「第三種目の前に昼休憩を挟みます。第三種目の開始は五十分後、集合場所は本校舎の昇降口前となりますので、参加者は遅れずに集合してください」
スタッフの案内と共に、調理室内のざわめきが大きくなる。
仲間の健闘を讃える者、負けを悔しがる者、切り替えて昼食に意識を向ける者と同行は様々だ。
そんな中、知尋と四葉、万里歌は動かずに立ったまま。
「ごめん、勝てなかった」
「……仕方ないわ。相手が少しだけ上手だっただけよ」
椅子から動かず肩を落とすルシルに、四葉が優しく語り掛けた。
振り返ったルシルと目が合う。伝わってくるのは仲間への申し訳なさ。知尋に読まれているのに気づくと顔を逸らしてしまったものの、一秒に満たない間の『読心』で気持ちは十分に伝わった。
早くも並ばれたのは痛い。
しかしルシルを責める気にはとてもなれなかった。
「苦しさは何度も味わった、か。技術でも知識でもなくて、経験の差が出た結果、なのかな」
そんなことないと言いたかったが、逆に責めることになるかと口を噤んだ。
「次の種目、せっかくのアドバンテージを生かしましょう」
『必勝』
「……ん。そうね。後三種目も残ってるってのに気落ちしてる場合じゃないか」
ふっと微笑んだルシルはよろりと立ち上がると、油や小皿の並んでいない空のテーブルまで移動。椅子を引いて腰を下ろした。
「私、しばらく食べ物はいいわ。休憩ついでに寝ておくから、皆は気にせず食べてきて」
言って彼女は顔を伏せてしまう。
一人になりたい、というのも確実にあるだろうが、実際あれだけ食べた後ではすぐに動けないし休憩も必要だろう。
四葉が無言で目くばせしてくるのに従い、三人で調理室を後にする。
と、入り口をくぐるところで万里歌が室内に視線を向けた。
「葉月先輩?」
『………』
彼女の視線の先にはかなめがいた。何やら対抗戦の運営スタッフに相談、あるいは質問をしている様子。ただし会話の内容までは聞こえない。
『ごめんなさい。少し気になっただけ』
万里歌は首を振って視線を戻した。
対抗戦の参加生徒がスタッフに話しかけるのは別段、変わったことではない。だから彼女の言う通り、おそらくは気のせいなのだろうが。
(ちょっと、気になるよね)
(気にし過ぎかもしれないけどね)
相手がかなめだからそう思ってしまうのだろうか。
四葉が廊下を歩きながら静かに告げた。
「一応、警戒はしておきましょう」
「はい」
『了解』
向かった先は、知尋と神代が着替えに使った訓練場の男子更衣室だった。ここで待っていると愛華から連絡があったからだ。
皆さんも良かったら、ということなので万里歌も誘った。
「お疲れ様、知尋君」
「黒羽先輩と葉月先輩もお疲れ様です」
到着すると愛華に真里亜、李狐、鈴、それから綾瀬が勢揃いしていた。神代と一緒に訓練場に残っていた華の姿もある。
床にはレジャーシートが敷かれていて、その上には重箱と水筒が置かれている。これが皆の用意してくれたお弁当だろう。
「御宿さん、神代君は?」
「誘おうかと思ったんですけど、湯瀬さんと白峰先輩に捕まってました。ああ、怪我は治せるだけ治しましたよ。お蔭で眠くて仕方ないです」
「本当にありがとう。また仮眠する?」
「そうします。私は早めにお昼をいただきましたので」
再度、華に『睡眠促進』を受け渡し。
能力を受け取った華は「それでは」と言い残して更衣室を出ていった。静かな女子更衣室の方でしばらく寝るとのことだ。
「じゃあ、あたし達もご飯にしようか」
李狐が言って重箱に手をかけた。
三段になった弁当は、一つにおにぎり、もう一つには主食となるおかず、残りの一つには野菜類とデザートが詰まっていた。ところどころ抜けているのは華が先に食べたからだろう。
『本当に私達も一緒でいいの?』
「もちろん。むしろ若い子ばっかりでわたしの方が場違いだったりしない?」
「姉さんだってまだ十分若いでしょう」
『この人、四葉ちゃんのお姉さんなんだ』
などと、万里歌も話しているうちに遠慮が解けたらしい。
素直に座って食事に参加してくれる。
「じゃあ、いただきます」
『いただきます』
皆で言ってから、まず知尋はおにぎりに手を伸ばした。
と、何やら女性陣から視線を感じる。どうやら動向が注目されているらしいが、一体なんだというのか。
(さあ、何だと思う?)
