※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百四十九話 第一種目一回戦 高速の槍使い

 一秒に満たない間の後、どん! と、重い音がして、神代が半ば吹き飛ばされるように後退する。

 気づけば源が、槍を振りぬいたと思しき姿勢で立っていた。

 

「かすっただけか。運がいいな」

 

 言って彼は槍をゆっくり構え直す。

 その間に、神代も態勢を立て直していた。源の言った通り致命傷にはなっていないようで、一度、かすかにふらついた後はしっかりと立つ。

 

「今のって、消えたわけじゃなくて……」

「急に加速した、ように見えましたね」

 

 予想したよりずっとスピードが速かったため消えたように見えたのだ。

 速さは、殺すことなく打撃に乗せることができれば威力に転換される。先の振りぬかれた槍の柄も、かなりの威力を持っていたはずだ。

 打ち所が悪ければ、一撃で戦闘不能に陥りかねない程に。

 そんなものを開幕早々に披露されてはたまったものではない。直撃しなかったのは本当に幸いだ。

 

 ――しかし、不自然なまでの速さと、それを乗せた攻撃というのは。

 

「まさか『ベクトル操作』……?」

「それは、確かに絶対のエースに相応しいけれど」

「そんなもん持ってこられたら殆ど勝ち目ないわね」

 

 知尋の姉、楓が持つ能力『ベクトル操作』。

 Aランクに認定されているその能力は、一対一の試合形式においてはほぼ絶対的な強さを持つ。もちろん練度に左右される部分もあるが、知尋の想像が正しいのであれば、この戦いは絶望的になる。

 楓と直接戦った経験のある神代にも、それは分かっているはずだ。

 

「今のは危なかったな」

 

 言って構え、また両者同時に動き出す。

 どんっ!

 またも衝撃音。

 神代の左側面から横薙ぎに振るわれた一撃を、神代がからくもガードしていた。左右の腕を両側に差し出し、防御範囲を広げていたらしい。

 しかしもちろん、防いでもダメージがまるまる殺せるわけではなく。

 

「ぐっ」

「……なるほど。やるなお前。どこに来るか賭けてたって言っても、普通の奴じゃ防御が間に合わないってのに」

 

 源が感嘆しながら槍を戻す。

 こちらも中々のバトルジャンキーらしく、強敵の気配に笑みを浮かべている。

 

「君もね。その速さは、どういう能力の効果なのかな?」

「それ言ったらつまらないだろ? お互いに、な」

「確かに」

「……いや、丁寧に説明してくれた方が楽でいいんですけど」

『同感』

 

 華と万里歌の呟きに、知尋は確かにと思う。

 強敵を相手に、能力を解明しながら戦うなんて辛すぎる。

 と、神代が不敵な表情を見せた。

 

「俺も、能力のよくわからない相手と戦うのは慣れてるからね」

「誰のことでしょうね」

「……さ、さあ」

 

 などと言っているうちに少年達が三度行動を開始。

 やはり交錯は似たような展開を辿った。

 源が槍の柄を杖のようにして高速で振るい、神代を襲ったのだ。神代はこれも腕で防いだものの、今回はそこで攻撃が止まなかった。

 二度、三度と振るわれる攻撃に、神代は防御で手一杯となってしまう。

 

「守ってるだけじゃ勝てないぜ!」

 

 源の言うことはもっともだが、かといって攻撃に転じようにも相手が早すぎる。

 右側面に回り込んだ源の一回転するような柄の一撃を防ぎ、反対の拳を叩き込もうとすれば、源は軽いステップで一足の間合いから遠ざかってしまう。

 かと思えば今度は神代の左側面に移動し、更に後方に回り込んで上からの一撃。クロスした腕を掲げて防ぐと、反撃はどうしても一手遅れる。

 その前に源は距離を取り、もう一撃、下から掬い上げるように脇腹を狙ってくる。

 回り込む位置も、攻撃の軌道もバラバラ。これを高速で行われればついていくだけで精一杯。むしろ防御し続けられている神代が凄いと言わざるを得ない。

 

 槍と言いつつ、源はそれを杖の要領で使用している。

 木製の模造品なので刃が付いていないこともあるが、突くのではなく振って使う方がバリエーションが広いからだろう。

 上段下段は思いのままだし、木刀に比べてリーチも広い。遠心力を利用することで威力も乗る。……長物になる分、筋力と技術は必要になるものの、使いこなせれば凶悪な武器となる。

 

「私とは相性が悪いわね。防ぎながら見切るにしても体が持たない」

 

 知尋なら『痛覚軽減』『刺激共有』のコンボでダメージを度外視できるが、今度は源のスピードに対処できるかが怪しい。

 総合的に見て、神代が出たのは正解だったと言えそうだが――。

 

「このままじゃ神代君の身体だって」

「……いえ。そろそろ戦況が動くわ」

 

 何度目か、遠目で見ていても追いきれなくなり始めた交錯で、それは起こった。

 がっ!

