知尋は大テーブルの入り口側、真ん中あたりに座らされた。左隣――ある程度距離は離れているが――に老人が座っており、右斜め向かいにナタリー、知尋の正面付近に灰人が座る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
観月が湯気の立つコーヒーを知尋に手渡し、知尋の右隣に腰かけた。
全員が着席するのを待っていたように老人が口を開く。
「まずは自己紹介といこうか。私は加賀見(かがみ) 賢三(けんぞう)。研究者だ」
「えっと、柴鳳学園一年の和泉知尋です」
少し迷ってから立ち上がろうとしたら「そのままでいい」と手を振られた。
くすりと、ナタリーが声を漏らした。
「さっき紹介されてたけど、あたしはナタリー・バロウズね。研究者」
「で、俺達の紹介はいらないな?」
「はい。でも、あなたとナタリーさんは……?」
先程の情事を見る限り、ただならぬ関係に見えるが。
施設の重要人物が灰人の『支配者』に侵されている、とかだったら目も当てられない。
と、知尋の懸念に、金髪の研究者は肩を竦めて見せた。
「大丈夫よ。あたしにはカイトの能力は効かないから」
「そうなんですか?」
加賀見が詳しい説明をしてくれる。
「彼女の能力『インスピレーション』は感性を強化し、直感で正しい答えを導き出すもの。要は我が強すぎて洗脳など効かん、ということだ」
「そ。だからあたしがカイトとハグしてるのは個人的な好み」
やっぱり駄目じゃないだろうか。
まあ、この場にいる面々を見る限り、研究者二人以外はVIPかそれに準ずるレベルの者達。研究には灰人の協力も要るのだろうが。
しかし、それにしても。
「ナタリーさんも『落とし物』なんですね」
「あたしだけじゃないわよ?」
「え」
知尋は目を丸くしながら加賀見を見た。
還暦を迎えていそうな高齢――『落とし物』が現れた前世紀末でさえ結構な歳だったであろう彼は、厳かに頷いてみせた。
一般人と『落とし物』の存在比率は若年層ほど『落とし物』側に傾く。
彼ほどの高齢ともなれば極端に珍しい存在のはずだが。
「私も『落とし物』だ。能力は『知識庫』。得た知識を忘れず整理して記憶することができる」
舞阪の『集積』を強化したような力だ。
荒事には全く向いていない代わり、頭脳労働においては無類の威力を発揮するだろう。研究者として重宝されるのもわかる。
「この歳になってこんな場所にいられるのも能力のお蔭だろうな。……まあ、どこぞの小娘が遊び呆けていなければお役御免だったかもしれないが」
「ジーニアスの寿命は短いのにね」
ナタリーも加賀見の言葉に同意。
のんびり人生を謳歌しているジーニアス――微妙に聞き覚えがある気がしたが、話が逸れるのでいったん置いておく。
ずず、とコーヒーを口にしてから更に尋ねた。
「それで、その。僕は何をすれば?」
「うむ。それにはまず、我々の研究内容を説明した方がいいだろうな」
「もう見たと思うけど、あれよ」
示されたのは部屋の奥。
入った時にちらっと見た『何か』だった。
席を立って目を凝らせば見える。石だ。サッカーボールほどの大きさの石が一つ足のテーブルへ無造作に置かれている。色は茶がかかった白。かと思えば光の加減で透明にも見える。
おそらく、ただの石ではないのだろうが。
「簡単に言えば隕石、って奴だな」
灰人が言った。
彼の言葉に楓と観月が続ける。
「ある意味では水晶とも言える」
「地球上の物質にはありえない成分を含み、ありえない組成を持った物質ということです。……いえ、あるいは生物なのかも」
生命活動に似た現象――常温で放置しているのに内部温度が変化する等、不可思議な部分があるらしい。もう何年も研究を続けているものの、そのメカニズムはまだまだ解明しきれていない。
隕石。
地球上にない物質、あるいは生命。
飛来したのは、少なくともこの施設ができるよりも前、研究が始まるよりも前で、関わっている者達は皆『落とし物』。
知尋の脳内でいくつもの情報が交わり、一つの形を作る。
「じゃあ、あれは、もしかして」
「そうだ。あれは前世紀末、運命の月に地球に飛来したものに他ならない」
