「かなめ、早稀。今すぐ着ているものを全部脱ぐんだ」
「……な」
事もなげに口にされた命令に、知尋は絶句した。
華と四葉も同じだ。
目を見開き二の句がつげないでいる間に、少女二人の声が唱和する。
「はい、ご主人様」
かなめと早稀が同時に立ち上がった。
彼女達はそれがさも当然、というようにセーラー服に手をかけて――。
「待った!」
「……何? 君にボク達へ命令する権利なんてないでしょ?」
手を止めた早稀が鬱陶しそうに言った。
脱衣を制止されたことを咎める、鋭い視線が胸に突き刺さる。昔の李狐を思わせる、どこまでも排他的な視線。
それでも知尋はなんとか言うべきことを口にした。
「こんな場所で裸になるなんておかしいよ」
店内にはまだ客が何人も残っている。
中には先程の知尋の声を聞きつけ、こちらに目を向けてくる者もいた。
蕎麦屋という性質上、客の年齢層は知尋達よりかなり上。特に年配の男性の姿が多く見られた。
しかし、早稀は、はっと軽く鼻で笑ってみせる。
「それがどうしたの?」
「どうした、って」
「場所とか関係ない。ご主人様の命令が全部優先……当たり前でしょ? 話はそれだけ?」
言って、彼女は再びセーラー服に手をかける。
仕方なく、知尋はかなめへ視線を向けた。
「指宿さん。芸能人がこんなことしたら問題になるよ」
「そうかもしれませんねぇ」
万一、かなめの顔を知っている者がいて、噂が広がるようなことがあれば、芸能活動に支障をきたすかもしれない。
「噂が拡散すれば、の話ですけどぉ」
にっ、と笑ったかなめが早稀に続く。
無理矢理止めようにもテーブルを挟んでいるうえ、正面にいる男が邪魔になる。
灰人が、座布団に腰を落ち着けたまま静かに言った。
「客達が店を出てしばらくすれば、ここであった出来事は曖昧になる。後から来た若い客に『出ていけ』と言われて素直に従った……なんていう記憶、普通は夢か何かだと思うだろう?」
それも『支配者』の効力の一つ。
灰人の命令により当人の気質に反する行動を取っていた場合、それを能力の影響から逃れた後で思い返しても説明がつかずに違和感が残る。
短期間の出来事であれば、人は自分を納得させるために「何かの間違いだった」で済ませてしまう。
「それでも不安なら――皆さん、この店で見たこと聞いたことは忘れてください」
後半は知尋達ではなく、他の客に向けて告げられた言葉。
客達は灰人の言葉に声もなく頷き、再びやや急ぎ気味の食事へと戻っていく。これで先の命令が効果を発揮し、灰人達の行為は彼らの記憶に残らない――の、だろう。
なんて、強引な手管だろうか。
全てが思い通り。
何をやろうともフォローが可能で、居合わせた者から咎められることもない。場所がどこであろうと誰が相手だろうと、意のままに振る舞うことが許される。
それだけの力が彼にはあるのだ。
灰人本人はただ命じるだけ。
暴力を使って意を通す必要すらない。
「――二人とも、ご苦労様」
知尋が戦慄しているうちに、かなめと早稀は全裸になっていた。
セーラー服はもちろん、下着も、靴下さえ身に着けていない。生まれたままの姿で座敷の座布団の上に立っていた。
手は腰の後ろで軽く組んだ状態。
かなめは以前見た通り無毛で、性奴隷を表す入れ墨もそのままだった。
早稀の方は初めて見るが、こちらもかなめと同じくつるつるの股間に同様の入れ墨が施されている。
知尋が少女達に与えている『刻印』とはわけが違う物理的な処置。
四葉が苛立たしげに息を吐いた。
「未成年の子にこんなことをするなんて」
「ちゃんと考慮しているさ。成人した奴隷ならこの程度では済まさない……大抵の女はもっと大きな入れ墨を入れ、乳首やクリトリスにはピアスを付けている。もちろん全員が喜んで、ね」
狂っている。
「あなたが洗脳した結果でしょう」
「だから? 本人が望み、喜んでいるのだから、過程など無意味だと思わないか? 誰も損をしていないのに咎められる理由はない」
この男は人を人とも思っていない。
「人は、女性は、使い捨ての道具じゃない」
「もちろん、使い捨てになどしないさ。利用価値があるうちは限界まで使わせてもらっている」
ふっと笑った灰人が両手を持ち上げ、かなめと早稀の秘所へと指を宛がう。
つぷ。
「あんっ」
声を殺さない喘ぎが少女達の口から漏れた。
二人が痛みを感じている様子はなかった。見れば、外に溢れる程ではないにせよ、彼女達の膣は愛液でしっとり濡れていた。
男を、否、灰人を受け入れる態勢ができているのだ。
脱衣に興奮したのか、あるいは。
「俺といるだけで濡らすようになっているのさ」
知尋の思考を先読みするように灰人が笑った。
「どうかな? 羨ましいとは思わないか?」
