※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百三十五話 知尋とちさと

 華は、ちさとの傍まで歩み寄ると彼女に微笑みかける。

 瞳に涙を浮かべたままなのもあり、その表情はどこまでも純真で、清純な乙女のようだった。

 

「まさか、ちさとちゃんに会えるなんて思いませんでした」

「はい。華さんが望んでくれたから、私は今、こうしてここにいるんですよ」

 

 至近距離で見つめあう少女達。

 

「で、御宿さん? 認めたくないとかいう話はどうしたの?」

「そんなの、直接ちさとちゃんとお話できるなら話は別です」

「ふふ。華さん、今日は素直なのね」

「……だって、もうこのメンバー相手に猫被っても仕方ないじゃないですか」

 

 言って、華はぷくっと頬を膨らませた。

 余程嬉しかったのか、表情に硬さというか遠慮がない。

 

 と、そこで知尋の視線に気づいたらしい。

 彼女はバツが悪そうに目を逸らした。

 

「……仕方ないですね」

 

 はあ、とため息ひとつの後、ちさとを振り返って。

 

「ちさとちゃんは、どこかに行ったりしないんですよね?」

「大丈夫。兄さんが死んだり、華さんが兄さんから離れない限りは、ずっといられると思います」

 

 ちさとの答えは、おそらくパーフェクトだっただろう。

 華の表情がぱっと輝いたのを、知尋は見逃さなかった。

 

 恥ずかしそうに頬を染めた華が、ちらりと真里亜を振り返った。

 彼女はそれから知尋に視線を向け、何でもない風を装って言う。

 

「認めます」

「え、っと。何を?」

 

 意地悪だと思いつつも尋ねると、大きめの声が返ってきた。

 

「ああ、もう! だから、和泉君のことをご主人様だって、完全に認めます! ……か、勘違いしないで下さいね。真里亜ちゃんとちさとちゃんが傍にいるなら、それが私にとって一番だっていうだけなんですから!」

 

 顔を真っ赤にした彼女は、正直とても可愛らしかった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 自分が何を言ったのか、後から我に返った華が悶絶するのを生温かく見守った後。

 一同は再び会話に戻った。

 

「……そういえば、ちさとちゃんの目を見ても心を読まれませんでしたけど」

「そうなんだ?」

「うん。心は読んでないよ」

 

 幻影――立体映像のちさとに『読心』の能力は備わっていないらしい。

 

「私は兄さんの別人格だけど、兄さんじゃないからかな。ちなみに、兄さんの身体にいる時は普通に発動すると思うよ」

 

 と、ちさと。

 わかったようなわからないような説明だ、と思ったら、鈴がその発言について補足してくれた。

 

「『落とし物』の能力はそれぞれの心を表したものでしょ? だから、元が同じ知尋くんでも、別人のちさとちゃんは『読心』を使えないんだと思う。でも、知尋君の中にいる時は知尋君の『読心』が発動する」

「なるほど」

 

 確かに。

 先程の真里亜達への反応を見ても、知尋とちさとは性格に多少の違いがある。

 男と女の違い、兄と妹というスタンスの違い、厳密にはちさとは愛華達の恋人でも主人でもないこと等々、いくつもの要素が影響しているのだろう。

 また、加えて言えば、実際に現れたちさとの性格には、女装時に知尋が仮に設定した『御角ちさと』のパーソナリティが大きく影響しているように思えた。大人しく、少々引っ込み思案な女の子。

 兄である知尋を別とすれば、愛華達にも敬語なのが根拠のひとつ。

 

 多重人格については碌に知識がないので、ただの想像だが。

 

「ちさとちゃんは、知尋くんの能力で作られた人格だから、普通の場合とは違うかも。でも、知尋くんと違う能力を使ってるのを見ると、わたしの仮説でたぶん合ってるんじゃないかな」

「へえ。なんだか専門家みたいですね」

「いちおう専門家だってば! そりゃ、研究者さんじゃないけど」

 

 混ぜっ返す華に、鈴が反論。

 くすっと、すぐ傍から笑い声がする。

 

「ここは賑やかだよね、いつも」

「そうだね」

 

 優しい声に微笑んで頷いた。

 いつも――自我が芽生え始めて以降、ちさとはいつも、知尋達のこうしたやり取りを見ていたのだ。

 おそらく、彼女の意思が形になったのは学園祭前後。

 まだ、たったの数日に過ぎない歴史だが、それでも十分にわかるほど、少女達は生き生きとやり取りをしている。

 

 彼女はそれをどんな気持ちで見ていたのだろう。

 微笑ましい?

 それとも、羨ましい?

