※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百六十三話 第五種目・サバイバル<四>

「そうですか。では、楽しませてくださいませ!」

 

 縦ロールを揺らし、まどかが右拳を振りかぶる。

 大きく踏み込みながらの一撃は意外にも堂に入っている。ただ、どうにも動きが素直かつ大仰すぎる。

 知尋は余裕をもって腕を持ち上げ、ストレートを手のひらで受け止める。

 と、接触部に熱。

 

「っ!?」

 

 ぱっと腕を引くと、そこに鋭い蹴りが飛んできた。慌てて後方に下がる。つま先が胸に当たるギリギリを通過した。

 危ない。

 まどかの能力『加熱』を失念したまま戦うところだった。

 かなめが『端末』で使用したそれは、全身接触してなおじわじわ体力を奪う程度のものだったが、まどか本人が使うと全く別物だ。一瞬触れただけでも熱さが伝わり、下手をしたら火傷してしまいそうだ。

 痛みを感じる域に至れば『刺激共有』が発動するため、知尋に関してはその心配はないが。

 

 はぁっ。

 まどかが悩ましげに息を吐き、胸に手のひらを当てた。

 

「身体が火照って仕方ありませんわ。……和泉知尋さん、冷ましてくださいますか?」

 

 わざと誤解させる言い方をしているのだとわかっていても、どきっとする仕草。

 

「悪いけど、他を当たってくれないかな」

 

 答えて、知尋は一歩踏み出す。

 

 ――まどかとの戦いは蹴りを主体にした方が良さそうだ。拳だと相手の手に受け止められた際に直接熱を感じてしまう。もし受けられても靴越しなら大分違う。

 

(ちさと)

(うんっ)

 

 知尋と重なるように出現した妹が知尋の動きより早く前進する。

 これで、まどかが釣られてくれれば簡単に蹴りを直撃させられる。

 しかし。

 不意に、背後から知尋に近づく気配。

 

「その幻影も、射撃戦なら通用したかもしれませんが」

 

 細い腕が首に回され、女の子の胸や身体の感触が伝わってくる。

 

「大人しくお嬢様の歓待をお受け下さい」

 

 つかさだ。

 あからさまに目立つまどかを囮にし、いつの間にか知尋の背後を取っていたらしい。

 痛めている右腕は用いていないため振りほどくのは簡単そうだが、その前にまどかが再び接近してきている。

 ちさとが表情を沈ませ、知尋の中に戻ってくる。機動戦に持ち込めないのなら、彼女には動きのバックアップに回ってもらう方がやりやすい。

 

「両手に花、楽しんで構いませんわよ?」

 

 嫣然と微笑み、つかさとは逆、正面から知尋に接近。

 抱き着こうとしてくる彼女の顎を狙って蹴り上げるも、軽いステップでかわされた。

 ……余裕を持ってはいるが、油断はしていない。

 

「あら。つれない態度ですのね」

 

 今度こそ、まどかの腕が知尋の身体に回された。

 背中のつかさごと抱きしめ、柔らかな乳房を押し付けてくる。まどかの身体は肉感的で、『加熱』の副作用か鼓動も早い。つかさの方は身体の起伏こそ乏しいものの、その分全身の密着感が強かった。

 

 ――平常なら喜んでも良さそうな事態だが、残念ながら今は。

 

「熱っ……!」

 

 腕。胸元、腹、下腹部。

 まどかと密着した場所から体温の域を越えた熱が伝わる。

 トレーニングウェアのお蔭で肌の露出が少ないのは幸いだが、着衣程度では熱伝導を完全には遮れない。

 蒸すような熱気が全身を、思考を茹で上げる。

 興奮よりも先に危機感が来た。

 

「如何です、わたくしが得意とする拷問技は?」

「こんなこと、他の人にも……?」

「ええ、まあ。殿方を相手にするのは二、三回目といったところですが。そうそう、かなめを相手に全裸で行った時は、あの子、五分もせず泣いて謝ってきましたっけ」

 

