「どういう意味かな、指宿さん?」
「どうって、そのままの意味ですよぅ。神代君はボロボロで、彼を治すのに華ちゃんもくたくたになります。それでこの後、どうやって戦うんですかぁ?」
「………」
彼女の指摘は正しい。
一種目目での一勝は大きいが、同時に柴鳳学園勢は多大なリスクを背負った。
相当なダメージを負った神代と、彼に『治癒』を使わざるを得ない華。一つの種目で二人分の余力を大きく削られてしまったからだ。
加えて言えば、柴甲学園と柴龍学園の戦闘要員も少なくないダメージを受けている。
この結果を、柴鶴学園――早稀はほぼ無傷のまま導き出したのだ。
「でも、うちが一勝したのは大きいよ」
「そうですねぇ。でも別にいいんですぅ。だって残り四種目は全部、私達が勝ちますからぁ」
言って、にっ、とかなめが笑う。
大言壮語。十中八九、ハッタリだとは思うものの、自信たっぷりに言われると一定の迫力がある。
実際、残り三人の能力によっては四勝も十分に――。
「かなめ。大口を叩くのは止めておきなさい。むしろ軽く見られるわ」
静かな言葉が不意に届いた。
柴鶴学園の一団から一歩、進み出て知尋に微笑みかけてくるのは、胸の辺りまで届くストレートヘアにカチューシャをつけた少女だった。
確か、開会式では彼女が五人を率いていたはずだ。
とすると彼女が柴鶴の生徒会長、有馬志鶴なのだろう。
「申し訳ありません、お姉様」
窘められたかなめは、意外にもすんなりと引き下がった。
しゅん、と頭を下げて一歩引く彼女の姿を、知尋は何か信じがたい気分で見つめた。狂犬が懐くのは飼い主だけだと思っていたのだが。
「うちの一年生が申し訳ありません、和泉知尋君」
「……あ、いえ」
何と答えたものか、一瞬迷った。
平然と名を呼ばれたこと、あの柴鶴学園の生徒会長であることを見るに、彼女もまた深海灰人の奴隷であるはずだ。
そんな相手から丁寧に話しかけられると逆に困る。
志鶴は、そんな知尋の動揺を見透かしたように笑った。
唇が艶めかしく歪み流麗な音を紡ぐ。
「ご心配なく。我が校は正々堂々、真っ向からあなた達を討ち果たします。それが私達五人に課せられた使命ですので」
ぞくりと、背筋が震えた。
寒さからでも、能力の影響を受けたわけでもなく、ただ志鶴の発するプレッシャーに思わず身体が反応したのだ。
かなめや早稀と違い、彼女は冷静で礼儀正しい。
しかし、やはり彼女もかなめ達と同類――ある一人の男に身も心も捧げた女の一人なのだ。
――そこで、少しずつ伸び始めたショートへアを靡かせながら、四葉が知尋の傍に立った。
「どうぞご自由に。私達も自分達の信じるもののため、全力でトップを目指す。ただ、それだけのことですから」
「………」
両校の生徒会長が音も無く視線を交わし合い、長い数十秒が流れる。
やがて志鶴はふっと笑みを消して仲間達を促した。
「行きましょう」
去っていく彼女達の後姿を、知尋は四葉と共に見送った。
☆ ☆ ☆
第二種目は一名参加。無理にメンバー全員が行く必要もないので、神代と華にはそのまま残って治療を続けてもらうことにした。
初めて訪れる調理室には四人用のテーブルと調理台が交互に並んでいた。
いくつもある調理台のうち四カ所には大きめの鉄板が乗り、傍らには油やマヨネーズ、鰹節等が用意されている。
『本格的』
「ですね……」
室内に置かれた複数の冷蔵庫には、大量の具材がタネの状態で保存されているはず。
知尋と四葉、万里歌は四つあるブースのうちの一つ、ルシルが腰かけたエリアに歩み寄った。
「ルー、調子はどう?」
「悪くないわ。お昼には少し早いけど、いい感じにお腹はぺこぺこ」
第一種目の間にちょこちょこ『天才』を起動して胃袋の具合を調整していたらしい。
なら、後は勝利を祈るしかない。
――他の学校はどんな選手が出るのだろう。
柴甲学園は引き続き源が出るらしい。個人戦の負担を一人に集めて余力を残す作戦か、ただ単に動いた分だけ腹が減っているという話か。
柴龍学園は三人いる男子生徒のうち一人が参加。がっしりした身体つきで、如何にも良く食べそうな生徒だ。
「ふ。オレの『繊細』さを見せる時が来たな」
