定番のクリスマスソングを口ずさみつつ、包丁を動かす。
じゃがいもは食感の残る大きさで乱切りに、人参と玉ねぎはみじん切りにし、フライパンで軽く火を通す。そうしたらまとめてボウルに移して、後でオムレツの具に。
……後はチーズでも入れよっかな。とろけるやつ。
こうして料理をしていると、ついつい笑顔を浮かべてしまう。昔から好きではあったのだが、最近は特に楽しくて仕方ない。食べてくれる人がいるとこんなにも違うものなのか。
メイド服のお蔭もあるかな、と李狐は思う。
元は家事仕事のための作業着だけあって、身に着けていると気が引き締まる。もう、これなしでは生きられない身体になっている気さえする。
ハマったきっかけは偶然だったが、メイドという役割が性に合っているようだ。
誰かに仕え、その人のために生きる。
柴鳳に入学したころには考えもしなかった生き方が、今では李狐の理想になってしまっている。
それも、愛する人に仕えられるなら猶更いい。
もっと知尋の役に立ちたい。知尋に頼られたい。李狐なしでは生活に不自由するくらい、彼の生活の根幹に関わりたい。
「……あー、やっぱ重症だなあ、あたし」
「風邪でも引いたの? いくら、ご主人様のお力に守られてるとは言っても、身体を冷やすのは良くないわ」
「あ、先輩」
ショートへア、とは形容しづらい程度に髪が伸びてきた三年生。端正な容貌、澄んだ瞳にどこか気の強そうな光を浮かべ、黒羽四葉が台所の入り口に立っていた。
「電話終わったの?」
「ええ。私の予定はキャンセルになったから、今日は泊まっていくことにするわ」
李狐の問いかけに答えた四葉は、言い終わると同時にくすりと笑う。どこか皮肉めいた表情は「こうなると思った」とでも言いたげだった。
彼女は今日、婚約者の鳳と食事をする予定だった。だから、学園から近いこの場所で時間を待っていたのだが、どうやら鳳の仕事が終わらなかったらしい。
「おっけ。じゃあ、今日は全員揃うね」
今日はクリスマス・イブ。
鶏肉とケーキを思いっきり食べていい日……もとい、特別な夜ということで、どうせなら皆で集まろうということになっていた。
もともとマンションに住んでいる真里亜、知尋、鈴に李狐はもちろん、愛華と華、それから遠方に住む知尋のセフレ二号、七瀬まで一緒にクリスマスを祝う手筈だ。
四葉はちょっと顔を出すだけの予定だったが、最後まで参加できるならその方がいい。
「何か手伝った方がいいかしら?」
「大丈夫。今日はあたしの仕事あんまりないし」
チキンは人数分を用意するのが大変なので、大手ファーストフードチェーンに注文してある。これは知尋と愛華がデートがてら取りに行ってくれている。
また、ケーキは都内のお店で七瀬が買ってきてくれるらしい。飲み物はどうせビールを買うからと鈴の担当、お目付け役に真里亜が付いている。
なので、李狐が作るのはオムレツとサラダ、スープくらいだ。
「だから、先輩は御宿さんとレズってていいですよ」
「ちょっと、西崎さん! それは私の扱いが酷くないですか!?」
割と親切で言ったつもりだったが、居間の方から抗議が来た。
と、四葉が首を傾げて。
「あら。華は私が相手では不満ですか?」
「え。いえ、してくださるなら物凄く嬉しいですけど」
……結局嬉しいんじゃん。
相変わらず面倒臭い性格だとため息。ついでに、四葉の餌食になりそうな華の冥福も祈っておく。
何しろ、四葉は小声で呟くには。
「ふふ。女の子を思いっきり責めるの、前から興味があったの」
「お手柔らかにね。ご飯食べられなくなったら元も子もないし」
「大丈夫、心得ているわ」
にっこり笑い、四葉は台所から姿を消す。どうやら本当に華と寝室に行ったようで、食事の少し前になって二人して出てくることになる。
華の疲れ切った嬉しそうな顔からして相当激しく抱き合ったらしいが、詳細はあまり知りたくなかった。
四葉達がプレイに興じている間、李狐は食事の支度を続ける。
二つのテーブルに白いレースのクロスを敷き、食器を並べる。居間の飾りつけは華と四葉が前もって終わらせてくれている。
並行してスープを煮込み、サラダを作り終えたところで知尋達が帰宅。
調理中も聞き耳を立てていたお蔭で、知尋と愛華が玄関に現れたところを出迎えられた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。愛華様」
