「動かないでくださいね。時間ないんですから」
「ああ。わかってる。ここで無駄に暴れるほど子供じゃないよ」
床にあぐらをかいた神代の身体に、華がそっと手をかざしている。
華の手からはぽうっと暖かな光が漏れ、光が当たったところを中心に癒していく。言わずと知れた、愛華の『治癒』の力である。
第一種目・一回戦の終了後、華はダッシュで観客席まで行き、愛華から『治癒』を『略奪』。
『仕方ないですね。ストックの幅が狭くなるのはマイナスですけど』
二回戦の勝率を上げる方が重要だとして、すぐさま神代の治療にかかった。
五分のインターバル中の完治は不可能だが、可能な限り回復させる態勢だ。
この間、知尋にできることはない。
せめて邪魔をしないようにと数歩その場を離れたところで、愛華が観客席からこちらに歩み寄ってきているのに気づいた。
目が合うと、彼女は微笑んでウインク。
そのまま、休んでいる源へ近づいていく。
「負けちゃったね」
呼びかけられた源は一瞬、嬉しそうに顔を輝かせるも、すぐに引き締めた。
「ああ。格好悪いところ見せちまった」
「ううん、格好良かったよ」
「そうか? なら、俺にもチャンスが」
「ごめん、それは無いかな」
虫の良い反応をする源を、ばっさり斬って捨てる愛華。
彼女は知尋を振り返って駆け寄るとおもむろに唇を寄せてきた。
「なっ!? 羨ましい」
頬に一瞬触れるだけのキスに、源が悲鳴を上げた。
愛華はもう一度彼を見ると悪戯っぽく笑った。
「私はこの人と別れるつもりないもん」
「……くっ。このリア充がっ」
苛立たしげに睨まれた。
爽やか格闘系っぽい源だが、青春を謳歌する同性は許せないらしい。
(愛華姉様、どんどん小悪魔系になってない?)
(……あはは。そうかも)
ちさとの呟きに苦笑してから、源にも一言、言っておこうと彼に歩み寄った。
「個人的な試合で良かったら、いつでも受けるよ」
「へえ。勝つ自信があるってか?」
「……いや、それは正直、厳しいと思うけど」
神代をあれだけボロボロにする相手とどう戦えばいいのか、少なくとも今の段階では全く思いつかない。
と、知尋についてきた愛華が首を傾げながら言う。
「でも、知尋君は神代君に一回勝ってるよ」
「何!?」
「あ、愛華」
割と聞き捨てならない言葉だったらしい。
その後、源が妙に勢いづいてしまい大変だった。残りの種目で対決する機会が無ければ本当に勝負を挑まれそうで戦々恐々としてしまう。
そんなこんなで五分が経過。
短い時間だったものの、休息と『治癒』の効果は明確に上がった。再度、神代が立ち上がると、今度はふらつくことなくしっかりと立った。
四葉が穏やかに、しかし真剣な表情で尋ねる。
「神代君、勝算は?」
「正直、わかりません。でも、絶対に勝てない相手じゃないはずです」
答えた神代は柴鶴学園の面々へと視線を向ける。その中にいる白浜早稀は、リラックスした表情で伸びをしていた。
疲労とダメージの差は歴然。加えて彼女の能力は――。
ルシルが目を細めながら告げる。
「悠希。向こうの試合も横目で見てたけど、あの子、やっぱり『消える』みたい」
姿を消したまま柴龍学園の生徒を滅多打ち。
対策を練られないでいるうちにそのままノックアウトしてしまったらしい。
「わかりました。注意します」
ふっと微笑み、頷く神代。
漠然と注意するだけで、どうにかなるものでもないだろうが、果たして。
見守ることしかできないのも歯がゆいものだと、きゅっと唇を引き結んでいると、傍で華が立ち上がるのが見えた。
「……さて。和泉君、『睡眠促進』貸してください」
「え。いいけど、どうして?」
「鈍いですね。試合中に少しでも寝て体力を回復させるんですよ」
愛華の『治癒』は消耗がかなり大きい。
怪我を高速で治す代償としては安いものだが、あまり乱発していては華の身体が持たなくなる。休める時にできるだけ休んでおくべきだ。たとえ五分でも眠れれば、その効果は三倍になって返ってくる。
知尋は頷き、華と『略奪』の作業を済ませた。
見つめあったまま五秒間。
こうするのは案外、初めて『読心』を奪われた時以来だろうか。などと思っていると華がうっすら頬を染めているのが見えてこちらも恥ずかしくなった。
「……終わりました。じゃあ、私は隅の方で寝ています」
「うん。結果は後で話すから」