 左斜め上から振り下ろされた槍の柄を、神代の左腕がしっかりと受け止めた。直後、アッパー気味の右拳が源を襲うも、これはギリギリでかわされる。

 

「ようやく、目が慣れてきたよ」

「っ。お前、戦い慣れてるな。ついでにガタイもいい」

「出来る限りの訓練は積んできたさ」

 

 度重なる戦闘訓練で、神代の動体視力は相当に鍛えられている。

 加えて彼の『身体強化』を生かせば、相手が移動する間に反応したり、攻撃を防ぎつつ反撃することも十分可能。

 

「なら、試してやるっ!」

 

 吠えた源が攻撃を再開。

 またも縦横無尽に槍の柄が襲い掛かるも、神代はそれを的確にガード。

 上から来れば片腕を掲げて防ぎつつ反対の拳で肩を狙い、横から来れば腹を狙った。下からなら近い方の腕で防いだうえですぐさま回し蹴りを放つ。

 源もヒット&アウェイを繰り返して反撃を阻止していたが、遂に。

 

「ぐっ……」

 

 神代の回し蹴りが源の脇腹に食い込んだ。

 鍛えられた彼の蹴技は決して軽くない。ちっ、と舌打ちと共に長めに距離を取って槍を構えた。

 

「驚いたぜ」

 

 鋭い眼光が神代を射抜く。

 

「いくら防いでても、あれだけ食らってたら普通へばるだろ」

「生憎、もっと理不尽なダメージも経験あるんだよ」

 

 真里亜の『報復で』自分の攻撃ダメージを返されたり、知尋の『刺激増幅』で妙に重い一撃を食らったり。

 思えば酷いことをしているものだが、それが今の神代の糧になっている。

 

「それと、君の能力は加速、だね」

「………」

 

 槍を構える源の腕が僅かに動いた。

 

「それも、基本的に自分自身の直線運動を加速する能力だ。円を描いた移動なんかは曲がり角を作って対応してる」

「くそ、良く分かったな」

 

 案外、素直に源が認めた。

 ――成程、どうやら『ベクトル操作』ではなかったらしい。自分自身の動きにしか使えず、相手の攻撃を逸らしたりもできないとなると、基本的には楓の能力の下位互換ということになるか。

 スピードだけ見た場合に源に軍配が上がる可能性は高いし、だとすると一撃の威力も馬鹿にならないが。

 まさか、絶対のエースの手の内がこれで終わりということはあるまい。

 

「……なら、そろそろ速度を上げるぜっ!」

 

 宣言通り。

 ぐんっ、と、源のスピードが上がった。

 知尋達も遠目なら状況を把握できるようになっていたが、また一瞬、彼が消えたように見えてしまった。

 どんっ!

 

「ぐあっ!?」

 

 ガードが間に合わなかった。

 神代の脇腹、先程、源が食らった回し蹴りと同じ位置に槍の柄がめり込んでいる。

 にっ、と源が笑った。

 

「さあ、次だっ」

 

 攻撃の嵐。

 そう、表現するしかなかった。

 まともに対処できないのなら軌道は甘くてもいい、とばかりの乱打。神代もウィークポイントをずらしたり、勘頼りに防いだりしているものの完全ではない。

 じりじり、じりじりと体力が削られていく。

 

「何で、最初から全力で行かなかったんですかね?」

 

 華の呟きにルシルが答えた。

 

「格好いいから、って言いだしても驚かないけど……身体にも反動があるんじゃない? 無理矢理身体を加速させてるなら、筋肉に負担があるのも当然でしょ」

「なるほど」

 

 並の相手なら最初の一撃で沈んでいたのだから、無理をする必要はなかった、ということか。

 ただ、今はもうそういった打算が吹き飛んでいるように見える。

 強い相手と戦えるのが嬉しいというように、源は何度も槍を振るう。そして神代も、勝利を諦めてはいなかった。

 

 がっ!

 

「おお?」

 

 追いついた。

 優に十回は超える回数の被弾を経て再度、完全なガードが成功。

 お返しに放たれる左ストレートを、源が高速で回避した。

 

「外したか」

 

 言いつつも、神代は再び拳を握りしめる。

 一撃必殺。そう顔に書いてある。

 ははっ、と源の声。

 

「しぶといな、お前」

「まだまだ。俺のしぶとさはこんなものじゃないさ」

 

 だから、と神代は言葉を続けた。

 

「突きで来るといい」

「……いいのか?」

「ああ。一発勝負。『加速』の乗った突きを俺がかわすか耐えるかして、反撃を入られれば勝ち。できなければ負け。わかりやすく行こう」

 

