『落とし物』が持つ能力は、それぞれの心が反映されたもの。
それはドロドロした欲望かもしれないし、まっすぐな希望かもしれない。あるいは心の奥にあって自分でも気づいていない願望かもしれない。幼児期から発現している場合は、個人の本質的な部分が表れることも多い。
例えば、知尋の『読心』は人の心を知りたいという願い。真里亜の『報復』は自分の渇望を他人にも、という望み。李狐の『幻影』は他人をやりこめたい、自分を強く見せたいという欲望。
由来は様々あるものの、共通するのは「本人の心が元になっている」こと。
しかし、鈴は『刺激増幅』や『刺激共有』が己や四葉、つまり|他人の望み(・・・・・)を元にしていると口にした。
能力の法則性から言って、本来あり得ないことだ。
「和泉君は、コピー能力の一種を持っている――ということですか?」
尋ねたのは華。
『略奪』を持つ彼女だから、真っ先にそれが思い浮かんだのだろう。
彼女は言った後で表情を歪めて呟いた。
「……でも、だとしても誰の能力を?」
「うん。知尋くんは別に、コピーとかそういう能力を持ってるわけじゃないよ。もしもそうなら、前に能力判定をした時に私が気づいてる」
「じゃあ」
「『読心』の作用」
静かな声が、鈴の代わりに答えた。
漆黒の髪と瞳を持つ美貌の少女、真里亜が穏やかに言葉を続ける。
「あるいは、知尋様と私達の在り様が起こした現象、特例。ということでしょうか」
「うん。多分正解かな。真里亜ちゃんは知ってたの?」
「確信していたわけではありません。ただ、私の目的の一部として『それ』はありましたから」
真里亜の強烈な欲望に触れることで、新たな能力に目覚めるかもしれない。
彼女と出会い、契約を持ちかけられた際に言われたことだ。
そっか、と鈴は軽く頷いた。
「わたしもね、変だとは思ってたんだ。知尋くんだけぽんぽん能力が増えるのは、やっぱり何か理由があるはずでしょ?」
その理由について、ついにほぼ確信したらしい。
「知尋くんは、深く知り合った子達。つまり『私達』の心と共感して、私達の望みや想いを能力にしてるんだよ」
睡眠促進は、真里亜の『自己治癒』のダウングレード。
支配は、李狐の依存心の表れ。
苦痛軽減は、知尋に痛い思いをしてほしくないという愛華の願い。
刺激増幅は、四葉のS性を反映したもの。
刺激共有は、みんな一緒に気持ちよくなりたいという鈴の願望。
「そう考えると、数も合うでしょ?」
『感情増幅』『願望暴露』はもともと『読心』のバリエーションであるため、純粋に、知尋が成長した証と考えていい。
「……皆が、僕に力を」
「ちょっと照れちゃうよね。……でも、別にわたし達が一方的に協力してるわけじゃないよ。知尋くんが私達のことを受け止めて、お互いに思いあってるからこそ、こんなことができたんだろうから」
少女達が知尋を自分のことのように思い。
知尋がそんな少女達のことを理解しようと努めた。
相互関係によって初めて、他人の思いを力に変えるなどという奇跡が生まれた。
「それは兄さんにも、知尋様のお姉さんにもできないことでしょうね」
相手の感情を受け取ってしまう『読心』能力。
それは、正確には『理解』や『共感』と呼ぶべきものだったのかもしれない。
知尋の、知尋だけの得難い強さ。
――ぽた、と。
知尋は、軽く膝に置いていた手に水滴を感じた。
気づけば瞳から涙が溢れ出している。拭っても拭いきれないほど、後から後から。
「あ、れ?」
悲しいのではない。嬉しいのだ。
報われたこと。
愛華や真里亜達、皆との絆が本物だと形を持って証明されたことが。
「あはは、ごめん」
涙を見せたくなくて、その場で俯いた。
と、傍で人の動く気配。
そのすぐ後、知尋の身体がふわりと包み込まれた。
一人ではなく複数人から同時に抱きしめられている。
耳元で愛華が囁いた。
李狐や真里亜、鈴も微笑んでくれているのがわかる。
「よかったね、知尋君。頑張ったね」
「……ん」
声がかすれてうまく答えられなかった。
しかし、皆も知尋の気持ちはわかってくれただろう。
胸が熱くなり、感謝の気持ちが湧きあがった。
