※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百四十話  立候補の行方

 高速の右ストレートが正面から迫り、避ける間もなく直撃。

 衝撃により一メートル程度、後ろに吹き飛ばされる。なんとか受け身を取ったものの、口からは自然と声が上がった。

 

「あた……っ」

 

 知尋は右手を持ち上げると、先程、拳がめり込んだ頬へと当てた。

 ずきずきと痛む。

 と、対戦相手が倒れたままの知尋に歩み寄り、すっと手を差し伸べてくれた。

 素直に手を取って立ち上がる。

 

「ありがとう、神代君」

「いや。それより、大丈夫かい? 最後のはだいぶ綺麗に決まったと思うんだけど」

「うん。これくらいなら大丈夫。僕は治りも早いから」

 

 知尋には『睡眠促進』がある。真里亜の『自己治癒』のような即効性はないものの、眠っている間は約三倍の速さで回復する。

 六時間眠るとちょうど十二時間分、人より余分に休める計算だ。

 知尋は神代に軽く微笑みながら周囲に視線を送った。

 

「それに、今日はこれで終わりだし」

「ああ、そうだね」

 

 個室ではない方の訓練場。

 辺りのスペースではクラスメート達がそれぞれペアで試合をしている。既に終わっているペアもあるものの、大部分はまだ試合中だった。

 授業終了までは後数分。

 知尋は奇しくも、一日の最後に神代と当たり、早々にぶっ飛ばされたわけだ。

 『身体強化』により運動能力を高めた彼の、スピードを重視した攪乱を受け、徐々に速さについていけなくなって終わり、である。

 

「そういえば、今日はあの能力を使わなかったんだな」

「ん……ああ、うん」

 

 知尋は苦笑いを作って答えた。

 

「あの能力は条件があって。この試合では使えなかったんだ」

「ああ、なるほど」

 

 あの能力、と言いつつ具体的な効果を知らない神代はあっさり頷く。

 しかし実際、神代の言う能力――『刺激共有』はこの試合では使えない。

 ダメージの共有が可能なメンバーのうち愛華、真里亜、李狐、華の四人は周りで訓練中だし、四葉も授業中。鈴だってまだ仕事をしているはずだからだ。

 本気の真剣勝負ならともかく、授業中の試合ならそこまで無理しても仕方ない。

 

 あの能力がないと神代に手も足も出ない、というのが情けなくはあるが。

 

「でも、やっぱり手ごわくなったよ、和泉君は」

「そう、かな」

「ああ。自覚はないのかい? 攻撃パターンが時々、微妙に変わるだろう? あれでタイミングが掴みづらかった」

 

 指摘された点には心当たりがあった。

 

(そっか。ちさとが手伝ってくれたから)

(……あはは。少しでも役に立ったなら嬉しいな)

 

 妹、ちさとの存在である。

 仮に能力名は『補助人格』とでもしておくが、これを使い、知尋は言わば二人がかりで神代に挑んでいたのだ。

 もちろん、人が沢山いるこの場でちさとが実体化したわけではない。ただ、知尋の中にいる状態でも彼女にはできることが色々あるのだ。

 

 例えば大振りの攻撃を終えた瞬間。

 例えば神代の攻撃を回避した瞬間。

 

 知尋が集中のピークを過ぎ、一瞬気を抜いたところでちさとが身体の操作権を握る。人である以上、どうしても発生してしまう思考の間隙を、もう一人の人格が穴埋めし、次の動きをほんの一瞬だけ早くする。

 また、知尋とちさとでは男女の差から『癖』に微妙な差異がある。

 局所的に入れ替わることによって神代のリズムを外し、それが彼にやりにくさを感じさせていたらしい。

 

「お蔭でスピード勝負に持ち込まないと辛かった。今回のはいい勉強になったよ」

「こちらこそ。やっぱり神代君は凄いよ」

 

 などと言い合っている間に、少しずつ試合を終えた生徒が増えてきたようだ。

 一人、自分の対戦相手を置いてこちらへ歩いて来る男子生徒がいる。イケメンと形容すべきかどうか迷う少年――舞阪集である。

 

「くそ、注目の対決は見逃したか」

「舞阪。お前、自分の試合は」

「あー、負けたよ。俺は肉体労働、割と苦手なんだっての」

 

 それより、と彼は二人の傍まで歩み寄り、がばっと肩を引き寄せた。

 彼が言ってきたのは、流れからはやや外れた言葉だ。

 