歩き去る華を見送ると、ちょうど二回戦の試合が始まろうとしていた。
表情を引き締めた神代。
平然と立ち、手に木刀を下げた早稀。
『また、武器だね』
万里歌が呟く。
早稀に関しては非力を補う意味もあるだろう。そうでなくとも、素手とでは威力が大きく違ってくる。神代や、その先輩である不破のように素手の方が慣れているのでなければ使わない理由の方が少ない。
リーチを補えるし、まして早稀の戦法の場合には。
「二回戦、柴鳳学園・神代悠希対、柴鶴学園・白浜早稀。始め!」
神代が瞬時に動いた。
一回戦ほどの余力もない。短期決戦を狙ったのだろうが――その前に、早稀の身体が木刀ごと、ふっ、と溶け消えた。
「くっ!」
一撃を入れられていれば楽だっただろうが。
神代はすぐさま方針を切り替え、一見何もない空中に向けて攻撃範囲の広い回し蹴りを繰り出した。『消えた』早稀が範囲内に居ればダメージを与えられるし、場合によっては姿を現すかもしれない。
しかし攻撃は空振りに終わり、その直後。
ごっ。
「ぐっ!?」
重い音と共に神代が顔をしかめる。
おそらく、早稀の振るう木刀が身体のどこかに命中したのだ。
「さっきと同じ、攻撃の瞬間にも出てこないか……本当に厄介ね」
ルシルが冷えた声で呟いた。
「四葉。あれって『見えなくなってる』だけなのよね? 幽霊みたいな状態になってるわけじゃなくて」
「おそらく、そうだと思うわ。確証はないけれど」
灰人によれば、鈴の『認識疎外』とは違うらしい。
攻撃時にも姿が見えなかったことから、瞬間移動の類でもないと考えられる。
なら、単純に透明になっている……と、考えるのがしっくりくるが。
「小麦粉でも持ってくれば良かったかな」
「……服と武器が消えている時点で、効果があるかどうかは怪しいわね」
『どっちみち、この場所じゃ無駄に広がり過ぎる。持ってくるなら絵の具か何かの方が良い』
上級生による考察が続く間も戦いは続いている。
――最も、戦いというにはあまりに一方的な光景だったが。
がっ。がすっ。ばしっ。
「く……あっ」
神代が攻撃を空振りしては、早稀の攻撃がヒットする繰り返し。
もちろん、神代もただ闇雲に宙を殴っているわけではない。タイミングをずらしてみたり、回し蹴りで背後にあたる位置を狙ったり、敢えて勢いを殺さない飛び込み気味の正拳で奥行きを出したり――それでも当たらないのだ。
一撃くらい当たってもいいものだが、おそらく早稀は神代の攻撃直後を狙っているのだろう。それまでは無暗に近づかずに絶妙な距離を保っている。
能力の使い方を知っている。
柴龍学園はこの能力に翻弄され、なすすべもなく負けたのだ。
灰人と出会った際、早稀は能力により灰人とかなめも消していた。効果範囲は不明だが、集団戦で使われればより厄介になるのは間違いない。
できれば、ここで一勝しておきたい。
「神代君……」
知尋の祈りが通じたわけではないだろうが、不意に神代が息を吐いた。
ふうっ。
意を決したように彼は構えを解いて動きを止めた。
ただ自然体でその場に立ち、目を閉じる。
「あはっ。心の目でも使うつもりですかぁ?」
柴鶴学園の一団から、嘲るようなかなめの声が聞こえた。
しかし、それでも神代は微動だにしない。
相手が攻撃してこない場合、早稀はどう動くのか。
一秒、二秒、三秒……。
何の変化もないまま時間が過ぎ、一分が過ぎる頃。
ごっ。
一撃が、おそらく神代の背中側から加えられた。
よろり。
突然のダメージに一瞬よろめいた神代は、体勢を立て直すと、ふっと笑った。
「|聞こえた(・・・・)」
やや謎めいた呟きの後、彼は目を開いて動き始める。
用いるのは先程までも組み込んでいた、飛び込み気味のストレート。これはやはり空振り。
ただ、これまでと違ったのは。
きゅっ。
体育館履きを滑らせ即座の方向転換、また別の方向にストレートを仕掛ける速攻だ。
――これなら、数打てばいつか当たるか。
警戒しているのか早稀の攻撃は来ない。神代は連続で攻撃を繰り返し、その数だけ攻撃を外した。
ついてない。
いや。
……きゅっ。
六度目の攻撃の際、知尋の耳にかすかな音が聞こえた。
体育館履きが床を擦る音。ただし、神代のものとは別に、だ。
「そこだっ!」
すぐさま神代は方向を切り替え。
無理な連撃に体勢を崩しつつもストレートを打ち込み――。
ごっ!
