「最初は私か知尋か、悠希の誰かが出るべき。万里歌や華を出すなら棄権した方が多分マシ」
「……そうね」
ルシルの直接的な発言に四葉が頷いた。
「葉月さんや御宿さんが力不足とは言わないけれど、単純な直接勝負は向き不向きが出やすいもの」
「勝負を捨てるくらいなら、私の『略奪』を狙う手もありますけど」
「ん……賭けになり過ぎるのが引っ掛かるかな。当たればでかいけど、向こうに意図を読まれればそれで終わり」
「……そうですね」
華はあっさりと頷き、自らの意見を翻した。
ルシルの示した危険性が引っ掛かったのだろう。何しろ、少なくとも三校のうち一校――ライバルと定める柴鶴学園は華の『略奪』を知っているはずなのだ。
提案が一つ潰えたところで知尋は手を挙げる。
「回復のことを考えるなら、僕が出るのがいいと思います。少なくとも第二種目の間は仮眠が取れますから」
また、第二種目と第三種目の間には食事休憩がある。
その時間もなるべく睡眠に宛てられれば『睡眠促進』により、疲労はかなり和らげられる。
これには神代が少し考えてから首を振った。
「……いや、それなら俺が出る。この種目に出ないなら、何で俺が代表に選ばれたのかわからない」
「神代君は第三種目以降にも切り札になるから」
「なら、和泉君。君は白峰先輩や不破先輩に勝てるか?」
真っすぐな瞳を向けられ、知尋は言葉に詰まった。
沙雪の能力が何なのか、知尋は今だに知らない。しかし沙雪も不破も生半可な実力でないことは想像がつく。勝てる、と簡単に言いきることはできない。
それを言うなら神代は勝てるのか――という話にはなるが、少なくとも彼は沙雪達と何度も訓練を積んできている。一方の知尋が戦ったことのある強者はせいぜい神代くらい。
実力で勝る相手との勝負を繰り返している神代の方が、まだ見ぬ強敵と対峙しやすいのは確かだ。
誰が戦うにせよ、勝てなければ疲労も負傷も無駄になる。
ならば誰が一番勝ちやすいかを考えるべきか。
「……無理は絶対しないで欲しい」
「わかってる。戦いは一つだけじゃないんだ」
「ん、OK。じゃあ第一種目は悠希に任せましょう。四葉もいい?」
「ええ。……神代君、和泉君が言った通り、勝つのが難しいと思ったら棄権しても構いません。できるだけ余力を残してください」
四葉の言葉に、神代が「はい」と深く頷いた。
そこで華が首を傾げた。
「じゃあ、第二種目ですけど。どうするんですか、これ?」
よりによってテーマが大食いである。
能力者同士の戦いでやることか、という気さえする。ピーキーすぎて適応できる能力もメンバー内には――。
いや。
「ルシル先輩にお願いするしかない、のかな」
「そうね。多分、この中にあたしより食べられる人はいないでしょ」
ルシルが誇るでもなく言って肩をすくめた。
彼女の能力『天才』はあらゆる分野に天才的な適性を発揮させるが、代わりにカロリーと糖分を大量に消費してしまう。そのためルシルは日常的に菓子類を食べまくっているのだ。
胃袋も大食いに適したものになっているだろうし、ついでに天才はお好み焼きの焼き方だって天才的のはず。
……なお、もちろん馬鹿にしているわけではない。
「第三種目は理事長先生の発案だけあって、うちが有利そうですね。葉月先輩の『伝心』があれば連絡は簡単に取り合えますし、面子的に頭脳労働は比較的得意なはずです」
「そう思ってこの種目を入れましたからね」
得意げに胸を張る鳳に、感謝すべきか微妙に迷った。
「あとは第四、第五の結果がどうなるか、か」
「そればかりは、蓋を開けてみないとわからないわね」
四葉が目を細める。
一チーム五人、二十人が入り乱れるとなれば、勝負の行方はどうなってもおかしくない。やりよう次第で勝てる目があるのは相手も同じなのだ。
鬼が出るか蛇が出るか。
しかし、種目を見た時点で絶望的な戦いにはなっていない。
「勝とう」
ぽつりと呟く。
すると神代が決然と応じた。
他の三人も続けて答えてくれる。
「ああ、必ず」
「はい。もちろん勝ちましょう」
「当たり前でしょ。負けるつもりで戦う馬鹿はいないっての」
『必勝』
それから全員で顔を見合わせ、ふっと笑った。