 ――『加速』の乗った突き。

 源の能力をどう使ったらもっとも威力が出るか、考えて見れば簡単な道理だ。中世の騎士が行うランスチャージのように、単に槍を構えて突撃すればいい。

 ただ、いくら先端に綿が仕込まれているといっても、あの速さで繰り出される突きは威力が高すぎる。神代のように頑丈な相手で、しかも同意の上でなければとても使えない。

 それを神代は、敢えて使うように求めた。

 イチかバチか捨て身の戦法だ。源の加速力は強力な武器であると同時に、カウンターを決められれば逆に身を滅ぼしかねない諸刃の剣。

 相手のスピードをそのまま利用して相手を倒す算段。

 もちろん、乗るか乗らないかは源次第だが。

 

「いいぜ。面白そうだ」

 

 お互い単純馬鹿同士。

 源はあっさり了承すると深く腰を落とし、一撃必殺の構えに移行した。試合を見守る柴甲学園の面々がそれぞれ、あちゃー、という顔をする。

 ああなったら止まらない、ということだろう。

 

「合図は?」

「いつでも構わない。そっちの動きにこっちが合わせる」

「そうかよ。なら――」

 

 一呼吸か、二呼吸。

 動きが早すぎて殆ど何の予備動作も見えないまま、源が強く床を蹴った。

 速い。

 槍を振るという余計な動作が無い分、洗練されて無駄が減っている。

 本当に一瞬としか思えない間に、二人の最後の一撃は終わっていた。

 

 衝撃音。

 知尋は何度か瞬きをして結果を確認する。

 

 神代と源は、相手から数メートルの距離に仰向けで倒れていた。

 

 相討ちだろうか。激突の衝撃で吹き飛ばされたらしい。数秒間、ぴくりとも動かない二人を、固唾を飲んで見守る。

 華が慌てて声を上げる。

 

「え、死んでないですよね?」

『それは大丈夫。なはず』

「はず、じゃ困るんですけど!?」

 

 もちろん、対抗戦にあたっては有事のために校医が待機しているし、観客の中に愛華もいる。

 ただ、それも死んでからでは間に合わない。

 しかし、今回は大事には至らなかった。

 

 ほぼ同時に二人が動いたのだ。

 

「かはっ」

 

 ややくぐもった音と共に、肺に溜めこんでいた空気を吐き出す神代と源。

 胸をゆっくり上下させ始めた二人に、代表メンバーのみならず、その場にいる殆どの者が胸を撫で下ろす。

 となれば、後はどちらが先に立ち上がるか、もう一方が立ち上がれるか否かだが。

 

「……くっ」

 

 先に動いたのは神代だ。

 膝を折り曲げて足裏を床につける。腕と足の力を総動員し、殆ど意地といった装いで立ち上がった。

 直後によろけて倒れそうになり、知尋は彼に駆け寄りたくなるのを必死に堪える。

 まだ試合は終わっていない。今、助けに出たら神代が失格になる。

 

「相手の子は……」

 

 ぴくり。

 源も一分程遅れて腕を動かした。ぐっ、と、残る力で半身を起こして神代を見る。

 ダメージを負った直後だ。限界ギリギリといった見た目だが、瞳だけは鋭さを失っていない。

 彼の唇が開き、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「俺の負けだ」

 

 決して大きくない声が場内にしん、と伝わった。

 

「いいのかい? 余力があるなら続けても……」

「いや、無理だ」

 

 源は苦笑しながら首を振った。

 

「休めばまだ戦えるだろうけど、今すぐ起きられる気がしねえ。速さには自信があったけど、タフさじゃお前の方が上だったな」

「……そうか」

 

 深く頷いた神代が、源の傍まで歩み寄って手を差し出した。

 少年たちはしっかりと手を握り合い、お互いに立ち上がって笑みを浮かべる。

 

「勝者、柴鳳学園・神代悠希!」

 

 直後、スタッフがそう宣言した。

 

「青春って感じね。汗臭そうだけど」

「……あはは」

 

 呟いたルシルの声も、台詞の内容ほど刺々しいものではなかった。

 知尋は苦笑しつつ、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 ……そういえば、向こうはどうなったのだろう。

 

 二回戦は、一回戦が両方終わってから五分のインターバルの後に始まる手はず。もしまだ続いているならその分、神代が休む時間が増えることになるが。

 視線をもう一つのブースに向け――硬直した。

 向こうの生徒達がほぼ全員、こちらに注視していたからだ。

 その理由は、つまり一回戦の試合がとっくに終わっていたからで、

 

「ふうん。ボクの次の相手はそっちか。……結構ボロボロだけど、大丈夫?」

 

 殆ど疲弊した様子もなく。

 白のトレーニングウェアの上から黒いTシャツ、短パンを身に着けたボーイッシュな少女、早稀が不敵な笑みでこちらを見ていた。

 

 一回戦、柴鶴学園対柴龍学園――勝者、柴鶴学園・白浜早稀。

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