『赤、青の次はオレンジ? しかも「b」多くない?』
『単語、もしくは文中に複数回使われる文字なんでしょうか』
知尋の報告を受けたルシルがぼやき、華が推測を口にする。
万里歌の『伝心』により、探索を続けながら会話ができるのはやはり便利だ。スマートフォンでの通話だと片手を塞ぐなりなんなりで手間がかかる。
うーん、と、知尋は並ぶ机を一つ一つ覗き込みながら唸った。
『色が順番を表してる、とかなんでしょうか』
『色ごとに別のセット、とかの方がありそう』
と、万里歌が別の可能性を口にする。
『ああ、それはありそうね。四チームでボールを集めるのに、ボールが一セットしかないんじゃキツイだろうなって思ってたのよ』
確かに。
ボールにダブりが存在しなかった場合、各チームとも正解の四分の一程度の部分しか情報を得られないことになる。
これではあてずっぽうで答えるか、他チームと交渉なり奪い合いをせざるを得ない。
『……でも、三セットもあるのもキツイですね』
神代がやや暗い声でぼやく。
万里歌の推測が正しい場合、赤なら赤、青なら青をたくさん集めないと中々正答に辿り着かないことになりかねない。
おまけに、全てのボールがわかりやすい隠し場所にあるかどうかも不明だ。
『結構時間かかる、かも?』
『そうね。今、それは十分に実感してるわ』
知尋も同感だった。
柴鳳の教室はやや狭めで机の数も少ないとはいえ、一つの教室ごとに数十回も机を調べるとなるとかなりの手間だ。
先程、柴龍の女子生徒と出くわしたように、他チームが調べた箇所をもう一度調べる羽目になる可能性も含めるとより徒労感は増す。
『華、回答権は二回まで使ってもいいわ。他の学校に先を越されそうならとりあえず何か答えてみて』
『わかりました。……ところで、答えは英文、なんですよね?』
『さあ? 引っかけで和文のローマ字表記って可能性もあるんじゃない?』
割と嫌な引っかけである。
何しろ大まかなルールを提示したのは鳳だが、回答を決めボールを用意したのは対抗戦の運営スタッフだ。
出題者の性格から傾向と対策を読むのも中々難しい。
回答権は各校三回までなので、でたらめに答え続けることはできないものの、出し惜しみして答えないのも敗北を招くかもしれない。
(とりあえず、取ったボールは他の人に見えないようにしておかないとね)
(そうだね)
エプロンのポケットに収納――しようとして、かなめを縛り上げるのに使ったことを思い出す。幸い、トレーニングウェアにもロッカーの鍵などを入れるための小さなポケットがあるため、そちらにボールをしまった。
机の中、椅子の裏、掃除用具入れに黒板のチョーク入れエトセトラ。
考えられるところは全部確認し、手の届かない照明の裏なども角度を変えながら極力視認し、最初の空き教室からは他にボールを見つけられなかった。
「次、か」
端から探すという初志を貫徹。
さっきの女子生徒が探している可能性を恐れつつ、次以降の教室もチェックしていく。何度も同じことを繰り返していると疲れも出てくるが、同時に作業がルーチン化されて効率も良くなる。
一つ目の教室よりは手早く「何もない」という結果を得られた。
同様に三つ目も空振り。
はあ、と息を吐いて教室を出ると、隣の教室から出てきた女子生徒と目が合った。
にっこり。
彼女は知尋に微笑み、駆け足で隣の教室に入っていった。
「うわ」
後を追いかけようか一瞬考え、止める。同じ教室を争って探すと二人とも作業が荒くなり共倒れする可能性もある。
むしろ、先の女生徒が探し残していそうな場所を考えるべきか。
しばし、ちさとと共に頭を悩ませ、仲間達に声をかける。
『意外な場所にボールがあった、っていうのはありますか? 例えば校舎の外壁とか』
『……凄いとこ言うわね。とりあえず、廊下の天井には一個あったわよ。セロハンテープで張り付いてた』
天井なんて踏み台を置いた上でジャンプしないと届かないだろう。
ともあれ。やはり『落とし物』養成校同士の対抗戦。ただ探すだけでは駄目な例もあるようだ。
ならば一応――と、窓を開けて上下左右の壁を見渡してみる。
「……あ」
あった。
一つ前の教室のあたり。この階と上の階の境目あたりに小さな青色のボール。ガムテープを使って貼り付けられているため、遠目に文字だけ確認することは不可能。
(ちさと、ガムテープを透かして文字だけ見たりできない?)
