……どうしてこうなった。
神代悠希は今、目の前で起こっていることが信じられなかった。というのも、三人の魅力的な女の子達が何やら言い争いをしているのだ。
彼女達は全員が神代の知り合いである。
しかも、今いる場所は寮近くのスーパーで、彼女達の言い争いの原因に神代があながち無関係でもないというのだから、もうどうしていいのかわからない。
「やっぱこういう時は可愛くチーズフォンデュとかじゃないですか?」
「手間がかかる割に腹が膨れないじゃない。チーズが食べたきゃ宅配ピザでも注文する方がよっぽどマシよ」
「いや待て。西洋の行事だから洋食というのは早計だ。例えば寿司――そうだな、手巻き寿司なんていうのはどうだ?」
ともすると中学生に見えそうな背丈の、気の強そうな少女。
一目で天然とわかる金髪を持ち、瞳にしっかりとした意志を宿した少女。
すらりとした長身をした、凛とした佇まいの娘。
湯瀬朱香にルシル・オーウェル、白峰沙雪。
柴鳳学園の生徒会副会長および風紀委員長、プラス風紀委員メンバーという、肩書きだけでも豪華な面々が問題にしているのは食事のメニュー。
彼女達三人に神代、という不思議なメンバーでのクリスマスパーティのための相談、である。
女の子三人と一緒のクリスマス。
普通なら喜ぶべきところなのかもしれないが、神代には少々気が重い。
揃いも揃って気の強い子達なせいか先程から一歩も譲らぬ言い争いが続いていること。そのせいもあって周囲の視線が痛いこと、等々がその理由である。
ともあれ、いつまでも他人の振りをして傍観してもいられない。
神代はおずおずと三人の間に割って入る。
「まあ、皆で食べられれば何でもいいんじゃないかな」
「ふむ。ならば」
「悠希が一番食べたいものが何か」
「教えなさいよ」
うっ、と神代は言葉に詰まった。
言い方がまずかったか。皆で仲良くしてほしかったのだが、ここで新たな意見を出せば余計に紛糾しそうだ。
こういう時、和泉知尋ならどうするか。
ふと、対抗戦を共に戦った友人――だと神代は思っている――の顔が思い浮かぶも、彼がこの場にいるはずもなく。
三つの視線が突き刺さる中、視線を逸らすと厚切りの豚肉が目に入った。
「……カツ丼、とか」
「………」
神代の呟きに、三人が瞬き。
「カツ丼?」
「あ、ああ。できればソースカツ丼じゃなくて卵とじの方で」
言っていて、クリスマスと全然関係ないことに気づいたが。
揚げた豚肉を食べやすい大きさに切り、玉ねぎと共に似て卵でとじたカツ煮を、丼に持ったほかほかのご飯の上へ。
そんな料理が美味しくないわけがない。
神代は健全な男子高校生。特に食欲は人一倍旺盛な方なので、がっつり系のメニューは大の好物である。
「ふむ、カツ丼か」
「……なるほどね」
提案を聞いた沙雪達は何やら思案顔になる。
騒がしかった面々が揃って黙り込むとそれはそれで怖い。
「いや、無理にとは言わないけど」
「いいわよ、別に丼物でも」
「本当に?」
「嘘言ってどうすんのよ」
ルシルの発言に問い返すと、朱香がふんと鼻を鳴らした。
うむ、と沙雪が頷き、精肉売り場の棚へ視線を巡らせる。
「ただ、さすがに季節感がなさすぎる。ここは、こちらでどうだろう?」
彼女が手に取ったのは鶏肉。
「って、ことは」
「そう、親子丼だ」
☆ ☆ ☆
事の発端は数日前、柴鳳学園の終業式でのこと。
「ねえ、神代悠希。あんたイブの日って暇?」
「イブ? ……ああ、クリスマスイブか。特に予定はないけど」
始業式以来、何かと関わる機会が多く、現在は風紀委員会でも一緒の朱香がイブの予定を尋ねてきたのだ。
それに対し、神代は素直に答える。
舞阪は何やら「お邪魔だから」と遊びに誘っては来なかったし、知尋は忙しそうなので誘いづらい。早めに帰省するか、いつも通り訓練でもしようと思っていたところだった。
と、朱香は「そっか」と頷いて話を切り出してくる。
「なら、私とクリスマスパーティしない?」
「え」
「あ、勘違いしないでよ? 沙雪先輩も一緒。二人っきりじゃないから」
「あ、ああ。なるほど」
慌てて頷く。
良かった、と思った。
