指宿かなめによるミニライブが始まろうとする中、知尋ほか柴鳳学園メンバー(プラス綾瀬)は急いで校舎内へ駆け込んだ。
対抗戦で使用するためか、いつにも増して人気のない廊下を走って最寄りの女子トイレへ。一人で男子トイレに入ろうとする知尋も有無を言わさず引っ張り込まれ、ルシルの指示で神代が見張りに立つ。
幸い、四人とも下にトレーニングウェアを着ているため、下着などを替える手間は省ける。体操着やジャージを脱ぎ、代わりに衣装を羽織ればそれで問題ない。
なお、スタッフの説得は四葉に任せた。
一校にだけパフォーマンスを認めるのは不公平ではないかと言ってねじ込めば、了承を得るのは容易なはずだ。
「全員分同じ衣装は無いので『それっぽい』ので纏めますね。ルシルさんはこれ、御宿さんはこれを着てください。和泉君はこれですね」
チアガールにフリフリのアイドル風、そしてメイド服。
知尋だけテイストが違わないかと抗議したものの、「ちさとちゃんはメイド姿が一番インパクトあります」と言われてしまえば黙るしかない。
女装する分、皆よりも手間がかかるからと綾瀬に引っ張られ、手早く着付けを施される。
そんな三人を、万里歌は黙って見つめている。
「葉月先輩、本当に駄目ですか?」
『……うん。ごめんなさい』
しゅん、と力なく頷かれる。
『そもそも私は声が出せないから歌いようがない。いても皆の邪魔になるだけ』
彼女の『伝心』は相手との親密度に応じて距離の制限がある。今日初めて顔を合わせ交流も碌にしていない相手には心の声を届けることもできない。
口パクという手はあるが、大音響のBGMでもあるならともかく素人レベルでやると確かに目立つかもしれない。
「でも、せっかくなら皆でやりたいです」
数の力をあてにするだけでなく、気持ちの面からもそう思う。
知尋の主張に、手早く着替えを終えたルシルも頷いた。
「そうね。私達が楽しむためにも参加してくれると嬉しいわ」
『でも』
なおも逡巡する万里歌に、華も優しく語り掛ける。
「葉月先輩は可愛いですから、一緒にいてくれるだけでも効果は抜群ですよ」
「あはは。御宿さんのお墨付きなら間違いないね」
「和泉君? 嫌味のつもりなら全然嫌味になってませんよ?」
ふっと笑いながら華。
三人から呼びかけられた万里歌は視線を宙に彷徨わせ、それから綾瀬を見た。
『……葵ちゃん』
綾瀬は、知尋を着付ける手を止めて微笑んだ。
「私は葉月先輩がステージに立つところ、見てみたいです」
ステージに立つ。
それは、万里歌にとっては特別な意味を持つ言葉なのかもしれない。以前、彼女とかなめの繋がりを聞いている知尋にはそう思える。
――私も昔はアイドル目指してたの。
おそらく綾瀬も知っているのだろう。もしかしたら知尋よりも深く。
かつて目指していたアイドルを諦めた理由も知っているかもしれない。そして、それは知尋の推測が正しければ、彼女が言葉を喋れなくなったこととも関係している。
それでも、綾瀬は万里歌にステージへ立ってほしいと言った。
『……わかった』
綾瀬の言葉が最後の決め手になったのだろう。
万里歌は数十秒の沈黙の末、こっくりと頷いた。
『私は口パクとダンスだけ。それでいい?』
「構いません。ありがとうございます、葉月先輩」
感謝から笑顔を向ける。と、ぷいっと顔を背けられた。
『それと、やるからにはちゃんとやる。立ち位置と振り付けは私の指示に従ってもらう』
「……なんだ、やる気満々じゃない」
ルシルが嬉しそうに吹き出した。
万里歌の参戦が決まったら、急いで着替えの続きを済ませる。万里歌には華のものとよく似た衣装が割り当てられた。なんでも、もともとが二人組のアイドルユニットの衣装なので二着用意してあったらしい。
ウィッグと化粧まで必要な知尋と、遅れて着替えた万里歌の完成がほぼ同時。
ほんの一分程でミーティングを済ませたら急いで昇降口の外へ戻った。
ぱちぱちぱちぱち。
途端、数十名からなる拍手が飛び込んでくる。どうやらちょうど、かなめのミニライブが終わったところだったらしい。
「ありがとうございましたぁ。皆さん、私の歌とダンスにハートを皆殺されちゃいましたかぁ?」
笑顔で物騒な台詞を口にしたかなめがふと知尋達を見て、目を細めた。
「あらぁ? 何だか身の程を知らないお馬鹿さん達が、私に対抗しようとしているみたいですねぇ?」
その声に観衆の視線が知尋達に向く。
突然のプレッシャーでつい息が詰まりそうになった。
