どうやら、李狐はメイド服がいたく気に入ったらしい。
1-Cのメイド喫茶で着た衣装はそのまま各自に与えられたので、学園祭以降は帰宅後、ほぼそれを着て生活している。
口調をそれっぽく――それでも、真里亜や四葉ほど畏まってはいない――しているのも趣味の一環らしい。
ただで手に入ったんだから利用しない手はない、とのこと。
「李狐。衣装の洗濯とかは大丈夫?」
「ん? ああ、平気ですよ。愛華のと真里亜のをもらいましたから」
確かに。
それぞれが自分の分をもらって帰って来たので、知尋達の手元には都合四着も同じ衣装がある。三着もあれば着回しにもしばらく困らないか。
「あれ、僕の分は?」
「さすがにミスコン一位のちさとちゃんの分はもらえないかと思って」
「いや、それは気にしなくても」
とはいえ、知尋の分は戦闘でボロボロになってしまったため、そういう意味でも着用に向かないか。
と、そんな会話をしているうちに居間に到着。
そこには、実家暮らしで寄り道に厳しい四葉を除く全員――つまり真里亜と愛華、そして華の姿があった。
彼女達がおかえりなさい、と言ってくれるのに微笑んで答える。
「そういえば、御宿さんがいるのも当たり前になってきたなあ」
と、黒縁眼鏡の文学少女が、知尋の言葉にむっとする。
「仕方ないじゃないですか。このところ毎日のように色々ありましたし。後始末や話し合いがまだ残っているだろうと思ったんです」
「ありがとう、正直助かるよ」
華の判断は正解だ。
今日も新しい報告があることを告げ、知尋は自分の席に腰かけた。
一緒に居間に戻ってきた鈴も着席。李狐が知尋の分の飲み物を用意してから席についた。
話すのは生徒会で言われた件。
「生徒会の役員選挙……」
「学校対抗戦、ですか」
話を終えると愛華、そして真里亜がほぼ同時に呟いた。
「一応、どっちもやるだけやろうと思ってる。……対抗戦の方は、代表に選ばれたらの話だけど」
「まあ、選ばれるんじゃないですか?」
「神代君だっけ? あのイケメンの子に勝っちゃったもんねえ」
華があっけらかんと言い、鈴が頷く。
う、と思わず小さく呻く。
確かに、あの時はかなめへの対抗心と、今度こそ神代に勝ちたいという考えから張り切り過ぎたが――正直、あまり目立ち過ぎるのは良くなかった。
そこで真里亜が首を振った。
「……いいえ。おそらく、こうなったのはある意味で必然でしょう」
「なんで?」
首を傾げる李狐に、愛華が目を細めながら答えた。
「学校対抗(・・・・)なら、あの子の学校も出てくるから、だよ」
「……ああ、そっか」
すっ、と、李狐の目が据わった。
指宿かなめ。
学園祭中に突然現れ、場をひっかきまわすと共に、知尋へいくつもの情報を与えていった少女。
彼女――より正確には、彼女の背後にいる組織『アブソリュート』について、いずれ衝突するだろうという予感と、そうなって欲しくないという思いが同居している。
「昨日言った通り、紫鶴学園の中枢メンバーはほぼ、かの組織に掌握されているわ。だから、知尋様が出場するなら否応なく対面することになる」
「じゃあ、もしかしたら、あの子本人も出てくるかもしれないね」
「ええ」
鈴の発言に真里亜が首肯。
既に『アブソリュート』については彼女から説明を受けている。
☆ ☆ ☆
落とし物集団アブソリュート。
構成員のほぼ全員が女性で、大部分が落とし物の組織だ。規模は、正規構成員だけで数十名。もしかすると百名以上。
活動内容は多岐に渡る。かなめとの一件で語られた通り基本的には何でも屋に近く、依頼内容相応の代価(主に金銭)を提示すれば、ほぼどんな仕事でも請け負う。それも合法、非合法を問わず。
非合法活動は慎重に行っているため、警察も組織全体には手を出せていない。
同時に、警察に協力し治安維持に努めることもあるため、一部にはその存在を肯定する意見も存在する。彼らの影響範囲は広く、およそありとあらゆる分野にコネクションを持っているとされる。
正規の構成員以外――未成年の準構成員や協力者を含めると、いったいどれだけの勢力となるか、真里亜ですら見当がつかない。
組織のリーダーは深海灰人。
