」

 

 女性は更に立ち上がり、近くの窓を開けて戻ってくる。

 おそらく換気のためだろう。室内は臭くはないものの、金属や絵の具の匂いが漂っている。長時間締め切っておくと結構、匂いが気になりそうだ。

 

「じゃあ、まずは自己紹介しよっか」

 

 言って、女性はまず自分から名乗った。

 

「私は皆方(みなかた) 七瀬(ななせ)。一応、クリエイター……っていうことになるのかな」

 

 なんだか、妙にふわっとした職業だった。

 首を傾げつつ、知尋と真里亜も名乗る。所属をどう言おうか迷ったが、先んじて「どこの高校?」と聞かれてしまう。

 残念ながらばっちりお見通しらしい。

 

「柴鳳学園、です」

「あれ。なんだ、じゃあ私の後輩だ」

「え」

 

 目を瞬いた七瀬から意外な言葉が飛び出す。

 

「『落とし物』だったんですか?」

「君達も、ね」

 

 悪戯っぽく微笑まれて何とも言えない気分になった。

 ……しかし、偶然出会った相手がまさか学園のOGとは。

 奇妙な巡り合わせと見るべきか、学園の生徒、OBOGが変人ばかりだということか。

 なんとなく、これも後者だろう。

 

「なるほどね。道理でちょっと変わった子だと思った」

「……あはは」

 

 この人には言われたくなかった。

 

「あの、皆方さんは」

「七瀬」

「七瀬さんは、何を作っているんですか?」

 

 アトリエの様子からはそれが判然としない。

 物が雑多に並び過ぎていて、まるで――。

 

「何でも。思いつく限りなんでも作るよ、私は」

「何でも……?」

「本当に何でも。私の『錬成』はそういう能力だから」

 

 七瀬によれば、彼女のランクはB。

 能力『錬成』は、作り方を知っている物で、かつ必要な材料が揃ってさえいれば、工具を使わず極めて短時間に物を作り出せるらしい。

 食品は対象にできないので料理の役には立たないが、そういった物以外――例えば、犬小屋から楽器、コンピュータに至るまで何でも作れる。

 

「……反則じゃないですか、そんなの」

 

 物を作るだけと考えると地味だが、応用範囲が広すぎる。

 極論、爆発物の作成などに用いればテロ行為すら容易だ。

 しかし、知尋の呟きに七瀬は肩を竦めた。

 

「そうでもないよ。私が作り方を知っている物、っていうのがネックでさ」

 

 作り方を知っているとは、つまり七瀬が「実際に作れるもの」。

 工具と時間があれば自分の手で作れるところ、手間と時間を省いて実物を手に入れることしかできない。

 これは造りが複雑な物になればなるほどネックになる。

 例えば機械製品となると、普通は作るのにも機械を用いる。こうした場合は、用いる機械がどういう動きをして、製品がどういう風に仕上がっていくのかを正確に把握していなければ『錬成』の対象にできない。

 幅広い品物を作りたければ、通常ありえないほど経験と知識を積み重ねる必要があり、結果、個人としては驚異的な生産能力があろうと「機械を使う方がマシ」となる。それがBランクに留まっている理由だそうだ。

 

「ついでに言うと、能力を使って作っても面白くないしね」

 

 物づくりが好きだからクリエイターをやっているのに、過程をすっ飛ばして結果だけを得てもつまらない。

 

「だから、能力は生活費を稼ぐために使ってるの」

 

 材料を仕入れてぱぱっと『錬成』し、作り出した高品質な品物を、手間賃を省いた格安で売る。

 高額商品を狙って作れば、これがかなりの収入になる。

 時間とお金に余裕ができれば、その分を趣味に充てる。新しい物作りに挑戦し、知識と経験を増やしていく作業だ。

 

「ま、悠々自適、って言っていいんじゃないかな」

「そう、ですね」

 

 実際、『落とし物』の能力としてはかなり「稼げる」方だろう。

 こんな一軒家に一人で住み、これだけの物に囲まれているのがその証拠である。

 

「……さて。私のことを話したから、君達のことももう少し教えてよ」

 

