第三種目の勝敗が決する数分前、御宿華は回答ボタンから数メートルの距離にいた。
ルシル主導で決定した作戦に従い、他の四人が集めた情報をまとめて答えを推測する役割に徹していたからだ。
服装は探偵風のものにチェンジ済み。自前の眼鏡と合わせ、見た目からも知的な雰囲気となっている。綾瀬から『略奪』した『なりきり』の効果により推理等の頭脳労働には最適のコンディションだ。
「……でも、まだ情報が足りませんね」
メモ帳代わりにしているスマートフォンに目をやりため息。校舎の壁を背にし、覗き込まれる危険は避けているが、今のところ妨害の気配はない。
ルシル達からもたらされた情報を整理するとこうだ。
・赤のボール――「a」「m」
・青のボール――「b」「y」「a」
・オレンジのボール――「b」「i」
「b」「a」にも重複が見られる。
うまい具合に色がばらけてしまっているが、これは色ごとに別のセットだとする万里歌の推測が正しければ不運だ。
……また、和文の可能性も消しきれない。
母音と子音の割合が良い感じになりすぎている。もし和文だとすると、英文に比べて総文字数は跳ね上がる。もしかしたら、まだ文の一割すら確認できていない可能性もある。
一応、英単語アプリを起動して検索したりもしているが、これという推測は立たない。
せめてあと一、二個のボールが欲しい。
知尋がかなめや早稀に襲われ、探索が滞っているのが痛い。
もちろん、一人で二人を引き付けている彼も十分に仕事はしているし、恨むどころか心配……もとい。
「せめてヒット・アンド・ブローみたいなシステムならまだ別なんですけど」
それならヒット数などから回答を絞り込める。しかし先程、柴甲学園の生徒が回答するのを目撃し、正解・不正解以外の情報はもらえないことを確認している。
――後は、他チームの回答から推測する方法もある。
他のチームも入手した情報からある程度、自信のある回答を用意してくるはず。彼らが使った文字や単語も貴重な情報だ。
味方からの情報か、敵の誤回答。その、どちらかを華は待ち受ける。
と。
ポン、と、スマートフォンから小さな音。
メールでも来たのかと思えば、画面には何やら小さなウィンドウが表示されている。どうやら何かのメッセージのようだ。
『Thanks』
ありがとう。
コンシェルジュ機能の誤作動か何かかと一瞬首を傾げ、直後、別の可能性に気づいた。
……このタイミングでそんな偶然が起こるだろうか。
むしろ、何者かが能力を使用してメッセージを送ってきた――ハッキングによる挑発と捉える方が自然ではないか。
「しまった!」
電子端末をメモに使ったのが失策だった。
顔を跳ね上げた華は昇降口に目をやる。と、ちょうど校舎内から出てくる女子生徒がいた。柴龍学園の代表の一人だ。
間に合わない。
第三種目のルールには校舎から出た生徒を攻撃してはいけない、というものもある。でなければ回答ボタンを押しに来た生徒を襲って情報を得る山賊戦法がまかり通ってしまうからだ。
つまり、彼女の回答は止められない。
華を見てにっこり笑った女子生徒は、妨害を受けることなく回答ボタンを押した。
「“Boys, be ambitious!”」
「正解です!」
少年よ、大志を抱け。
高校のイベントらしい、気が利いているんだか押し付けがましいんだかわからない文句が正解だったらしい。
おそらく、彼女は華の端末をハッキングしただけなく、他校の電話なりメールなりも盗み見ていたのだろう。四校分の情報を得られるなら、むしろ回答に時間がかかったと思えるくらいだ。
情報戦で競り負けた。完敗である。
これで、対抗戦の成績は三校が横並び。
勝負は第四種目にもつれ込むこととなった。
☆ ☆ ☆
「良かった、無事みたいだね」
「ありがとう。……勝てなかったのは残念だったけど、僕としては良いタイミングだったよ」
昇降口前でメンバーと合流した知尋は、神代の言葉に苦笑を浮かべた。
あの後、結局、かなめが何を言おうとしたかは聞けずじまいだった。しかしどのみち、あれよりゲームが長引けば戦いになっていた。無駄に消耗しなくてすんだのは幸いだ。
それに、対抗戦中にかなめ達をどうにかするのは難しい。
