一秒に満たない間の後、どん! と、重い音がして、神代が半ば吹き飛ばされるように後退する。
気づけば源が、槍を振りぬいたと思しき姿勢で立っていた。
「かすっただけか。運がいいな」
言って彼は槍をゆっくり構え直す。
その間に、神代も態勢を立て直していた。源の言った通り致命傷にはなっていないようで、一度、かすかにふらついた後はしっかりと立つ。
「今のって、消えたわけじゃなくて……」
「急に加速した、ように見えましたね」
予想したよりずっとスピードが速かったため消えたように見えたのだ。
速さは、殺すことなく打撃に乗せることができれば威力に転換される。先の振りぬかれた槍の柄も、かなりの威力を持っていたはずだ。
打ち所が悪ければ、一撃で戦闘不能に陥りかねない程に。
そんなものを開幕早々に披露されてはたまったものではない。直撃しなかったのは本当に幸いだ。
――しかし、不自然なまでの速さと、それを乗せた攻撃というのは。
「まさか『ベクトル操作』……?」
「それは、確かに絶対のエースに相応しいけれど」
「そんなもん持ってこられたら殆ど勝ち目ないわね」
知尋の姉、楓が持つ能力『ベクトル操作』。
Aランクに認定されているその能力は、一対一の試合形式においてはほぼ絶対的な強さを持つ。もちろん練度に左右される部分もあるが、知尋の想像が正しいのであれば、この戦いは絶望的になる。
楓と直接戦った経験のある神代にも、それは分かっているはずだ。
「今のは危なかったな」
言って構え、また両者同時に動き出す。
どんっ!
またも衝撃音。
神代の左側面から横薙ぎに振るわれた一撃を、神代がからくもガードしていた。左右の腕を両側に差し出し、防御範囲を広げていたらしい。
しかしもちろん、防いでもダメージがまるまる殺せるわけではなく。
「ぐっ」
「……なるほど。やるなお前。どこに来るか賭けてたって言っても、普通の奴じゃ防御が間に合わないってのに」
源が感嘆しながら槍を戻す。
こちらも中々のバトルジャンキーらしく、強敵の気配に笑みを浮かべている。
「君もね。その速さは、どういう能力の効果なのかな?」
「それ言ったらつまらないだろ? お互いに、な」
「確かに」
「……いや、丁寧に説明してくれた方が楽でいいんですけど」
『同感』
華と万里歌の呟きに、知尋は確かにと思う。
強敵を相手に、能力を解明しながら戦うなんて辛すぎる。
と、神代が不敵な表情を見せた。
「俺も、能力のよくわからない相手と戦うのは慣れてるからね」
「誰のことでしょうね」
「……さ、さあ」
などと言っているうちに少年達が三度行動を開始。
やはり交錯は似たような展開を辿った。
源が槍の柄を杖のようにして高速で振るい、神代を襲ったのだ。神代はこれも腕で防いだものの、今回はそこで攻撃が止まなかった。
二度、三度と振るわれる攻撃に、神代は防御で手一杯となってしまう。
「守ってるだけじゃ勝てないぜ!」
源の言うことはもっともだが、かといって攻撃に転じようにも相手が早すぎる。
右側面に回り込んだ源の一回転するような柄の一撃を防ぎ、反対の拳を叩き込もうとすれば、源は軽いステップで一足の間合いから遠ざかってしまう。
かと思えば今度は神代の左側面に移動し、更に後方に回り込んで上からの一撃。クロスした腕を掲げて防ぐと、反撃はどうしても一手遅れる。
その前に源は距離を取り、もう一撃、下から掬い上げるように脇腹を狙ってくる。
回り込む位置も、攻撃の軌道もバラバラ。これを高速で行われればついていくだけで精一杯。むしろ防御し続けられている神代が凄いと言わざるを得ない。
槍と言いつつ、源はそれを杖の要領で使用している。
木製の模造品なので刃が付いていないこともあるが、突くのではなく振って使う方がバリエーションが広いからだろう。
上段下段は思いのままだし、木刀に比べてリーチも広い。遠心力を利用することで威力も乗る。……長物になる分、筋力と技術は必要になるものの、使いこなせれば凶悪な武器となる。
「私とは相性が悪いわね。防ぎながら見切るにしても体が持たない」
知尋なら『痛覚軽減』『刺激共有』のコンボでダメージを度外視できるが、今度は源のスピードに対処できるかが怪しい。
総合的に見て、神代が出たのは正解だったと言えそうだが――。
「このままじゃ神代君の身体だって」
「……いえ。そろそろ戦況が動くわ」
何度目か、遠目で見ていても追いきれなくなり始めた交錯で、それは起こった。
がっ!