加賀見の声は決して知尋を怖がらせようとか、無暗に威厳を持とうというものではなかった。むしろ淡々としてさえいたが、だからこそ、彼の言葉が真実で、彼にとってはもう既知の事実なのだと理解できる。
知尋は、しばらく言葉を発することができなかった。
「もちろん、ここで話したことは他言無用でお願いね。外に漏れたら大変な事になるから」
「………」
観月の言葉に黙ったまま頷く。
ゆっくりと、必死に事実を理解し、受け止めて――再び尋ねる。
「恐怖の大王は来なかったって」
「表向きはそうなっているわ。でも、本当は違う。実際には一九九九年七月のある日、地球上に複数の隕石が飛来していた。あの隕石はそのうちの一つ――日本とアメリカの間、海上に落ちたものよ」
「世界が滅びなかったのだから、一般的な見解も間違いではない。同時に、あれが恐怖の大王でないという確証もないが」
つまり。
「あの隕石と、『落とし物』が生まれたことには関係があるんですか?」
「その通りだ」
☆ ☆ ☆
一九九九年七月、某日。
地球上の各所へ、ほぼ同時に幾つかの隕石が飛来した。その後、世界各地で超常能力を持つ人間が発見されるようになり、彼らはやがて『落とし物』と呼ばれるようになった。
これが、世界の真実。
ある日偶然とされている『落とし物』誕生の原因。
隕石の存在は、ある理由から当時の各国首脳陣によって共同で隠蔽され、『落とし物』の誕生は偶然として処理された。その後、隕石は落下地点に近い強豪国がそれぞれ所有して研究を進めているものの、決め手は未だに見つかっていない。
「ある理由、というのは」
「混乱が起きる可能性があるからだ。なまじ『隕石の影響』などと、ある程度現実的な原因を突き付けられれば、即座に終末論が蔓延する可能性もあったからな」
時節も悪かった。
ならば、原因不明。調査中、としておいた方がまだ夢がある。
実際、物語の中の出来事が現実になったと喜んだ者もいただろう。もちろん悲しんだ者も多かっただろうが、無駄に原因だけわかったところで仕方ない。
そして、一般には秘匿したまま隕石を研究していたのは。
「『落とし物』を普通の人間に戻す方法を見つけるため?」
「それから逆も、ね」
ナタリーが笑みを浮かべたまま恐ろしいことを言う。
「……『落とし物』を、戦争に使うんですか?」
「あら。そんなこと、日本以外の国ではたくさん起きているわよ? 日本だって、武力を全く必要としていないわけじゃないでしょう?」
人を後天的に『落とし物』にする技術、潜在的な『落とし物』を覚醒させる技術が確立すれば世界は変わる。
変革以前の世界に戻るのか、それとも『落とし物』が新たな人類の形となるのかは、形作られる大きな意思次第だろうが。
とにかく話は理解した。
「でも、それじゃ僕なんかができることは」
てっきり、ちさとを研究するのかと思った。
しかし、彼女も単なる能力の産物。それを研究したところで隕石の解明とどう結びつくのか。
では、知尋の役割とは何なのか。
「『落とし物』の心を読んでほしい」
加賀見がそう告げた。
「心を、読む?」
「そう。君の『読心』の力を貸してほしい」
目を瞬く。
……わけがわからなかった。
加賀見も、ナタリーも、観月も、楓も、灰人も。冗談だとは言わない。真顔のまま、知尋を見つめている。
楓や灰人の心は読めないけれど、他の者達の心は先の発言が真実だと告げている。
どうして、よりによって『読心』なのか。
あの力は、学園でも馬鹿にされるような、取るに足らないもので。
「心を読む能力者なんて他にもたくさんいるはずです」
当然の疑問に、加賀見は全く動じなかった。
「もちろん試したさ。何人も、な」
例えば、疑似的に心を読める人間ならこの場にもいる。楓のベクトル操作で感情の向きを読み取ったり、灰人の『支配者』を使えば相手に素直な自白を促すことだってできる。
口が堅いと信頼できる『落とし物』にも片っ端から協力を依頼した。
しかし、その悉くが失敗した。
加賀見の表情が苦いものに変わる。
「読めなかったんだ。彼らには『落とし物』の意思が」