作戦会議が終わったら、スタッフにオーダーを伝えた。
第三種目以降は「とりあえず全員参加」としておいて後で減らすのは構わないそうなので、全て五人で参加する体にしておいた。
後は着替えだが――。
「ここで着替えるわけじゃないですよね?」
「もちろん。訓練場の更衣室を使えばいいわ」
四校の男女がそこを使うことになるが、もともと一学年の全クラスが一度に利用することもあるのだ。部屋数、広さともに十分にある。
各校それぞれに別の更衣室が割り当てられ、そこが控室代わりにもなるそうだ。
『それと、葵ちゃんの衣装も運んでおいてほしい』
何かの役に立つかもしれないから、とのことだ。
確かに着替えはあるに越したことはない……か? と、微妙に疑問を残しつつも納得し、スポーツバッグ二つ分の衣装を神代と手分けして運んだ。
その後はいつもの身体にぴっちりしたスポーツウェアを着て、その上から体操着を羽織る。ジャージは動きの邪魔になる可能性があるので、ひとまず畳んだまま持っていくことにする。
着替えの後、神代は残った時間で準備運動を始めた。
準備運動、と言いつつも、知尋からするとかなりハードな内容だったりするのだが。
「調子はどう?」
「ああ、万全に近いよ。それにわくわくしてる。他校の生徒と戦える機会なんて滅多にないからさ」
答えた彼の顔には確かに笑みが浮かんでいる。
なかなかのバトルジャンキーぶり。
だからこそ、彼が沙雪や不破の目に留まったのだろう。
「それに、君にリベンジするためにも、ここで負けてはいられない」
「……あはは。授業ではしょっちゅう負けてるけどね」
「いや、本気の君にさ」
――だとしても、あの時の勝利は様々な要因の重なった結果だが。
言葉に意味はないだろうと、知尋は言うのを止めた。
女子達と合流し訓練場へ移動。
再度、四校が集合すると、当然ながら全員が戦闘モードとなっていた。
九州・柴甲学園のウェアは全員、黒で統一されていた。
男子だけのチームということも重なって重厚感があり、なんだか強そうだ、と子供みたいな感想を抱いてしまう。
大阪・柴龍学園は柴鳳と同じく思い思いのウェア構成。この辺りは男女混合のチーム故だろう。
そして札幌・柴鶴学園のトレーニングウェアは全員白だった。少女達のしなやかな肢体をぴっちりした薄手の伸縮素材が覆い、身体のラインをはっきりと浮き立たせている。防寒の関係もあって体操着やジャージを上に着こんではいるが……。
「うわ、あれ透けないんですかね?」
一目見た華が知尋の隣で呟いた。
同性らしい発想と言うべきか、おじさん臭いと言ってやるべきか。
「透けて欲しかったりする?」
「悪くはないですけど、あからさまなセクシー路線はマイナスです」
表情も変えずに返された。さすが、華はブレない。
まあ知尋としても、あれはきっと灰人の趣味なのだろうな……とか思うと複雑な気分になるので、あまり人のことは言えないのだが。
「知尋君!」
と、訓練場の端の方から声。
観戦に来たらしい生徒や教員、視察なのかスーツ姿を着た見慣れない人物などが並ぶ中に愛華達の姿があった。鈴はスーツ、他の面々は制服を纏っている。
手を振る愛華に笑顔で振り返すと、愛華の傍にいる李狐が「またこいつらは」という顔をした。
そこへ。
「おお、さっきの子!」
今度は別方向から声がした。
知尋達からそう遠くない位置、黒ウェアの柴甲学園だった。見れば黒い一団の中に、開会式で見なかった顔が一つ混じっている。
身長百七十センチほど。八重歯と快活そうな表情が印象的な少年である。
彼は肩に何やら長いものを立てかけているが、あれは――。
「槍、か。厄介だな」
武器。
とすると、もしや彼が柴甲の切り札。
「さっきはありがとうなー! お蔭で助かったよー!」
知尋の思考をよそに、少年は観客側に何やら話しかけている。彼の視線の先にいるのは……愛華だ。
彼女の方は何やら困ったような愛想笑い。
さっき、とは、彼女達が学園に来る途中で何かあったのだろうか。
「勝也。あの子がさっき言ってた子か?」
「あー、確かに可愛いな。俺は隣の子の方が好みだけど」
「告白して振られたんだっけ」
……告白?
