結局、学校対抗戦の代表者選びはかなり難航した。
何しろこれにはセオリー、最適解が存在しない。加えて、誰だって自分を代表に入れたいわけで、それを基準に考えると意見がぽんぽん食い違う。
専門家(スペシャリスト)より万能家(ジェネラリスト)を優先してチームの勝率を上げるべきだとルシルが主張すれば、各生徒が得意分野で確実に勝ちを拾うよう構成すべきだと沙雪が反論する。
経験の多い三年生を優先しようとか、逆に若手に席を譲るべきだという意見も出た。
不破などは「面倒だから校内で選抜試合をしよう」と、戦いたいだけなのが見え見えの意見を出して皆から却下されていた。
それでも、少しずつ方向性は固まっていく。
対抗戦に勝ちたいという思いだけは全員が共通しているので、その点で横道に逸れることがなかったからだ。
「和泉君、何か意見はありませんか?」
ある時、四葉が言って知尋を見た。
一同の視線が集まる。
突然振られた知尋は戸惑いつつも、四葉の目、そこに込められた期待の色を感じて気持ちを整えた。
四葉が知尋に何を求めているのかは想像がつかない。
だから、知尋自身が言えること、言いたいことを整理する。
「ええと……まず、僕は対抗戦に絶対勝ちたいです」
ざわ。
一部――主に風紀委員側を中心に声が上がった。
大人しく見える知尋が「絶対」という単語を使ったことが意外だったらしい。確かに自分でも似合わないと思う。
しかし、今回はそう言うべき理由がある。
深海灰人。
未だ会ったことがなく、判然としない男の顔をぼんやりと想像しつつ言葉を続ける。
「できれば僕が参加した上で勝てるのが一番いいです。でも、勝つのが最優先――だから、勝てなくなるなら僕は出られなくても構いません」
今度は数人が息を飲む。
そんな中、静かに耳を傾ける者もいた。
真里亜に華、神代。比較的、知尋をよく知る者達は騒がず続きを待ってくれている。
「勝つためには、強い人が出るべきです」
「下僕……じゃないか。知尋、あんたの言う『強い人』の定義は?」
「勝ちに貢献できるかどうかです。幅の広さと専門性を両方見て、勝ちやすい人――きっと、ルシル先輩は確定だと思います」
「そこであたしか」
ルシルが目を瞬いた。
「まあ、その通りだと思うけど」
「ルー」
本人の歯に衣着せぬ肯定に、四葉が苦笑しつつ窘めた。
ごめんごめん、とルシルは笑って話を戻す。
「なるほど。一理あるかもね」
すっと、彼女の表情が真剣になる。
目が細められ、その奥にある光が高速で揺らめく。『天才』の能力まで動員し、何かを考えているように見えた。
他の面々は、知尋とルシルのやり取りを黙って見守っている。
少なくとも無意味な横やりを入れてくる人間はいない。その程度には期待と信用を受けているのだ。
「ついでに聞こうかな。その上で、知尋ならどういうチームを組む?」
「……そう、ですね」
言われ、知尋も思考を巡らせた。
頭の中に蠢いていた案をもう一度吟味し、なるべく短時間で確定させる。そうすると驚くほど速く結論が出た気がしたが、これはちさとの力なのだろうか。
(ん……そうかも。私も今、一緒に考えてたから)
会話形式での相談だけでなく、こういう比較的デジタルな考えごとの場合は多重演算のようなことまで可能らしい。
『補助人格』、知尋とちさとの共存状態は意外なほど応用範囲が広い。
「黒羽先輩、葉月先輩、ルシル先輩、御宿さん、それに神代君……です」
汎用性と専門性を両立できるルシルは確定。
万里歌の『伝心』は、本人の出番以外でも広く活用が期待できる。内緒の作戦会議や試合中の指示出しにも使えることを考え、代表に入れておきたい。
華は『略奪』で他者の能力を借りられる。お蔭でかなり汎用性があるうえ、実は本人の学力もかなり高い。容赦や遠慮のない性格も相まって活躍が期待できる。
四葉は、能力なしの地力ではおそらく随一。能力の『幸運』に地味な印象があるのと、運に頼るというイメージが抵抗を生むが、何もせずとも有利な状況を引き寄せられる、と考えれば効果は絶大だ。
神代はフィジカル要員。五種目もあって運動能力を要する種目が一つもない可能性は低い。ただし、それがスポーツか戦闘かアスレチック系かは不明なため、フラットな『身体強化』が最も安定する。
「どう、でしょうか?」
「……ふむ」
ルシルが再び考え込む。
直後、口から漏れた呟きは「本当に自分を外したんだ」という、関係あるのかないのかよくわからないものだった。