いくら相手が朱香――仲良く会話するより拳を交わす方が多いような相手であっても、さすがに女の子と二人きりは気まずい。神代とも朱香とも気心の知れた沙雪がいてくれるなら言うことはない。
食事をしながら格闘の話でもしたらきっと楽しいだろう。
「わかった。俺は構わないよ」
「よし、じゃあ決まりね」
そんな風にあっさり決まった予定だったのだが、昨日になって事情が変わった。
『ねえ悠希。明日とか暇?』
ルシルから電話でそう誘われた。
先約があると断っても良かったと思う。
しかし、ルシルも神代にとって見知った仲。沙雪にしても交流のない相手ではないだろうと、良ければ一緒にどうかとパーティに誘った。
『へえ。じゃあ、お言葉に甘えようかな』
ルシルも快諾し、一件落着かと思いきや、蓋を開けるとこれである。
先の言い争いも喧嘩ではないにせよ、女の子三人の制御は荷が重い。舞阪にでも相談したら「爆発しろ」と言われるのだろうが……。
「うむ。我ながらいい出来だ」
「こっちも。やっぱりパーティにポテトは定番でしょ」
「ん、この鮭もいい感じ」
それでもなんとか話がまとまり、寮の狭いキッチンを沙雪達が占領。いくつもの料理をてきぱきと作り上げた。
メインの親子丼は和食を得意とする沙雪が担当。卵はふわふわ、仕上げに三つ葉まで散らした見目麗しい品が出来上がった。
ルシルは生のじゃがいもからポテトを調理。揚げて塩を振るだけの簡単な品だが色合いは抜群で、見るからに美味しそうだった。
そして朱香がサーモンをメインとしたサラダを担当。自家製のドレッシング付きである。
近所のケーキ屋で買ったホールケーキも付け、十分すぎるご馳走である。
「それじゃあ」
「ほら、悠希」
「号令しなさいよ」
「俺なのか。……じゃあ、失礼して」
小さなテーブルに料理を所せましと並べ、皆で囲む。
神代は箸を手に元気よく宣言した。
「いただきます!」
……結局、クリスマス色はほどんどなかった。
まあ、女の子達もあまり気にしないことにしたようで、軽く息を吐いた後に「いただきます」と笑顔で続けてくれた。
会が始まれば、後は和やかに進んでいく。
主食をどんと据えたのが良かったか、料理の奪い合いも発生しない。
つゆの味の染みた鶏肉と卵、玉ねぎにご飯を一緒にかきこみ、サラダで胃もたれを和らげ、合間にポテトをつまむ。カツ丼もいいが、沙雪作の親子丼は納得の味だった。
「そうだ、オーウェル。お前、今年の対抗戦も地味な戦い方をしていたな? もっと持ち前の格闘技を見せればいいものを」
「あー、私のは技だけだから、ガチ勝負だと力負けするわよ。……それに、第五種目では思う存分使ったって。見てたのは当事者だけだろうけど」
「へ? 副会長さんってそんなに強いんですか?」
「朱香、ルシル先輩は何種類も格闘技を修めてるんだよ」
そして案の定、話題は色気のない方向へ。
ルシルが付いてこれるか少し心配したものの、彼女とて『天才』的な格闘センスの持ち主。風紀委員組の濃いめの話題にも平然とついてきた。
……こういうのも悪くはないな。
スーパーでの困惑もどこへやら、神代は思う。普段は不破や他の男達と切磋琢磨することが多く、華やかな場には縁遠いのだが、柴鳳の女の子は案外、柔軟な思考を持っているものだ。
「そういえば副会長さんって、どうして今日は神代悠希と?」
「ん? うん、そういうのも面白そうかなって。ほら、悠希はいい男だしね」
と、八割方中身の減った丼を置いてルシル。
わざとらしく、微妙に身を近づけてくる彼女に神代は硬直する。
「る、ルシル先輩?」
「冗談だって。そうあからさまに動揺されると面白くなっちゃうでしょ」
幸い、ルシルはくくっと笑って食事を再開してくれる。正面の朱香から鋭い視線が飛んでくるのを感じつつも、ほっと一息。
かと思えば沙雪がぼそりと呟く。
「成程。案外、抜け目がないな。てっきり、オーウェルは生徒会の新人に目をかけているのかと思ったが」
「和泉君ですか」
戦う男としては迫力の足りない少年の顔が思い浮かんだ。
「んー……まあ、知尋もいい子だとは思うけどね」
金髪の少女は苦笑しながら箸を止めた。
「競争率高杉でしょ。そもそもあいつ彼女いるし、ライバルも何人かいそうだし。あと頼りがいがちょっと足りないかな」
