万里歌は仲間との相談通り、障害物に身を隠しながら柴龍学園側へと進んでいた。
小柄かつ声を出せない体質の彼女は、比較的、音を殺しての行動に適性がある。
『葉月先輩。『鶴』の城崎まどかと『龍』五名が接触しました。交戦には入らずに交渉を行うようです』
『わかった。ありがとう』
真里亜からの報告を受けた万里歌は、聞き耳を立てることにした。
――敵を見つけたら即発砲、細かいことは撃ってから考えるくらいで丁度いいこの競技において、交渉とはどういうつもりか。
二校が集まる状況で下手な行動は逆効果、ここは様子を見ようと考えた。
「それで同盟か」
「ええ。他の二校――特に柴鳳学園が落ちるのはお互いにとってメリットだと思います。協力して邪魔者を片づけてから、あらためて雌雄を決するのはいかがでしょう?」
「……なるほど。悪くない話だな」
同盟。
どうやら柴鶴学園は柴龍学園と組んで他の二校を潰すつもりらしい。確かに、現状の勝ち数は柴甲学園以外が一勝で横並び。ここで「勝ちたい」のも「負けたくない」のも同じはずだ。
果たして柴龍学園側がどう出るか。
「お前らはどう思う?」
リーダーらしき生徒がメンバーに問いかけるのが聞こえた。
すると、メンバー内の意見は二分する。ここは話に乗っておこうとする者と、むしろ単独で無防備なまどかを撃ってしまおうという者。
無理もない。勝利を目指すならどちらの案にもメリットが……。
『深海さん。『鶴』の後二人は?』
『磐木つかさはやや離れて周辺警戒にあたっています。指宿かなめは――柴龍学園の陣地に後方から接近中!』
心の声だというのに、真里亜の報告はやや慌てたような響きを含んでいた。
詳しく観察した真里亜によると、かなめは小刻みに透明化しながら少しずつ敵陣に近づいているらしい。
『彼女の『端末』は他者の能力をCランク相当で使えるものです。おそらく白浜早稀の透明化能力を用いているのでしょう』
効果が劣化した結果「止まっている間だけ」透明になれるようだ。
柴龍学園も交渉中、周辺警戒を完全に断っているわけではないので、さながら「だるまさんが転んだ」のごとく人目を盗んで近づいている。
彼女の目的は?
……決まっている。奇襲だ。それが「交渉が決裂した時」なのか「交渉と見せかけて会話している間」なのかはわからないが。
できれば警告するべきだ。
かといって万里歌には大声で注意する方法が取れない。それに、柴鶴学園側にもバレる方法だと身の危険が大きい。ならばどうすればいいか。
――第三種目前のミニライブを思い出す。
あの時、万里歌の『伝心』は他校の生徒達にも届いていた。あの時の共感がまだ有効なら。
『柴龍学園のリーダーさん、聞こえる? 柴鶴学園の子が後ろからこっそり近づいてるから確認して。向こうはそっちを騙すつもりかもしれない』
「……え?」
リーダーと一対一の『伝心』チャンネルを開いて囁くと、リーダーは驚いた様子で間の抜けた声を上げる。
「どうしました?」
「あ、ああ……いや」
まどかに尋ねられたところでようやく状況を理解したらしく、彼は曖昧に言葉を切った。
そして。
「なあ。あの子はそこで何やってんだ?」
「……あら、バレてしまいましたか」
うまくいった。
一人、物陰でほくそ笑む。と、そこに。
『葉月先輩! 磐木つかさがそちらに向かっています!』
反射的に顔を上げ、万里歌はマーカーを握りしめる。
近づいてくる足音を認識し、そちらにマーカーを向けて――。
「邪魔者は排除させていただきます」
淡々とした声と共に飛び出してきた小柄な少女、磐木つかさと弾を交錯させた。
結果は、心の準備ができていたかどうかが分けた。
万里歌の撃った弾は僅かに目標を外れ、つかさの弾は万里歌の胸に着弾する。
『柴鳳学園・葉月万里歌、被弾!』
ああ、やられてしまった。
序盤での退場を万里歌は悔しく思いつつ、同時にしてやったりとも思う。
何故なら、これで柴龍学園と柴鶴学園は。
「俺に知らせてくれた子が……なるほど、やっぱり俺達を騙すつもりだったんだな?」
「まあ、人聞きの悪い。そもそも騙される方が悪いのではないですか」
直後、いくつもの空気音が立て続けに響き――生徒の被弾アナウンスが連続して行われた。
☆ ☆ ☆
「ラッキー、お前か! ここで会ったが百年目!」
高速で駆け込んできた源が、威勢よく叫びながらマーカーを構える。
知尋は彼に対して迎撃の弾を放ちつつ、ちさとと二人、全力で身体を動かした。