彼女は数十秒で顔を上げ、一同に尋ねた。
「今の意見に意見がある人は?」
何人かが手を挙げ、再び意見を述べ始める。
ただし、そこからは目に見えて議論が進み始めた――ように思えた。
(気のせいかもしれないけど)
(ん……どうだろうね)
自問自答(?)してみても答えは出ず。
やがて、三十分程が過ぎた頃、結論が出た。
皆の意見を纏めた最終メンバーを四葉があらためて宣言する。
「葉月さん、ルー、御宿さん、神代君、それに……和泉君。以上五名で決定とします。異議のある方はいますか?」
しん、と静寂がそれに答えた。
「あの」
なので、おずおずと知尋が手を挙げた。
話し合いの推移を聞いていれば、大方理解はできていたが。
「どうして僕が入ったんでしょう?」
「汎用性」
ルシルが端的に答えた。
「そういう意味ではあんたの能力数は魅力でしょ?」
「僕の能力は割と数だけって感じですけど」
「んなことないわよ。例えば『睡眠促進』とか」
対抗戦の種目数は五つだが、各種目に一人が出る形式とは限らない。
過去には種目の一つに五対五のバスケットボールが入り、しかもそれが一種目目だった例もあるらしい。
つまり、一人が二種目以上に出場する可能性もあるため、短時間で回復できる能力は使いどころがあるかもしれない。
「ちさとちゃんの出番があるかもしれませんし」
『読心があれば、あっち向いてほいとか多分最強』
と、これは綾瀬と万里歌。
二人のことだからからかう意図は最小限だろうと思いつつも、えらく狭い有効範囲な気がするが――。
「あんたを入れとくべき、ってみんなが納得したんだから頷いときなさい」
それとも、勝つための決定に従えない?
暗に告げてくるルシルに、知尋は瞳が潤みそうになるのを誤魔化しながら微笑んだ。
「はい。ありがとうございます、頑張ります」
☆ ☆ ☆
決定した対抗戦メンバーは四葉から鳳に伝達される。
鳳は、四葉から受け取ったメンバーのデータを元に種目の候補を作成、それが種目抽選に含まれることになる。
だから、知尋達に有利な種目が出てくる可能性も十分にある。
ともあれ、後は当日を待つばかり。代表に選ばれた者達も、それぞれの方法で英気を養う形となった。
(私もできるだけ協力するね、兄さん)
(うん。頼りにしてる)
種目によっては、ちさとの存在が大きな力になるはずだ。
あらためて決意を固め、当日までを過ごす。
時間は慌ただしく流れていった。
「というわけで。ちょっとずつ引き継ぎも始めるわよ」
来年度の生徒会入りが決まった二人――真里亜と華も、知尋と一緒に生徒会室へ顔を出すようになった。
頻度はだいたい数日おき。
目立った仕事がないこの時期、現生徒会メンバーは二人をきっちり指導する構えだ。もともと飲みこみのいい真里亜達は仕事をどんどん吸収し、生徒会室の風景に溶け込んでいく。
今まで別々にあった「マンション」と「生徒会」がだんだん近づき始めるのを感じ、なんだか不思議な気分だ。
これからは、これが日常になるのだろうか。
「皆が忙しい分、家事はあたしに任せてね」
帰宅するとメイド姿の李狐が迎えてくれる。
彼女のメイド修行も現状、音を上げることなく続いていて、少しずつ板に付いてきているように思う。
悪意と暴力に満ちていた頃からは信じられないが、意外にこういうのが性に合っているのだろう。
それから、愛華達が生活の合間に励んでいた編み物も、無事に完成した。
愛華のマフラーに李狐の手袋、それに真里亜の耳当て。
手編みということで形が歪な部分もあって、本人達はやや不満を残していたものの、知尋としては素直に嬉しかった。
女の子からのこういうプレゼントなんて初めてだった。
(うーん、私も編み物できたらいいんだけどなあ)
(あはは。暇な時に挑戦してみればいいよ)
身体を明け渡し、ちさとを自由にさせてやれる時間は少ない。
帰宅後、宿題などが終わった自由な時間、その一部を充てるのが精いっぱいで、にもかかわらず、よく文句も言わずにいてくれると思う。
(それは、あれだよ。慣れっていうか)
(いうか?)
(好きな人だから、一緒にいても嫌じゃないんだよ)
声なき声が甘い響きを帯びる。
胸が高鳴り、身体の芯が熱くなる。
これでちさとに身体があったら、すぐさま抱きしめていたかもしれない。
(……私もちょっと、エッチな気分になってきちゃうかも)
呟いたちさとが何かを思いついたように続けて言った。
(そうだ、兄さん。ちょっと身体、借りてもいい?)