ひとしきり泣いた後、知尋達は身を離してそれぞれ座り直す。
なんとなく気まずい雰囲気の中、遠慮がちな声がした。
「あの、盛り上がってるところすみませんが、一人忘れてませんか?」
華である。
眼鏡の奥からの鋭い視線に、鈴は首を傾げて言った。
「あ、ごめん。忘れてた」
「酷くないですか!? そりゃ、私が和泉君を思ってることになるのは不本意ですけど、最近は一応、奴隷の務めを果たしているつもりです」
彼女が大きな声を出すのは珍しいな。
知尋はのんびりと思った。
やや薄情な感想は、鈴も本気で言っていないだろうと見当がついていたたから。
案の定、鈴はくすっと笑って言葉を続ける。
「冗談だよ。華ちゃんも、ちゃんと知尋君と繋がってるから大丈夫」
「……え。それはそれで不本意なんですけど」
「華も割と酷いこと言ってないかな?」
「気のせいじゃないですか?」
知尋の抗議にさらりと答え、華は鈴へと視線を戻した。
「和泉君の新しい能力は二つだって聞いた覚えがあるんですが」
「言ったよ。あそこで戦いに関係ない能力を伝えても仕方ないから」
ミスコンの場では敢えて『三つ目』の存在を黙っていた。
確かに、神代との戦いを前に話されても混乱していたかもしれない。
ともあれ。
それなら知尋は、関係を持った少女達全員と繋がり、能力を受け取っていることになる。
では、果たして。
「鈴さん。その能力というのは?」
「うーんとね。わたしも半信半疑というか、どうなってるのかよくわからない部分があるんだけど」
と、言った鈴はじっと知尋を見つめてくる。
受け取った感情は好奇心だった。
「詳しくは『ちさとちゃん』の方が良く分かってるんじゃないかな?」
「え」
何故、今、女装時の名前で呼ばれるのか。
からかうつもり――ではないだろう。知尋に備わった能力ならば知尋自身の方が良く分かる、というのも頷ける。
実際には、自覚は全くなかったが。
それを口にしようとした時、知尋は自分の口がひとりでに動くのを感じた。
「はい。『私』が、その能力なんだと思います」
甚大な衝撃が心を駆け巡った。
知尋のそれとは少し違う声音。
女装による『ちさとモード』時の裏声に近いが、より自然で安定した声がひとりでに発せられたのだ。
使っているのは知尋の声帯であるはずなのに。
殆ど女の子の声にしか聞こえないそれはきっと、内面の違いが表れた結果だろうと、頭の片隅にある冷静な部分が分析する。
俄かには信じがたい現象。
同時に、一体何が起こっているのかは、割合すんなりと把握できた。
「……二重人格」
誰かの呟きは、知尋の理解とそっくり一致している。
二重人格、あるいは多重人格。
確か正式には、解離性同一性障害とか、そんな名前だったと思うが。
(そうだよ、|兄さん(・・・))
頭の中で声がした。
葉月万里歌の『伝心』に近い感覚だが、発生源は外部ではなく内側。
つまり、知尋の中にいる『誰か』が伝えてきた声だ。
再び、口がひとりでに動く。
「私はちさと。華さんの思いと、兄さんの能力が生み出した人格です。……たぶん」
「今のも、知尋君じゃなくて……ちさとちゃん、なの?」
「はい、愛華姉様」
と、ちさとが答える。
慣れない呼び方に愛華が「ね、姉様って」と顔を赤らめた。案外、姉と呼ばれるのは満更でもない様子である。
そんな二人のやりとりを見て、他の面々もそれぞれに反応する。
ぽかんとした表情から――真里亜はくすりと笑みを浮かべる。また、李狐は呆気に取られた様子で目を瞬いた。
「兄さんって。知尋は知尋なんだよね?」
「そうですね。私は兄さんの一部、ということになると思います。ちゃんとした意識が固まってきたのも最近なので、その辺りは曖昧なんですけど」
兄と呼んでいるのはなんとなくだ、とちさと。
彼女は知尋をベースとした別の人格――ということのようだから、確かに『妹』だと考えると感覚的にしっくりくる。
もっと言えば『双子の』妹だろうか。
末っ子である知尋には、年下の弟妹がどういうものか、いまいちわからないが。
(兄さんとしては、華さんとの娘、の方がよかった?)