「お前ら、選挙の応援演説は誰にするか決めたのかよ?」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 知尋は生徒会の副会長に。

 神代は風紀委員に、それぞれ立候補している。

 

 風紀委員はあまりに人数が多くない限り信任投票だし、副会長も他に立候補がなければ同様だが、いずれにしろ候補者による演説会は催される。

 演説会では本人のスピーチの他、応援者が話をする時間も設けられているのだった。

 なお、応援者は基本一名。

 多くても二名までとするのが慣例となっている。

 

「ま、和泉は高槻に頼めばいいような気がするけど」

 

 授業終了後、更衣室で着替えをしながら舞阪が言う。

 彼から知尋を挟んだ反対側では神代も同じように着替えている。手を動かしがてら、先程の話の続きというわけである。

 まあ、訓練ではどうしても汗をかく。

 夏場を過ぎただけマシだが、それでも男子更衣室はムンムンとした熱気に包まれるので、会話で気を紛らわせられるのは有り難い。

 

「んー」

「あれ、違うのか?」

「いや。そういえば、応援演説のことは考えてなかったな、って」

 

 副会長に立候補、というプレッシャーの方に頭が行っていた。

 もちろん、今から頼んでもいいのだが、愛華は医務室の手伝いで忙しい。これ以上、やることを増やすのも酷ではないか。

 代わりに真里亜や李狐、あるいは華あたりに頼む手もある。

 

 そういえば、愛華を含めたマンションメンバーの誰からも応援演説の話題を聞いていない。皆、割と関心が無かったり、依頼しても断られたりしないといいが。

 

「あー。お前、その反応だと知らないな?」

「へ、何を?」

「他の立候補者」

「昨日、掲示されてるのは見たけど」

 

 確認した時点でルシルと知尋、綾瀬以外の立候補は無かった。

 また、生徒会役員選挙を取り仕切るのは現生徒会なので、以降に動きがあれば情報が入ってきていてもおかしくない。

 疑問に思いつつ着替えを終え、廊下の掲示板を確認すると。

 

『書記 立候補 一年C組 深海真里亜』

『会計 立候補 一年A組 御宿華』

 

 二つの名前が掲示板に増えていた。

 気のせいか、どちらも見覚えのある名前だった。

 

「……え」

「はは。やっぱ知らなかったな」

 

 硬直する知尋を見て、何故か舞阪が胸を張る。

 とりあえず彼のことは無視して脳内に呼びかけた。

 

(ちさと、知ってた?)

(ううん、私も初耳)

 

 となると本人の独断か、兄妹にだけ知らされていなかったか。

 一応、もう一つ確認しようと、知尋は心の声を、ちさとではなく別の相手へ飛ばした。

 

『あの、葉月先輩。生徒会役員の新しい立候補者って知ってました?』

『うん。面白そうだから和泉君には黙ってよう、って話になってたよ』

 

 やっぱりそういうことか。

 首謀者は、聞かずとももはや自明。

 知尋は嘆息しつつ、万里歌に心の声でお礼を言って会話を終えた。

 傍に立つ舞阪達を振り返る。

 

「じゃあ、舞阪。俺の応援演説はお前に頼んでいいか?」

「あいよ。そうなるだろうと思った。湯瀬も立候補者だろうし、白峰先輩は公平第一とか言いそうだもんな」

 

 彼らは風紀委員の候補者リストを見ながら言い合っていた。

 ……なんだか、応援演説の宛てがぐっと減ってしまった。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「申し訳ありません、知尋様。つい今朝の話だったので、お伝えする時間も取れず」

「いいよ。ルシル先輩のやりそうなことだし」

 

 帰宅後の居間にて。

 真里亜から話を聞けば案の定、首謀者はルシルだった。

 なんでも今朝、華と一緒にいる時に偶然出会い、数分雑談をしているうちに立候補が決まっていたのだという。

 それは立候補というより推薦ではないだろうか。

 

「いいじゃないですか。和泉君に迷惑がかかるわけじゃないですし」

 

 ロングスリーブの衣服に身を包んだ華が横から言った。

 このところ入り浸りになっている彼女は、住居から着替えを何着かこちらに移している。彼女が居間に居る光景もだいぶ当たり前になってきた。

 

「そうですね。お二人が生徒会に入ってくだされば、兄さんも助かると思います」

 

 こちらはワンピース姿のちさと。

 幻影状態で、まだ帰宅していない鈴の椅子に形だけ腰かけている。

 

「……まあ、うん。ちさとの言う通り。知り合いがいると心強いよ」

 