 七瀬は二人へ幾つも質問してきた。

 主な内容は貞操帯の使用目的、および、必要となった経緯についてだった。

 知尋はこれに、真里亜と視線を交わしつつ、当たり障りのない範囲で答える。

 ――奇妙な質問だ、とは思った。

 しかし、話を聞く七瀬の瞳がきらきら輝いているのを見て、ふと察する。なるほど、この人は真里亜や鈴と同類なのだと。

 

 自分のしたいこと、興味のあることが最優先なタイプ。

 

 少しほっとした。

 正直、そういうことなら、個人を特定されない範囲で話してしまって構わない。

 店での約束もあるし、彼女は同好の士に対して悪いようにしないだろう。

 

 知尋に見つめられ『読心』を受けても動じない様子の七瀬に、知尋はそう判断する。

 

「へー……へえー。女の子六人のハーレムで、しかも女の子の一人がご主人様とは別の男を調教しようとしてるんだ。何それ、凄く楽しそう」

 

 案の定、話を聞いた七瀬の反応はこれである。

 これには、基本的に慎重派の真里亜も態度を軟化させざるを得ない。

 

「興味がおありですか?」

「もちろん。私、エッチなことも大好きなんだもん」

 

 あっけらかんとした答え。

 これについては『読心』でも嘘だと考えられる要素はなし。

 それに店でのキスも凄かった。しかも、あれは楓がしたような能力の応用ではなく、純粋なテクニックだ。

 なら、彼女の言葉も真実と考える方が自然である。

 

「どうしてそんな」

「だって、物づくりって自分一人だけの作業でしょ? だから人恋しくなって……ね?」

 

 それで見境なく他人にキスしたりするのか。

 

「一人の作業が辛いと思っても、オナニーは別だけどね」

「聞いてません」

「あ、なんなら経験人数も教えようか? ええとね、ざっと十……」

「聞いてません!」

 

 女性が無頓着だと、逆に男の方が恥ずかしくなるのは何故なのか。

 慌てて遮った知尋を見て、七瀬がにんまりする。

 

「……いいなあ。可愛い。女の子といっぱいエッチしてるのに、そんな初心な反応するんだもん」

 

 舌がぺろりと艶めかしく動いた。

 おもむろに、七瀬が床へ両手をつく。前屈みになったことで胸元が強調され、知尋はついついそれを見てしまった。

 慌てて視線を逸らそうとするも、先に七瀬が動いた。

 知尋へ這うように近づきながらじっと目を見つめてくる。

 

「君は心が読めるんだよね? でも、私も君の気持ちがわかるよ。どきどきしてる。……私とセックスすることを頭の中で考えてる」

「そんなこと」

「ないわけないよ。だって、男の子なら当たり前だから。むしろ、誘惑されてやりたくならなかったら不能だよ」

 

 ね、と七瀬が視線を隣に向ける。

 突然、話を振られた真里亜は何度か瞬きをしてから答えた。

 

「ええ、そうですね」

「真里亜はどっちの味方なの!?」

「ですが、知尋様。七瀬さんの言う通り、男性は見境のない性欲を持っているのが当たり前――いえ、そうあるべきかと」

「あはは。真里亜ちゃんは良く分かってるね。話が合いそう」

 

 合ってもらっては猛烈に困る気がした。

 

「あの……それで、僕達はどうなるんでしょうか?」

 

 仕方なく話を本題に戻す。

 むしろ話疲れて本題を忘れてくれるなら、それはそれで万々歳なのだが、流れに任せていたら3Pでもすることになりかねない。

 

「ん? えっとね、貞操帯が欲しいんでしょ? だったら私が『錬成』してあげようかと思って。それならお金も安く済むし、希望通りの品物を渡せるから」

 

 しかし。

 にんまりと、先の淫らな笑みを継続した七瀬は、いともあっさり話の脇道を本題に合流させるのだった。

 

「その代わり――知尋君だっけ。君とセックスしたい。なんなら真里亜ちゃんも一緒に」

「え」

「まさか嫌だ、なんて言わないよね?」

 

 性欲と誠意を人質に取った要求。

 それに抗えるはずもなく、知尋はがっくりと肩を落とした。

 

「……わかりました」

 

 まあ、しかしながら、正直に言えば役得だと思わなくもなかった。

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