 当たり前だ。素肌で五分も密着されて耐えられるのは余程の我慢だ。真里亜ですらクリアできるか怪しいと思える。

 しかし、ということは、第三種目でかなめが取った行動はまどかの真似だったのか。

 

「でも、これじゃ磐木さんまで」

「お気になさらず。私は慣れていますので」

「慣れてるって言ったって」

 

 慣れにも限度がある。

 まどかの剥き出しの手はつかさの背中に回っているわけで、彼女の負担だって少なくないだろうに。

 つかさの行為は主従、献身によるものなのか。

 

「それに、他人を気にする余裕はないと思いますが」

「その通りですわ」

「っ」

 

 まどかが知尋の身体を押し、つかさが引く。

 両側からの誘導に、知尋は二人の少女に挟まれたまま地面へ倒れ込んだ。

 とさっ。

 つかさがクッションになったため痛みはない。しかし、まどかの身体はより強く密着し、伝わる熱もその分強くなる。

 足に力が入らなくなった分、拘束を振りほどくのも難しい。

 

 このままでは、じわじわ熱に体力を奪われて気絶する運命だ。

 

(兄さん。暑さも『共有』しようよ)

(いや。それは愛華達に負担がかかりすぎる)

 

 暑さ、熱さは傷や痛みとは別の、独特な負担がある。それまで分担して愛華達が倒れでもしたら本末転倒、ダメージも共有できなくなる。

 

(でも、このままじゃまずいよ)

(わかってる)

 

 密着を剥がすためにもがく。すると、まどかとつかさは知尋越しにより強く抱きしめあって拒んでくる。

 二人は足まで絡めてきているため自由が利かない。

 

 くすっ。

 

 知尋を見下ろすまどかが笑い、舌で自身の唇を舐めた。

 

「さあ、もっと楽しませてくださいな」

 

 彼女の顔が近づいてくる。

 

「な……っ」

 

 第三種目での華の行動が思い起こされた。

 ――あの時の行動がまどかの真似なら、こうなるのは当然の流れだ。

 そう理解すると同時に、少女の唇が知尋に重なった。

 熱い。淹れたての緑茶に直接、唇をつけたような感覚。

 

「……うわ、羨ましい」

 

 地面に転がった生徒の一人、確か柴甲の生徒だったはずの男子が呟く。それなら代わって欲しいくらいだったが、もちろんそんなことができるはずもない。

 つぷ、と舌が入ってくる。

 まどかは身体構造すら常人と違うのか、あるいは『加熱』の能力にはまどか本人の保護も含まれるのか。舌すらもかなりの熱さを持っている。どころか、とろりと流し込まれる唾液までが熱い。

 外と内から蒸し殺される。

 

 ぴちゃ、ちゅぱ……。

 

 熱と、柔らかな肉の拘束で思考が鈍る。

 更にはつかさまでが後ろから知尋の耳を噛んできて、わけのわからない感覚が身体を駆け巡る。

 『願望暴露』は。

 無理だ。まどかは今、目を閉じている。先程から知尋を視認してはいても、直接目を合わせようとはしていない。かなめと志鶴がこの手でやられているのだから、当然、彼女なりの対策を取ってきている。

 

「っ!」

 

 もはや手段を選んでいる余裕はなかった。

 知尋は衝動のまま、口内にあるまどかの舌を思いきり噛んだ。

 

「~~~っ!?」

 

 まどかが目を見開き、舌を引き抜いて頭を離す。同時に知尋を抱く腕の力もかすかに弱まった。

 涙目で睨まれるのを感じながら、可動範囲の狭い腕を動かし、まどかの背中へ爪を突き立てる。更に拘束が緩んだので、頭突きと体当たりの要領で無理矢理まどかを突き飛ばした。

 

「きゃぐっ!」

 

