第百三十二話 さまざまな変化
この道を歩くのにもいつの間にか慣れた。
放課後。生徒会室へ向かいながら、知尋はふとそう感じた。
学園祭前、毎日のように通っていたせいだろう。数日前に学園祭を終え、今は生徒会も平常運転。数日おきの集まりに戻っているが。
手伝いだからってサボらずちゃんと顔を出すように、と口酸っぱく言われている。
なお、言ったのは当然というかなんというか、副会長のルシルである。
もちろん知尋も、生徒会の手伝いが嫌になったりはしていない。
ただ、できれば、イベント前の慌ただしさはしばらく勘弁してもらいたい――。
「こんにちは」
入り口のドアをノックして入室。
いつものインスタントコーヒーの匂い。
生徒会役員の少女達――約一名を除く――は既に勢ぞろいしていた。テーブルの上にはいつもの菓子皿と、ケーキの箱らしきもの。
「ああ、知尋。来たわね」
知尋を強く呼びつけた張本人がにっと笑った。
四葉に万里歌、綾瀬らも口々に出迎えてくれる。その後、万里歌が何やら一枚の紙を差し出してきた。
『はい、和泉君。これ』
「? 購買のチケット、ですか? 五百円分?」
「ポイントレースの賞品ですよ。八位、おめでとうございます」
ポイントレースって何だっけ、と一瞬だけ思考が止まった。
そういえば、学園祭では生徒会主催のイベントが開催されていた。生徒限定で、学園祭中の行動がポイントになるシステム。
上位入賞者には賞品。
「……八位!?」
「驚くのが遅いわ、和泉君」
くすっと四葉が笑った。
しばらく前に知尋の奴隷となった彼女。今は公の場にいるため奴隷モードではないが、前よりは口調がフランクになった気がする。
よりお嬢様らしい口調、と言い換えてもいいかもしれない。
「いや、それより。どうして僕が?」
「八位になるだけのポイントを稼いだからに決まってるでしょ。そんなとこで不正はしないわよ」
「……覚えがないです」
確かに、腕相撲だの輪投げだの、いくつかの出し物はこなした。
しかし、成績自体はそれほど良くなかったし、精力的にレースに取り組んだ生徒に敵うとは思えない。
それとも、レースに一生懸命取り組んだ生徒が実は七人くらいしかいなかったのか。
首を傾げる知尋を見て、綾瀬が何やらノートパソコンを持ってくる。
「ええとですね、和泉君のポイント内訳はこんな感じです」
言われて、知尋も画面を覗き込む。
案外、細かくいくつも項目が用意されている。やはり、アトラクション系の出し物で稼いだポイントはそう多くない。
個人総計と比較して結構な割合になっているのは、
「……何ですか、この『食事』とか『ミスコン』っていう項目は」
『レースのポイントは色々な角度から出してる。言ってなかった?』
それは把握していたが、ここまでとは思わなかった。
あらためて詳しく説明されたところによると、まず食事については生徒証提示による料金の割引――あそこで量と回数を査定されていたらしい。たくさん買えばその分、たくさん食べた証拠としてポイントが付く。
ミスコンについては結果が明確なので判断しやすい。単純に予選、あるいは本選の順位が高ければ高いほどポイントが付く。
他にも生徒会や実行委員、風紀委員等、公的な活動をしている生徒にもボーナスがあった。そのためか、神代もレース三位にランクインしていた。
「僕、姉とか先生とかの買い物にも生徒証使ってましたけど」
「他人の買い物に付き合う機会があるということは、それだけ信頼やコネがあるということでしょう?」
「このレースは学校対抗戦のための準備、って話はしたでしょ? あれは戦いって言っても、毎年色んな方法で競われるのよ。だから大食い対決とか、あるいは人脈が物を言う場面があっても全然不思議じゃない」
「……なるほど」
そう言われると納得してしまう。
しかし、姉や校医の先生、真里亜など、色んな相手の買い物を引き受けたのがこんな形で返ってくるとは。
特に、楓が教員達に差し入れた分が大きい。
――考えてみると、彼女は知っていたのかもしれない。
学園OGなら学校対抗戦やポイントレースのことを把握していて当然だ。おそらく、買い物の際「生徒証の提示」を求められた時点でピンと来て、わざと知尋に提示させたのだろう。
本当に、何がしたいんだあの人は。