近くの遮蔽物に飛び込んで相手の攻撃をかわし、すぐに飛び出して攻撃する。時には入った側から出たりとフェイントを繰り返し、幾度かの攻防を繰り広げた。
幸か不幸か、移動しながらの銃撃戦で決着はつかなかった。
しかし、『加速』を持つ源に対処するのは物凄く神経を使う作業であり、知尋はちさとと二人の分業であるにもかかわらず、たった一、二分で疲れが出始めた。
せめて少しだけ。
物陰で数秒間、呼吸を整えていると背後から気配。
「っ!」
ばっ、と、マーカーを構えて振り返る。
そこでは、こちらにマーカーを突き付けた源がにっと笑っていた。
「このままじゃ相討ちだな。そこで提案があるんだけどよ」
「……提案?」
会話すると見せかけて撃たれないか――そういう小細工をするタイプではないだろうが――注意しつつ首を傾げる。
「そうだ。ここは一つ『決闘』といかないか?」
背中をくっつけて三歩、のちに振り向いて引き金を引くウエスタンスタイル。
どちらかが勝つか、あるいは相討ちか。いずれにしても勝負は一瞬。分かりやすく手っ取り早い、いかにも源が好みそうなやり方だ。
だが、決着が早くつくのは知尋にとっても悪くない。
「わかった」
「へへ。そうこなくっちゃ」
にっ、と笑む少年の顔は屈託なく、この状況を心の底から楽しんでいるのがわかる。
(ごめん)
(しょうがないよ、これは勝負なんだから)
心中の呟きにちさとが反応して慰める。
――ここが切り札の切り時だ。
「じゃあ」
「始めるか」
しばし二人、銃を下ろして呼吸を整えた後。
知尋は源の硬い背中を感じながら彼と囁き合った。
「一」
「二」
「三!」
同時に言い合いながら、一歩ずつ進み。
三歩目で勢いよく振り返る。
『柴鳳学園・葉月万里歌、被弾!』
そのアナウンスを意識の端に流しながら知尋は銃を構え、振り返る勢いのまま横に地面を蹴った。
見え見えの奇策。相手が源である以上、即座に察知されて対応される。
――普通なら、そうだ。
「なっ!?」
しかし、源の正面、眼前には迷彩服とゴーグルを身に着けた、知尋とそっくりの少女が接近していた。
いるはずのない間近に敵の姿を見つけた源は反射的に引き金を引き、ペイント弾がちさとを透過したことに驚愕する。
この『決闘』方式においては十分すぎる隙。
ぱすっ。
知尋のマーカーから発射された弾が、源の右腕あたりにあっさりと着弾した。
同時に幻影――ちさとの身体は宙に溶けていく。
(ありがとう、ちさと。お疲れ様)
(ん。私の身体は疲れないから、どんどん頼んでくれていいよ)
『柴甲学園・源勝也、被弾!』
柴甲のエースが脱落した報は、万里歌の被弾アナウンスを切っ掛けとした立て続けの報の中に混じる形となった。
「な……おま」
源が目を見開いて知尋を見る。
彼はそれから自身の身体を見下ろし、迷彩服に残るペイント弾の跡を視認。ぱくぱくと口を動かした。
「い、今のは卑怯じゃね?」
「そう言われても。源君だって、いざとなれば加速するつもりだったんじゃ?」
「それはまあ、そうだけどな……」
微妙に納得がいかないと、ぶちぶち言いつつ源は立ち上がった。
「とりあえず、お前とはちゃんと試合でも戦う。……だから、今回は負けにしておいてやる」
「あはは……あ、ありがとう?」
その場を離れていく源をしばし見送る。
一応、彼がそれ以上何もしてこないのを確かめたところで。
(兄さん。華さんの所へ)
(うん。行こう)
万里歌が脱落したため、『伝心』による情報伝達はもう競技中に使えない。
華が奇襲に失敗し志鶴と交戦中、という情報は知尋にも届いていた。あれから両者が脱落した報は入っていない。
先程の脱落ラッシュで聞こえた名前は柴龍学園が五、柴鶴学園が三だった。
柴鶴側が何か策を使ったのか、柴龍学園は一気に全滅。一方、これで柴鶴学園のメンバーも志鶴一人。
――こうなれば柴甲学園の残る四人も動き出す。
残り一人になった以上、志鶴は陣地から離れられない。
柴甲が先に狙うのは柴鳳の可能性が高いが、かといって彼らへの対処を先に回すと柴鶴学園に漁夫の利を取られかねない。
柴甲陣地の近くにいるルシルになんとか時間稼ぎをしてくれること、自陣まで届いた敵は神代が対処してくれることを願うしかない。
他選手と出くわす可能性がほぼなくなったフィールドを知尋は走った。
障害物を避けつつ一目散に進み、間もなく柴鶴学園の陣地へ――。
刹那、知尋の脇をペイント弾が通り過ぎた。
迎撃?