 尻餅をついた拍子にもう一度舌を噛んだらしい。

 女の子にこんな真似をするのは罪悪感に苛まれるが、先に強引な手に出たのは向こうだ。

 そう、自分に言い聞かせながら、一人になったつかさの拘束を振りほどく。

 立ち上がった。

 つかさも遅れて立ち上がるが、それでは遅い。彼女が身構える直前を狙って回し蹴りを放つ。こちらも準備時間が足りないため威力は完璧には遠かったが、直撃したそれはつかさを数歩分、吹き飛ばして地面に倒した。

 

「この……!」

 

 振り返れば、まどかが立ち上がって拳を構えたところだった。

 

「わたくし達を傷物にした責任、取ってもらいますわよ」

 

 舌を痛めたせいで実際は呂律が回っていなかったが、さすがにそれを指摘する気にはならない。

 と、思ったら、傍で観戦中のルシルが呟く。

 

「うわ、言えてないし。可愛い」

「うるさい! ぶっ殺しますわよ!?」

 

 叫んだ勢いのままに拳が飛んでくる。

 とんだとばっちり――と思いきや、先程のかなめと同様、怒りのせいで動きが単調になっている。まどかの拳の軌道から外れつつ、全力の踏み込みと共に右ストレート。

 ずきん、と。

 久々のリミットオーバーに腕がかすかな悲鳴を上げる。このダメージも愛華達に共有されているため、簡単に腕が使えなくなることはない。

 上半身、乳房を避けた狙いは的中。

 

「かはっ!」

 

 まどかは背中から倒れて息を吐いた。

 

「お嬢様を痛めつけるのもいい加減にしてください!」

 

 息つく暇も無い。

 今度はつかさが襲い掛かってくる。全体重を乗せた蹴りを、知尋は後退してかわそうとして――。

 とん。

 

「え」

 

 背後から押されて「前に」つんのめった。

 ごっ!

 つかさの膝あたりが脇腹に直撃。知尋だけでなく、狙いが前側に逸れたつかさも驚きの表情を浮かべる。

 その反応を見るに、知尋が押されたのは彼女にとっても想定外らしい。

 

「おっと。すまない、触れてしまったか」

「ぐ……姉さん」

 

 姉、楓の仕業。

 

「指宿さんや、他の人達は?」

「倒した。残っているのはここにいる面々だけだ」

 

 彼女はあっさりと答えると、ぐるりと周囲を確認する。

 更に、端末に軽く視線を向けて。

 

「どうやら今、立っている者が勝者候補で間違いないらしいな」

「って、そこまでわかってて一方に肩入れするわけ!?」

 

 ルシルが胸を押さえながら叫んだ。

 知尋とまどか、つかさが居る地点に差はない。ここまで来たら楓は傍観していても構わないはずで、むしろ手を出す方が勝敗を操作することになりかねない。

 厳密に、ほんの少しでも観月に近い方を狙う、というのなら話は別かもしれないが。

 楓は端末を操作しながら、

 

「いや、ここまで来て勝敗に関わる気はない。さっきのは不注意だ。謝罪する」

「謝ればすむ問題じゃ……」

 

 ふっ、と。

 ルシルに万里歌、志鶴、ほか戦闘不能になった生徒達の姿が次々に消えていく。彼女達の消えた跡には一瞬、空間の揺らぎが見えた。

 端末で観月と連絡を取って回収したのだろう。

 残ったのは知尋とまどか、つかさ。そして楓の四人だけ。

 この短い会話の間にまどかも立ち上がり、姿勢を正してしまっている。

 

「わたくし達が有利になるなら、もっと加勢してくれても構いませんけど?」

「いや。さっきのは私から二度も逃げてくれた弟への意趣返しだ。これ以上は私の役割を逸脱することになる」

 

 一回なら許されるというものでもないだろうに。

 きっぱり言い切られると誰も突っ込めない。何しろ、この場にいる三人が束になっても楓には敵わないのだ。

 

「そうですか。では、自力で勝つといたしましょう」

 

 まどかはあっさり頷いて、おもむろに右手を持ち上げる。

 何をするのかと思えば、彼女は背中の上部に手をやって、そこにあるホックとファスナーを――。

 

