※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百六十一話 第五種目・サバイバル<二>

「……そうか」

 

 ダメージが少ない理由、と考えて、やがて思い至る。

 真里亜の『報復』は受けたダメージを攻撃者に返すが、明確に攻撃者がいない場合や使用者本人による自傷時には武器などの器物にダメージが返る。

 クラスで初めて『報復』を披露した際、真里亜はそれでボールペンを破壊した。

 では、ダメージが攻撃者に返るか器物に返るかの基準は何かといえば、害意の有無と使用者の認識だ。

 

「燕条さんの攻撃は、『倉庫からボールを取り出しただけ』っていう扱いなのか」

「……そうです」

 

 華が振り向かずに答えた。

 器物を撃ちだす能力ではなく、門を通してアイテムを取り出す機能の副産物に過ぎないから、明確に「攻撃された」と認識できず、中途半端なダメージが「攻撃者と器物両方」に返ったのだ。

 そんなのありか、と思わなくもないが、実際そうなったものは仕方ない。

 

「何かいきなりボールが飛んできた……って、心のどこかで曖昧な認識をしまっているんでしょう。私もまだまだですね」

 

 真里亜なら違った、というのはそういう意味だ。

 本来の使用者である彼女ならもっと『報復』をうまく使う。あまり、使用者の技量に左右されない能力だと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。

 

「いえ、驚きました。こういう手段もあるのですね」

 

 華に向け、優しく観月が言う。

 

「あなたの能力は、それでも私にとって十分に脅威です。私は一人で皆さんを相手にしなければならないのですから」

 

 華と観月では、たとえ同じダメージでもその重みが全然違う。

 このまま華が能力を使い続けてダメージを入れていけば、観月にもそれなりの負担が及ぶ。別の誰か――例えば、後ろに控えている知尋が挑む際、それはじわじわと効いてくるはずだ。

 

「ですので、申し訳ありませんが対策させていただきます。……そちらで様子を窺っている方も含めて」

「……え。ああ」

 

 観月がちらりと視線をやったのは誰もいない空間。

 一瞬、疑問に思ってからなるほどと納得する。透明化した早稀が一発、奇襲による不意打ちを狙っている。それを観月は発信機を頼りに看破したのだ。

 ただ、端末と発信機の精度にもよるが、見えていない相手を的確に狙うのは厳しいのでは。

 

 と。

 

 おもむろに、上空が暗くなった。

 急に日が暮れたわけではない。観月の周囲全体を覆いつくすように現れたのは大量のバスケットボール。

 それが間髪入れずに「落ちてくる」。

 

「わわっ!? 嘘でしょ!?」

 

 早稀の慌てた声が聞こえた。

 華の後方に居て、少なからず安心していた知尋も同じ気持ちだ。慌てて両腕を頭上にやりつつ、更に後方へと逃げる。

 しかし、バスケットボールの影響範囲からは逃れられない。

 

 ――そして、絨毯爆撃が起こった。

 

 一斉に落ちてきたバスケットボールが人や地面にぶつかり、連鎖反応的にバウンド、おしくらまんじゅうの要領で二次的なプレッシャーを与えてくる。ボールの海に飲まれて足がふらつき、その場に立っているのがやっとになる。

 一分近くが経って。

 ようやく被害が収まった時、知尋の腕は軽い痒みのような痛みを覚えていた。

 『刺激共有』と『苦痛軽減』を通してこれだ。より中心付近にいた華と早稀が受けた痛みはこの程度では済まないだろう。

 

「む、無理無理無理。何これおかしいよ!?」

 

 ショックで精神集中が乱れたのか、姿を現した早稀が叫ぶ。

 透明化の能力を持つ彼女に言われたくはないが、気持ちはわかる。知尋にとっても、この惨状は予想以上だった。

 テレビなどで見た観月の能力は、せいぜい離れた場所に移動したり、ゴムボールを召喚して空き缶にぶつけたりといった程度。それだけでも恐ろしい力だというのに、あの物量だ。

 

 ――既に戦意が尽きかけている早稀から華へ視線を移す。

 彼女も先の攻撃で大きなダメージを受けたようだ。

 トレーニングウェアの上からわかる傷はないが、足はだいぶふらつき気味。身体にも打ち身の類ができているかもしれない。

 

「すみません。ですがこうでもしないと、私は大勢を相手にすることができないので」

 

 一方の観月は平然としている。

 彼女もバスケットボールの爆撃に巻き込まれたはずなのに、髪や服に乱れた様子は一切ない。

 ――自分にバウンドしてきた分は全て『門』で回収、収納したのだろう。

 攻撃が終わり用済みとなったボールも同様に回収したらしく、無数に降ってきたはずのボールは殆ど地面に残っていない。

 