「あ、和泉君。ちゃんと女装も項目に入ってますよ」
「さすがにそれは入れなくて良くないですか!?」
ミスコンと重複する気もしたが、こちらは変装、演技を評価しているらしい。
もう、何でもありである。
思わずため息をつくと、ルシルは何がそんなに楽しいのかにこにことしていた。
彼女はぽん、と知尋の肩を叩き、
「というわけで。もしかしたら対抗戦に選出するかもしれないから。よろしくね」
「え。……八位、ですよね?」
「八位ね。でも、腕っぷしじゃない部分でポイント稼いでる子って貴重だし」
対抗戦は全校生徒から五人選出がルール。
ごく普通の試合形式が五回続くとは思えないから、色物を何人か混ぜておくのが得策なのだとか。
……今度は学校対抗戦か。
プレッシャーで気が重くなる知尋をよそに、四葉が「楽しみです」と純粋な笑顔で手を合わせた。これは、知尋の活躍を喜んでくれているのだろうとわかる。
と、そこに万里歌が。
『対抗戦は十二月の初め。今月の後半に役員選挙もあるから、和泉君はどっちにしろ忙しい』
「大忙しですね」
役員選挙、対抗戦が終われば期末テストと能力判定がある。
この学園は少しイベントが多すぎないかと言いたくなったが、ルシルに「そういう学校だし」と切り捨てられた。
彼女は再びにっこり笑って一言。
「そういうわけだから頑張りなさいよ。次期、役員候補?」
☆ ☆ ☆
「ただいま」
「お帰りなさいー、知尋くん」
マンションに帰ると、すぐに鈴が抱き着いてきた。ブラウスと下着だけという、なんだかどこかで見た格好だ。
こういう、だらしない服装も、鈴だとあまり違和感がない。
持ち前の緩さの勝利か、豊かな胸が色気を強調してくれるせいか。
「鈴さん。仕事帰りですか?」
「うん。今日も頑張ったんだよ。褒めて褒めて」
子犬のような人懐っこさで、すりすり頬を摺り寄せてくる。
仕草はまるで猫のようだ。
年上から全霊で甘えられることにくすぐったさを覚えつつ、知尋は荷物を下ろして鈴の頭を撫でてやった。
頭頂部を撫でつけていると、髪を纏めているヘアゴムを発見。
仕事の邪魔にならないようにだろう、と思いつつ、丁寧にゴムを解いた。左腕で軽く抱きながら、右手でロングヘアを梳く。
抵抗はなかった。
むしろ気持ちよさそうに目を細め、されるがままになっている。
「えへへー。こうしてると安心するー」
「そうですね、僕もです」
仮にもセフレ、対等な相手に対してどうかと思うが、動物を相手にするのと似た感覚である。鈴が知尋のことを「自分を受け入れてくれる」と言っていたのと同じように、鈴も知尋に無条件で甘えてくれる。
そういう相手がいるとほっとする。
お互い気兼ねしなくていい、というのは本当に癒される。
「仕事、大変ですか?」
「うん。まあ、面倒臭いよ。でも慣れてるから」
鈴は先日から学園の仕事に復帰していた。
人づてではなく自ら、理事長――鳳と掛け合い、復帰する許可を得たのだ。
許可と言っても、話し合いはかなり鈴の側に有利に進んだらしい。
『えっとね。まず、勝手に仕事を放り出してごめんなさい、って謝ったの』
下手に出られると思っていなかった鳳は、この時点で話の主導権を失った。
そもそも、頑張るからもう一回働かせて欲しいという鈴の主張は悪いことではない。むしろ鳳が望んでいたことなのだから文句のつけようもない。
しかし何故、という問いには、
『知尋くんから説得されたんだ、って』
仕事のことで迷惑をかけるのは良くない、と。
これも鳳にとっては予想外だったらしい。
突然、自分の望み通りになり始めた事態に、彼は困惑しつつも気を良くし、そのまま鈴の素行に関する説教に入ろうとした。
そこで。
『プライベートのことはどうこう言われたくない、って言っちゃった』
豹変した鈴に、鳳は二の句が継げなくなる。
後の細かい話はとんとん拍子に進んだ。
もともと鈴が辞める手続きは行われていなかったらしく、復職というよりは休暇明けといった感じである。
その分、溜まっていた仕事に追われ、ちょっと大変らしいが。
あのログハウスには戻らず仕事にだけ復帰する。鈴と知尋の望んだ通りの結果を勝ち取ることができた。
こうした鈴の行動は、知尋や四葉と話し合って決めたことだ。