左斜め上から振り下ろされた槍の柄を、神代の左腕がしっかりと受け止めた。直後、アッパー気味の右拳が源を襲うも、これはギリギリでかわされる。
「ようやく、目が慣れてきたよ」
「っ。お前、戦い慣れてるな。ついでにガタイもいい」
「出来る限りの訓練は積んできたさ」
度重なる戦闘訓練で、神代の動体視力は相当に鍛えられている。
加えて彼の『身体強化』を生かせば、相手が移動する間に反応したり、攻撃を防ぎつつ反撃することも十分可能。
「なら、試してやるっ!」
吠えた源が攻撃を再開。
またも縦横無尽に槍の柄が襲い掛かるも、神代はそれを的確にガード。
上から来れば片腕を掲げて防ぎつつ反対の拳で肩を狙い、横から来れば腹を狙った。下からなら近い方の腕で防いだうえですぐさま回し蹴りを放つ。
源もヒット&アウェイを繰り返して反撃を阻止していたが、遂に。
「ぐっ……」
神代の回し蹴りが源の脇腹に食い込んだ。
鍛えられた彼の蹴技は決して軽くない。ちっ、と舌打ちと共に長めに距離を取って槍を構えた。
「驚いたぜ」
鋭い眼光が神代を射抜く。
「いくら防いでても、あれだけ食らってたら普通へばるだろ」
「生憎、もっと理不尽なダメージも経験あるんだよ」
真里亜の『報復で』自分の攻撃ダメージを返されたり、知尋の『刺激増幅』で妙に重い一撃を食らったり。
思えば酷いことをしているものだが、それが今の神代の糧になっている。
「それと、君の能力は加速、だね」
「………」
槍を構える源の腕が僅かに動いた。
「それも、基本的に自分自身の直線運動を加速する能力だ。円を描いた移動なんかは曲がり角を作って対応してる」
「くそ、良く分かったな」
案外、素直に源が認めた。
――成程、どうやら『ベクトル操作』ではなかったらしい。自分自身の動きにしか使えず、相手の攻撃を逸らしたりもできないとなると、基本的には楓の能力の下位互換ということになるか。
スピードだけ見た場合に源に軍配が上がる可能性は高いし、だとすると一撃の威力も馬鹿にならないが。
まさか、絶対のエースの手の内がこれで終わりということはあるまい。
「……なら、そろそろ速度を上げるぜっ!」
宣言通り。
ぐんっ、と、源のスピードが上がった。
知尋達も遠目なら状況を把握できるようになっていたが、また一瞬、彼が消えたように見えてしまった。
どんっ!
「ぐあっ!?」
ガードが間に合わなかった。
神代の脇腹、先程、源が食らった回し蹴りと同じ位置に槍の柄がめり込んでいる。
にっ、と源が笑った。
「さあ、次だっ」
攻撃の嵐。
そう、表現するしかなかった。
まともに対処できないのなら軌道は甘くてもいい、とばかりの乱打。神代もウィークポイントをずらしたり、勘頼りに防いだりしているものの完全ではない。
じりじり、じりじりと体力が削られていく。
「何で、最初から全力で行かなかったんですかね?」
華の呟きにルシルが答えた。
「格好いいから、って言いだしても驚かないけど……身体にも反動があるんじゃない? 無理矢理身体を加速させてるなら、筋肉に負担があるのも当然でしょ」
「なるほど」
並の相手なら最初の一撃で沈んでいたのだから、無理をする必要はなかった、ということか。
ただ、今はもうそういった打算が吹き飛んでいるように見える。
強い相手と戦えるのが嬉しいというように、源は何度も槍を振るう。そして神代も、勝利を諦めてはいなかった。
がっ!