(え、ちさとにはわかるんだ)
知尋の知識内でも答えが導き出せるということかと思いつつも、結局わからないままおにぎりの一つを手に取る。
ぱくっと、口にしたところで愛華が破顔。
「ありがとう、知尋君」
「え。……あ、えっと、うん」
お弁当を作っている時、ふと「知尋は誰の作ったものを最初に手に取るか」という話になったのだという。それで、どうでもいいといえばどうでもいい話題ではあったものの、せっかくだから注目してみた、と。
言われてみると、並んだおにぎりの形には微妙に差がある。
知尋は無意識のうちに普段のお弁当で慣れた形を手に取ったのだろう。
綾瀬がくすっと笑った。
「和泉君の周りは女の子ばっかりですね」
「綾瀬先輩、鏡を見てから……は、駄目ですね」
「はい。今の私は『女の子』ですよ?」
確かに、レジャーシートに横座りした姿は様になっていて、これが男性だとはとても思えない。
『和泉君は誰が本命なの?』
振り返ると、万里歌がおにぎりを両手で支えてぱくり、と咥えていた。
「本命は愛華ですよ」
「即答でしたね」
「いや、そこで悩んだら彼女に失礼じゃないですか」
「あ、うう。嬉しいけど恥ずかしい……」
綾瀬の茶々に答えると愛華が頬を赤らめて俯く。
それを見た李狐が「胸張っておけばいいのに」と笑った。
『ふうん』
ぱくり。もぐもぐ。
わざわざ『伝心』で相槌を伝えてきた万里歌は、それきり何も言わずにおにぎりを咀嚼する。具は梅だったようだ。ちなみに知尋のはおかかである。
あら、と、綾瀬が首を傾げる。
「葉月先輩、和泉君に興味があるんですか?」
『なくもない』
「だそうですよ、和泉君」
それを伝えられてどうしろというのか。
「……葉月先輩は僕に興味ないと思ってました」
『最近までは全然なかった』
「そ、そうですか」
やっぱり反応に困る。
というか、彼女と綾瀬に関しては冗談と本気の境がわかりにくい。そもそも彼女達の言う興味が恋愛感情なのかどうなのか。
「葉月先輩。私のことは捨てちゃうんですか?」
『葵ちゃんも一緒に和泉君を誘惑すればいい』
「それはいいアイデアです」
……あ、ただの冗談だ。
ようやくほっとした知尋は以降、万里歌達のちょっかいを適当に受け流した。それより、せっかくのお弁当をじっくり味わう方が重要だ。
おにぎりを片手に、唐揚げや卵焼きといった定番から揚げ春巻きのような変わり種まであるおかずに舌鼓。
少女達がそれぞれ得意分野で腕を振るった品々はどれも美味しい。
この後、運動することを考えると腹八分目がいいのかもしれないが、全部の品に手をつけようとしていたら結局食べ過ぎてしまった。
「ご馳走様でした」
『美味しかった』
「お粗末様でした。二人とも、残りも頑張ってきてね」
「うん」
『もちろん。むしろ私達はまだ何もしてない』
全員でデザートまできっちり平らげ、残った時間で食休みをしてからレジャーシート等を片づける。昼寝を終えた華と合流し、運び込んだ綾瀬の衣装も回収して昇降口へ向かった。
道中、華が綾瀬に尋ねた。
「綾瀬先輩、迷彩服みたいな衣装もありますか? あるなら第四種目で借りようかな、と思うんですけど」
「ありますよ。じゃあ、準備しておきますね」
綾瀬の『なりきり』を『略奪』すれば、コスプレもただのコスプレではなくなるわけだ。ペイント弾による銃撃戦だと『報復』や『自己治癒』も役に立たないし、選択肢としてはありだ。
「……ん? 御宿さん、鈴さんか西崎さんあたりから借りた方が良くない?」
「……ああ、確かに。まあ、第三種目の結果を見てから考えましょう」
言いつつ、昇降口前に着いたのは第二種目が始まる数分前だった。
既に他の代表者は全員集合していた。隅の方でルシルと神代が準備運動をしていたので、そちらに合流。
と、彼女はくいっと顎である方向を示した。
「あれ」
昇降口前にいる多くが同じ方向、何やら地面に設置された見慣れないものに視線を向けていた。
仮設のステージ、である。
ミスコンの時よりも一回り大きめで、ステージ上には何もない。昇降口とは反対側に上がるための階段がついている。
(何だろう……)
(第三種目に使うもの、じゃないよね?)
