ミーティングはルシルの宣言通り、ごく簡単なものだった。
「各校の代表者がもう発表されてるのは知ってるわよね? その上で検討して、私達は柴鶴学園をライバルにする」
決定した代表者は事前に学校責任者に報告、了承を得ている。
その上で各校の責任者は代表者のリストを作成して他の参加校へと送信済み。つまりこの時点で、相手校の代表者が何ていう名前で何年生か、男か女かくらいは分かっているのだ。
ただし、名前が分かったところで自校以外の『落とし物』、それも未成年となると、保有能力の内容まではなかなか掴みづらいのだが。
「柴鶴学園の指宿かなめについては、四葉の情報で能力が割れてるわ。正直、割と厄介」
『端末』――他者の能力を奪うことも競合することもなく、遠隔地においても発揮することのできる能力。
学園祭の時は灰人の能力を中継していたが、おそらく他の人物の能力を使うこともできるはず。使い方次第では、華の『略奪』以上に暴れ回るだろう。
「他のメンバーも嫌な感じね。去年参加してた子が一人もいない」
有馬(ありま)志鶴(しづる)、三年生、生徒会長。
城崎(しろさき)まどか、二年生。
磐木(いわき)つかさ、二年生。
指宿かなめ、一年生。
白浜(しらはま)早稀(さき)、一年生。
――以上、五名。全て女子生徒。
「あの、柴鶴学園って女子校なんですか?」
「違いますよ」
神代の素朴な疑問に華が答えた。
共学であるにも関わらず女子ばかりな理由は、この場では少々説明しづらい。
微妙な表情を浮かべた知尋と華の意図を察し、四葉が話を先に進めた。
「昨日、白浜早稀さんとは偶然お会いする機会がありました。その際見たところによると、彼女の能力は自分や他人、物の姿を隠す能力と思われます」
「ふうん。益々厄介ね。まあ、そういうわけで……わかっている範囲でヤバそうな学校をマークしておくつもりだけど、反論は?」
誰も何も言わなかった。
知尋と華、四葉にとっては好都合だし、万里歌もかなめの名前に思うところがある様子。神代はそもそも頭脳労働担当ではない。
「決まりね。ま、詳しいことは開会式で顔合わせと種目発表があってから。とりあえず、ちょっと経ったら移動しましょ」
ルシルがそう言って話を打ち切る。
代わりに、四葉が口を開いた。
「今のうちに一つ、いいかしら」
勝つための方策だと言って、彼女は綾瀬を除く五人に手を出させる。そして一人ずつ、手のひらに交差する八の字を描いていった。
クローバーの意匠なのだろう。
以前にも見たことのある、おまじないの動作。
「みんなに幸運がありますように」
最後に知尋の手に八の字を描きながら、茶目っ気のある笑顔で言った。
『幸運分与』。
四葉の持つ『幸運』を分け与える力により、知尋達に祝福が施された。
対抗戦のルールには「開会式から対抗戦が終わるまで、参加者は同じ参加者以外から能力支援を受けてはならない」とするものがある。
開会式以前に受けた支援を継続するのは禁じられていないので、今が最後のチャンスというわけだ。
そうして約十分後。
一同は綾瀬を残し、体育館に移動した。
がらんとした館内の目立つ位置に鳳が立っていた。また、周囲では数人のスタッフが何やら作業中。
壇上を見ると「四校合同対抗戦」の開催を示す札が掲げられているのが分かる。
スーツ姿の学園理事長に近づき会釈すると、彼の方から話しかけてきた。
「全員揃っているようですね。体調に問題はありませんか?」
「はい。皆、元気は十分です」
一同を代表し、四葉が微笑んで答える。
……鳳が敬語だと妙に違和感があるが、むしろ公的な場ではこれが普通だ。現に、個人的な接点のないルシルらはごく平然と受け入れている。
他校はまだ来ていないようなので、やや奥まった位置に並んで待った。
数分後、続々と他校の生徒達が集まり始める。
最初にやってきたのは、神経質そうな眼鏡の少年が率いる一団だった。
先頭の少年を含めて五人、全員が男子生徒である。今時珍しい詰襟の制服は、四校で唯一の男子校である、九州・柴甲学園のシンボルだ。
彼らが知尋達の正面に並ぶと、どちらからともなく礼。
代表として四葉、および眼鏡の少年が言葉を交わした。
「こんにちは。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、悔いのない戦いをしましょう。……ところで、そちらはそれで全員でしょうか?」
笑顔で答えた四葉が、ちらりと後方を見やる。
四人だ。
生徒会長らしき眼鏡の少年が代表に含まれているなら数は合うが、もしそうでないなら一人足りない。
確か代表者名簿に生徒会長の名は無かったと思うのだが。
「ああ、いえ。実はもう一人居るのですが……」
「コンビニ行くって言ってまだ帰ってきてないんだよな……」
生徒会長が顔を歪め、後ろの誰かが困惑気味に呟くのが聞こえた。
どことなく「仕方ないな」といった雰囲気があるのを見るに、常習犯なのだろうか。慣れない土地で迷っているのでなければいいが。
なるほど、と頷く四葉。
「競技が始まるまでに全員揃っていれば問題ありません。……ですよね、理事長?」
「ああ」
鳳が鷹揚に頷いた。
そうしているうちに大阪の柴龍学園が入場してくる。
女性教師の引率された生徒は全五名で、男子三人に女子二人。珍しく男女のバランスの取れた構成だ。
(いや、兄さん。うちも二対三だから普通だよ?)