「………」
抱きたいと思った女が全て手に入る。
彼女達の人格も思想も全て捻じ曲げ、自分に都合のいい奴隷に変えて操ることができる。
かなめはもともと灰人の信奉者だったが、早稀は灰人の方から接触して手に入れたらしい。彼女が有用な能力を持っていたという、ただそれだけの理由で。
その結果、早稀がどうなったかは、今、目の前の彼女を見ればわかる。
「あなたの組織『アブソリュート』も、そうやって」
「ん? ああ、そうだね。『支配者』の能力を使って|手に入れた(・・・・・)女達を中心に運営している。簡単な指示さえ出せば、後は黙っていても成果が上がる簡単な仕事だよ」
組織はどんどん大きくなっていく。
逆らう者、邪魔な者は『支配者』の力で味方に付ければいい。
政府や警察が危険視してきたとしても、彼らに表立って逆らわなければ潰されることはない。
潰すことに大きなリスクが伴う程度には、彼の組織は力を得てしまっている。
強大な力を。
「もう一度言おう。君は俺に似ている。『アブソリュート』の存在意義も君にはわかるはずだ」
倫理から外れたことをしても糾弾されない。
大切な少女達を守り、共に歩むことが許される。
「だから俺の物になれ。今、既に君の物になっている女を差し出せとは言わない。俺に従い、俺の恩恵に預かりながら、君は君の欲望を満たせばいい」
自分に従え。
『アブソリュート』に参加しろ。
という、それは甘い誘惑だった。
――灰人の言葉が胸に染み込む。
実際、悪い話ではない。
知尋にとって大切なのは愛華や真里亜達、関係を持った少女みんなだ。
彼女達を守るため、自分の欲望を満たすため、知尋は倫理から外れた行いにも手を染めてきた。
今更、灰人に共鳴したからといって、どうにかなるプライドなどありはしない。
彼に従えば。
もう、余計なことに悩まされなくてもいい。
理事長の鳳も、姉の楓も、容易には知尋に手を出せなくなるだろう。
四葉に鳳との婚約を解消させ、家との縁を切らせたうえで生活していくことだってできる。
――それだけの力が灰人には、『アブソリュート』にはある。
華と四葉を見る。
二人は心細げな顔で知尋を見ていた。
そんな顔をさせるのは、知尋に力が足りないからだ。
――力があれば。
さあ。
彼の誘いを拒む理由は、残っているだろうか?
「……僕は」
何かに突き動かされるように知尋は唇を開き、
(兄さん!)
(っ)
頭の中に響いた声にはっとした。
(……ちさと?)
(そうだよ。大丈夫? もうなんともない?)
なんともないも何も、もともとどうにかなってなど……。
言おうとして理解した。
さっき、自分は何を言おうとしていた?
「僕は……あなたの仲間にはならない」
首を振り、知尋はあらためて灰人に答えた。
真っすぐに、彼の瞳を見据えたまま。
(……ちさとが)
知尋の意識を引き戻してくれた。
あの声が無ければ知尋はきっと、そのまま灰人に操られていただろう。
(兄さんが無事で良かった。私は、ある程度以上の影響を受けないみたいだったから、兄さんのことを止められたみたい)
『支配者』は男よりは女に効く能力だったはずだが。
きっと、かなめの時と同じように『支配』の力だろう。この間、ちさととも契約を結んでいたのが功を奏した。
あるいは、ちさとが知尋の中にいた影響かもしれない。
一人の人間が二つの人格を持っているため、表に出ている知尋が『支配者』の影響を受けても、中のちさとは間接的な影響に留まる。その上で、いざという時はちさとがリカバリー要因として働き、知尋を制止する。
「……ふむ」
灰人が唸った。
彼は顎に指をあてて思案顔を作る。
「和泉知尋の奴隷達は『支配者』の影響を大幅にシャットアウトする手段を持つ。しかし、当の主人にはその影響がない……俺自身の力とかなめの『端末』で二重に与えれば確実と報告を受けていたんだけれど」
「ご主人様、私は嘘なんて」
「わかっているよ、かなめ。でも、使えない道具にはお仕置きが必要だよね」
顔面を蒼白にしたかなめに、灰人が淡々と告げた。
直後、少女の口から絶叫が上がる。
「あ、ああああああぁぁぁっっ――!?」
頭を抱え、しゃがみ込むかなめ。
余程『お仕置き』が怖いのか、自信たっぷり、アイドルらしく愛嬌を振りまく姿を完全に捨て、身を震わせ目をぎゅっと瞑っている。
かと思えば、かっと見開いた瞳で知尋を睨みつけてきた。
「あなたが、あなたがご主人様に歯向かわなければ……っ!」
「そんなこと――」
言われても困る。
知尋は戸惑い、首を振った。こちらは灰人に攻撃――精神干渉を受けた立場なのだ。抵抗するのは当然のこと。
しかし、今のかなめの取り乱しようを見ると同情の念も湧いてくる。