「頑張れよー、織部」
「裁縫勝負でもあればよかったけど、これもお前向きの種目だろー」
「え、そっち系なんだ」
人は見かけによらないものである。
最後に柴鶴学園を見ると、かなり場違いな光景があった。
縦ロール。
知尋より少し低い程度の背丈を持つ、いかにもお嬢様然とした少女が鉄板の前に座り高そうなエプロンを身に着けている。
いかにも気の強そうな表情は、これからお好み焼きを食べるようには見えない。
「つかさ、食後にさっぱりした物が飲みたいわ。用意しておきなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
つかさと呼ばれたのは小柄な少女だ。
フレームのないシャープな眼鏡が印象に残る。ショートヘアで大人しそうな雰囲気は猫を被っている時の華に少し似ているだろうか。
(じゃあ、縦ロールの子が城崎まどかさんだね)
(ん……そういえば、名前もお嬢様っぽいような)
そういう問題なのかどうかはわからないが。
「第二種目に参加する方は全員揃っているようですね」
スタッフの一人が確認するように言って、競技の準備が始まった。
鉄板に火が入れられる。お好み焼きをひっくり返すためのヘラや具材の混ざったタネも用意された。
「ち。具が混ざってる上に麺が足りねえ」
「当たり前やろ。これがお好み焼きや」
源が舌打ちし、織部がしたり顔で言った。
発案が柴龍学園だったため、用意された具材は大阪風のものだ。知尋としては特別なこだわりはないが。
ルシルも男達のやり取りには耳を貸さず、近くのスタッフに声をかけていた。
「ごめん、小皿を後二つ貰える?」
渡された小皿にはソースとマヨネーズが「どばっ」と出された。一枚一枚焼く度にかけるのは手間なので必要な時はつけて使う作戦だ。
他の生徒達も油や調味料の位置を調整したりと各々工夫を凝らし、あっという間に開始時間を迎えた。
「では、第二種目――始め!」
熱い鉄板へ一斉に油が引かれ、具材が落とされた。
鉄板は二枚並べて焼くには少々足りない。一枚目が焼き終わるまでは横並びかと思いきや、早くも動きがあった。
「ちまちまやるのも面倒だし」
「へ、気が合うな」
ルシルと源が二つ目のタネを即座に投入。二枚分を並べるのではなく、大きな一枚にすることでスペースを確保した。
これに大阪・柴龍学園勢はブーイング。
「邪道」
「お好み焼きは焼きやすい、ひっくり返しやすいサイズに調整されてるのに崩してどうする」
一理ある言い分を、ルシル達は涼しい顔で無視。
また残りの一校ではより冒涜的な真似が行われていた。
「よし」
一枚分のタネを円形ではなく四角く広げ、まどかが満足そうに笑む。
面積が広がった分、火が通りやすくなるのを狙ったのだろうが――それを見た柴龍学園の面々はまたも不満顔だった。
「もんじゃの真似か! これだから東京もんは!」
「いえ、わたくしは北海道ですわ」
「っ。つまり北海道ではああいうお好みが流行って……」
「ないない。ボク達を一緒にしないでよ」
早稀が半眼で呟く。
「まどかがこうしたのには理由があるんだし」
「何?」
織部が顔を上げて眉を顰める。
集中する視線に、縦ロールのお嬢様は悠然と笑みを浮かべたまま、おもむろに自身のお好み焼きへ手をかざした。
能力を行使するための予備動作と思われるが。
『あ』
「葉月先輩?」
「……どうやら、表面からも熱が通り始めていますね」
万里歌が声を上げ、四葉が目を凝らして呟く。
両面焼き。
コンロと鉄板を利用した裏面ほどの熱量はないだろうが、仮にそれが可能なら焼きあがるまでの時間は大きく短縮される。
「ふふ。わたくしの能力は『加熱』。この美貌に触れようとする悪い虫だけでなく、こうした食品を焼くのにも役立つのですわ」
体内での熱操作を得意とする朱香と異なり、体外および体表を熱することを主とした能力ということか。
触れると熱い、ということは肉弾戦や組み合いの際にも役立つだろうから、これもまた中々に厄介な能力と言える。
ふふん、と胸を張ったまどかはお好み焼きの具合を見やり、ヘラに手を伸ばした。
「というわけで、お先に失礼しますわ」
「ひっくり返さねえのかよ!」