「なら、僕にだってその人の心は」
「人?」
何故か妙なところで聞き返された。
言葉の端を訝しげに繰り返した加賀見は「ああ、そうか」と呟く。
「肝心なことを伝えていなかったな」
「え?」
「私が言った『落とし物』とは人物ではない。確かに『落とし物』という呼称は我々、能力者のことも指すし、能力そのもののことも指すから紛らわしいが」
彼の視線が部屋の奥に向けられる。
そこにあるのは当然、加賀見達の研究対象。
過去に地球へと飛来した隕石。
「あれだ。あれが本来――というか、元々『落とし物』と呼ばれていたもの。我々がもつ能力者の起源とされる『生きた物質』のことだ」
いったい、いくつ驚けばいいのか。
確かに理屈ではある。宇宙から来た物。天からの落とし物。隕石をそう呼ぶのはごく普通のことだ。
「……あはは」
まさか『落とし物』という単語のルーツすらもそこにあったとは。
学園でも教えてくれないことが目白押しだ。こうした事実を、例えば鳳はどこまで知っているのだろうか。
もしかしたら全く知らないかもしれない。
また、あの隕石の心を読もうとしたというのもわかる。
物であっても生きているのなら。心があるならそれを読み取ることができるかもしれない。
宇宙の意思を理解する、そんな夢物語を実現できるかもしれない。
でも。
「……できません」
知尋は首を振った。
加賀見は怒らず、静かに問い返してきた。
「どうしてかな?」
「あれには『目』がないからです。僕の力は目を合わせないと使えませんから」
「なるほど。確かに」
厳かに頷く加賀見。
その反応に、知尋はどこかほっとする。世界の根本に関わるような大事に加担しなくて済む、そんな気持ちから。
しかし、話はそう簡単ではなかった。
「もちろんそれはわかっている。だが、可能性はあると我々は考えている。そして、長年試行錯誤を続けてきた結果として、おそらく君にこそ、これまでで最も大きな可能性があると」
どくん、と心臓が跳ねた。
知尋の『読心』に可能性がある。
そんなことを言われるのは久しぶりだ。真里亜と初めて会って『契約』を持ち掛けられた日、それから知尋の能力が皆との絆だと明かされた日。
どちらの時も戸惑った。
今回は、それらの時以上の動揺があった。
「理由を、聞かせてもらえますか?」
一同が知尋を見ていた。
一線級の研究者が。SランクとAランクの『落とし物』が、どこかに期待を込めて。
期待されているのなら。
――やれるだけはやってみたい、と。
思ってしまうのが和泉知尋という人間だ。
「簡単よ」
今度はナタリーが答える。
「キミの能力は『読心』って言われてるけど、実際は『共感』って言った方がいいものなんでしょ? キミの能力を調査した人からの、妙に詳しいレポートに書いてあったわ。それを見る限り、あたしもカガミもその子と同意見だし」
だから、と彼女は続けて。
「多分、他の『読心』能力者――他人の心を読んでやろうって連中とは違う結果が出る。そういう連中の能力は『あれ』だって嫌がるだろうけど、心を理解して共感しようとしてくれる子を適当に扱ったりはしないでしょ」
誰だって、自分に好意的な相手を無碍にはしにくい。
あの隕石が本当に心を持っているのなら――そして、その心が人に似たものであるのなら、という前提条件付きだが。
「世界中で……っていうと大袈裟だけど。少なくとも日本とアメリカで、この考え方を実践できるのはキミだけ。だから試しにやってみて欲しいわけよ」
「試しに、ですか」
「駄目でもともと、ということだな」
と、これは加賀見。
いずれにしても、もう『読心』系のアプローチには何度も失敗している。ここで失敗しようと知尋を責める気はないし、成功したら大金星。
そういう試みなのだと彼は説明してくれる。
「どうかな、和泉知尋君。我々に力を貸してくれないか?」
「……はい」
少し考えてから知尋は頷いた。
大きな責任はない。その上で頼られている。
なら、特に断る理由が思いつかなかった。
「やらせてください。うまくいく自信はないですけど」
「お前ならそう言うだろうと思ったよ」
灰人にそう言われると微妙にイラっとした。