他ならぬ真里亜の実兄であり、たった一人の兄妹だ。
『兄さんは支配者です。組織の名前が示す通り、絶対の支配者』
彼の持つ能力の全貌も、真里亜は知らされていない。
ただ、彼はその能力により人の心を察知し、自らに都合よく操作し、時には人格すら捻じ曲げ書き換える。そうした現場を見たことは何度もある。
糾弾は無意味。
ひとたび能力が使われれば対象は灰人の味方、いわば信者となってしまう。そして、そうなった後の人物に何を言おうと、今更反感を持つはずがない。
結果的に不幸になっている者――自分を不幸だと認識している者はいない。そうなるように灰人が調整しているのだ。
この世の女は全て潜在的に自分のもの。
彼は、かつてそんなことを言っていたらしい。
ただ、灰人は真里亜にだけは優しかった。
『歳もかなり離れていましたし、人格的に問題のある人ですから――手離しに褒めることなんて絶対にできませんが、私に冷たくなかったのだけは事実です』
能力で真里亜を洗脳しようとはしなかったし、彼なりの方法で気にかけ、世話を焼いてくれていた。
――どこか、少しだけ楓と被る。
『ええ。私も知尋様のお話を聞いた時――奇妙な巡り合わせだと思いました』
並外れた兄姉(きょうだい)を持つ者同士が、こうして今、共に在る。
『……私も最初は、あの人に憧れていたんですよね』
『へ? 御宿さんが男に?』
『小学生の頃の話ですよ。私だって小さい頃からこうだったわけじゃありません』
そのままなら、華も灰人の信者、所有物になっていただろう。
そうならなかったのは、他人の物を奪うことに喜ぶ性質のせい。そこから彼の妹である真里亜に目をつけ、彼女の心を奪おうとした。
結果、灰人ではなく真里亜に惹かれ――両親の死と養父との出会いを経て今に至る。
『んー。その灰人って人はさ、要するにご主人様なんだよね? それも、物凄く圧倒的な。それって真里亜ちゃんと相性いいような気がするけど』
そんな鈴の疑問に真里亜は首を振った。
『私に自殺願望はないわ。確かに、兄さんの物になれば絶対の快楽が得られたでしょう。実際、そう誘われたこともあった。でも、彼の物になるということは、それまでの自分を捨て去ること。自分で自分を殺すことだから』
真里亜はマゾだ。
どこまでも快楽を求め、そのために主人を求めていた。
だが、彼女は「気持ちよくなれるなら死んでもいい」とまで壊れてはいない。いや、「生き続けてより長く気持ちよくなれなければ気が済まない」と考える程に壊れきっている。
だから彼女は兄を否定し、別に主を求めた。
彼女を彼女のまま生かさず殺さず、優しく支配してくれるご主人様を。
灰人も真里亜の望みを理解してくれた。
さすがに、実の妹相手ではあまり食指も動かないからと、人脈を使って真里亜の主人候補を探してくれたのだ。
ただ、妹でも他の男に取られるのはあまり気分が良くなかったらしい。
彼は真里亜に条件として、いったん紫鶴学園に入学することを提示してきた。もしもそれで気が変わり灰人の物になる気になっても、ならなくてもそれはそれで良し、ということで。
この交換条件には捜索期間の問題もあったようだ。
男性、かつ真里亜と歳が近く『落とし物』であること――絶対ではない複数の要素に加え、必須条件として彼女の性癖を理解してくれること。そこまで都合のいい相手が中々見つからなかったのだ。
高校入学以前、知尋は一般中学に通っていた。
『落とし物』らしい活動はしておらず、年に数回、能力判定を受けていただけ。
その段階で彼の情報を得るには政府のデータベースにでもアクセスするしかなかっただろうから、柴鳳学園に入学後、ようやく発見されたわけである。
転校までの数か月は手続きやマンションの契約、寝室を防音にする工事などにあてられた。だから、あんな微妙な時期に転校してきたのだ。
『このマンションの費用を支払っているのも、私の生活費を出しているのも兄です。ですから当然、指宿かなめは私の住所を知っていましたし、和泉君のこともある程度把握していました』
『……真里亜もお兄さんも、なんていうか、凄いね』
『ごめんなさい。愛華さんにとっては面白くない話でしょう』