チャンスを窺いつつ、無理せず対抗戦終了後に動くことも視野に入れることにした。
「くそ、屋上の空中にぷかぷか浮いてるのとか、せっかく取ったってのに」
柴甲学園の面々の中で、源が悪態をつくのが聞こえてきた。
スタッフが能力で浮かせていたのか。なんというか、物凄い場所に用意されたボールもあったらしい。
『とりあえず、柴鶴学園が勝たなかったのは幸運』
「そうね。これは二勝した学校の勝ちになるかな」
次の種目はグラウンドで行うと告知され、二十分のインターバルが設けられた。
解散を指示されるとすぐ、ルシルが息を吐いて知尋を振り返った。
「で、知尋。向こうの一年生に殺されかけた件はどうするつもり?」
「どうって」
「殺人未遂なんて間違いなくペナルティ材料でしょ? スタッフに訴えなくていいのか、ってこと」
「……でも、実際無事だったわけですし」
ちらりと柴鶴学園の生徒達へ目をやる。
何だか少々、場の空気が冷えているように見える。神妙な顔をしているかなめと早稀、困り顔のまどかとつかさ、表情を硬くした志鶴という構図からして、独断で無茶な真似をした二人が叱責されているのだろう。
はあ、と、頭の中でため息が聞こえた。
(兄さんは甘いよね。特に女の子には。まあ、そこがいいところでもあるんだけど)
同時に致命的な欠点でもある。
対抗戦の勝率を上げる、そのためなら合法的な範囲であらゆる手段を講じるべきだ。そう頭ではわかっているのだが、どうしてもかなめや早稀を傷つけにくい。
彼女達は灰人に洗脳された被害者。そう考えてしまうのだ。
知尋とルシルの話を聞いていた四葉が頷き、静かに告げる。
「和泉君の言いたいこともわかるわ。でもね、私達も仲間が殺されかけて黙っていられるわけがないの」
彼女の瞳には怒りがあった。
目を合わせれば、思わずそのまま飲まれてしまいそうに――感情だけで殺されてしまうのではないか、という気分を味わう。
「俺も気に入らない部分はあるけど、実際悪戯だったかもしれないんだろ? なら、和泉君が良いなら良いんじゃないか?」
「神代君は自分がターゲットでも同じことを……言えそうですね。うちの男は馬鹿ばっかりですか」
華の毒舌に、神代と二人で顔を見合わせる。
情けないが反論できなかった。
「ともかく、明確に命の危険があったのは見過ごせないわ。和泉君自身が何と言おうと曲げられない」
「……わかりました」
どうしても言うことを聞かせたいなら『支配』の効果を使え。
暗にそう言われているのがわかり、知尋は頷いた。
手近なスタッフを捕まえ、先の競技での顛末を申告。
すると、知尋達の相手として選ばれたのは楓だった。
「……嘘を言っているわけではなさそうだな。精神操作系の能力を受けている様子もない」
楓の瞳が知尋を射抜き、見定めるようにしばし停止した。
「いいだろう。柴鶴学園の指宿かなめに警告とペナルティを与える。内容は、そうだな――」
別のスタッフと二、三、言葉を交わした楓が言い渡したのは「第四種目での武器使用禁止」および「再度、過度の暴力的行為が行われた場合は対抗戦自体を失格。および所属校にも何らかの措置を願い出る」という内容だった。
「第三種目は閉鎖空間での競技だったうえ、各生徒がバラバラに動くせいで完全な監視は不可能だった。しかし、残りの種目は全容の把握が可能だ。何かあればその場でスタッフが警告する」
「ちょっと軽いような気もしますけど。和泉君、どうしますか?」
「十分です。ありがとうございます」
実の姉に敬語――なんだか微妙な感覚に陥りつつ礼を言った。
楓はふっと笑い、軽く頷いて踵を返す。
申し出の受け付けにかかった時間や警告の手間などを考慮し、インターバルの時間は十分延長された。
ぽん、と、知尋の肩を叩きながらルシルが告げる。
「じゃ、急いで着替えて作戦会議しましょうか。これ、ヒラヒラしてて動きにくいし」
☆ ☆ ☆
衣装を脱いでトレーニングウェアだけになり、体操着やジャージを身につけ直す。
「次の種目ではハッキングを警戒する必要はないですね」
柴鳳学園メンバーはスマートフォンを使用する必要がない。
また、グラウンドを走り回っての銃撃戦では他校もそうそう連絡を取りあっていられないだろう。