 

「ちさとちゃんも、これからは一緒だよ」

 

 投げかけられた声は、愛華。

 弾かれたように顔を向けたちさとが、噛みしめるようにゆっくり頷いた。

 

「はい、愛華姉様」

 

 こうして、この部屋に新たなメンバーが加わった。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 愛華をはじめ、マンションに出入りするメンバー達も、皆、快くちさとを受け入れてくれた。

 

『ま、この子はあんまり他人の気がしないし』

『拒む理由などありません。歓迎する理由なら、いくらでも思い至りますが』

『もちろん、わたしも大歓迎だよ。賑やかな方が楽しいでしょ』

 

 絶対に裏切らない味方。

 加えて同性という利点もあって、ちさとは愛華達ともすぐに打ち解けた。

 初対面とはいえ、ほぼ気心は知れた間柄だというのも大きかっただろう。

 

 彼女は基本的には知尋の中にいる。

 必要に応じ、幻影として表に出ることもできるが、その場合でも食事や入浴は全くいらない。生活費が発生しないのでとても安上がりだ。

 知尋から半径十メートル以内なら自由に動けるので、マンション内なら割と自由がある。

 誰かと話したり、誰かが開いている本やPC画面を覗き込んだり。

 

『テレビがあればもう少し暇つぶしができるんだろうけど』

『気にしないで。私も兄さんと同じで、どうしてもテレビ見たいわけじゃないから』

 

 知尋の中にいれば、知尋が見聞きしたものをちさとも受け取れる。兄妹間なら心中で思うだけで会話もできる。

 登校中は大人しくしていてもらうしかないものの、これならあまり寂しくはない。

 以前、『認識疎外』状態の鈴を授業中の教室に放置したのと比べれば大分マシだ。

 

『能力で身体も作れればいいんですけどね』

『どうでしょう……さすがに難しいかもしれません。もっと時間を置いて、色々試してみたら違うかもしれませんけど』

『可能性はあるんだ。うん、そうなるといいね』

 

 李狐の能力を使えるということは、他の面々の能力も使えておかしくない。

 愛華の『治癒』と真里亜の『自己治癒』、肉体に影響する能力を応用すれば、自分だけの身体も形成できるかもしれない。

 もちろん希望的観測だし、まだ生まれたての身ではそこまで応用も利かないが。

 

『ちさとちゃんのことは、次の判定で報告だね』

 

 これだけの特殊ケース、報告しておかないのは逆に不都合が出る。

 幻影として自立行動できること、李狐との関係に繋がる点さえ隠せば問題ないだろう、ということで合意した。

 そのうち母にも紹介した方がいいかもしれないが、その辺りは保留とした。

 知尋が偽名として使っていた『御角ちさと』を名乗るのか、それとも『和泉ちさと』とするかも併せて保留だ。

 

「そういえば――神代君との戦いでも、ちさとが助けてくれたんだよね。ありがとう。あのままだったら多分、僕が負けた」

「ううん。私はちょっと手助けしただけ。殆どは兄さんの力だよ」

 

 マンションのベランダにて、兄妹で月を見上げる。

 隣に立つちさとは幻影状態。女性もののパジャマにサンダル姿だ。

 セミロングの髪が風でさらさら揺れる様は、妹ながら美しい。顔の造作にしろ、鏡で何度か見た自分の顔と同じには思えなかった。

 

「……どうしたの? 私の顔なんて、別に珍しくもないでしょ?」

 

 視線に気づいたちさとが軽く頬を染める。

 なお、髪や頬の変化は全て、李狐から借り受けた『幻影』の能力によるものらしい。服装は意識しないと変えられない代わりに、そういう身体の部位は自然と動いてくれるのだとか。

 何気なく目線を合わせてくる――相手が幻影のため『読心』は発動しない――妹に、知尋はついどきどきしてしまった。

 

「あ、いや」

 

 どう言おうかとぽりぽり頬をかく。

 結局、気の利いた言葉は思い浮かばない。

 

「ちさとは可愛いよ。その、僕から見ても」

「……そう?」

 

 ちさとが目を瞬き、自分自身の身体を見下ろす。

 

「だったら、嬉しいな。あんまり自信ないけど……って、これ、兄さんの顔も貶してることになるのかな」

「そう言われると、そうかも」

 

 ついでに、相手の容姿に見惚れるのはナルシストっぽい。

 じゃあ、一体どうすればいいのかと、兄妹でしばし言葉に詰まった。

 

 やがてぽつりと妹の声。

 

「ねえ。兄さんは、私のこと抱ける?」

「え。抱く、って」

 

 ちさとは知尋の中にいる人格。

 こうして幻影になっていても触れることはできない。

 そういう意味では抱く方法など――。

 