大きめの音の後、押しとどめられるように制止、たたらを踏んだ。
「殴られると思って無理に攻撃したか」
ルシルの呟き。
続く言葉は周囲にも聞こえるくらいの大きさに変わった。
「心の目、とか誰かが言ってたけどさ、あれって別に非科学的な現象とは限らないのよね。だって生き物が動く以上、音(・)とか|空気の流れ(・・・・・)は発生するんだから。そういうのを意識的にせよ無意識的にせよ、読み取ることはあり得る」
「バレちゃいましたかぁ」
かなめが舌打ち。
高く、耳障りな声が更に追い打ちをかける。
「でもぉ。それがわかったからなんだっていうんですかぁ? 音とか不確実なものに頼ったくらいで、有利になったつもりだとかぁ?」
「審判。わざと騒がしくするのは妨害行為だと思うんだけど」
「認めます。柴鶴学園はもう少し静かにするように」
「なっ!?」
おそらく、かなめはわざと騒がしくして騒音を作り、早稀の移動音を消そうとしたのだ。それをルシルがあっさり看破して封じ込めた。
同時に、他のギャラリーにも「口出し無用」を周知。
これで少しは神代に戦いやすくなる。
『でも、神代君もそろそろ限界』
何度も槍やら木刀に打たれているのだ。
これが普通の授業なら、もうとっくにストップがかかっている状態だ。いくら神代がしぶとくても限度がある。
残り少ないチャンスで追い詰めきれるか。それは次の連撃にかかっている。
「……さて」
外野にてちょっとした攻防が繰り広げられている間、神代と早稀はどちらも目立った動きを見せていなかった。
木刀の不意打ちはなく、神代はその隙に呼吸を整え視線を鋭くする。
能力による透明化に神代が打開策を見つけたのだ。不意打ちに頼り切らず一気呵成に攻めても良かっただろうが、そこは安全策か。
果たして早稀の選択は正解だったか。
「はっ!」
連撃が開始。
パターンは同じ。飛び込み気味のストレートを繰り出し、命中しなければ即座に方向転換。早稀の靴音が聞こえた方向に攻撃を繰り返す。
逃げるなら逃げてもいい。
神代が攻撃を繰り返す限り、逃げる余裕は少しずつ減っていく。そしていつかは追いつかれる。
だから、そうなる前に。
ごっ!
攻撃で無理矢理止めることになる。
そして、それを神代も待っていた。
「そこか」
左の肩口に突き刺さったらしい見えない木刀を、神代の手がしっかりと掴む。彼はそれを肩から外すとぐいっと引いた。
「くっ」
小さな早稀の声と共に木刀の姿が露わになった。
持ち主の手から離れ、同時に早稀が能力の影響範囲からも外したのだろう。
それを神代はぽいっと、場外に投げ捨てた。からからと、木刀は音を立てて床を転がっていく。
「さあ、どうする?」
静かな声が見えない少女に向けられ、直後。
「わかった、降参するよ。降参」
あっさりと、白浜早稀は敗北を認めた。
「勝者、柴鳳学園・神代悠希! よって第一種目は柴鳳学園の勝利となります!」
☆ ☆ ☆
なんとか、一勝。
神代の活躍により、幸先のいいスタートを切ることができた。
「悠希、お疲れ様」
「オーウェル先輩、ありがとうございま……っ」
「っと。……無理はやめなさい。ギリギリなのはわかってるんだから」
勝利の立役者である少年は、場外まで歩いたところで倒れそうになる。出迎えたルシルが支えなければ、そのまま床で気絶していたかもしれない。
「御宿さん!」
「そんなに大声出さなくても聞こえます。……一応、勝ちはしたみたいですね」
慌てて華を叩き起こして『治癒』を頼んだ。
華は起きた傍からもう一度、愛華の能力を『略奪』し、すぐさま神代の元へ走ってと慌ただしい。
と、スタッフの声が場内に響く。
「次の種目は十五分後に調理室にて行います。出場者は遅れないように。誘導はスタッフが行いますので、場所がわからない場合には指示に従って――」
「じゃ、私は先に行こうかな」
言ってルシルが歩き出す。
彼女を見送ろうと視線を向けた知尋は、柴鶴学園の面々が何やら笑みを浮かべているのに気づいた。
特に、かなめは意味ありげに知尋を見ている。
「うまくいきましたねぇ。うちが勝てなかったのは残念ですけど、一勝をプレゼントする代わりに、主力をほぼ封じ込められました」
これ見よがしな声が知尋の耳に届いた。