(あ、そっか)
無意識に綾瀬を数に含めていたようだ。
いや、むしろ、綾瀬を含めたら三対三なのだが。
柴龍学園とも同じように挨拶を交わす。
そして――最後に札幌、柴鶴学園が入ってきた。
きゅっきゅっと床を鳴らす靴音は全部で六つ。引率の教員を除いた五人が代表生徒だ。
こちらは柴甲学園とは逆に、教員を含めた全員が女性。
しかも、それぞれ一定レベル以上の整った外見――美少女と言って差し支えのない容姿を持っている。
見るからに華やかな一団に、振り返った柴甲学園の生徒達が息を吐く。
「……凄え」
おそらくその呟きも聞こえていただろうが、少女達の歩みは変わらなかった。
(……いるね)
(うん)
一団には指宿かなめと白浜早稀、二人の姿もきちんと含まれている。
柴鶴学園の一団が止まり、四校が十字を描くように整列した直後、かなめがちらりと知尋を見た。
敵意の視線。
睨みつけてくるその目には隈が見える。
――まさか、お仕置きのせいで睡眠不足なんじゃ。
真っ先にそんな懸念が浮かんだ。それで対抗戦に差し支えたらどうするつもりなのか。
……いや、きっと、そんなことは「起こりえない」のだろう。
灰人はきっと、かなめが自分の意に添う働きをしなかった場合、容赦なく彼女を切り捨てる。
だから、かなめは体調が悪くとも全力で、全力以上で戦うしかないのだ。
と、鳳が前に進み出て声を上げた。
「全校揃ったようなので……これより四校合同による学校対抗戦を開始します」
参加者一同から拍手が上がった。
同時に、周囲の空気が少しずつ張りつめていく。
ギャラリーもいない中の雑な開会宣言……などと思いかけたのも束の間、その認識は甘かったと思い直した。
確かに、せっかくの四校合同行事にしては、この場は少々物寂しい。
しかし、この場にいる生徒達は皆、日常的に戦闘訓練を受けている『落とし物』達。そして、今から始まるのは能力を用いた真剣勝負だ。
飾り気は不要。
開会式、そしてこの後に待つ種目発表から既に戦いは始まっているのだから。
また、種目によって会場が変わる都合もあるだろう。
各校の生徒であれば観戦は自由となっているが、種目発表後に再度、作戦会議とオーダー決定の時間が取られる。
開会式から参加していては観戦する方も疲れてしまう。
「各校、正々堂々とフェアな勝負を行ってください」
鳳がそう締めくくると、四校の生徒達が一斉に礼。
その後、他校の教員達からも一言ずつ挨拶があって――ようやく種目発表の段がやってきた。
「種目は第三者が公正に抽選し、各校の責任者に送信されています。先程届いたばかりですので私もまだ確認していませんが――それを、今から発表します」
鳳がスマートフォンを取り出し、何やら操作して数秒の沈黙。
軽く息を吸い込んだ彼は、厳かな声で告げた。
「第一種目、代表者一名による室内試合。第二種目、お好み焼き大食い対決。第三種目、ワードシーキング。第四種目、ペイントボール。第五種目、サバイバル」
発表の直後、誰も喋らなかった。
端的な種目名から内容を連想するのに時間を要したこともあるが、それ以上に内容が意外だったからだ。
聞いた限り、バリエーションはなかなか豊富だ。
多数の候補から抽選されたランダム感もある。
しかし……。
大阪、柴龍学園の男子生徒の一人が恐る恐る口を開いた。
知尋にはあまり馴染みのないイントネーションで紡がれたのは――。
「それって、ほぼ全部が全員参加の……?」
「ええ。第三種目以降は全て、五人までの任意のメンバーが参加する形式になります」
「うわ」
種目の詳細は各責任者からということで、鳳は解散を宣言する。
「では、一時間の準備時間を設けます。第一種目は我が校の訓練場にて行いますので、定刻までに集合してください」
声を合図に柴鶴、柴龍、柴甲学園の面々が散会していく。
ホスト側ということで柴鳳は最後まで残り、知尋はその間、去っていく柴鶴学園の面々をじっと見ていた。
すると、向こう側からも一瞬、意味ありげな視線が返ってくる。