心の中で呼びかける声。
自分とよく似た声が他から聞こえてくるのは、少々、奇妙な感覚だ。
「いや、最初に子供を作るのは愛華とがいいかな……って」
「何を突然口走ってるんですか。汚らわしい」
つい、口に出して答えた知尋は、華から物凄い目で睨まれてしまった。
(兄さん。心の中で話すだけで大丈夫だよ)
(あはは……気をつけるよ)
今度は無言での会話に成功。
どうやら、ちさとはある程度、知尋の思考をトレースできるようだ。あれこれ伝えなくても意図が伝わっている様子。
(身体は、ちさとも使えるんだ)
(兄さんが許可を出してる間だけ、ね。駄目だって思えば私は見てるしかできないよ)
自分の中にもう一人、誰かがいるのは奇妙な感覚だが、なんだかしっくりくる部分もあった。
少なくとも不快感はあまりない。
(妹、だからかな)
(同じ人間だから、かもしれないよ)
自問自答のアッパーバージョン、と考えると理解しやすいかもしれない。
そこへ華の声。
「というか、本当に二重人格なんですか? 和泉君の演技とかじゃなくて」
当然、彼女には心中の会話が聞こえない。だから、早くも知尋が納得し始めたことも伝わってはいない。
「華ちゃん、そこから疑うんだ」
「それはそうでしょう。認めたら、私がこの状況を望んだことになってしまうんですから」
――御角ちさとという架空の人物に拘り、その存在を夢想する。
それだけならまだいい。
本人の中で納まっていれば問題ないが、強い想いが能力となって実現してしまったとなると、さすがに恥ずかしい。
嬉しいとか嬉しくないとかは多分、二の次だ。
(気持ちはちょっとわかるかも)
(そうだね……。僕も『読心』の由来とか想像されるのは恥ずかしいし)
心中で共感しつつ、知尋はちさとに身体のコントロール権を明け渡す。
反応を委ねられたちさとは苦笑し、首を傾げた。
「……そう言われても、証明は難しいですよね。あ、そうだ」
言っている間に何かを思いついたらしい。
彼女は、視線を華から李狐に移してにっこり笑った。
「へ? あたし?」
「はい。李狐さん、『幻影』の能力、ちょっとお借りしますね」
そんな言葉の直後。
「あ」
「え」
「わ」
「あら」
「嘘」
少女達が知尋の背後を見つめ、それぞれに短い声を漏らした。
何事かと振り返る。
すると、そこには知尋がいた。
いや。
正確には知尋そのものではない。
ベースは間違いなく知尋だが、細部が違う。学園の女子制服に身を包んだその人物の髪はセミロングで、肌の色も少し明るめ。手足は知尋よりほんのり細く、胸には控えめながら女性的な起伏がある。
「ちさと?」
「うん、兄さん」
にっこりと、ちさとが微笑んだ。
見る者をふんわりと包み込むような、柔らかい印象が向けられる。
また、今度の声は知尋の声帯を借りたのではなく、間違いなく彼女本人が発したもの。
「―――」
今、自分の見ているものが信じられなくて、知尋は彼女に手を伸ばした。
「―――」
同じようにちさとも手を伸ばし、手のひらを重ね合わせようとする。
しかし、知尋の手にはなんの感触も伝わらなかった。
すっと、ちさとの手のひらをすり抜け、身体の中にめり込む。
幻なのだ。
「李狐さんの『幻影』の能力です」
彼女には自分だけの肉体が存在しない。
だから、知尋の目や耳を使って見聞きし、口を借りて話をするしかない。
それをどうにかするため、李狐の能力を借りたのだという。
「あれ。じゃあ、李狐。もしかして、いつの間にか音(・)も」
「あ、はい。ちょっと前から作れますよ。言ってないでしたっけ?」
全く聞いていない。
まあ、彼女の『幻影』は日常生活で使う機会があまりないから仕方ないが。
……しかし、借りたと簡単に言うが。
知尋はちらりと鈴を見た。案の定、彼女はわくわくした視線をちさとに向けている。
「そんなことできるんだ」
「はい。ただ、借りると言っても、自由には使えません。コピーとか略奪ともちょっと違うと思います」
できるのは、幻として自分の姿を投影することだけ。
服装や髪型くらいは変えられるものの、体型を大きく変化させたり別人になりすますこともできない。その辺りはあくまでも、知尋と華が構築した『御角ちさと』のイメージに縛られている。
また、知尋から大きく――おそらく十メートル以上は離れられない。
おそらく、ちさとは『支配』の能力によって知尋と繋がった李狐の能力を、部分的に借用しているのだと思われる。とはいえ、ちさと本人もなんとなくできると思っただけで、詳しい原理は不明らしいが。
「でも、これで」
「華さんにも信用してもらえると思うんですけど、どうでしょう?」
兄妹――ということでいいだろう――揃って振り返ると。
なんと、華は何やら涙ぐんでいた。
「感動しました」
どうやらそれは、嬉し涙のようだが。
彼女を見た李狐が困惑気味に呟いた。
「えっと。御宿さん、キャラ違くない?」