『ううん。もし、真里亜が知尋君と会わなかったら、私も知尋君とクラスメートのままだったと思う。だから、むしろ感謝したいくらい』
自らを否定した真里亜が選んだ主人。
知尋に対して、灰人が興味を持つのはほぼ必然だったわけだ。
――もし、知尋が真里亜一人だけで満足していれば、灰人も動きはしなかったかもしれない。
しかし実際には何人もの少女を傍に置き、結果それが灰人の目に留まった。
そこで四葉が疑問の声。
『真里亜は予想してなかったのですか? ご主人様が奴隷を増やせば、いずれそうなるだろうと』
『私に、そこまでの興味があるとは思っていなかった……というのも正直あります。それに、もし、この出来事が予想できていたとしても、私にご主人様の欲望を制する権利はないでしょう』
自分だけ気持ちよくなろうとするのは虫が良すぎるし、結果的に、知尋は抱く相手を増やすことで主人として経験を積んだ。
李狐が、愛華がいなければ、今の真里亜は無かっただろう。
『申し訳ありません、知尋様。できればこの件はお伝えせずに済ませたかったのです。私も、もう兄への執着はありませんし――自活する目途が立てば連絡も絶つつもりでしたから』
『いいよ。真里亜が騙すつもりじゃなかったことはわかるから』
隠されていたことで事態が悪くなったわけでもない。
むしろ、知っていたとして何ができたか。事態を悪化させたというのなら、学園祭を訪れた指宿かなめを犯したことが一番だったのではないか。
『前も言った通り、あの人のやり方は和泉君とだいぶ違いますよ。自分の物にした女でも、飽きたり利用価値が無くなったらあっさり捨てるタイプです。指宿さんにしてもただの駒だったでしょう』
『でも、何かしてくる言い訳にはなるよね? 知尋くん、もし何かしてきたらどうする?』
『もちろん、一番いい方法を探します。僕達ができるだけ今まで通りに――皆が無事で過ごせるように』
もし、そのためにどうしても必要なら――『アブソリュート』と戦うしかない。
☆ ☆ ☆
はあ、と李狐がため息。
「でもさ。戦うってのも物騒な話だよね」
「ふふ。李狐がそれを言うのも不思議な気分ね」
「真面目な話だってば。……まあ、否定しないけど」
かつて、知尋をさんざん殴る蹴るしてきた少女。
あの頃の李狐なら、自尊心を満たすために他者を殺すことも厭わなかったかもしれない。
ただ、今は当時の苛烈さは残っていない。
「大丈夫。前も言ってた通り、向こうがその気ならとっくに潰されてる。戦うって言っても、交渉とか駆け引きがメインだと思うよ」
学校対抗戦についてはその限りではないが。
それでも、単純な殴り合いに知尋が駆り出される可能性は低い。ルールに則り第三者込みで行われる戦いだから、不正が行われることもまずない。
できれば暴力は振るいたくない。
こちらに危害を加えるつもりならその限りではないけれど、自分達が格下なのは自覚しなければならない。
「大丈夫だよ」
鈴がにっこり笑った。
「知尋くんなら大丈夫」
「またあっさり言うわね……」
「ただ言ってるわけじゃないよ。今の知尋くんは、普通の喧嘩なら簡単には負けないでしょ?」
「あ……あれ、凄かったよね。そういえば、まだちゃんと聞いてなかったけど」
新たに備わった能力の件。
バタバタしていたのと、緊急性の高い話ではないので後回しになっていた。
『刺激増幅』と『刺激共有』。
時を同じくして獲得した――正確には、獲得していることが判明した能力達。それについては知尋も聞きたいことがあった。
「鈴さん。あれって多分、本当は戦いに使う能力じゃないんですよね?」
「さすが知尋くん。わたしもきっとそうだと思う」
頷く鈴。
しかし、その場にいる何人かはよくわからないといった顔。
李狐や愛華、納得していない側を代表して華が口を開いた。何やら眉間に皺を寄せつつ。
「まさか、夜の行為に使うもの、とでも言うんですか?」
「華ちゃん正解」
やっぱり、と華が呟いた。
そんな彼女を鈴は得意げに見やりつつ、言葉を続けた。
「そうじゃないとおかしいんだよ。……だって、あの二つの能力はきっと、私と四葉の望みなんだから」