 華の『報復』もほぼ効いていない。

 ボールを射出すらせず「ただ落とした」だけの行為は、『報復』の適用条件をすり抜けてしまったのだろう。

 

「こんな能力、どうやって手に入れたの……?」

 

 早稀の呟きを耳にした観月が微笑んで答える。

 

「小さい頃から、子供向けアニメの『どこにでも行けるドア』に憧れていたんですよ」

「ドアっていうかこれ、ポケットの方まで内蔵してるよね」

 

 自由自在に移動でき、品物の取り出しも自由。

 所有物を撃ちだすことで攻撃まで行える。

 

「別に倒しちゃっても構わないんだよね、とか思ったのが失敗だったかぁ……」

 

 早稀が天を仰いだ。

 生半可なことで観月は倒せないとわかったが、かといって今から逃げても楓の餌食になるだけ。

 進んでも退いても修羅場。楽な道など残されていない。

 はあ。

 華がため息を吐き、早稀に視線を送った。

 

「なら、やるしかないでしょう」

「……そうだね」

 

 半秒ほどの間をかけて二人はタイミングを合わせ、観月に向けて駆け出していく。もちろん、早稀の姿は移動と同時に消失。

 

「素晴らしいです」

 

 華達が一歩、足を踏み出した時点で空間が揺らぎを見せた。

 観月の左右上空に数十のバスケットボール。落とす方法では間に合わないと判断したか、それらが一斉に前方へと射出された。

 ――まずは華に任せる。

 その約束を踏まえて知尋は後退。観月の視認距離ギリギリを保つ。

 

 襲い来る球に向かっていく華は、両腕を使って顔と身体を庇う体勢。次々やってくるボールを防ぎながら進もうとする。

 しかし、防がなければならないボールは一つや二つではない。

 前方、および側面からも襲い来るそれは個々でもそれなりの威力なのに、いくつも集まるとバウンドし、予想外の軌道を生みながら華の身体を覆い隠す。

 

「くああぁっ!?」

 

 圧力の大きさに耐えかね、仰向けに転倒。

 転がるバスケットボールに背中を乗せる形で華は動きを止めてしまう。

 同じく、進行を阻まれた早稀も倒れた状態で姿を現した。

 二人は起き上がれない。

 身体が痛むのか、顔をしかめながら手足を震わせている。

 

(こんなの、数の暴力すぎるよ)

 

 心の中でちさとが呟く。

 二対一。人数の上では華達が勝っていたはずなのに、待っていたのは圧倒的な物量による殲滅だった。

 ……楓よりも観月の方が戦いやすい、というのは思い上がりだったのかもしれない。

 確かに楓は強い。観月と戦ったとしても勝利するかもしれない。

 しかし、所詮「強い個人」に過ぎない楓と観月では強さの質が違う。

 例えば、観月が撃ち出してくるのがボールではなく刃物だったら、華も早稀の既に死んでいるだろう。もしも四校の代表者が全員、この場に揃っていても結果は同じだったはずだ。

 

 ――それこそ、楓のような攻防一体の能力がなければ挑んではいけない相手だ。

 

「……はぁ。和泉君、これでも勝算があるようでしたらどうぞ」

 

 寝転がったまま首を向けて華が言う。

 彼女が下敷きにしていたバスケットボールが他のボールと共に『門』へと消え、背中から地面に落ちた。

 と思えば、華の身体もふっと何処かに消える。同時に早稀もだ。

 

「二人とも、お疲れ様でした」

 

 観月が告げた声からして、戦闘不能と判断されたらしい。

 労わるように呟いた観月が知尋を振り返る。

 

「和泉君は、どうしますか?」

 

 呼びかけられると心に迷いが生まれた。

 華達の戦いを見る限り、観月の守りを強引に突破することはほぼ不可能。ちさととのコンビネーションで狙いをずらす作戦も、相手が広範囲に攻撃できる以上意味がない。

 ……志鶴との戦いで使ったもう一つの切り札も通用するかどうか。

 やるだけやってみるしかないだろうか。

 灰人の奴隷である志鶴ならまだしも、あれを他の人間に使うのは抵抗があるのだが。

 

「……燕条さん。僕はこれから酷い能力を使います」

「酷い、ですか?」

 

 観月はぱちぱちと瞬き。

 

「もちろん、構いませんよ。私は皆さんの攻撃に全て対処するのが役割ですから。どんな方法でも試してください」

「ありがとう、ございます」

 

 少々酷い同意の取り方だが、あの能力を説明することもできない。

 知尋は観月と視線を交わらせると『願望暴露』を起動させた。

 

