スタートの合図と共に、各校の生徒達が一斉に動き出す。
知尋は柴鳳の他メンバーと共に昇降口へ走った。その間、頭にルシルの指示が響く。
『万里歌は一階、私が二階、知尋が三階で悠希が四階。基本的に全員、階段は使わずに自分の階を徹底的に探して。華はまず学者か優等生風のコスにでも着替えなさい』
それぞれが了解、と心の声で答えた。
スタッフが語った第三種目の詳細はこうだ。
対象となるのは本校舎のみで、訓練場などの別棟は含まれない。ボールは小さなゴムボールで、表面に一字ずつアルファベットが書かれている。ただしボールの種類と数は非公開。
妨害・戦闘行為を挟んでも構わないが、その際に器物破損が行われた場合は度合いに応じたペナルティが課せられる。また、誰かが入手したボールを奪ったり、他チームとボールを交換することも可。
『なお、基本的に校舎内は無人ですが、職員や教員、急用で利用する生徒も皆無ではありません。公序良俗に反する行為は慎むようにお願いします』
『要するに、男子は女子トイレに入るなってことですね。和泉君、女装してて良かったかもしれませんよ』
『いや、この格好でも僕が入ったらマズイよ』
連絡に携帯電話や無線機を使用するのも問題ない。そのため、基本的には各人が別行動でボールを回収し、情報を集めて回答を推測することになる。
(兄さん、私も探すの手伝おうか? 透けた方が探しやすい場所もあるでしょ?)
(ん……いや、とりあえず止めておこう。ちさとのことはできるだけ秘密にしておきたいから)
(わかった。じゃあ、頭脳労働で協力するね)
柴鳳学園勢の作戦は割と単純で、こちらから他チームへの接触は避け、スピード重視でボールを回収する。確認した文字は回答ボタン付近で待機する華に『伝心』で教え、わかった時点で即座に回答してもらう。
各階一人ずつの割り当てなら一人余るし、走りながら情報を整理するのも骨が折れる。また、せっかく回答がわかったのに回答ボタンが遠い、などということがないようにする配慮だ。
「じゃあ、和泉君」
「うん。そっちも頑張って」
玄関で上履きに履き替えた後、三階まで駆け上がった知尋は神代と別れて廊下へ出た。一人につき一階を受け持つ割り当てになっている以上、知尋はこの階をくまなく探さないといけない。
とりあえず階段付近を見渡してみる。
これ見よがしにボールが置かれていたりする様子はない。
(じゃあ、手近な端から見ていこう)
(賛成)
知尋が上がった階段からは、教室がずらりと並ぶ廊下と、生徒会室などがある奥へと向かう廊下に繋がっている。隠し場所が多そうなのは教室だろうと判断し、知尋は空き教室の戸を開けた。
そこで。
「和泉知尋ぉっ!」
来たばかりの方向、階段側から少女の叫び声がした。
駆けつけざまにかなめが放ってきた蹴りには、声のお蔭で余裕をもって対処できた。空き教室内に踏み込む形で回避し、振り返る。
「指宿さん。まだ僕はボールを持ってないよ」
「知ってますよぉ。私はただ、和泉君を妨害しに来ただけですからぁ」
「妨害って、この種目で無理に戦う必要なんて」
一人で二人以上を足止めできるならともかく、一対一の妨害では両チームの足並みが遅くなるだけだ。
チームが三つ以上あるのも考えればむしろ損になる。
かなめもそれはわかっているはずだが、彼女は更に知尋に接近、次々に拳を繰り出してきた。
知尋は襲ってくる拳を都度、後退してかわす。
「そっちは探索を四人に絞ってるんですよねぇ? なら、一人止めれば効率は落ちます。トップ争いをしている同士なら、やる意味は十分ありますよぉ」
「なら、僕よりルシル先輩を止めた方がいいと思うよ」
ルシルは競技中の指令塔であり、頭脳労働の要でもある。運動能力自体は並で妨害しやすいこともあり、彼女を止めに行くのが最善と思える。
「いいえ。私の狙いはあなた以外ありえませんよぉ」
ぎらり、と、少女の目が光った。
「この前、あなたが私にしたことは忘れていません。それに、さっきの妨害も和泉君の仕業でしょう?」
「……あれは」
確かに言い出しっぺは知尋だが、流れを作ったのは皆の力だ。
知尋が仕掛けた、などとは胸を張って言えない。