彼女達も少なからずこちらを意識しているのだろう。そう思うとほっとする部分があった。
「さあ、みんな。生徒会室に戻りましょう」
四葉に促されて再び移動。
鳳も同行し、また対抗戦用のスタッフも一人ついてきた。対抗戦が遵守されているか見張る役割らしい。
会場設営を主導しているスタッフも含め、彼らは柴鳳の職員ではなく国の機関から派遣されているとのこと。
「普段は何をされているんですか?」
「『落とし物』への理解を広める活動や、能力者の保護、発見なんかが主ですね。……ああ、スタッフの中には警察などからの協力者もいますよ」
警察、というフレーズを聞いて少し嫌な予感がした。
『あの人』も来るなら来るで連絡してくれればいいが、学園祭の時も事前に連絡はなかった。今も外で警備中という可能性はありそうだが、面倒なのでいったん忘れておく。
生徒会室では綾瀬がコーヒーの準備をして待っていてくれた。
全員分がカップに注がれ、お茶請けのクッキーと共に供される。
綾瀬は作業を手早く済ませると席を立った。
「皆さんの邪魔になるといけないので、私も第一種目の会場に移動しますね。頑張ってください」
彼女が去ると、残された代表者達はすぐさま作戦会議に移った。
まず、四葉がふう、と息を吐いた。
「予想外だったわね。全員参加の競技が三つも、それも連続するなんて」
もちろん可能性としてはありえたことだ。
チーム戦である分、戦略やチームワークで如何様にも戦えると考えれば幸運だったとも言えるが――問題は体力面だ。
ルシルが鳳に顔を向けて尋ねた。
「理事長。各種目についてもうちょっと詳しく教えて」
「ええ。まずは第一種目ですが――」
これは柴鳳でよく行われている試合と同形式。
急所狙いなし、武器の使用あり。相手が立ち上がれなくなるかギブアップしたら勝ちというシンプルなものだ。
四校を一回戦で二校に絞り、二回戦で勝利校を決定する。
「柴甲学園の提出した種目案の中にあったはずです。おそらく、直接的な戦闘における絶対的なエースを擁しているのでしょう」
つまり、柴甲はここぞとばかりにエースを投入してくる。
容易には勝てないと考えた方がいい。
「第二種目は……ほぼそのままです。制限時間三十分以内に多く食べた方の勝ち。具材は混ぜた状態の物が用意されますが、焼くのは自分で行うルールです」
言わずもがな、これは柴龍学園の発案だろう。
お好み焼き性の違いから九州の柴甲学園は失速する……などと、楽観的な予測を立てても大丈夫だろうか。
第三種目、ワードシーキングは鳳の発案。
校舎に多数隠された小さなボールを見つける競技。ボールには一字ずつ文字が書かれており、それを集めてできる文章を推測、回答する。
第四種目のペイントボールは空気圧を利用した銃でペイント弾を打ち合う競技らしい。弾に当たった者は失格となり退場。自陣のフラッグを取られたチームは負け。最後まで残っていたチームが勝利となる。
「第五種目は学園の奥まった敷地を使って『何か』を行うらしい。今日中に終わらない日程は組めないので野外生活を行うわけではないだろうが、詳細は直前まで発表しないそうだ」
「ありがと。……やっぱ、体力使う競技が多いわね」
第一種目は当然。即行で勝負が決まればいいが、相手もエースを出してくる以上はそうもいかない。しかもそれが二回戦だ。勝ったとしても、消耗しすぎれば今日中の回復は難しくなるかもしれない。
第二種目も曲者。食べ過ぎれば眠気も出るし動きも鈍る。次以降の種目に響きかねない。
そして第三、第四、第五と続く『全員参加前提の競技』。
第三と第四は共に、頭脳労働だったり機転が求められる部分も大きいが、走り回ったり銃を構えたりでなんだかんだハードなはず。ここを落とすわけにもいかないが、全力で望み過ぎて第五種目で泣きを見る可能性も恐ろしい。
「どうしよっか。できれば最初から獲りにいきたいところだけど」
最適解をぽん、と、導き出せそうにはなかった。