「なら、『略奪』する能力は『認識疎外』にします」
李狐の『幻影』も有用だが、あれは慣れとイメージ力に大きく左右される。それならば、他者から見えなくなるというシンプルな効果の方が安定する。
華が鈴から能力を借り受けた後、全員でグラウンドまで移動。
「うわ」
「これは、凄いな」
校舎より低い位置にあるグラウンドはすっかり競技仕様に様変わりしていた。
まず、各校の陣地と思われるスペースが全部で四カ所、用意されている。四つの陣地のうち二つずつを線で結ぶと直角に交わるような形だ。
そしてフィールド各所には障害物。三角形に積まれたドラム缶や、人が二、三人隠れられる幅のレンガ壁、人一人分に満たない太さの柱、単に土が盛られ盛り上がった地面などが点在している。
第四種目、ペイントボールはガス銃を使ってペイント弾を打ち合う銃撃戦。
障害物をうまく使いながら敵陣に近づき、出くわした敵に対処。なんとかして敵陣のフラッグを狙うのがメインとなるか。
また、観客席はグラウンド内ではなく上方、知尋達が今いる位置に設置されていた。この席もフィールド上の障害物もスタッフの『能力』によるものだろう。
一同はグラウンドに下りず、フィールドを見渡したまま『伝心』で作戦会議をする。
『これなら乱戦にはなりにくそうね』
『はい。ただ、その分、視界も通りづらそうです』
観客席からだとやや距離が遠く、細かい仕草や表情までは読み取れない。愛華達から『伝心』で戦況を伝えてもらうのには多少の支障が出そうだ。
それに、この戦いではほぼ間違いなく「見えない敵」への警戒が必要になる。
早稀の透明化をどう攻略するかは焦点の一つ。屋外での乱戦なので第一種目のように音での判別も困難。狙われたらほぼアウトなレベルだ。
『でも、うちも似たような能力を使える』
隠密性においては鈴の『認識疎外』の方が上だとすら言える。
互いの切り札は打ち消し合うタイプではないので、先に切った方がほぼ勝ちだ。
『御宿さんには柴鶴学園を狙ってもらうことになる……んでしょうか』
『そうね。柴龍を先に潰して心置きなく……っていう手もなくはないけど、向こうが真っ先にうちを狙ってきたらアウトだし』
華には速攻、全速で柴鶴学園のフラッグを狙ってもらうのがベスト。敵陣地に向かう途中で流れ弾に当たるのだけは避けないといけないが。
うまくいけば恐ろしく短期決戦になる。
『幸い、向こうも女子ですからね。第三種目中は割と休憩できましたし、調子もいいですから多分、私の方が速いです』
速いといえば柴甲学園の源にも注意がいる。
早稀の透明化ほどでないにせよ、高速移動も切り札になりえる。拘束での回避行動と共にフラッグを狙われれば確実に迎撃できるとはいえない。
また、依然として能力の判明していない生徒も多い。
他にも致命的な能力がある可能性は十分。全てはとても想定しきれないが、無策で挑むのも危険すぎる。
自陣の防御をしつつ的確に攻勢をかけなければならない。
十数秒間、ルシルが黙考してから指を立てる。
『プランA、華も含めたアタックチーム全員で柴鶴学園を狙う。プランB、柴鶴学園を仕留めるのは華に任せて他校を同時攻略する。どっちの場合も最低一人は陣地に残す前提ね』
どっちがいいかと尋ねられ、知尋は他の三人と共に悩んだ。
確実に柴鶴学園を負かしにかかるか、多少のリスクを取って短期決戦――他校が態勢を整える暇なく勝負を決めにかかるか。
『俺はAがいいです。あの白浜さんは放置したらまずい』
『私もA。ここで賭けに出る必要はない』
『私はBですね。足並みを揃えたらスピードが落ちます。それで競り負けたら元も子もありません』
『……僕もBです。指宿さん達なら、全員で僕達を待ち構えていてもおかしくない』
集団戦になったら、味方の誤射で華がアウトになるかもしれない。
迅速性と隠密性を第一に華が勝負を決める方が、柴鶴学園への勝率が高いと考える。
『ん、私もBかな。なるべく奇襲で決着をつけたい』
二対三でプランBが採用された。
更にいくつか細かな作戦を話し合い、ついでにちょっとした道具を準備してからグラウンドに下りた。
フィールドの端に集められ、スタッフ主導による説明、準備が始まった。