「おお?」
追いついた。
優に十回は超える回数の被弾を経て再度、完全なガードが成功。
お返しに放たれる左ストレートを、源が高速で回避した。
「外したか」
言いつつも、神代は再び拳を握りしめる。
一撃必殺。そう顔に書いてある。
ははっ、と源の声。
「しぶといな、お前」
「まだまだ。俺のしぶとさはこんなものじゃないさ」
だから、と神代は言葉を続けた。
「突きで来るといい」
「……いいのか?」
「ああ。一発勝負。『加速』の乗った突きを俺がかわすか耐えるかして、反撃を入られれば勝ち。できなければ負け。わかりやすく行こう」
――『加速』の乗った突き。
源の能力をどう使ったらもっとも威力が出るか、考えて見れば簡単な道理だ。中世の騎士が行うランスチャージのように、単に槍を構えて突撃すればいい。
ただ、いくら先端に綿が仕込まれているといっても、あの速さで繰り出される突きは威力が高すぎる。神代のように頑丈な相手で、しかも同意の上でなければとても使えない。
それを神代は、敢えて使うように求めた。
イチかバチか捨て身の戦法だ。源の加速力は強力な武器であると同時に、カウンターを決められれば逆に身を滅ぼしかねない諸刃の剣。
相手のスピードをそのまま利用して相手を倒す算段。
もちろん、乗るか乗らないかは源次第だが。
「いいぜ。面白そうだ」
お互い単純馬鹿同士。
源はあっさり了承すると深く腰を落とし、一撃必殺の構えに移行した。試合を見守る柴甲学園の面々がそれぞれ、あちゃー、という顔をする。
ああなったら止まらない、ということだろう。
「合図は?」
「いつでも構わない。そっちの動きにこっちが合わせる」
「そうかよ。なら――」
一呼吸か、二呼吸。
動きが早すぎて殆ど何の予備動作も見えないまま、源が強く床を蹴った。
速い。
槍を振るという余計な動作が無い分、洗練されて無駄が減っている。
本当に一瞬としか思えない間に、二人の最後の一撃は終わっていた。
衝撃音。
知尋は何度か瞬きをして結果を確認する。
神代と源は、相手から数メートルの距離に仰向けで倒れていた。
相討ちだろうか。激突の衝撃で吹き飛ばされたらしい。数秒間、ぴくりとも動かない二人を、固唾を飲んで見守る。
華が慌てて声を上げる。
「え、死んでないですよね?」
『それは大丈夫。なはず』
「はず、じゃ困るんですけど!?」
もちろん、対抗戦にあたっては有事のために校医が待機しているし、観客の中に愛華もいる。
ただ、それも死んでからでは間に合わない。
しかし、今回は大事には至らなかった。
ほぼ同時に二人が動いたのだ。
「かはっ」
ややくぐもった音と共に、肺に溜めこんでいた空気を吐き出す神代と源。
胸をゆっくり上下させ始めた二人に、代表メンバーのみならず、その場にいる殆どの者が胸を撫で下ろす。
となれば、後はどちらが先に立ち上がるか、もう一方が立ち上がれるか否かだが。
「……くっ」
先に動いたのは神代だ。
膝を折り曲げて足裏を床につける。腕と足の力を総動員し、殆ど意地といった装いで立ち上がった。
直後によろけて倒れそうになり、知尋は彼に駆け寄りたくなるのを必死に堪える。
まだ試合は終わっていない。今、助けに出たら神代が失格になる。
「相手の子は……」
ぴくり。
源も一分程遅れて腕を動かした。ぐっ、と、残る力で半身を起こして神代を見る。
ダメージを負った直後だ。限界ギリギリといった見た目だが、瞳だけは鋭さを失っていない。
彼の唇が開き、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺の負けだ」
決して大きくない声が場内にしん、と伝わった。
「いいのかい? 余力があるなら続けても……」
「いや、無理だ」
源は苦笑しながら首を振った。
「休めばまだ戦えるだろうけど、今すぐ起きられる気がしねえ。速さには自信があったけど、タフさじゃお前の方が上だったな」
「……そうか」
深く頷いた神代が、源の傍まで歩み寄って手を差し出した。
少年たちはしっかりと手を握り合い、お互いに立ち上がって笑みを浮かべる。
「勝者、柴鳳学園・神代悠希!」
直後、スタッフがそう宣言した。
「青春って感じね。汗臭そうだけど」
「……あはは」
呟いたルシルの声も、台詞の内容ほど刺々しいものではなかった。
知尋は苦笑しつつ、ほっと胸を撫で下ろす。
……そういえば、向こうはどうなったのだろう。
二回戦は、一回戦が両方終わってから五分のインターバルの後に始まる手はず。もしまだ続いているならその分、神代が休む時間が増えることになるが。
視線をもう一つのブースに向け――硬直した。
向こうの生徒達がほぼ全員、こちらに注視していたからだ。
その理由は、つまり一回戦の試合がとっくに終わっていたからで、
「ふうん。ボクの次の相手はそっちか。……結構ボロボロだけど、大丈夫?」
殆ど疲弊した様子もなく。
白のトレーニングウェアの上から黒いTシャツ、短パンを身に着けたボーイッシュな少女、早稀が不敵な笑みでこちらを見ていた。
一回戦、柴鶴学園対柴龍学園――勝者、柴鶴学園・白浜早稀。