「って、何をっ」

 

 とにかく止めようと動けば、つかさに割って入られた。

 仕方なく繰り出した拳が、つかさの左ストレートと期せずして衝突。両者とも動きを止める結果となった。

 その間に、まどかはファスナーを下ろしてトレーニングウェアをはだけている。

 白い肌が惜しげもなく空気中へ晒される。『加熱』の効果か、全体がほんのりと赤く染まって見える上半身は、この上なく淫靡だ。

 

「これで、さっきよりも私の熱を感じてもらえますわ」

「それだけのために?」

「どうせ、この場にはあなた以外、女性しかいませんもの」

「ログハウス内のモニターも、発信機を元に高精度で表しているだけだ。姿まではわからないな」

 

 不特定多数に裸を見られる心配はない。

 灰人の奴隷であり、彼の調教を受けているであろうまどかも、最低限の羞恥を持ち合わせていたことにほっとする。

 ただし、状況は決して良くなかった。

 

「はっ!」

 

 つかさによる捨て身のタックルを、両手を使って押し返す。その間に接近したまどかが知尋の右腕を抱き寄せてきて、焼けるような熱さがやってくる。

 慌てて振りほどき、左拳で肩を叩いた。オーバーパワーの一撃にまどかが吹き飛ぶ。代わりに肩に触れた部分から熱で体力が奪われる。

 

「……はぁっ」

 

 息を吐く。

 身体が限界に近い。負傷ではなく疲労の問題だ。

 

「ふふ。動きが大振りになってきていますわよ」

「二対一は、さすがに辛いようですね」

 

 何度も打撃を与えたはずの二人が態勢を立て直す。

 もう倒れてもいい頃合いのはずだが、おそらくは意地なのだろう。負けられないと、意志の力で立っている。そういう時は平時以上のしぶとさが出ることを知尋はよく知っている。

 

「なら、我慢比べだ」

 

 それは、知尋にとっても得意分野。

 

「本当は諦めて欲しいんだけど」

「できないことがわかっておいででしょう?」

「そうだね、ごめん」

 

 同時に襲い来る二人。

 つかさへ全力の蹴り。防御の上から入り、つかさが腹を押さえた。まどかの手が頭をホールドしてキスをしてくる。

 くらり、と倒れ込みそうになるのを堪え、柔らかな乳房に直接爪を立てる。それでもまどかは離れない。舌を入れてくる気配もないので、仕方なく相手の唇を噛んだ。

 

「調子に!」

 

 身を離したまどかの回し蹴り。回避できるタイミングではない。敢えて食らいながら右肩を殴った。

 

「ああああっ!」

 

 叫びながらつかさが突進してくる。キリがない。

 

 ――そこから、だんだんと一方的な攻撃ではなくなっていった。

 

 まどかの指摘通り、適切で的確な打撃が出せなくなり、攻撃が大振りになった。お蔭で二人分の攻撃を処理しきれず、いくつかの攻撃は食らうしかなかった。

 肩、胸、腹……能力で軽減してもゼロにはならない。痛みとダメージが蓄積し、疲労と相まって重くのしかかる。

 だから止まれなかった。

 止まったら倒れるのがわかっていたから。

 そしてそれはまどか達も同じだっただろう。

 

(苦しいよ、兄さん)

(ごめん、ちさと。もう少しだけ)

 

 一人の身体を二人分の精神力で動かしてなおギリギリ。それ程、柴鶴学園の両生徒はしぶとかった。

 やがて、戦闘行為がただの反射と化し、自分が何をしているのか意識に上らなくなる。

 

 そして。

 

「……ぁ」

 

 かくん、と。

 不意に折れた足を立て直せない。

 前のめりに倒れこみながら、知尋はそのままゆっくりと意識を失っていった。

 

 だから。

 

「倒れたのは向こうの二人の方が速かったな。……知尋、お前の勝ちだ」

 

 そんな楓の声を、知尋自身が聞くことはなかった。

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