「第四種目は既にご説明した通り、ペイントボールという競技です」
海外では割と知られた競技らしい。
マーカーと呼ばれる特殊な銃と、人体に無害なペイント弾を使って行われる。
「本来、複数のルールや取り決めが存在しますが、今回は単純なルールを使用します」
各校五名までを一チームとし、四チームが入り乱れて行う。
弾に当たったら退場。自分のチームに置かれたフラッグが倒されたり奪われた場合はチーム全体の敗北となる。
能力の使用は自由。ただし当然、殺害や重傷を負わせる行為はペナルティ対象。
あくまでマーカーで弾を当てるかフラッグへの攻撃が勝利条件だが、一応、肉弾戦も許可されている。まあ、ペイント弾でも弾速がそれなりにあるので、基本的に殴り合う必要性はあまり無いだろう。
「必要な道具はこちらで準備してあります」
道具で優劣がつかないよう、均一なものが配布される。
マーカーはモデルガン的なものかと思いきや、もっとホビーよりのデザインだった。これにはマガジンが付属しており戦闘中に弾込めする必要はない。ただし単発式のため、リロードには片手でのワンアクションが必要だ。
また、セットで重要なのが口までを覆うゴーグル。ペイント弾は当たると数日間は痕が残る威力のため、顔はしっかりとガードする必要がある。同時に、汚れをガードする意味合いと身体の防御のために迷彩服的なものと手袋も用意されていた。
「ふうん。案外、本格的なんですね」
かわいくないです、などと言いながら装備を身に着ける華。口とは裏腹にしっかりと準備はしているものの、ミリタリー系には特に興味がなさそうだ。
「……ちょっと動きづらくなるな」
肉弾戦派の神代は迷彩服の着心地に微妙な表情。ルシルと万里歌も淡々と準備をしていて、柴鳳面子のテンションは低めである。
知尋としては、この手のゲームは危険だという印象が若干、改善された認識。
意外と健全というか、安全への配慮がされている。
ただ『落とし物』達が能力ありで行うとどうなるのか。
「では、陣地の決定を行いたいと思います。各校代表者一名は順番にこのクジを引いてください」
副会長のルシルが他校のリーダーとじゃんけんし、その上でクジを引いた。
結果、柴鳳学園に割り当てられた陣地はグラウンドの入り口から見て左端、数十センチほど地面が盛り上がった地形だった。
敵の接近を把握しやすいのが利点で、敵から視認されやすいのが難点というわかりやすい陣地である。フィールド上の障害物のお蔭で敵陣から丸見えにはなっていないのが幸いか。
柴鶴学園は知尋達の正面、障害物が多く守りに堅い陣地。
柴龍学園はグラウンドの手前側にあるオーソドックスな陣地で、柴甲学園は知尋達とは逆に窪地にある陣地を引いた。
「十分後に競技を開始します。移動と準備の上、陣地内で待機してください。待機できていない者はその場で失格とみなします」
スタッフはそれで説明を切り上げ、解散を指示した。
各校それぞれに動き出す中、ルシルが声を上げる。
「よし、急いで準備しよう。時間無いから全員走るわよ」
全員が頷き、作戦に必要な作業を行うため駆け足で動き出した。
☆ ☆ ☆
十分後、競技は滞りなく開始された。
拡声器を使ったアナウンスと、直後に鳴り響いたピストルの音が合図となる。
「行ってきます」
開始と同時。
華が銃――マーカーを手に飛び出していく。
知尋の目にはしっかりと視認できているのは鈴の時と同様だが、彼女は既に『認識疎外』が発動させているはずだ。
プランBに従い、柴鶴学園への攻撃は華に任せる形となる。
「じゃ、私達も行きましょうか」
『迅速行動』
数秒遅れ、ルシルと万里歌も陣地から移動を開始。
彼女らが数メートル離れたところで、知尋は留守番役の神代を振り返った。
「神代君、守りは任せたよ」
「ああ、任せてくれ」
右手に持ったマーカーを掲げて神代が笑む。
――相談の結果、陣地の防御は彼一人に任せることになった。
理由は柴鳳側の陣地があまり防御に適していないことと、それ以上の人数を裂くと攻撃が手薄になりかねないからだ。
その上で、誰か一人を選ぶなら神代がいいと結論。
『柴甲の『加速』する奴は野生の勘に任せるのが一番でしょ』
『……野生、ですか』
ルシルの言い方に若干、心外そうな表情を浮かべたりはしていたものの、神代も決定自体には素直に従った。
実際、源に対処できる可能性が最も高いのは神代だ。
このゲーム、勝たせたくない学校にエースを送り込むのが基本的なパターンのはず。となれば、三分の一の確率で源が陣地に送り込まれてくる。彼と一度戦って呼吸が掴めており、運動能力も高い神代を配置しておくのが無難だ。