「いつもいつも、私の、私達の邪魔をして……っ」
憎悪に満ちたかなめの様子は、何をどう抗弁しようと無駄に思えた。
会話中も繰り出され続ける拳や蹴りに、いつしか知尋は窓際いっぱいまで後退してしまっていた。
「ここで潰します。潰しておきます、あなたは」
力のこもった右ストレートがやってくる。
左右に動けばかわせる。しかし左側は棚と壁になっていてスペースが足りない。右もまた並ぶ机によって遮られている。
仕方なく、知尋は両手を持ち上げてかなめの拳を受け止めた。
しっかりと腰の入ったパンチ。しかし、少女の素の筋力で放たれたそれは知尋でも十分に防御可能だった。
「……指宿さん。君はどうしてそこまで、あの人に拘るの?」
「ご主人様が、私の全てだからですっ!」
かなめが右手を拘束された姿勢のまま左足を引いた。
蹴りが来ることを予感した知尋は両手を使い、かなめの右手ごと彼女の身体を突き飛ばした。
蹴りをキャンセルされたかなめは数歩、後ろに退いた。
それでも少女の瞳に宿る戦意は衰えない。むしろ怒りを増した様子で知尋を睨みつけてくる。
――戦わないと駄目か。
『指宿さんに襲われました。逃げるのは難しそうなので、様子を見ながら戦います』
『了解。無理はしないで、なるべく体力温存を優先しなさい』
心の声で報告すると、すぐにルシルから返答があった。
一応、了解はもらった。後は状況を見ながらできることをするしかない。
「あの人は異常だよ。指宿さんだって物としか思われてない。良いように使われて捨てられる」
「わかってます。ご主人様はたくさんの人に愛されてるから、私が『特別』になんてなれないことは。でも、それが何だっていうんですか? あの人の役に立てるなら、物でも道具でもいいじゃないですか!」
かなめが強く床を蹴り、伸びあがるような蹴りを放ってくる。
先程よりは回避スペースがある。左斜め前方に踏み出せばやりすごせるが、その場合、かなめが窓を傷つける可能性がある。
回避を諦め両腕をクロス、蹴りを受け止める。上履きの底により手首が浅く傷つけられた。『刺激共有』の効果により、かすり傷にも満たないダメージに軽減されたが、愛華達への負担を考えればこのレベルの負傷もなるべく避けたい。
とにかく、会話を続けながらかなめを制する。
思う知尋の脳内に声が立て続けに響いた。
『見つけた。「b」の書かれた青いボール』
『こっちも。赤い「a」のボール』
万里歌とルシルの声だ。
神代も少し遅れて報告してくる。
『こっちは青い「y」です』
全て違うアルファベット。
赤と青、二種類のボールがあるようだが、これにも何らかの意味があるのだろうか。意外に早いペースで三つが見つかったものの、法則性を確定させるにはだいぶボールの数が足りない。
華を走らせず、情報整理の役に回したのは正解かもしれない。
代わりに、三階の探索は滞ってしまっているが。
「そういうあなただって、女の子を侍らせて喜んでいるじゃないですかぁ」
身を引いたかなめが両手を伸ばしてくる。首を狙われているのを察した知尋はそれを払う。と、今度はすぐさま身体ごと突進してきた。
抱き着くようにして二人の身体が密着し、かなめの身体の柔らかさが全身に伝わる。
「……っ!?」
そんな時、空き教室の入り口に女子生徒が立った。
室内を見て絶句した彼女は踵を返して隣の教室へ向かっていく。あれは柴龍学園の生徒だったはずだが――。
他校に遅れを取っているという実感と共に、今の光景をどう解釈されたのか不安になった。
「よそ見、してる場合ですかぁ?」
低い囁き声。
同時に、かなめの身体が熱を持った。通常体温の範囲を超えた熱さ。それが、互いの衣装越しでも十分すぎる程に伝わってくる。
むしろ、直接的でない分、蒸されるような形で知尋の思考を奪う。
振りほどこうとすれば、かなめは知尋の首筋に腕を回して更に密着してくる。技にも何もなっていないが、こうまでくっつかれると剥がしづらい。
「これは、城崎さんの……?」
「はい。『加熱』の効果ですよぉ」
自身の『端末』の能力より、今度はまどかの能力を中継しているらしい。