 むっ、とちさとが頬を膨らませた。

 

「そうじゃなくて。私がもし生身の女の子だったら、エッチなことしたいと思う?」

「ちさと、そういう知識もあるんだ」

「あるよ。兄さんと同じくらいには」

 

 不思議な会話だ。

 二人で顔を見合わせて笑ってしまう。

 ひとしきり笑った後、ちひろは再び月を見上げて言った。

 

「抱きたいよ。こんなに可愛い子が身近にいて、抱きたくないなんて思えない」

「……変態」

「それは酷くないかな」

「あはは、冗談だよ」

 

 穏やかに、小さく声を上げてちさとが言った。

 

「どうして、そんなことを?」

「ん……私も、兄さんに抱かれたいから、かな」

 

 彼女も知尋の方を見ずに呟く。

 

「兄妹なのに?」

「兄妹っていうか……元が一つの人間だから、なのかな。身体があったら重ねるのが普通だって思う」

 

 言われてみれば、知尋の中にもそういう気持ちはあるかもしれない。

 殆ど同じ顔をした妹を抱けるとすんなり思えたのは――一緒に過ごしてきた時間が短いから、というばかりではないのかも。

 もともと一つだったものが分かれたから。

 もう一度、一つに戻ろうとする本能が働いている可能性。

 

「ああ、双子って身体の相性いいらしいもんね」

「す、鈴さん?」

 

 不意に背後から声がして、振り返るとロングヘアーの女性がいた。

 素肌にスウェット、それも上着のファスナーは開けた状態の彼女はベランダの入り口あたりに立っている。

 長居はしないつもりで戸を開けっぱなしだったので、そこからいつの間にか盗み聞きをしていたようだ。

 

「どこから聞いてました?」

「抱くとか抱かないのあたり」

「結構、聞かれたたんですね」

 

 知尋が尋ね、鈴が答えれば、ちさとが頷いて息を吐いた。

 まあ、聞かれて困るような話でもないのだが。

 

「なになに、何の話?」

「えっとね、ちさとちゃんが知尋くんとえっちしたいって――」

「せめて中で話してください!」

 

 寄ってきた李狐達に、喜々として話し始める鈴を、慌てて室内に追い返した。

 きちんと戸締りをして居間に戻りようやく一息つく。

 

 発端である鈴は特に気にした様子もなく、くすくすと笑う。

 

「そういえば、さっきの話だけど。ちさとちゃんが知尋くんに惹かれるのは、双子だからだけじゃないと思うよ」

「どういうことですか?」

 

 首を傾げる愛華を鈴は振り返り、じっと見つめた。

 

「ちさとちゃんの人格には、わたしたちの影響があるんじゃないかなって。いくら知尋くんの人格がベースになってても、女の子の心を作るには女の子のサンプルが必要でしょ?」

「あ。それは、その通りだと思います」

 

 知尋自身に覚えがあった。

 最初、華とのデートのために『御角ちさと』を演じた時点で、知尋は愛華達を立ち居振る舞いの参考としている。

 うん、と鈴が頷く。

 

「ついでに、知尋くんとわたし達は『支配』で繋がってるから。李狐ちゃんの力を使えるところから見ても、わたし達の一部もちさとちゃんの中にあると思う」

 

 愛華達の心をもダイレクトに反映している。

 そのため、ちさとは知尋に惹かれる。兄妹での性行為にも抵抗を感じず、むしろ積極的に望みさえする。

 

「あたし、ちさとは神代あたりのことが好きなのかと思った」

「神代君は格好いいですよね。ちょっと憧れますけど……あの人はアイドルっぽい感じです。見ているだけでいいっていうか、見てるのが一番楽しいかなって」

「振られちゃったね、神代君」

「愛華。神代君が告白したわけじゃ」

「でも、もしちさとちゃんのこと知ったら、したいと思うかも」

 

 さすがに無いだろうと思ったが、知尋には断言もできなかった。

 と、ここで真里亜が。

 

「私は、てっきりちさとさんも女性がお好きなのかと思いました」

「っ」

 

 その声に華が敏感に反応する。

 わかりやすすぎる彼女にちさとが苦笑し、それから答えた。

 愛華達、一同を見回して。

 

「ええと……はい。私は女の子も好きです。これは、きっと華さんと兄さんの影響ですね。だから、兄さんが皆さんとするのを見るのも楽しみです」

 

 知尋以外の男とする気はなさそうだから、レズビアンよりのバイセクシャルといったところか。

 性癖的には華に近い、と知尋はいったん考えることにした。

 

「……じゃあ、せっかくだからしようか。実は、新しい能力がどんな感じになるかも試してみたいんだ」

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