まあ、お好み焼きは多少生焼けだろうと食べられはする。
そもそも、ひっくり返さなくてもある程度『加熱』するための能力だろうし、食べきるまでにも火が通ることを考えるといい作戦だ。
平たいお好み焼きの六分の一ほどを取り分けたまどかが上品な手つきで食べ始めるのを織部は悔しそうに見やり、程なく生地をひっくり返す工程に入った。
すっ、とヘラを入れ、躊躇ったりすることなく綺麗に返す。
『さすが、本場は違う』
「けれど、ルーだって負けてはいないはずよ」
生地が大きくなった分、源とルシルが両手にヘラを握ったのは織部よりもやや遅かった。
大きな生地はひっくり返す難易度にも影響するはずだが。
「うわ、何だこれ上手くいかねえ」
「よっ、と」
源はここで悪戦苦闘。
一方のルシルはどんな魔法、あるいはテクニックによるものなのか、織部のそれと遜色ない手つきで見事に返してみせた。
万能の『天才』。その面目躍如である。
こうして、一枚目にして各校の作業にはバラつきが生じた。
先行したまどかは上品な食事でペースダウン。それでも一枚目を食べきったのは最も速かった。
二位につけたのは織部。オーソドックスかつ綺麗に焼いたお好み焼きに鰹節、青海苔、ソースにマヨネーズをかけ、格子状にカットして素早く平らげる。
三位がルシル。こちらも格子状のカットだが織部よりもやや一片が大きめ。口に入る量を計算しつつ次々に放り込んだ。
四位、源。体育会系らしく豪快な食べっぷりは良かったが、ひっくり返す際のタイムロスや、熱々のお好み焼きを冷ます時間を取ったりと無駄な動きが多く、かなり大きく出遅れる。
ただしルシルと源は実質二枚分を一気に食べ進めているので、それを加味したスピードで言うとわからなくなる。
『二枚目』
「……どのくらい食べるんでしょう。僕は正直、二枚半くらいがちょうどいいですけど」
『私は二枚で限界』
四人は二枚分のお好み焼きを綺麗に完食。
ここでも最速はまどか。『加熱』の能力が効いた形だが、二枚目の中盤あたりから更にペースが落ち始めた。
二枚目の途中から焼き始めた三枚目に手をかざしつつ、呟く。
「……おかしいですわね。『加熱』で動揺させてペースを乱す作戦でしたのに」
「こっちは子供の頃から数えきれないくらい食べている。今更ペースが乱れるか」
律儀に答えた織部は言葉通り堅実に作って食べ進めている。無駄も迷いもない動きは結果的に時間短縮となっているし、男子ということもあってまだ食べられそうだ。
「味に飽きてきたわね。タバスコとかない?」
今度は普通に一枚分を落とし込んだ三枚目をひっくり返しながらルシル。スタッフは彼女の呟きにしっかり反応して赤い調味料を差し出していた。
そして源は、
「……なあ、俺ゆっくり食っていい?」
「ああ。そーしろ」
眼鏡の生徒会長が諦めたように頷いた。
デッドヒートから一人が脱落し、勝利候補は三人に絞られる。
コンスタントに食べていた織部も四枚目に入って手が止まりがちに。残り時間も少なく、勝負は四枚目を攻略できるかが鍵となった。
まどか、ルシルは四枚目に入っても休まない。
残り時間三分の時点でルシルが織部を追い抜き、それを見た織部が残り半分を必死に食べようとするもペースは戻らない。これで二校の一騎打ち。
「……間に合わないかな」
小さく、味方にだけ聞こえる声量でルシルが呟いた。
それでも諦めずに食べ続けている――むしろ、ソースやマヨネーズを付けるのすら勿体ないと控えてまで速度を上げているものの、彼女が四枚目を完食しようとするのをよそに、まどかは五枚目を焼き終えようとしている。
確実にペースは落ちているのに、止まらない。
そのせいであと少しの差が埋まらない。
「……苦しいでしょうに」
「ええ。ですが、この程度の苦しさは何度も味わいましたもの。それに、私達は負けるわけにはまいりませんの。敢えて一勝を差し上げた以上、ここは有言実行しておかなければ」
悠然とした笑みは崩さず、しかし額に汗を浮かべ眉を下げながら、城崎まどかは時間いっぱいまで食べ続けた。
「第二種目、勝者は柴鶴学園・城崎まどか!」
ほんの八分の一枚程度、僅差での敗北だった。