一体何があったのか余計に気になる単語が聞こえた。
といっても問い質すわけにもいかないし……と思っていると、勝也と呼ばれた少年は一歩、前に進み出て声を張り上げた。
「もう一回お願いします、俺と付き合って下さい!」
「な」
驚きのあまり硬直する。
とりあえず怒りに任せて殴りかかったら失格になるだろうか。
「ごめんなさい。私、付き合ってる人がいるので」
幸い愛華はすぐに断りを入れてくれた。
数歩、観客席から歩み出て頭を下げる彼女に、少年はなおも食い下がる。
「く、俺の天使はガードが堅いぜ。じゃあ、せめてどんな奴と付き合ってるのか教えてくれよ」
「……いや、天使って」
「白衣の天使、って意味ではあんまり間違ってませんけど」
「あの人は明らかに違う意味で使ってるよね」
華に混ぜっ返され、つい本気で返したら呆れ顔をされた。
高槻さんですし別に心配する必要もないと思いますけど、という華の呟きに続くように愛華が答えた。
「あの人です」
すっ、と指が示すのは当然ながら知尋の姿。
すると少年の視線がこちらに向いて矢のように突き刺さった。敵意というか対抗意識が剥き出しだ。
「お前か。……弱そうだな」
「………」
何と答えたものか。
面と向かって「弱そう」と言われた知尋は、さすがに頭に来るものを感じて眉間に皺を寄せた。
しかし「悪かったな」とか返したら完全に喧嘩モードである。
「人の彼女を勝手に誘わないでください」
実際に出た言葉も大差なかったかもしれないが。
棘のある知尋の発言に、少年がぴくりと眉を動かした。
「お前もこの種目に出るのか? だったらぜひ戦ってみたいんだけど」
「悪いけど、この種目に出るのは俺なんだ」
そこで長身の少年が割って入った。
自身と目線の高さがそう変わらない神代を見た少年は、へえ、と口元を崩した。
「せっかくだからそっちの奴と戦ってみたかったけど、これはこれで楽しめそうだな」
「それは良かった。俺も、恥ずかしい戦いをするつもりはないよ」
「そっか。んじゃ、正々堂々と戦ろうぜ」
すっと少年が差し出した手を神代が握り返し、二人は別れた。
案外、あの少年は単純な性格なのかもしれない。
ごめん、と、こちらに手で示してくる愛華に笑って答えた後、神代にありがとうとお礼を言った。
「いや。俺としても、恋人同士に横入りするのは好きじゃないから」
爽やかに笑う彼の表情から他の感情は読み取れなかった。
彼もまだ愛華に未練がある……のでなければいいのだが。
思いながら視線を観客席に戻すと、小柄な少女の姿が目に入る。
「神代悠希ーっ! 負けたら承知しないからねー!」
「神代君にも熱心に応援してくれる人がいるんだね」
「はは。ああ、ありがたいな」
神代は笑って、腕をぐっと持ち上げてみせた。
「では、これより四校合同学校対抗戦の第一種目を開始します」
仕切り役のスタッフが宣言し、一同が口を閉ざした。
まずはルール説明から。急所狙い禁止などの基本的な項目の他、大事な要素として、一回戦は二組同時に行うことが伝えられた。
「一回戦の組み合わせは柴鳳学園と柴甲学園、柴龍学園と柴鶴学園の組み合わせになります」
どうやら一回戦から「絶対のエース」と当たることになったらしい。
しかし神代の目に気負いはなかった。彼は示されたブースに先程の少年と一緒に移動していく。知尋達はやや離れた、邪魔にならない位置に陣取った。
「柴鳳学園・神代悠希対、柴甲学園・源勝也」
「はい」
「はい」
二人が頷き、数歩の距離を置いて向かい合う。
少年――源は神代の見立て通り、木製の槍を携えていた。先端は丸く綿で覆われているため、直撃しても大怪我をする恐れはない。
なお、審判はやはり対抗戦の運営スタッフが務めるらしい。これも公平を期すためということだろう。
スタッフが灰人に抱きこまれている可能性――なんていうのはわからないが、少なくともこの戦いは勝利条件が明確に設定されている。審判が一方に肩入れしようとしても勝敗に影響は出ないはずだ。
「では、始め!」
合図と共に、二人の少年が同時に動き出した。
と思った次の瞬間、源の姿がふっと消えていた。