(あの人、本当に強い!)
(うん……!)
再び障害物に隠れた知尋は呼吸を整えながらちさとに答えた。
有馬志鶴は間違いなく強い。彼女が第一種目に出てきていたら神代も危なかったかも……と思うものの、きっと志鶴は「不確定要素の少ない戦い」を避けたのだろうと思い至る。
偶然の介入する余地が大きければ大きいほど力を増すタイプなのだ。
だとすると土の地面、かつ弾詰まりや弾切れの起こるこの戦いはまずい。
志鶴が目立った動きをしなくても、敵の側が勝手に事故を起こしてくれる。敵の手札の中では、陣地防衛にこれ以上向いた者はいないだろう。
(向こうの弾切れは?)
(節約して撃ってたなら多少残ってるはず。華はなるべく早く終わらせようと沢山撃ってただろうし)
意識して動くことはできるが宛てにはできない。
こうして隠れていれば志鶴は無理に攻撃してこないだろうが、二対四で戦っているルシル達を放置もできない。
焦れば、それが隙に繋がる。
――悪い方へ悪い方へ向かおうとする思考を押しとどめる。
切れる手札はなんだ。
『刺激増幅』は無意味。『読心』では弾速に追いつけない。『睡眠促進』や『支配』などもっての他。この局面で新しい能力の覚醒に期待するほど頭がお花畑にできてはいない。
『補助人格』ちさととの同時攻撃で二択を迫るのは有効だが、それだけで彼女に迫れるか。
(……一応、|アレ(・・)は使えるのかな)
(目にゴミでも入らなければ、奇襲にはなるかもね)
(それは……ない、と思いたいけど)
華のあの有様を見た後では自信がない。
ちさとと相談、というか言い合いをするうちに多少の時間が経過。被弾した華が場を離れたのを遠目に見た知尋は行動を開始することにした。
(ちさと!)
(うん!)
物陰からちさとが飛び出す。ただし、一人で。
「……む」
ぱすっ。
空気音が一発響き、撃たれたちさとが知尋の中に戻ってくる。
とりあえず一発、無駄に使わせた。
「小細工で弾切れを狙うつもりですか? もしそうなら無駄ですよ」
それはそうだろう。
彼女は自らの能力に自信を持っているらしい。実際、それだけの力もある。ならば、延々幻を撃ち続ける必要もない。
もし、幻と見せかけて知尋が出たとしても、初撃を『偶然に』知尋のアクシデントで防いでから反撃すればいい。
なら、これはどうだ。
ちさとと別れずに物陰を飛び出す。
迎撃を警戒したものの、やはり志鶴は自分から撃とうとはしなかった。
こちらから構えて撃った弾は、
こつっ。
何もない地面で足がもつれて宙を過ぎる。
方向を補正して連射した弾も余裕のステップで避けられた。
知尋は身を起こしながら顔を上げ、自身へ向く銃口と、志鶴の瞳とを見つめた。
「……あっ」
志鶴が顔を赤らめ、瞳を閉じた。
同時に飛び出した弾は、知尋の回避行動を追い切れずに行き過ぎる。『願望暴露』で脳裏に浮かんだ映像に志鶴が反応した結果だ。
……かなめから情報は行っていても、自身の願望を幻視させられて無反応でいるのは難しい。あまり真剣勝負の場で使う能力でもないのだが、この際、そんな贅沢は言っていられない。
短い猶予の間に二の足で地面を踏む。
目を開いた志鶴が視線をやや下、知尋の胸あたりに向けたところで『分身』する。
やや腰を屈めた姿勢でマーカーを手にし、ちさとと二人、左右から志鶴を狙う。
こうなれば、どちらを迎撃するか一瞬迷う。両方を狙えば精度が落ちるし弾も余分に使う。相手を見極めようと目を凝らせば『願望暴露』の餌食になりかねない。
短い硬直時間の後、志鶴は一方――ちさとの側に銃口を向けた。
ぱすっ。
軽い空気音と共にペイント弾が透過する様に、柴鶴の生徒会長が驚きを見せた。
二択で正解を選ぶ自信があったのかもしれない。
「これでっ!」
勝負をつける。
知尋は志鶴の隙を突いてペイント弾を連射した。回避しながらの攻撃は案の定、またも転倒によって邪魔されるも、起き上がるのを諦めて銃口を引き続ける。
撃ち尽くしても構わない。
一発でも当たれば勝ちだ、と乱れ撃つ様に、さすがの志鶴も焦りを見せ、身を翻しながら引き金を引いた。
そして。
「くっ」
「うっ」
幸か不幸か、二人の迷彩服にオレンジの染みができたのは同時だった。
――後に聞いたところ、知尋と志鶴が対決する中、四葉は『幸運分与』の対象を変更、第四種目から脱落した万里歌と華を対象外にしていたらしい。