そして、ルシルは柴甲学園を、万里歌は柴龍学園を単独で狙う。
二人は華の攻撃が行われた直後に行動を開始する手筈だ。華が柴鶴学園のフラッグをうまく奪取できれば、一校が脱落した報の直後に奇襲が行われる形となる。
残る知尋は遊撃部隊。
華やルシル、万里歌よりもやや遅れて移動し、状況に応じて自由に動くよう言われている。
各校に一人ずつ振り分けると一人余る、というアバウトな理由だが――真面目な役割としては他校の攻撃部隊を中央付近で迎撃したり、万一華が失敗した場合にフォローしたり、ルシルや万里歌がヘルプを必要した場合に対応する等々、役割は多い。
ここをルシルが受け持つパターンも挙がったものの、ここはむしろ攻撃に全力を注ぎ『天才』的センスで一発狙いをしてもらうことになった。
『それに、あんたなら色々小回りも利くでしょ』
『……あはは。僕の能力は殆ど、役に立たない状況ですけど』
とはいえ、一つばかり切り札というか隠し玉もある。
(いざとなったら私を奇襲に使ってね、兄さん)
(うん、頼りにしてる)
妹、ちさとの存在である。
幻影として実体化できる彼女は『いないはずの六人目』として機能する。わざと姿を見せて相手の攻撃を誘ったり、知尋と手分けして索敵範囲を広げたりと、物凄く便利な使い方ができるはずだ。
――第三種目で温存しておいた分、ここで存分に生かす。
落ち着いたペースで陣地を出る。
緩やかな坂を下り、水分を含んでぬかるんだ地面を慎重に抜けた。固い地面に出たらまず靴についた泥を落とす。
正面にはレンガの壁。
右側から迂回し、周囲を窺いつつ進む。
『白浜早稀の姿が消失。『鶴』は城崎まどか以外の三人で『龍』陣へゆっくり移動中。『龍』は全周防御。『亀』は源勝也のみが『鳳凰』へ侵攻』
動きつつ、脳内に響く声を聞く。
観客席からの俯瞰情報の伝達は真里亜に任せた。愛華や李狐なども加えて複数人で喋られると「混線」する恐れがあるため、学校名などは略しつつ簡単に実況してもらう手筈だ。
『了解。なら、私は近づきながら様子を見る』
柴鶴学園と柴龍学園が衝突してくれるなら、万里歌は無理に動く必要がない。
続けて華、ルシルが心の声を伝えてくる。
『一騎打ちですか。『亀』よりの位置から『鶴』のフラッグを狙います』
『私は陽動に徹するわ。悠希、防御は任せた』
『了解です』
神代が短く答える。
さて、知尋は。
『僕は『鶴』『亀』よりに移動して状況を見ます』
『お願い』
大規模な戦いがありそうな柴龍側から離れ、柴甲側に寄った。
なるべく視線の通らない位置を心がけながら移動。
静寂の中をゆっくり歩いていると、
ぱすっ。
空気を裂いて軽い音。
同時に、知尋の傍を何か小さな物が通り過ぎた。
近くにあった柱に一、二センチ程度のオレンジ色をした円が描かれる。
(兄さん、敵!)
(っ)
反射的にちさととの多重思考を発動。
驚きに硬直しそうになる身体を無理矢理動かすのと、立て続けに二度、発砲音が響くのは同時だった。
敵からの攻撃は間一髪で命中せず、またも脇を通り過ぎる。
――止まるな!
自分に強いて命じ、小走りに移動しながら射線の元を追う。
攻撃が来たのは柴鶴学園と柴龍学園の陣地のある方向。しかし、そちらに人の姿はない。
既に隠れたのか。
いや、近くに敵が来たのなら真里亜が警告しないはずがない。発砲してきたのは真里亜の目に映らない敵。
「白浜さん!?」
「正解。……うーん、外したか。この銃、連射するのは慣れないと難しいね」
期待はしていなかったが、いともあっさり返事があった。
……余裕のつもりか。
知尋はすかさず声のした方向へ射撃した。
ぱすっ。
先程聞いたのと同じ空気音と共にペイント弾が発射され、
「残念」
弾は命中せず地面へ落ちた。
連射を狙って指を動かすも、早稀の言った通り慣れが要るらしい。素早くやろうとしたら指が引っ掛かってうまくいかなかった。
悔しさを覚えつつ近くの壁に駆けこむと、そこへ数発の弾が着弾。
ちっ、と、早稀が舌打ちする声。
「駄目か。まあいいや、深追いはしないでおくよ」
そんな声と共に足音が遠ざかっていく。
フェイクかとも思ったが、数秒待っても追撃が来ない。
『白浜さんに攻撃されました。どっちも無事です。彼女はそのまま神代君のところに向かったと思います』
『なら私の方が速いですね。時間を無駄にしたことを後悔させてあげます』
華が頼もしい宣言をしてくれた。
知尋は深呼吸をして気持ちを整える。
いったん危機は去った。陣地には一応、早稀対策を用意してある。下手に追うよりも神代に任せた方が良い。華が柴鶴学園のフラッグを奪取してくれれば、そもそも早稀の攻撃自体が発生しない。