 真里亜の兄、灰人率いる『アブソリュート』からの襲撃は今のところないものの、知尋の周囲は何かと物騒だ。

 気心の知れた仲間が傍に居てくれれば、色々対処もしやすい。

 Mだけあって根気のある真里亜が書記、あれこれ口煩くも気の回る華が会計というのも適任だろう。

 二人とも学園祭実行委員を務めていたことも何かの縁か。

 

 と、背後からくすりと笑う声。

 

「あは。うちの学校の生徒会は、ご主人様が支配できちゃうかもですね」

 

 聞くところによると、札幌の柴鶴学園は灰人の支配下にあるらしい。

 似たようなことを柴鳳学園で行うのは対抗手段としてある意味、理に叶って――。

 

「それもどうかと思うな」

 

 苦笑して振り返る。

 メイド服にチョーカーという姿の李狐が、知尋の斜め後方に控えていた。

 やっぱりメイドといえば無暗に座ってはいけない――と、妙なこだわりを見せた李狐本人による行動である。

 メイドらしく行動するための訓練だと言って、日常生活で立っている時間を少しずつ増やしていた。

 

 本人も冗談のつもりだったらしく、李狐が微笑んだ。

 

「みんな忙しくなると、あたしだけ除け者って感じだよね。いっそ、あたしも立候補しようかな?」

「まだ当選が決まったわけじゃないわ」

 

 言って、真里亜が穏やかに首を振った。

 

「それに、あなたには家事をお願いしているでしょう?」

 

 学園祭で他の面々が忙しかったこともあって、最近は家事の大部分を李狐に頼っている。気づけば人数もだいぶ増えているので、負担もかなり大きいはずだ。

 李狐も頷いて、

 

「そういえばそっか。まあ、あたしは料理とか好きだからいいんだけど」

 

 そこから応援演説の話題に移った。

 真里亜と華まで立候補するとなると、知尋も含めて最低三人の協力が必要になる。

 同一人物が複数人を応援する、という方法も規約上は禁止されていないが、投票する生徒の心象も考えれば止めた方がいい。

 

「鈴さんには頼めないでしょ? どうするの、兄さん?」

「ん……そうだね。四葉にも頼めないし」

 

 彼女はルシルの応援をすることになっている。

 前会長がバックに付き、当人も副会長を経験済み――ルシルはほぼ当確だろう。

 んー、と、思考を巡らせた李狐が首を傾げる。

 

「あたしが真里亜の応援しようか? ご主人様は愛華に頼めばいいし」

「高槻さん、私は考慮されてますか?」

「ううん。御宿さんはA組にも友達いるでしょ?」

 

 あっさり返され、華は憮然としながら「そりゃ、いますけど」と答えた。

 

「すみません、私がお手伝いできればいいんですけど」

「いいえ、そう言ってもらえるだけで十分です」

 

 ちさとがすまなそうに肩を落とすと、慌ててにっこり微笑んで見せる。

 

「何、この扱いの差」

 

 李狐が呟くも、正直お互い様である。

 そんなわけで李狐が真里亜の応援をし、華はA組のクラスメートに頼むことになった。

 知尋は、医務室の手伝いを終えた愛華にあらためて話をし、

 

「うん、いいよ」

 

 拍子抜けするほど簡単に了承をもらった。

 忙しい彼女に頼むのが申し訳なかったが、愛華は「それくらい大したことないよ」と首を振った。

 その後、少々じっとりした視線を知尋に向けて。

 

「むしろ、私以外の人に先にお願いするのは不満かも」

「う、ごめん」

 

 一応、頼むところまでは行かなかった、というのは言い訳か。

 

 そんなこんなで、生徒会役員選挙の公示期間はあっという間に終了。

 立候補者の大半が既存の生徒会メンバーだったせいか、それとも暇でない生徒が多いためか。結局、各職とも他の立候補者が出ることはなく、選挙は信任投票となることが決まった。

 他の候補者と争わなくていいとわかると正直ほっとした。

 もちろん、信任投票も甘くはなく――全校生徒の三分の二の賛成を得なくてはならないのだが。

 

「大丈夫だよ。そういうので反対票入れるのってよっぽどだから。それに、文句があるなら自分が立候補しろって話でしょ?」

 

 かつて選挙を経験している学園OG、鈴はそう言ってのほほんとしていた。

 彼女の励ましを有り難く受け取りつつ、知尋は愛華や真里亜達と共に演説の原稿を作成。

 遂に、選挙当日を迎えたのだった。

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