少しでも残った知尋達の助けになれば、と。
六分の一から四分の一へ。
もしかすれば、その僅かな『幸運』の差が勝敗を分けたのかもしれない。
「……予想以上です」
ゆっくりと状況を確認した志鶴がふっ、と微笑を浮かべた。
「情報を握り、そのうえで後の先を取る予定だったのですが」
「僕達の動きが分かっていた、ってことですか?」
「ええ。もう隠す意味もないでしょうから言ってしまいますが……我が校の磐木つかさは『遠視』、視覚を遠方に飛ばす能力を持っているのです」
この能力で開始直後、というか競技が始まる直前からフィールドを俯瞰していた。
だから、彼女達にはフラッグの防衛に残ったのが神代だということもわかっていたし、ルシルと万里歌が向かった先もわかっていた。
知尋達が取った早稀対策も知っていて、それでも勝算は五分と見たのだが失敗。
柴龍学園への同盟交渉、および奇襲でのフラッグ奪取という二段構えの作戦も失敗し、志鶴自身も知尋の力量を見誤った。
ついでに、第三種目でもつかさの能力で他校の情報を盗み見るつもりだった――だから柴鳳の妨害に割く余裕があったのだが、より競技に適した能力者が柴龍学園にいたせいで計算が狂った。
「……下手したら両方取られていたんですね」
「そうですね。実際の結果は御覧の通りですが」
苦笑した志鶴が表情を変える。
知尋に向けてぺこりと頭を下げ、
「それから、申し訳ありません。かなめの件は私の監督不足です。対抗戦が全て終わった後にもよく叱っておきますので」
「あ、はい。……でも、あまりキツくしないであげてください」
「かしこまりました。では、一晩中虐め続ける程度で手を打ちましょう」
……それでキツくない方なのか。
まあ、しかしどうやら志鶴は話がわかるタイプらしい。
もう何もするつもりはない、と態度で示す彼女と並んで退場した。
そして。
『柴鳳学園、全生徒脱落! よって第四種目は柴甲学園の勝利となります!』
数分後、柴鳳学園が惜しくも勝利を逃したことがアナウンスにより報じられた。
☆ ☆ ☆
「……面目ない」
「ホントごめん。いいとこまで頑張ったんだけど」
「いえ、それを言ったら僕だって……」
「私も、結局一人も倒せませんでしたし」
『同じく』
集合した柴鳳学園メンバーは皆、微妙に表情を暗くして頭を下げあった。
――知尋と志鶴、二人が同時に脱落したことにより、フィールドにはルシルと神代、そして柴甲学園の四人のみが残された。
数の不利を見て取ったルシルは物陰からのスナイプで一人を打ち取ったものの、それにより相手は逆に戦意を高揚。もう陣地の防衛は必要ないと、残った三人でルシルに襲い掛かった。
「なんとかもう一人倒したところで、あたしはアウト。悠希なら一対二くらいなんとかなるかも、って思ったけど……」
早稀との交戦で足を痛めたのが響いたらしい。
神代は一人を打ち取ったものの、残る一人の射撃を避けきれずに被弾。ギリギリでの敗北となった。
「神代君、その怪我、治しますか?」
「いや、インターバルも短いし、移動時間もあるだろ。このまま騙し騙しやるよ。時間が経てば痛みも引いてくるだろうしね」
「ふうん。じゃ、ちょっと失礼」
「ちょっ、オーウェル先輩!?」
おもむろにしゃがみ込んだルシルが神代の左足に手を当てる。
彼女は更に、トレーニングウェアを足首の部分から捲り上げて簡易診察を始めた。
「ん、確かにただ打っただけっぽいわね。素人診断だけど」
「ありがとうございます。……でも、いきなり触られたらびっくりしますよ」
その気持ちは知尋にもよくわかった。
しかし、うんうんと頷いていたら華にじろりと睨まれてしまう。何か気に障るようなことでもあっただろうか。
はあ、と、眼鏡の文学少女が息を吐いた。
「ところで。次のサバイバル、って何すると思います?」
彼女の問いには全員が微妙な表情で首を傾げた。
正直、見当もつかない。スタッフからは先程、十五分後に学園敷地内のやや奥まった地点に集合するよう通達があったが……。
華の『略奪』スロットを何に使うかを考えるには「わからない」で済ませるわけにもいかない。
「……奥の方は緑が多いから、そこで何かをするのかな」
鈴のログハウスに行った時のことを思い出しながら呟く。