……わざわざこちらに注意を向けるような真似を、と思ったが、知尋達の意図を察して方針を変更したのか。人々に二つのライブを比較させ、かなめのイメージを再度刻み込もうと。
(でも、ここまで来たらやるしかないよね)
(うん。……じゃあ、ちさと。後はよろしく)
(ん。任されるよ)
脳内でちさとにバトンタッチ。ふっ、と身体の感覚が薄めになり、自分自身の行動を傍観するという特殊な状態へ。
せーの。
視線だけで合図を交わした四人は、一斉に笑顔を浮かべて一歩を踏み出した。観衆が道を開けてくれるのに任せて真っすぐ進み、ステージを回り込んで階段を上がる。
右翼が万里歌、左翼が華。ルシルがバックに位置し、知尋がセンターボーカルのポジションにつく。
ステージ上に残ったままのアイドルが首を傾げた。
「スタッフの方に許可は取ったんですかぁ?」
「もちろん。許可はしっかりといただきました」
答えたのはステージ下の四葉だ。
彼女はにっこりと笑い、手にしていた三本のマイクを放り投げる。もし落としたら弁償ものだが、万里歌と華、それからステージ前方に進み出たルシルはしっかりとそれをキャッチした。
ちっ、と、かなめがマイクに乗らないように舌打ち。
「なら、お手並み拝見といきましょうかぁ」
言って、自身のマイクを知尋に差し出した。
マイクを受け取る際に一瞬、視線が触れ合い、彼女が勝利を確信しているのが伝わってきた。
――現役の本職と、素人の付け焼刃。確かに差は歴然だろう。
しかし、知尋達だってただの素人ではない。それを彼女に見せつけてやればいい。
「音源も用意できてるよ!」
かなめがステージを下りるのと同時に愛華が叫び、傍らに置かれた機材を操作。
スピーカーから軽快なサウンドが流れ出した。
曲は一、二年前のアイドルソング。華と万里歌が着る衣装のユニットの代表曲だ。メンバー全員が知っていて、かつ比較的歌いやすい曲、ということでこうなった。
前奏の間にルシルがバックへ戻り、ちさとがすうっと息を吸い込む。
最初のワンフレーズは敢えて一人だけで。
相変わらず男の声帯とは思えない可愛らしい声で、ちさとが一生懸命に歌い上げる。
そこで、周囲の空間に変化が起こった。
人混みの端と端を遮るように、突如何もない場所に壁が出現。昇降口の手前一メートルほどの位置にも壁と重厚なドアが。
上には天井。そして会場内を照らすスポットライト。
良く見ると一つ一つの質感はチープだったりするのだが、規模感としては上々というか予想以上。動的なイメージも音も加えなければここまでできる。李狐の『幻影』も、このところ活躍の機会がなかったとはいえ、訓練を怠ってはいなかったということだ。
すげえ、と誰かの声が聞こえて少し優越感。
「ちょっと、あれ、代表者以外のサポートですよねぇ!?」
「問題ありません。あれはただの幻で、精神に影響を与える能力ではありません。代表者に直接的影響は無いと判断できますし、これは対抗戦の競技ではなくインターバル中の余興ですから」
かなめの抗議に楓が答えるのが聞こえた。李狐の能力が精神操作の力、ベクトルを発していないことを感知してくれたのだろう。今回ばかりは感謝する。
そして、アピールポイントはまだ終わらない。
残り三人の歌声が唱和し、更にダンスが始まる。
『和泉君はボーカル。踊らなくていいから、とにかく歌って』
『いいんですか?』
『うん。踊るのは私達がやるから』
事前に万里歌から受けた指示はそんな感じだったが、その理由は単純。知尋にしてもちさとにしても、万里歌達のダンスにはついて行けないからだ。
――正直、彼女達のそれはただの素人のものではなかった。
中央後方に位置したルシルは動きにくい位置かと思いきや、華麗にステップを踏みつつ知尋の前方に躍り出たり、かと思えば後ろに戻って知尋の肩に手を置いてみたり、左右に移動して万里歌達と絡んでみたり。
知識面、レパートリーの豊富さを『天才』的なセンスと機動力でカバーしていた。
万里歌と華の動きもなかなかのもの。昔、アイドルを目指していたという万里歌は、かなりのブランクはあるだろうがリズム感は十分。華も綾瀬の『なりきり』を借りたことによりアピール力が最大限引き出されている。
「なんだこれ。この子達ってプロじゃないんだよな?」
「っていうか真ん中の子って可愛いけど、男子、だよな……?」
感嘆と困惑の入り混じる声に、してやったりという思いが沸き上がった。