「っ、これは……っ?」

 

 能力を受けた観月がびくんと震える。

 彼女は数秒、対処に困ったように硬直。それを見た知尋は足を踏み出しかけるも、観月はすぐに「目を逸らす」という最も簡単な対処に至った。

 お返しに数発のバスケットボールが飛んできて、知尋は防御に専念させられる。

 

 ……ふう。

 息を吐く観月の頬が少々赤くなっているのを知尋は見た。

 ちなみに、見えたビジョンは観月と見知らぬ男性――おそらく彼女の伴侶だろう――が仲睦まじく抱き合う姿だった。性癖としては至ってノーマルだが、それでも恥ずかしさはあるだろう。

 

「……驚きました。確かに、酷い能力ですね」

 

 しかし、もう同じ手は食わないと彼女は言外に告げていた。

 予想外の状況への対処が早い。願望から揺さぶる最終手段も効きそうにない。かつ、向こうの手数と攻撃力は非常識。

 

(兄さん。ちょっと、この人は厳しそう)

(……うん)

 

 攻略する方法が本当に思いつかない。

 Sランク。

 トップクラスの『落とし物』というのはこういう人達なのか。

 深海灰人が組織力において並外れたものを持っているように、観月も応用力と物量において突出している。

 『落とし物』のランク付けにおいて、AランクとSランクの間には大きな壁がある。それを今、知尋は肌で実感させられた。

 

 気づけば観月は知尋の相手をしながらも、ちらちら端末に視線を送っている。

 おそらく、片手間に楓の支援――戦闘が片付く度に『門』を開いて次の相手まで送り届ける作業を繰り返しているのだ。

 

「さあ、和泉君。こちらから行ってもいいですか?」

「……いえ。すみません、逃げさせてください」

 

 悔しさを覚えながら告げる。

 観月はそんな知尋ににっこりと微笑んだ。

 

「逃げるのも立派な勇気だと思います。頑張ってくださいね」

 

 本当によくできた人物だ。

 知尋は観月にぺこりと頭を下げ、身を翻して駆け出した。

 向かう方向は大雑把に、今いる位置から正反対の方角。近くの茂みに駆け込めば、その時点で観月の視界からは消える。

 すると、待っているのは別の脅威だ。

 

「知尋か」

 

 茂みに入って約十秒後。すぐ背後から声がした。

 つい後ろを確かめたくなるのを堪えて走り続ける。ふむ、と、姉が一瞬、思案する気配を感じ、即座に決断。

 

(ちさと!)

(うん!)

 

 振り返れない知尋は直接見られないが、彼と楓との間にちさとが出現。

 突然、立ちはだかった知尋とそっくりの姿に、楓は反射的に蹴りを繰り出したようだった。

 

「幻影か。しかし、意思はある……君はどういう存在なんだ?」

「妹ですよ。兄さん……知尋さんの」

 

 二人の会話が更にしばしの時間を稼ぎ、その間に知尋は楓との距離を引き離した。

 

(ただいま、兄さん)

(ちさと、姉さんは?)

(あの場に立ったままだったよ……って、兄さん!)

 

 ちさとの声が突然、緊迫感を帯びる。

 知尋の正面、数メートルの位置に楓の姿がいきなり出現したからだ。

 

「逃げても無駄だ。燕条さんの『門』が私を転送させるからな」

「くっ!」

 

 高速の蹴りをギリギリで右に避ける。

 そのまま走り抜けようとするも、左腕をぐいっと掴まれ突き飛ばされた。だんっ、と地面に叩きつけられる。

 背中にずきりと衝撃。

『刺激共有』によって数分の一になっているにしてはダメージが大きい。

 楓が『ベクトル操作』による補助を受けているせいだ。いくら訓練しているとはいえ女性の力で出せる威力ではない。

 

 反撃は無駄。

 

 即座に身を起こし、楓の方を向いたまま後ずさる。そこに接近しながらの右ストレートが飛んできた。右肩あたりに食らい再び倒れる。

 楓は知尋のすぐ傍で立ち止まり、ゆっくりと見下ろしてくる。

 

「姉さん、神代君はもう?」

「ああ。彼も含めて四人を倒した。……だが、彼は強かったよ」

 

 言って目を細める楓。

 

「側面や背後を取る技術、視線を遮る動きや対応の隙を与えない連続攻撃が格段に上手くなっていた。自分にできる方法で私への対策を練ってきたのだろう」

 

 それでも楓に一蹴された。

 神代、源を含めた計四人が、知尋達が観月と戦っている僅かな間に倒れた。

 

「そして、お前が五人目だ。知尋」

 

 死の宣告のごとき言葉が淡々と紡がれた。

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