木や草の多い地形なら『サバイバル』っぽさは出る。
しかし、対抗戦は今日中に終わるらしいのでキャンプや飯盒炊爨をするわけではないはずだと、いつの間にか夕暮れが近づいている空を見ながら思う。
この辺りで時間が気になりだしたので、一同は移動しながら話すことにした。
『サバイバルゲームとか』
「今やったじゃない、思いっきり」
正直、もう銃撃戦は懲り懲りである。
何しろ、迷彩服とトレーニングウェアを着こんでいてなお、着弾した場所にはちょっとした痕が残っている。
今度はエアガンとBB弾だと言われても、一緒だと強く主張したい。
あ、と、同行している四葉が声を上げる。
「もう一つあるわよ」
「なんです?」
「生き残るのは一人だけ。死のサバイバル、みたいな話」
「それ、むしろデスゲームって言いますよね?」
華が半眼で指摘すると、四葉はくすっと笑みを浮かべた。
直後、彼女は真顔になって小さく呟く。
「……さすがに死人は出ないでしょうね。少なくとも」
不穏すぎる言葉に、全員が思わず黙り込んだ。
大丈夫なのか、この先に進んで生きて帰れるのか……そんな気分になってくるが、不戦敗はまずい。
何しろ現状、各校が一勝ずつという泥沼の状況なのだ。
ライバルである柴鶴学園に勝つにはここでの勝利が必要。知尋と灰人の賭けを考えても、許せるのは「柴鶴学園以外が勝利すること」までで、もちろんそのためには柴鳳学園が勝つのが一番いい。
「幸い、真里亜ちゃん達は観戦に来てますから、競技内容を聞いてから急いで『略奪』します」
「妥当」
迷ったら鈴の『認識疎外』のままでも構わない。
フィールドを動き回る類の競技であれば腐ることも少ないだろうと、集合場所へ移動した。
「……あ」
というか、指定された場所はあのログハウスだった。
建物の前には楓を含む何名ものスタッフが立ち、代表者および観戦者達はその付近に集まっている。まるでスタッフがログハウスを守っているような配置である。
(あの中でやるわけじゃないんだよね?)
(違うと思うけど……)
あるいは中に誰かがいるのか。
ちさとと声をかけあううちにスタッフが話し始めた。
「それでは、第五種目の説明を始めたいと思います」
ごくり、と誰かが息を飲む音が聞こえた。
もしかしたらそれは知尋自身のものだったかもしれない。何しろ、この第五種目は概要すら非公開になっていたのだ。
隠しておく理由――それは、代表者達になるべく対策を立てて欲しくなかったのか。
「その前に、念のため確認いたしますが、各校五名全員参加でよろしいですか? 説明を聞いた後の人数変更は受け付けませんので、辞退する方は申し出てください」
……悪辣な競技から逃がさないようにするためか。
ざわめく代表者達。彼らもここまで四競技をこなして疲れたり負傷したりしている。緊張の中、脅しをかけられれば怖くもなる。
そんな中、柴鳳学園の面々は比較的落ち着いていた。
先程、四葉から脅しをかけられたお蔭で心の準備ができていたのかもしれない。
「ま、そんなこと言われても、やるしかないですよね」
「……だね」
結局、他校からも脱落者は出なかった。自分の意思で参加を決めたことで各々の表情も引き締まる。
スタッフの脅しは最後の種目に向けた演出だったのかもしれない。
「わかりました。……ではまず、最後の種目のために来ていただいた特別ゲストを紹介しましょう」
特別ゲスト。
その言葉の意味はすぐに明かされた。
スタッフの合図と共にログハウスのドアが開き、中から現れたからだ。
「皆さん、初めまして……ですね」
――静寂。
車椅子を転がしながら現れた、一見、ごく普通の一人の女性。
その姿に、代表者二十名全員が絶句していた。
「……あー、私達、割とマジで死ぬかも」
「あはは……」
ルシルの呟きが洒落になっていない。
何故なら、彼女は。
日本国内において、顔写真や経歴が公開されている「たった一人」の|Sランク能力者(・・・・・・・)だからだ。
どよめきが収まらない中、ショートへアにパンツスーツ姿の女性――楓が進み出て説明を引き継ぐ。
「皆さんには彼女と、そして私の二名に『追い立てられて』いただき、行動不能になった時点で脱落。最後まで残っていた一名――その所属校を勝者とします。これが第五種目、サバイバルの内容です」