違う、流れ弾だ。
柴鶴学園の陣地付近では頻繁に二者の弾が飛び交っている。
一方は有馬志鶴。自らのフラッグ付近を軽いステップで動きながらマーカーの引き金を引く表情にはどこか余裕が見られる。
もう一方は華。『認識疎外』により一方的に有利なはずの状況にあって、何故か彼女は土埃にまみれ、荒い息を吐いている。
二人とも知尋にはまだ気づいていない。
咄嗟に物陰に隠れ様子を窺う。
(兄さん。有馬さんには華さんが見えてるの?)
(いや、違うと思う)
志鶴の弾は大まかに華のいる方向に放たれているものの、狙いを外れたものが多い。だいたいこの辺り、という見当だけつけて撃っているのだ。
それくらいなら、雑音の入らないこの一帯で耳を澄ませていればできなくはない。
何しろ華にはもう、隠密行動を取る余裕はなさそうだから。
「くっ……」
華が移動しようと地面を蹴る。
直後、彼女は地面にできた出っ張り――一センチ未満の盛り上がりに躓いて転倒する。音を聞いて銃口を向けた志鶴の弾がギリギリをかすめて着弾する。
身を起こしてペイント弾を発射しようとすれば、手汗で指が滑り不発に終わる。
見れば華は片方の靴を脱いでいた。地面に転がる彼女の靴は、靴紐が切れて役割を果たさない状態になっている。
「何だ、これ」
異常だ、とすぐにわかった。
今、ほんの少し見ただけでも、華は計三つのアクシデントに見舞われている。これが今まで幾つも重なったために奇襲に失敗し、交戦が続いているのだろう。
むしろ『認識疎外』が無ければ即座に負けていたかもしれない。
――『支配』の効果で好調を維持しているはずの華を、こうも簡単に。
偶然。
実力に関係なく、他者が都合のいいアクシデントに見舞われる。結果、志鶴は労せずして勝ちを拾う。
おそらくはそういう能力なのだろう。
タイミングよく援軍が来る、クジで当たりを引く等「自分を直接的に助ける」幸運を持つ四葉とは対照的。それでいてよく似た能力。
このままではまずい。
一対一では分が悪くても二対一なら。
思った知尋は物陰から飛び出し、志鶴に銃を向けて。
かつん。
靴が地面の小石を蹴り、それが志鶴の目に留まる。
連射した弾がギリギリ、本当にギリギリのところで回避された。
「ああ、ようこそ和泉君」
志鶴が笑んで引き金を引く。
かわすには全力で身を投げ出す以外になかった。
「和泉君!」
叫んだ華がマーカーを志鶴に向け、引き金を引いて愕然とする。
弾が出ない。弾切れだ。
「こんな時にっ!?」
開戦から絶えず打ち続けていたなら無理もないが、タイミング悪すぎる。知尋達も四葉の『幸運』を受けているはずだが、六分の一ずつでは「なんとか知尋が間に合った」のがせいぜいの効果か。
「そちらの生徒会長さんがいれば、話は違ったかもしれませんが」
言って、志鶴が華に牽制の一発。
びくっと身を震わせ、反射的に身体を動かした華は、弾にこそ当たらなかったものの大勢を崩して倒れ込む。
彼女を助け起こしたいのを堪え、知尋は交戦の隙に物陰へ隠れた。
(ちさと、同時に左から)
(ん、兄さんが右からね)
せーの、で飛び出す。
振り返った志鶴は驚きに目を見開き、しかし半秒ほどでにっこりと笑う。
「ああ、片方は『幻影』ですか」
飛び来る弾をちさとは無視し、知尋は右に飛んでかわした。
「そっちが本物ですね」
追撃を走り続けてかわす。
しかし、そろそろ華が起き上がる頃――。
「連携を狙うのは構いませんが、目線を送るのはどうかと」
今度は銃口が華の方へ。
知尋の視線から位置を割り出したのか――ペイント弾が華の胸元を直撃した。