Cランク相当まで威力が落ちているため、食品を焼くような熱量はないものの、このままだとじりじり体力を奪われる。
できるだけかなめを傷つけないつもりだったが、こうなれば仕方ない。
爪を立てるような形で強引に手首を掴む。痛みに驚いたかなめが力を緩めたところを引き剥がそうとして、更なる抵抗に遭った。
身を乗り出したかなめがキスをしてきたのだ。
「んぅ!?」
役得、などとは思えない。
現在、かなめの全身は風邪を引いた時と同等かそれ以上の熱を持っている。唇も例外ではなく、感触への興奮より先に不快感が来る。
突き飛ばそうとかなめのお腹を押せば、首に腕を回したままぐいっと引っ張られた。
とさっ。
空き教室の床へ、かなめを下敷きにする形で倒れ込んだ。さすがに拘束が緩んだため腕と唇を引き剥がす。
「好きでもない男に、こんなこと」
「あはっ。私はこういうの慣れてますからぁ。真里亜ちゃんとか華ちゃんみたいな甘い子とは違うんですよぉ?」
――枕営業、などという話もあったか。
灰人は『アブソリュート』を拡大するために手段を選ばないだろう。かなめをアイドルとして有名にするのに、いったい何人に彼女を抱かせたか。
「だからって自分を安売りする必要は」
「言ったじゃないですかぁ。私にはご主人様しかいないんです。ご主人様が教えてくださったやり方は正しいんです」
考え方が根本的に狂っている。
灰人は偉大で正しい、というところから全てが出発しているせいで、何を言ったところで聞く耳を持ってくれない。
でも。
「指宿さんの望み」
「っ」
床に横たわったままのかなめが知尋を見上げてくる。
目つき鋭く、それだけで殺そうとでもいうかのように。
「前に見た指宿さんの『願望』は、そんな風じゃなかった。あの人と二人で恋人のように抱き合って――」
「黙れ」
がっ、と首を掴まれた。
細い指が食い込み、息をするのが難しくなる。
それでも。
知尋はかなめの両手首を掴み、力を込めながら言葉を続けた。
「子供の頃、深海灰人に憧れていた指宿さんは、もっと純粋な望みを持っていたんじゃな……ぐっ」
かなめが勢いよく起き上がり、知尋を逆に押し倒した。
首の手を完全に振りほどけないままのマウントポジション。相手を傷つける覚悟の差が、先程から戦況を悪い方に傾けている。
「そうだ。面倒だからもう殺しちゃいましょうかぁ。でも人殺しして失格になっても困りますねぇ。じゃあ、適当に何カ所か小さな切り傷でも入れて苦しんでもらいますか」
知尋の言葉が逆鱗に触れたらしい。
見下ろしてくるかなめの瞳は全くの本気だった。
彼女は左手で知尋の首を絞めたまま、右手で舞台衣装を探り――。
(ああもう、兄さん代わって!)
ごっ!
思いっきり振り上げられた左腕が、かなめの顔面を直撃した。
首の拘束が緩んだところで、ちさとはかなめを思い切り突き飛ばす。倒れ込んだかなめは、近くにあった椅子の足に軽く頭をぶつけた。
(ちさと!)
(殺しにかかってる子にこっちが容赦する必要ないでしょ? それに、私にとっては女の子同士だし、遠慮なんかしない)
知尋――ちさとは呼吸を整えながら立ち上がり、かなめに歩み寄ると彼女の手を取った。抵抗しようとかなめが暴れても、両者ともに遠慮のない状態なら男の筋力が勝る。
簡単にかなめの後ろ手を取ることに成功。
「……さて。縛る物はっと」
頭に着けていたヘッドドレスを外し、かなめの両手首をぐるぐる巻きにして仮留め。そこからメイド服のエプロンを使ってしっかり縛り上げた。
ハンカチで即席の猿轡も作っておく。
ふう、と息を吐いて主導権を返してくれるので、知尋は苦笑しつつかなめを見下ろした。
――レイプしたこともある相手に今更だが、凄く悪いことをしてる気分になる絵面だった。
「悪いけど、しばらく大人しくしててくれるかな」
甘いと言われても、恨みのない状態で無暗に女の子を痛めつけるのは性に合わない。
憎悪の視線で睨みつけてくるかなめを、知尋は教卓の裏にそっと隠した。
「……あ」
ちょうど、そこに置かれたオレンジ色のボールを発見。
『b』の書かれたそれを手にし、知尋は更に探索を続けるべく立ち上がった。