メイド服のエプロンに両手を置いて恭しく一礼すると、二人は揃って頬を染める。
「あはは。ただいま、李狐」
「ただいま。……もう、李狐ちゃん。愛華様はやめてよね」
愛華に叱られた李狐はぺろっと舌を出した。
もちろん、愛華への呼び方はちょっとした悪戯心だ。とはいえ知尋の『奴隷』である李狐が、知尋の『恋人』である愛華を呼ぶとしたら、本来はそんな感じになるはずなのだが。
かしこまった呼び方は、愛華を『奥様』と呼べる日まで取っておこうか。
「あ、二人とも。寝室は先輩たちが使ってるから邪魔しないであげてね」
李狐から話を聞いた二人は、先にシャワーを浴びてしまうことにしたようだ。
食事が始まってしまえば、その後は女性陣全員参加の知尋争奪戦になるだろうから、今のうちにいちゃいちゃしておけばいい。
「李狐さん。聞いてくれませんか」
「ん? ああ、ちさと。どしたの?」
知尋達が浴室に消えたところで、台所にちさとが現れた。
どうにかして『受肉』しようと日々悪戦苦闘する彼女だが、今日は幻影の強みを生かしてサンタコスを身に纏っていた。
ただ、紅白のおめでたい衣装の割に浮かない表情だ。
「兄さんと愛華さん、私が中にいるの忘れてるみたいにラブラブなんですよ……」
「……あー、なるほど」
それは辛い。
愛華が正妻だというのは理解も納得もしていても、目の前で二人の世界を延々作られたら胸も痛くなる。ちさとの場合は逃げ場もないから余計だろう。
慰めたくても触れないので、せめて愚痴を聞いてあげていると、鈴と真里亜も買い出しから帰ってきた。
「ただいまー。クリスマスだし、シャンパンも買ってきちゃった」
にこにこしながら瓶を取り出す彼女に、思わずジト目になった。
「いいけど、ちゃんと一人で飲んでよね?」
「えー。皆で飲もうよ、折角だし」
「保護者が何言ってんのよ」
「李狐ちゃんのケチ」
ぷくっと頬を膨らませつつも嬉しそうな鈴。
もちろん、李狐だって満更ではない。鈴の我が儘も李狐の小言もじゃれ合いの一種、本気……で言ってはいるけれど悪意はない。
二人のやり取りを見た真里亜はくすくすと笑っていた。
絶対、鈴の暴走を止められたのに止めなかったに違いない。まあ、本当にヤバい暴走だけはきっちり止めてくれているだろうと、妙な信頼も寄せてはいるが。
「それ、冷やしとく?」
「んー、いいよ。七瀬ももうすぐ着くみたいだから」
「へ、いつの間に仲良くなったの?」
片や露出癖のある自慰中毒者、片や物づくりが趣味な淫乱――明確に共通点と言えるのは変態なことと成人してることくらい。
そもそも住んでいる場所も遠いから、そうそう接点などないはずだが。
「李狐は知らなかったかしら? この間、鈴さんは七瀬さんの家に行ったのよ。そこで一緒にお酒を飲んだらしいわ」
「へー」
言われてみれば七瀬も酒を飲めるのだ。
そういう意味で、鈴にとっては貴重な仲間だろう。他の面々は皆、まだ未成年。今、三年生の四葉が成人するのにもまだ二年くらいある。
良く知らないが、一人で飲むのも寂しいものなのだろう。
皆が揃うまで先に飲んでいようとする鈴を引き留めたりしているうちに、部屋に据え付けのチャイムが鳴った。七瀬が到着したらしい。
鈴が迎えに出て、一人の女性を伴って帰ってくる。
タイトなスーツに身を包んだ、ハーフアップの女性。
……一目見て「うわ、美人だ」と思った。真里亜を始め、知尋の周りにいる女は李狐が嫉妬してしまうような子ばかりだ。
李狐は七瀬とは初対面。
直接、話をするのもこれが初めてだ。幸い準備も殆ど終わっていたので、手を洗ってから応対に出る。
「こんばんは。今日は来てくれてありがとございます」
「初めまして。君が李狐ちゃんだよね? よろしく」
微笑んだ七瀬が優しく挨拶してくれる。
どうやら気難しい相手ではなさそうだと気を抜くと、七瀬の手が伸びてきて、素早く身体を抱き寄せられた。
ぎゅーっと、なかなか豊満な胸に押し付けられていると、鈴が。
「あ。その子、バイだから注意した方がいいかも」
なるほど。
彼女も自分たちの同類だと、李狐は妙な納得をしてしまった。
☆ ☆ ☆
「いや、うん。凄い騒ぎだった」