(ごめんなさい。透視はできないし、私、宙に浮くのは結構難しくて)
さすがにそううまくはいかないらしい。
それでも、見つけた以上はチャレンジしてみたい。柴鳳の面々に空中浮遊だの念動だのの持ち主はいないので、誰がやっても大差はないし。
教室を戻った知尋は再び窓から視線を巡らす。
さっきよりはだいぶ近い。やはり、この教室から取るのが一番楽そうだ。
机を窓際に寄せ、掃除用具入れから箒とちりとりを取り出す。箒の柄でガムテープを剥がし、ちりとりでキャッチするのが比較的安全だろう。
(外壁に見つけたので取ってみます。下まで落ちたら御宿さんが回収してくれると助かるかな)
(わかりました。でも、落ちないでくださいよ。その高さだと怪我で済まないかもしれませんから)
(了解)
『刺激共有』があるので即死はしないだろうが。
もちろん、無茶して怪我をするつもりはない。高さの同じ机を二つくっつけ、しっかりと足場を確保してから上を覗く。
そうして箒の柄をボールに向けて伸ばす。
(……これ、今誰かに突き飛ばされたら凄くまずいな)
(あはは。大丈夫だよ。教室には誰もいなかったんだか――らっ!?)
半ば冗談のつもりで知尋が呟き、ちさとが笑って答えた直後。
二人は言いようのない悪寒を感じて身体の重心を戻す。同時に、どん、と『見えない手』が知尋の身体を押した。
「っ!?」
瞬時に箒から手を離して窓の桟を掴む。
心臓がせわしなく脈打つのを感じながら、飛び込むように教室へ戻ると、舌打ちと共に人の姿が表れた。
「あーあ、失敗しちゃった。だから止めておいた方がいいって言ったのに」
指宿かなめ。そして、白浜早稀。
早稀は知尋からやや離れた位置に立っている。直接手を下したのは、より近くにいるかなめの方だろう。
誰もいないはずの場所に人がいるという矛盾。
早稀の透明になる能力や、鈴の『認識疎外』を知っていなかったら本当に窓から落ち、地面へ叩きつけられていたかもしれない。
――しかし、何故、隣の空き教室で拘束されているはずのかなめがここにいるのか。
「白浜さんは、最初から指宿さんの傍に?」
「うん、そう。まあ、かなめのお目付け役みたいな感じでね」
「お目付け?」
「サポートじゃなくて、無茶しないように見張るのがメインってこと」
上級生――志鶴の指示らしい。
だから、かなめが殺(や)る気満々な時には加勢せずにしばらく様子を見守った。そしてかなめが負けると、知尋がいなくなってから拘束を解いた。
「もう一つ。和泉君のボールを盗み見する目的もあったけどね」
「……あ」
確かに、そうすれば他チームの得た情報を労せずして手に入れられる。
……もしも、携帯電話で通話していれば相談内容まで筒抜けだっただろう。
それに、ボールを盗み見るのに常時、知尋を見ている必要もない。知尋が発見するまで同じ部屋を探索することは可能だろうし、そうして先に入手されたボールもあったかもしれない。
やはり柴鶴学園――深海灰人の信奉者達は一筋縄ではいかない。
『知尋、どう?』
『すみません。指宿さんと白浜さんに妨害されました。窓の外に突き落とされかけましたけど、一応無事です。ボールはそのまま外壁です』
『不幸中の幸い? 不幸すぎるけど』
『了解。なんか、あんたの嫌われようもマジでヤバいわね。……もうボールはいいから、その二人を引き付けておきなさい。悠希、取れそうだったら四階から挑戦してみて』
『わかりました』
心の声での会話を終了。
あらためて、かなめと早稀に向きなおった。
「有馬さんが『正々堂々』って言ったのは嘘だったのかな」
早稀が肩を竦めて答えた。
「嘘じゃないよ。ご主人様からはそう命令されてるし志鶴お姉様もそのつもり。ただの妨害を命じられたのに、かなめが自主的に暴走してるだけ」
本当はボクが止めるべきだったんだろうけど、かなめの気持ちも認めたいから。そう早稀は続けた。
「………」
かなめを見る。
彼女は相変わらず、憎々しげにこちらを見つめていた。
――今、彼女は灰人の命にも従っていないということか。