校内を走り回ってボールを探す競技とは結び付かないそれに困惑していると、人混みからひとつ、ステージへと進み出る者がいた。
ツインテールの髪に、白黒で構成されたワンピースドレス。黒のガーターソックスを身に着け、左頬にドクロマークをペイントした少女――言わずと知れた指宿かなめであった。
どこから調達したのか、マイクを持った彼女はステージに上がりながら明るく言う。
「皆さぁん。突然ですがここで、私のミニライブをすることになりましたぁ。私の顔、殆どの人は知ってますよねぇ?」
開いた口から白い歯が凶暴に覗いた。
声と口調は媚び媚びでありながら、仕草はどこか挑戦的。それが過剰なまでに少女の持つ二面性を引き出していて――。
『悔しいけど、ちょっと可愛い』
「っていうか、対抗戦の続きは?」
万里歌が淡々と呟けば、李狐が当然の突っ込みを入れた。
「スタッフさんから許可はもらいましたよぉ。これもインターバル、ちょっとした余興みたいなものですぅ」
「……余興ねえ」
興味ない、という表情で首を振る李狐。
しかし、場にいる他の面々、他校の生徒達は概ね好意的な反応だった。
「ふうん。まあ、いいんじゃない?」
「休憩時間が増えると思えばね」
スタッフから許可が出ているなら、反対しても中止になるかは微妙。
それならいっそ楽しんでしまおうというポジティブな発想だ。
「けれど、これはまずいわね」
四葉が表情を歪めて呟いた。
「……そうですね」
かなめによる観衆の前でのパフォーマンス。
同じようなシチュエーションがミスコンの時もあった。あの時は『端末』で『支配者』を間接使用するための布石、自身の存在をその場にいる人間に認識させる意味が含まれていた。
今回も同様だとすれば。
「対抗戦の参加者を操るとか、大胆なことを考えますね」
『どういうこと?』
「葉月さん達は知らなかったわね」
四葉が短く『支配者』の力を説明すると、万里歌達の表情が曇った。
「四葉。止めるか防ぐ方法は?」
「わからない。少なくとも、警戒していれば影響力は弱まるはずだけれど」
柴鳳学園の代表メンバーはそれでなんとかなっても、他の学校への影響は止められない。
となるとミニライブの開催自体が危険だ。
始まる前に異議を唱えておいた方がいいと、四葉が進み出て声を上げた。
「待ってください。ライブの実施意図はわかりましたが、その分だけ第三種目の開催が遅れるのは納得できません。また、ライブに乗じて精神操作系の能力を行使される可能性を危惧します」
これには周囲の生徒達がざわめいた。
顔を見合わせ「自分達も抗議すべきか」と検討し始める彼らを見て、かなめは何故か余裕の表情。
やはりあざといポーズで小首を傾げ、明るい声で。
「でも、余興が挟まればその分、休憩時間が増えますよぉ?」
柴龍学園と柴甲学園にも疲労やダメージの溜まっている生徒がいる。
彼らを中心にまたも流れが変化。
「それに、私の生ライブをタダで見られる機会なんて、そうそうないと思いませんかぁ?」
「……あー、あの子、アイドルっていうアドバンテージを利用してきてるね」
鈴が近くに歩み寄ってきて呟いた。
指摘通り、指宿かなめの生ライブという餌は中々に効果を発揮した。多くの者が損得勘定で思案顔になり場が停滞してしまう。
『端末』を通した『支配者』はCランク相当まで効果が減衰するが、不足を「今流行りのアイドル」という肩書きが補っている。かなめを好意的に見る要素が増えればその分、効果は通りやすくなるのだ。