主な目的は、鳳に対する知尋の弱みを減らすこと。単純だが、これで鳳が鈴についてあれこれ言うことは難しくなった。
何しろ二人はただの幼馴染。
仕事のことはともかく、恋愛や私生活については強要できない。仕事を真面目にこなしているなら猶更である。
そして、鈴をある意味で更生(?)させた知尋も、多少評価が上向きになる。
「そういえば、住所の話はどうなりました?」
「話してた通りになったよ。近いうちに契約してくるつもり」
服越しに乳房を感じながら尋ねると、鈴が明るい声で答えた。
仕事をする上で、学園には現住所を伝えないといけない。
ログハウスでないならどこに住むのかという話だ。
もちろん、知尋達としてはこの部屋に居てもらって構わない。
しかし、書類にここの住所を書くのはあまり良くない。かといって知尋の寮の住所を書くのはもっとまずい。
これについては皆で悩んだ。
解決の糸口となったのは、真里亜の不意な一言だった。
『そういえば、このマンションの最上階に部屋が空いていたと思います』
東京の多摩地区という立地に少々難がある。その割には値段が高いため入居者が少ないらしい。
実際、この辺りにわざわざ越してくる者もそう多くないだろうし、学園の生徒でわざわざマンションを買う者などそういない。
寂しい話だが知尋達には好都合だ。
確認したところ、最上階には二部屋が隣接して空いていた。
『では、せっかくですからそこに部屋を取りましょう』
好都合とばかりにお嬢様――四葉が宣言。
『もともと、大学へ進学したら一人暮らしをする予定だったのです』
どこに住むかまでは決めていなかったが、どうせなら知尋の傍がいい。それならば、真里亜のマンションに引っ越してくるのが一番だ。
今の部屋は名義上、真里亜関係になっているので、親から勘ぐられる危険も少ない。
『ついでに、姉さんと一緒に住むことにすれば説得力も十分でしょう』
勘当したとはいえ娘は娘。
放蕩者の長女を、しっかり者の次女が面倒見るなら、親としても不服はあるまい。
駅から割合近く、かつ鈴の仕事場からも近いこのマンションは場所的にもちょうどいい。
四葉が卒業する三月から在学中のローンは黒羽家が払ってくれるので、数か月前倒す程度なら鈴の懐具合でも余裕だ。
ということで『二部屋』を鈴名義で契約することにした。
姉妹が一緒に住むのに二部屋なのは、話に真里亜が乗ったからだ。
人数が増えて少し手狭になってきたので、もう一部屋あれば何かと便利ではないか、という話である。
『特にベッドの数ですね。現状、物置にしている部屋にシングルを置く手もありますが、それでも限界はあるかと』
『あたしは……別に大きなベッドに皆で寝るのも好きだけど』
『私も構わないけれど、この間、知尋様に床で仮眠していただくようなこともあったでしょう?』
それに――もっと本格的な調教部屋が欲しい、と。
知尋は、どれが一番の理由なのか敢えて聞かずに費用の話を詰めた。その結果、皆で資金を出し合えばなんとかなるだろう、ということに。
国から出る『落とし物』への援助金も、七人分となるとそこそこの額になるのだ。
まあ、それでも家具や内装まで含めた場合、鈴の収入と、お嬢様である四葉の貯金に頼らざるを得ないのだが。
一部屋分のローンと生活費だけなら割となんとかなる。
食事や洗濯をできるだけ纏めれば節約できるし、長期休暇はできるだけアルバイトをしようとか、四葉の『幸運』で宝くじを買って貰おうとか対策も立てた。
よって、二部屋契約したうちの片方は鈴と、将来的に四葉が住む。
もう一方の部屋は、皆の希望や意見を出し合った上で改装工事を行い、それから何人かがプチ引っ越しをする。
「楽しみだよね、私達の新居」
「そうですね」
廊下の玄関付近に立ったまま、鈴と抱き合って思いを馳せる。
と、なかなか居間に来ない知尋を訝しく思った少女――染めた金髪、首にはチョーカーを着けた西崎李狐が、業を煮やしてやってきた。
「ちょっと知尋、いつまでやってるの?」
「李狐ちゃん、口調口調」
「……あ」
|メイド姿の(・・・・・)彼女は、鈴の指摘にはっとして、居住まいと口調をあらためて正した。
「ご主人様。お帰りになったんですから、廊下じゃなくてお部屋で寛いでください」
ちょっとぎこちない台詞が逆に可愛い、と知尋は思った。