灰人は自身や『アブソリュート』が国などから敵視されないよう立ち回っているらしい。そこから考えても、対抗戦中に選手同士で殺し合わせる、なんていう方法は避けるだろう。
ご主人様のためと言いながら、かなめの行動は矛盾している。
『ここで潰します。潰しておきます、あなたは』
狂信。
主のために、主の命に背いて行動している。
彼女にそうさせるのは――ミスコンの時から続く知尋との因縁か。
はあ、と早稀が息を吐いた。
「かなめ、ここまでにしておこう。これ以上、和泉君を殺そうとするのはマズイよ」
ここで止めておけば「ちょっと驚かせるつもりだった」という言い訳も通らなくはない。
「ボクが見逃すのも一回が限度だよ。次は止めないとボクまで叱られる」
「……駄目です」
「かなめ」
「早稀ちゃんは思わないんですかぁ? こいつは危険だって。何故、ご主人様はこんな奴を過大評価するんだろうって」
かなめとしても早稀を敵に回すのは嫌なのだろう。
すぐさま攻撃に移らず、会話モードに入る彼女を知尋は見守る。一人で二人を引き付けておけるなら利点も十分にあるのだ。
と、早稀はしばし沈黙して首を傾げる。
「向こうからは攻撃してきてないから、じゃないの? ご主人様だって、わざわざ危険を冒して一般人を殺さないでしょ」
「平気で私を犯すような奴が一般人だって言うんですか!?」
叫び声。
……誰か、事情の知らない人間に聞こえていなければいいが。
いつもの間延びした語尾すら忘れているかなめは気にした素振りも見せない。
これには早稀も顔をしかめた。右手を持ち上げ、人差し指を唇に押し当ててから静かに言う。
「かなめがドジ踏んだからでしょ。攻撃したんだから反撃されるのは当たり前。……だいたい、好きでもない男に抱かれるくらい慣れてるでしょ?」
「っ。早稀ちゃんは、あれを体験してないからそんなことが言えるんです」
一晩かけた凌辱調教。
『願望暴露』を併用し、少女達複数人のサポートまで受けた責めは軽いものではなかったはず。
かなめはそれに耐えきったが、まるきり平気だったわけでもないらしい。
「……ふうん。つまり、かなめはさ」
早稀が目を細め、つまらなそうに言った。
「その子に落とされかけたのが気に入らないから、そんなに怒ってるんだ?」
「!」
かなめが目を見開いた。
彼女は湧き上がる激情を抑えようとせず、振り返り様に早稀を睨みつけ、殴り掛かった。
早稀はかなめの攻撃を余裕をもって回避。すう、と消えてみせる。
ぎりっ。
パンクロリータの少女が奥歯を噛みしめる。
「余計なことばかり言わないでください。私は今、余裕がないんです。仲間だからって容赦しません」
「ま、仲間って言ったって、仲のいい相手以外とは牽制し合ってるだけだしね。ボクは、かなめとは仲がいいつもりだったけど」
「……私だって、そのつもりでした」
かなめは過去形で言った。
それほど――激昂してしまうくらい、早稀の指摘が図星だったのか。的外れすぎて一笑に伏すこともできなかったと捉えることもできるが。
落とされかけたというのが事実でないにせよ、かなめの心に揺らぎが生まれているというのなら。
(『支配者』の洗脳も絶対じゃない、のかな)
灰人の『支配者』は彼の存在――姿や声などを認識させることで、対象を味方に引き入れる能力のようだ。つまり、洗脳は直接的な効果ではなく間接的な効果。言葉や調教によって相手の精神に刷り込む手間がかかる。
また、かなめのように、強い思い入れが裏目に出るケースもあるのだろう。
なら、助ける方法があるかもしれない。
会話でなるべく感情を引き出し、できるなら『願望暴露』を使う。そうして心のゆらぎを大きくできれば、もしかしたら。
「どうする、かなめ? 和泉君を適度に痛めつけるだけならボクも協力する。でも、殺すつもりならボクはかなめを止める」
「……私は」
かなめが俯き、肩を震わせ。
何かを言おうと顔を上げた時。
『お知らせします。四校対抗戦、第三種目の勝者は柴龍学園! 柴龍学園に決定しました!』
寝耳に水のアナウンスが耳に飛び込んできた。