「ですねえ……」
空になった食器やらを片づけながら息を吐くと、傍に立つちさとがしみじみ頷いた。
ご馳走とお酒が揃い、しかも年末で学校もお休みとなれば、パーティが盛り上がらないはずもなく。大声で叫ぶような面子こそいないものの、場はかなり混沌とした様相を呈した。
鈴と七瀬が酒を酌み交わしながら淫らな雑談を繰り広げれば、真里亜が目を輝かせながら参加を求め、華は真里亜への悪影響だと目を細めた。愛華は困ったような顔で笑い、李狐は駄目な大人プラス一名を止めるのが大変だった。
……と、思えば四葉が知尋を誘惑していたり。
騒々しくも楽しかったことは間違いないのだが。
「ちさとはどう? 楽しめた?」
「はい。私も楽しかったですよ。……お蔭で兄さんは食べ過ぎみたいですけど」
知尋が食べた物の味は、同居しているちさとにも感じられる。
そのため、知尋はちさとに求められるままデザートのケーキまでしっかり平らげ――結果、今は食休み中である。
大人二人は飲み過ぎたようで、最上階にある鈴の部屋へ仮眠を取りに行った。契約した割にあまり使われていない部屋だが、こういう時は役に立つものである。
なお、真里亜は入浴中。会の前は知尋と愛華、その後に四葉と華が使っていたため、今のうちに身体を洗っておきたいということだ。
「李狐ちゃん、手伝うよ」
「私も」
「そうですね。黙って座ってるのも気分が悪いです」
「へ、いいの?」
愛華や四葉、華が立ち上がり、てきぱきと皿を片づけていく。
なんと、李狐の手にした分まで掻っ攫っていくではないか。
それでは逆に李狐の仕事がなくなるのだが、首を傾げる彼女に華が告げた。
「西崎さんは少し働き過ぎです。片づけくらい人に任せても罰は当たりませんよ」
更に続けて愛華が笑った。
「知尋君の様子、見てきてくれると嬉しいな」
「……みんな」
三人の気遣いに目を瞬く。
美味しいところを譲ってくれようとしていることは、それ以上言われるまでもなくわかった。
李狐は別に、辛くて家事をしているわけではないのだが。
「ありがと。今日はお言葉に甘えておくね」
素直にお礼を言って、李狐は知尋のいる寝室へと向かった。
☆ ☆ ☆
「ご主人様、調子はどうですか?」
「――李狐。うん、多少楽になったかな。まだ激しい運動は無理そうだけど」
小さくノックしてから入室すると、知尋は起きてベッドに座っていた。
しっかりボタンは留めているものの、上下寝間着だけというラフな姿。そんな彼に手招きされたので、李狐は扉を閉めてから傍まで歩み寄った。
「寝てなくて大丈夫?」
「さっきまで寝てたよ。十五分くらいかな」
「その位じゃ大して……あ、変わるのか」
『睡眠促進』の効果で都合四十五分。確かに、それだけ経てば楽になるだろう。
「片づけは、もう終わったの?」
「ん……愛華達が代わってくれちゃった」
答えた声は、少し暗くなった。
愛するご主人様である知尋に、怠慢を報告しているみたいだったからだ。もちろん、愛華達の好意は嬉しいので、必要のない消沈なのはわかっているのだが。
と、知尋は「そっか」と頷き、李狐を手招きしてくる。
既に前に立っている李狐を更に招く理由といえば。
ぽんぽん、と知尋が自分の膝を叩く。
意味を察した李狐は、自分の頬がかあっと熱くなるのを感じた。
「じゃ、じゃあ……失礼します」
知尋に背を向ける形で、彼の膝に尻を乗せた。
少し不安定だが、それは後ろから腰に回された手によって解消された。
「いつもお疲れ様、李狐。李狐のお蔭で本当に助かってる」
「……ご主人様」
とくん、と胸が揺れた。
……あたし、安い女だ。
こんな一言だけで、なんだか全て報われた気分になってしまう。背中から服越しに伝わる温もりだけでまた頑張れそうな気がしてくる。
もっともっと、彼のために。
『献身』なんて能力を得たのは偶然だと思っていたが、案外、こういう性格のせいなのかもしれない。
でも、それでいい。
自分の全ては彼に捧げると、とっくの昔に決めたのだから。
「何か、してほしいことない?」
囁かれた李狐は、一瞬考えてから問い返した。
「したいことでもいい?」
「もちろん」
「じゃあ、ご主人様。ご奉仕、させてください」
振り返りつつ正面の床に跪けば、彼の目が淫らなことをする時の目に変わったのがわかった。