「では、各校代表者による多数決でミニライブの是非を決めましょう」
スタッフに促された代表者達がそれぞれに手を挙げる。
柴鳳学園は全員反対に、柴鶴学園が全員賛成に入れ――残りの十人は賛成六、反対四だった。
「賛成が過半数を占めましたので、ミニライブは開催とします」
「……駄目だったか」
神代が息を吐いた。
と、そこにスタッフの腕章を付けた女性がマイクを持って進み出てくる。じろり、と一瞬だけ知尋を睨んだ彼女は、幼い頃から良く見てきた顔をしていた。
「精神操作系の能力の可能性、ということですが――こちらについて、希望者は対抗戦終了後にカウンセリングを受けられる措置を行います。運営スタッフとしては、対抗戦内だけで収まるのであれば『そういう事態』も駆け引きの範疇と考えます」
「……姉さん」
彼女がスタッフに混じっているのは『アブソリュート』に対する警戒だろう。
学園祭の件を考えても、深海灰人が何かしそうな情報を掴んだ際は彼女がやってくる、と考えてよさそうだ。
……さて。
ミニライブの開催は止められなかった。抗議を行ったことで他校の生徒にも警戒心が生まれ、多少『支配者』が効きにくくなっているだろうが、十分かどうかはわからない。
運営の決定を蹴って強引に妨害すれば知尋達が警告を受ける。
何か、穏便にかなめの意図を挫く方法。
(うーん……)
ちさとと一緒に頭を回転させる。
『支配者』は存在を認識させることで効果が強まる。つまり、かなめが人々の印象に残らなければ効果は軽減される?
彼女が笑顔と歌、ダンスで注目を引くというのなら。
「……こっちも歌う、とか?」
「え?」
「和泉君、どういうことかしら?」
疑問符を浮かべて視線を向けてくる少女達に意図を説明すると、わかったようなわからないような、という顔をされた。
むー、と、鈴が唸った。
「でも理に適ってるかも。セオリー的に、対戦相手が得するような行動をさせるのはそれなりの支配力がいるだろうし。少しでも中和できたら、きっと」
能力判定のプロからのお墨付きが出た。
「まあ、正直、あまりやりたい手段じゃないんだけど」
「? 知尋君、どうして?」
「いや。多分、やるとなったら僕も参加するんだろうな、って」
女の子アイドルに対抗するにはこちらも女の子。
それも、対抗戦出場者総出で挑むのが最善だろう。神代には応援していてもらうしかないとしても、知尋まで逃れられるかというと。
(兄さん、私がやろうか?)
(それは嬉しいけど、どっちみち身体は僕のなんだよね……)
(あ、そういえばそっか)
知尋の発言にきらん、と目を輝かせる者がいた。
「衣装、運んできて正解でしたね。和泉君用にウィッグも用意してありますよ」
「綾瀬先輩、用意良すぎませんか!?」
「半分くらい和泉君の自爆な気がしますけど」
半眼で華が言った。
「何もしないよりはマシでしょう。ついでに綾瀬先輩の『なりきり』はここで活用しておきましょう」
「アイドルに歌で対抗かー。ま、私の柄じゃないけどやってみましょうか」
ルシルも了承。
二人ともかなめのいいようにされるのが癪なのか、割と乗り気だ。愛華達もできる協力はしてくれると言い出し、一同にやってみようという意識が高まっていく。
『……ごめん、私は歌えない』
ただ、一人の少女を除いては。