(? いいけど、どうするの?)
(ふふ。良いことだよ)
肉体の操作権を得たちさとは、真里亜達に断ってから寝室へ移動。
クローゼットを開けたかと思うと、おもむろに『自分の』服を取り出した。
正確には知尋の服と言うべきかもしれないが。華とのデートの際に用意した服に加え、ちさとが来てから買った服が何着かある。幻影で自由に服が作れるとはいえ、実物が合った方がイメージも湧くだろうと思ったからだ。
ちさとは今着ている服を脱ぐと、ブラとショーツ、そしてスカートとセーターを身に着けていった。ぴったりしたショーツにペニスが押さえられて、かすかに疼く。
「気持ちいいよね、おちんちんがショーツに触れる感じって」
確かに一種、倒錯的な快感がある。
精神的な要因の他にも、女性のデリケートな肌に触れる布地が心地良いせいもある。俗には手コキの道具にショーツを用いる形式もあるくらいだ。
しかし、女性格であるちさとにとってペニスは異物のはずなのだが、彼女は特に頓着していない様子。
これまでの生活でも風呂やトイレ等を普通にこなしている。
理由を尋ねると「私は兄さんの分身だから」とのこと。考えてみると知尋の中にいる時は男性的快感を共有しているわけで、これで嫌悪感があったら大変だ。
「よし、っと」
靴下まで変えて『ちさとモード』となった彼女はベッドの上に乗る。
ゆっくり奥まで這っていくと、壁に背を預けて両足を開く。いわゆるM字開脚の姿勢はやや不本意ではあるものの、割と違和感なく女性らしさを放出している。
ふぅっ。
どこか悩ましげに吐息を漏らし、ちさとが右手を伸ばす。
スカートの下、ショーツの中にある膨らみへ人差し指と中指の二本が押し当て――。
(まさか)
(うん、そうだよ)
押し当てられた。
「んっ」
ちさとがかすかに声を漏らすと同時、知尋も快感を覚えた。
自分の指で触れたのと同じ。そのはずなのに、どことなく他人から触れられたようにも感じる。
ちさとの行動を追体験するという状態がそうさせているのだ。
「オナニー、しようかなって」
敢えて口に出してちさとが言った。
今、寝室には他に誰もいない。聞いているのは知尋とちさと本人だけで、だからこれは自らの気分を高める意味が大きいはず。
はぁっ……。
吐息と共に指が動く。
クロッチ付近からペニスのラインに沿ってゆっくりと動く。ちさとが興奮しているせいか敏感になっていて、たったそれだけで痺れが走る。
指が何度も往復する。
「んっ、ああっ」
ちさとは普段の知尋より高い声で喘いでいる。
まるで本当に女の子が自慰をしているようで、それを内側で感じているのが不思議に思えた。
――内側から。
そう。これは知尋にとって、自慰のようで自慰ではない。
ちさとの自慰を共有すると同時に、ちさとから奉仕を受けているとも表現できる。何故なら今、知尋のペニスを刺激しているのは彼女なのだから。
だんだんと指の動きは早くなる。
最初は一方向の動きを繰り返していたのが、やがて指を押し当てたまま前後する動きに変わる。ペニスが硬度を増し、ショーツの圧迫感が強くなるのを感じつつ、今度は指を振動させるように動かす。
「んんんっ!」
一際、高い声が上がった。
「もう駄目……っ」
ちさとが左手でスカートを捲り、右手でショーツを下ろす。
共有した視界にはスカートの下から覗くペニスの姿。それを自身の指がそっと包み、感触を確かめるように、にぎにぎと動かす。
左手の指は玉袋に添えられた。
(ち、ちさと)
(気持ちよくなろう? ね、兄さん?)
拘束を解かれ屹立するペニスが高速で扱きあげられる。
真里亜達から自慰を禁じられている知尋にとって、かなり久々の快感が全身を駆け巡る。
記憶の中にある『それ』よりだいぶ気持ちいいのは、ブランクがあるせいだけではないだろう。
思いながら、知尋はちさとが与えてくれる快感に身を任せた。
「あ、ああっ……イク……っ!」
射精はそれから数分後だった。
びくん、と、ペニスが跳ねて精液が噴き出す。それをちさとの操る知尋の手が包んで受け止める。
脈動が収まると、べっとりと白濁液の付着した手のひらを、ちさとはぺろりと舐めた。
(わっ)
(ん? あ……っ、ごめんなさい、つい)
(いや、いいけど――ちょっとびっくりした)
自分の精を味わうのも初めてではない。
知尋は内心で苦笑しつつ答え、ちさとに続けていいと伝えようとして。
こんこん、と。
寝室のドアをノックする音が聞こえた。