だからと言って、知尋が「彼女を許してやれ」と頼んだところで、灰人が応じるとも思えなかったが。
「そんなに嫌かい? なら、かなめとの奴隷契約を解除しようか。そうすれば、芸能界のお偉方に媚びを売る必要もなくなる。かなめにとってもその方がいいいかもしれないね」
「嫌、嫌ぁ! 嫌ですぅ、ご主人様ぁ! 何でもします。何でもしますからぁ、捨てないで下さい!」
全国に多数のファンがいるはずのアイドルが、たった一人の男の寵愛を得るために、恥も外聞もなく叫んでいた。
瞳は涙で濡れ、口から唾が飛ぶのも厭わない。
先程しゃがみ込んだ体勢から土下座に移行し、かなめはただ灰人に許しを請う。
その姿に、知尋の脳に熱い血が上っていく。
かなめは敵だ。
一度は彼女によって窮地にも陥った。幸いその時は何事もなく収まったが、だからといってあの出来事がなくなったわけではない。
それでも、女の子にこんなことをさせるのは許せない。
「いい加減にしてください!」
打算も勝算もなく、知尋は灰人に向けて叫んだ。
座布団から立ち上がり、テーブルを踏みつけて彼に掴みかかろうとする。
しかし、それは早稀の手によって阻まれた。
「ご主人様に気安く触らないでよ」
敵意を込めた視線が注がれた。
素早い対応だった。
咄嗟に動けたのは、きっと彼女があらかじめ警戒していたからか。
おそらく早稀は最初からそのために居たのだ。最初に現れた絡繰りも、消去法で考えれば彼女の能力であるはず。
知尋が止まることを予期していたらしく、灰人は表情すら変えずに言った。
「交渉決裂か。なら、知尋君。別の取り引きをしようじゃないか」
「……取り引き?」
早稀から身を離しながら知尋は尋ねた。
座布団に座り直すと、華と四葉が気づかわしげに両側から手を握ってくれる。彼女達が落ち着いてくれたのが救いになった。
「簡単だよ。明日の学校対抗戦、君の所属する柴鳳学園が勝てば君の勝ち。今後、君達とは不可侵、共存すると誓う。代わりに、柴鶴学園が勝てば真里亜を返してもらう」
「な……」
「妹とはいえ、あれは良い女だ。それに今は君に心から忠誠を誓っているのだろう? 人の物になった女を自分の物にするのはとても気持ちがいい……そうだろう?」
彼は、敢えて知尋ではなく四葉を見て言った。
四葉が唇を噛んで灰人を睨みつける。
「……下種が」
「何とでも言えばいい。それで、返答は?」
「……っ」
問われ、知尋は言葉に詰まった。
勝てば現状維持、負ければ大切なものを失う。『アブソリュート』の脅威に怯えなくて済むのは結構な見返りとはいえ。
「そんな約束、真里亜がいないところでできるわけありません。真里亜は物じゃない」
「物だよ。あれは君の『奴隷』だろう?」
「……それは」
確かに「所有物」という意味ではその通りだ。
だが、それは真里亜の人格を無視するという意味ではない。やはり灰人と知尋の考え方には決定的な違いがある。
彼の言う通りにするのは良くない。そう思った知尋は別の条件を求めようとして――。
「わかりました」
華の声がそれを遮った。
驚いて振り返れば、彼女は決然とした瞳で知尋を見返してきた。
灰人の支配下にあるわけではない。
彼女本人の意思で、先の発言をしたことがすぐわかった。
「大丈夫です。真里亜ちゃんだって、こういう覚悟はとっくにできています。それに、勝てばいいんです。私と和泉君と、他の皆で」
「……華」
彼女の真摯な思いが伝わってくる。
勝てばいいというのも明快だ。
負けないのなら、負けた時のことを考える必要はない。知尋は深く頷いた。
「わかった」
それから振り返って灰人を見る。
相変わらず彼の心を読むことはできないが。
「受ける代わりに条件があります。正式な返事は真里亜の同意を得てからにすること。僕達が勝ったら、さっきの条件の他に何か一つ要求を呑んでください」
「できないことを言われた場合は他の要求に変えてもらうけれど?」
「それは構いません」
「……よし。それならいいだろう」
灰人が満足そうに頷いた。
「取り引き成立だ。こちらは俺の女達が全力で行かせてもらう。そちらも全力で来るといい」
言って、彼はかなめと早稀に服を着るよう命じた。
まるでもう正式に取り引きが成ったかのような態度だ。まあ、実際、後に話を聞いた真里亜は了承してくれたのだが。
気づけば店内から他の客はいなくなっていたものの、さすがにこのまま食事をする気にもならない。
知尋達は灰人から連絡用の捨てアドレスを受け取り、その場を後にした。
「ああ、そうだ。真里亜にもよろしく伝えておいてくれ。直接会いに行ってもいいが、きっと嫌がるだろうから」
その願いに、知尋は軽く頷くだけで答えた。