かなめがアイドルなのはほぼ皆、知っていただろう。しかし、さっきまで一般生徒だと思っていた知尋達にこれだけのパフォーマンスを披露されれば驚きが生まれる。
まさにそうして驚いてもらうこと、注目してもらうことが知尋達の狙いだ。
それに。
(兄さん。これ、凄く楽しい)
(うん)
万里歌達の中心にいる――仲間達の新しい一面を垣間見ている感動も含め、熱い気持ちが兄妹の胸を打っていた。
音楽のリズム、ダンスによって生まれる空気の流れが心地いい。
自然と、知尋とちさとだけでなく、他の三人も笑顔になっていた。
もともと身体を動かすのに抵抗はない面々だ。パフォーマンスに集中して羞恥を忘れられれば、後はただ一体感だけが残る。
知尋はただ傍観しているだけなのに、いつしか夢中になっている。
気づけば観衆も殆どの者が楽しそうにこちらを見ていた。
程なく一曲目が終わり二曲目に入る。
練習も何もしていないので、この二曲目でパフォーマンスは終わりだ。
『……ありがとう、皆』
突然『伝心』による声が聞こえ、ちさとがちらりと万里歌を見る。
小柄な少女は前を向き、振り付けと口パクを止めないままメンバーに語り掛けていた。
『参加して良かった。こんな風に踊るのは久しぶり』
『……ん』
『それは、良かったです』
ルシルと華の、何か深い感情を含む声が立て続けに響いた。
(ほら、兄さんも)
ちさとが歌声を響かせながら促してくる。
内側に引っ込んだ状態で心の声を飛ばせるものなのか、わからないまま気持ちを込めると、幸い、知尋の声は万里歌に届いた。
『歌いましょう、葉月先輩』
『和泉君?』
『僕達だけにしか聞こえなくてもいいです。葉月先輩の歌が聞きたいです』
万里歌が振り返った。
いいの、と尋ねるような彼女の視線に、ちさとが頷く。
『……わかった』
数秒後、天使の歌が知尋達の脳内で、四つ目の声となって重なった。
何のノイズも混じらないが故、どこまでも透明なその声に、真里亜達、万里歌と多少なりとも交流があった者達はうっとりと目を細める。
――そして、その反応は波のように、少しずつ全体に伝播していった。
伝わっているのだ。
万里歌の『伝心』が、今日会ったばかりの者達に。
奇跡ではない。
『伝心』の対応距離は相手との親密度に比例する。
そして、歌はれっきとした一つのコミュニケーションツールだ。
知尋達の歌に、懸命に口を動かしながら歌を伝えようとする万里歌の姿に、少しでも心を動かされたのなら、この至近距離で声を届かせるくらいは十分に可能となる。
……まあ、知尋はそこまで計算して万里歌を焚きつけたわけではなかったが。
お蔭で、柴鳳学園代表メンバーによるミニライブは大盛況に終わった。
二曲目が終わり、中々に盛大な拍手の中、ライブ会場の『幻影』が消える。後に李狐は「あれは物凄く疲れる。できればしばらくやりたくない」と言っていたが、彼女の協力もこの盛り上がりに貢献したのは間違いない。
知尋達四人は観衆に一礼し、ゆっくりとステージを下りた。
マイクは対抗戦のスタッフに返し、音響を担当してくれた愛華も加えて人混みへ戻る。
「ありがとうございました。二校とも戦いの合間に素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたと思います。……他、二校の皆さんも参加したい、という希望はありますか?」
スタッフの質問に、二校を代表し柴甲の生徒会長が首を振った。
「いえ。あんな素晴らしいものを見せられては、とても後に続く気にはなれません。むしろ、僕らは競技への意欲でいっぱいです」
「かしこまりました。では、引き続き第三種目に移りましょう」
どうやら特設のステージは誰かの能力によるものだったらしい。運営スタッフの声と同時にステージが消滅し、代わりに小さな箱が一つ出現した。
箱の上には赤いボタン。テレビでよく見るクイズ回答用のあれだ。
「第三種目は『ワードシーキング』。本校舎内全域に隠されたボールを探し、そこに書かれた文字から文章を推測、あの回答ボタンで回答していただきます。各校回答チャンスは三回。よろしいでしょうか?」
場がすっと静まり返り、スタッフの声だけが響く中、かなめの視線が知尋達に向けられる。
彼女の瞳に籠もる感情は憎悪。
作戦を邪魔されたせいか、あるいは別の何かが影響しているのか。ここままでは済まさないと、無言のままで彼女は告げていた。