予定通りのポイントに移動しよう。
そう決めた知尋の頭に真里亜の声が響く。
『和泉君。源君が近づいてきているから気をつけて』
予想外の事態だった。
☆ ☆ ☆
神代悠希は一人、自陣のフラッグ付近で待機していた。
広いグラウンドに生徒がたった二十人。障害物で音が遮られることもあり、神代の耳に入ってくるのは風の気配だけだ。
静寂の中、正面、柴鶴学園の陣地がある方向をじっと見つめる。
すう、と深呼吸。
……先程、知尋から「早稀が近づいている」と警告された。
また、警戒していた源は知尋へ接近しているらしい。
――二人ともこちらに来られたらまずかった。
正直に言って、あの二人をまとめて相手にする自信はない。
格闘戦ならまだやりようはあるかもしれないが、銃撃戦では数の不利は致命的だ。
知尋には悪いことをするが、最低でも早稀をどうにかするまで源を引き付けておいて欲しい。
そもそも、早稀を確実に倒せるかどうかもわからないのだ。
まずは、彼女の接近を感知できるかが勝負。
感知できる可能性は大きく二つ。うまいこと相手が足音を立ててくれること。そしてもう一つは、
つぷ。
ぬかるんだ地面に、靴が沈む音。
背後から聞こえたかすかな音を聞き、神代は即座に身を翻した。
ぱす、ぱす、ぱす。
立て続けに撃ち出されるペイント弾は、フラッグの芯にも神代の身体にも当たらない。もともと、弾でフラッグを倒す、なんていうのはよほどうまく狙わない限りは無理なのだ。
旗を奪われる前に迎撃してしまえばいいだけ。
身を屈めて素早く移動しながら、神代は反撃に転じる。
マーカーの引き金を立て続けに引く。
発射音が半分重なるように響き、何発もの弾が発射される。不自然に虚空で消えた弾――透明化した早稀に命中した弾はなかったが、ぬかるんだ地面にぱしゃぱしゃと、音と足跡とが増えていく。
前進するのは無理と判断したか。
しかし、それは神代に特定材料を増やすことに他ならない。
彼は自身も回避行動を行いながら、早稀の足取りを追い、先回りするようにして引き金を引いた。
――前日が雨だったわけでもないのにぬかるんだ地面。
早稀の接近を神代に教える形となったこれは、もちろん自然にできたものではない。準備時間を使って五人が作り出したものだ。
手近な掃除用具入れからバケツを拝借し、水を汲んでは周囲の地面に撒く。
グラウンド付近の水場と自陣を行ったり来たりすること数回、なんとか靴が微妙に沈むぬかるみを作ることができた。
まあ、特に働いた男性陣――というか主に神代は余分な疲労を貯める形になったが。
彼がこうして自陣で静かに待っていたのは、余力を温存するための方策でもあった。
ぱぱぱぱぱ。
「あたっ」
空気音の後、どてっと誰かが倒れる音。
併せて聞こえた悲鳴はペイント弾が命中したからか、それとも転倒によるものか。
結論を出すより先にマーカーを動かし引き金を引いた。
同時に、威勢のいい声が上がる。
「っだぁっ!」
ペイント弾……ではなく、|マーカー(・・・・)本体が飛んできた。
神代は予期しない攻撃に一瞬硬直し、そのせいでマーカーを避けられなかった。固い銃の本体が左足を直撃し、ずきんと痛みが走る。
代わりに、投擲した早稀はペイント弾を避けられなかったらしい。姿を現した彼女は迷彩服の背中、オレンジ色に染まった部分をさすりながら立ち上がった。
わざとらしく両手を上げて悪戯っぽく笑う。
「参った。降参だよ。っていうか失格だけどね」
「……いや、こっちもやられたよ。最後の一撃のせいで、競技中は全力で走れそうにない」
「それは良かった。旗狙いが無理そうなら神代君を無力化してこい、って言われてたんだよね」
向こうも色々と作戦を練っているらしい。
早稀の透明化で柴鳳を制圧。できなければ神代を押さえたうえ、柴龍学園を制圧したメンバーが柴鳳に向かう、といったところだろうか。
『柴鶴学園・白浜早稀、被弾!』
「じゃ、ボクは行くよ。勝たない程度に頑張ってくれると嬉しいな」
「ああ。全力で勝ちに行かせてもらうよ」
妙な会話を交わしてから早稀と別れる。退場する早稀はグラウンドの外周をぐるりと周って場を離れるようだ。
さて、こちらの状況を報告しなくては――。
『華? そっちはどうなったの?』
『すみません、奇襲に失敗しました。今、有馬志鶴と交戦中です!』
心の声を発しようとした神代は、ルシルと華の交信に危機感を募らせた。
……早稀の迎撃に成功して一安心だが、どうやら柴鶴学園側も一筋縄ではいかないらしい。
更に。
『柴鳳学園・葉月万里歌、被弾!』
そこへ飛び込んできたアナウンスが、更なる場の混沌を予感させた。