更に、彼女は仕事面での評価だの容姿の細かい部分だの、生徒会での言動だのを挙げていく。
第一印象としては楽しげに酷評されている感があったが、神代はむしろ、良く見ているんだな、と思った。本人の言葉を信じるなら異性としてではないのだろうが、少なくとも後輩や友人としては買っているのだろう。
「というわけで、対抗戦でMVPを取った悠希の方がお買い得でしょ」
「MVPか。あれは風紀委員の仲間として誇らしかったな」
「恐縮です」
殊更、自分から誇るものでもないので広く口外はしていないが、一応、神代はそんな名誉ある賞を与えられていたりする。
所属する柴鳳学園が対抗戦に勝利したことはもちろん、第一種目で貴重な一勝をもぎ取ったこと、第三種目でも安定した仕事を果たし、第四種目では相性の悪い白浜早稀を撃退、第五種目ではAランクの楓相手に健闘した。
頑張りを称えるものとして、学園からは購買や食堂用のチケットを貰った。体育祭や学園祭で貰った分と合わせると実はかなりの額になり、かさむ食費を抑えるのに大いに役立っている。
ふん、と、朱香が鼻を鳴らした。
「神代悠希は胸を張ってればいいのよ。あんたが凄いのなんて、皆知ってるんだから」
「朱香」
「な、何? 私、悪いこと言った?」
「いや」
ただ嬉しかっただけだ。
「ありがとう」
「なっ……」
素直に気持ちを伝えると、朱香は真っ赤になって俯いてしまった。
やはり自分達の間柄ではこういうのは照れ臭かったか。しかし、感謝はきちんと伝えておかないと相手に悪い。
「……ふふ」
「……あはは」
不意に沙雪とルシルが吹き出した。
顔を見合わせて笑う二人を、朱香がきょとんと見つめる。神代も彼女と見つめあい、二人して首を傾げた。
「では、私はそろそろお暇するとしよう」
「ん、私も帰ろっかな。沙雪、途中まで付き合いなさいよ」
「いいだろう。腹ごなしに散歩したかったところだ」
更に三十分ほど経った頃、沙雪とルシルが相次いで立ち上がった。
「送りましょうか?」
「構わない。ホストはホストらしくゆっくりしているといい」
神代の申し出はあっさりと棄却された。
「じゃあ、私も一緒に」
「いいって。用事もないのに無理に帰ろうとしなくても。それに……ね?」
「う……はい」
立ち上がろうとした朱香はルシルに制止される。
何やら二人のやり取りに意味の取れない部分があったが何だったのか……。
先輩達を見送った後、神代が首を傾げていると。
「ね、ねえ。神代悠希」
正面から名前を呼ばれた。
朱香が居住まいを正し、正座した足に両手を乗せて見つめてくる。
顔が赤い。
何故だろう。彼女がいつもより可愛く見えた。
思えば、今日の彼女はお洒落をしている。白地に赤の映えるワンピースに、落ち着いた色のストール。厚手の黒タイツという出で立ちで、もしかしたら薄く化粧も施しているかもしれない。
神代とのクリスマスパーティ如きのために、そこまで?
「私達も初めて会ってから大分経ったじゃない?」
「え。ああ、そうだね。始業式からはもう半年以上か。早いな」
始業式当日に出会った日が懐かしく思える。
「……あの時は本当に悪かった。信じて貰えないかもしれないけど、わざとじゃないんだ」
「いいわよ、もう。私だって気にしてないし。蒸し返さないで」
つん、と顔を背けられてしまった。
失敗したか。
何やら機嫌を損ねてしまったらしい。やはり女の子の心の機微は難しい。それはまあ、胸を触られた話なんて何度もされたくはないだろうが。
「ああもう」
今度は朱香が下を向き、何やらぶつぶつと呟き始めた。
こんなこと言いたいわけじゃないのよ、とか、そんな声。なんとなく邪魔するのが憚られてそのまま待つと。
「神代悠希!」
「あ、ああ」
勢いに飲まれて頷くと。
かつてないまでに顔を真っ赤にした朱香が、もはや必死といった感じで、決定的な言葉を告げてきた。
「私、あんたのことが好き。ずっと前から好きだったの! だから私と付き合って下さい!」
「―――」
何気なく始まったクリスマスイブのパーティ。
それが、彼にとって大きな人生の転機になるものなのだと……神代は今、この時になってようやく気づいたのだった。