※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百七十五話 隕石との交信 1

「それで――具体的にはじっとあれを見てればいいんですか?」

「見たり、触ったり、舐めたりしてくれればいいわ。一日五時間くらいかしら」

「ご、五時間……」

 

 決して難しい作業ではないが、結構な長時間である。

 まずは一応、形式的なものとして契約書を作った。国が主導する実験に同意しこれを行うこと、守秘義務に違反しないことなど、細々書かれた紙を一読してからサイン。

 実験場所でもあるこの島は無国籍の場所。

 厳密には日本の法律もアメリカの法律も意味を為さないので、本当に「形式的」なものらしい。

 とはいえ、実験の報酬としてこの旅行の費用を研究所側が負担することもしっかり盛り込まれている。両者が契約を履行する意思表示という意味では重要だろう。

 

 契約が終わるとナタリーが手近なPCを操作した。

 透明な壁の一部がしゅっと縦にスライドし、隕石への道が開かれる。

 知尋が中に入ると灰人が振り返って。

 

「何か用事が出来たらこっちにアピールしろよ。あと、この部屋からトイレは若干遠いから気をつけとけ」

「……わかりました」

 

 デリカシーもあったものではない忠告にとりあえず頷く。

 そのまま隔離空間内に向かおうとして、加賀見に呼び止められた。

 

「和泉君」

「……はい?」

「あれは危険な物ではない、というのが我々の見解だが、一応気をつけるんだ。万が一……」

 

 一瞬、言い淀んだ加賀見をナタリーが見た。

 

「カガミ。わざわざ不安にさせるようなことを言う必要があるかしら?」

「……いや」

 

 老研究者は首を振り、知尋に「気をつけて」と告げた。

 透明な壁が再び閉じ、外の音が殆ど聞こえなくなる。ただし天井に通風孔はあるようなので酸欠の心配はなさそうだ。

 

(兄さん。私、その辺りで特訓していていいかな?)

 

 肉体を持って実体化するためのイメージトレーニングである。

 

(他の人の気が散らない程度にね)

(うん)

 

 ぽん、と近くに出現し目を閉じる妹をよそに、知尋は隕石へと近寄った。

 やはり一見、ただの石である。色合いなどはまあ、地球外の物質だというのなら「そういうこともあるだろう」で済むレベル。

 ――恐る恐る触れてみると、普通に冷たかった。

 人肌程度に暖かかかったりということもなし。加賀見達の言う通り、普通に感じられる範囲では何もわからないようだ。

 

 ふうっ。

 

 息を吐き、知尋は隕石を見つめた。

 ごつごつした表面の一点を見定め、視線を動かさないまま待つ。

 十秒、二十秒……一分。

 何も起こらない。

 

「……うーん」

 

 少し拍子抜けしてしまう。

 しかし、当然といえば当然だ。もともと加賀見達も「五時間」などという長時間を指定しているし、今日一日で終わらせるつもりもない模様。即座にどうにかなる方が驚きだ。

 

 ――長期戦が前提。

 

 知尋の『読心』は相手と目を合わせなければ効果がない。その上で知尋に依頼が来た以上、可能性はあるのだろうが、その可能性を掴むにはおそらく、隕石に自分から「目に相当する器官」を向けてもらう必要がある。

 何しろ、知尋には隕石のどの部分も同じにしか見えないので、こちらからは探しに行けない。

 目を開いてこちらに向き合ってもらうには待つこと。

 これまでの研究や実験で『彼』または『彼女』はきっとうんざりしているはずだ。自分を無理矢理どうにかしようとする者達に。

 

 だから、知尋が「彼らとは違う」ことを姿勢で示さなければならない。

 無理を通そうとするのではなく、まずはじっと待ってみる。そうして害意がないことをアピールする。

 加賀見達の意図もそういったことで合っているはずだ。

 

「……よし」

 

 そういうことならと。

 知尋は隕石の置かれたテーブルから少し離れて床に座った。

 座った姿勢からでも隕石が見える状態を作り、ただじっと見つめる。あるかどうかもわからない反応を待ちながら。

 

 ……とにかく視線を逸らさないことだけを心掛けて。

 

 長い時間が流れた。

 ただ座って待つ、というのはかなり辛かった。一分が五分にも十分にも感じられ、眠気と同時にそれなりの疲労も襲ってくる。

 こんなことをして意味があるのか。

 なんて、弱気な思考が浮かんでしまうのもマイナスだ。なるべく真摯な姿勢で臨まないと相手に伝わるかもしれない。

 せめて悪意の無い妄想は許して貰おうと、脳内で隕石に手足を生やして動かしたり、擬人化してみたり、目と口を付けてみたりしつつ時を過ごして。

 

「和泉君、とりあえずお昼にしましょう?」

 

 開いた壁から観月に呼びかけられた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「で、何か収穫はあったのか?」

「いえ、何も」

 

 日本製のカップ麺――ラーメンやらパスタやらうどんやら具入り味付きごはんやら――で食卓を囲みながら、知尋は灰人の問いに首を振った。

 あそこで座っていたのは二、三時間だろうか。

 気づいたら観月に呼ばれた有様で、当然何の変化もありはしない。おそらく、誰かが後ろで監視していたはずだと思うが。

 

 何もなかったです、だけではあまりにアレなので、先程考えた知尋の見解を伝えてみる。待つのが意思表示だ、という奴だ。

 

「……うむ。効果的かどうかはともかく、これまでの能力者にはなかった発想だな」

 

 今のは馬鹿にされたのだろうか。

 どこか安心しているように、もっともらしく頷いた加賀見に尋ねてみる。

 

「何か別のことをした方がいいですか?」

「いや、構わんよ。君のしたいようにしてみるといい。現状、我々の知恵ではお手上げ、八方ふさがりなのだからな」

 

 加賀見の『知識庫』を活用した正攻法のアプローチ、分析。

 ナタリーの『インスピレーション』を使った突飛な方法論、実験。

 灰人や楓を始めとする者達の能力。

 

 いずれも駄目だったからこその現状だ。いっそナタリーでも思いつかない、というか端から切って捨てるような「素人任せ」の方法論に突破口を見出したくもなるというもの。

 

「わかりました。じゃあ、引き続きやってみます」

「そうしてくれ。……ああ、何なら君の妹の分析もさせてもらえると有り難いが。本題とは全く別にそちらも興味がある」

「すみません、できるだけ兄さんのすぐ傍にいたいのでお断りします」

 

 ちさとがわざわざ実体化してそう答えた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「ね、知尋君。どんなお話だったの?」

「……ごめん、詳しくは口止めされて言えないんだけど、研究というか実験に協力して欲しいって話だったよ。それで、五時間くらい座ってきた」

「へ、何それ」

「んー、座ったままじっとしてるだけの簡単なお仕事というか」

 

 四人ずつに分かれた夕食の席にて。

 李狐が箸を持つ手を止め、きょとんと首を傾げる。ディナーメニューは朝昼よりも種類が多く、彼女が口にしているのは煮物メインの和定食である。

 一方、知尋のメインはハンバーグ。昼がカップ焼きそばだったので、暖かいまともな料理にほっとする。

 

「それ、もう仕事じゃないじゃん」

「そうですか? 楽にお給料もらえるならいいじゃないですか」

 

 華がミートソースパスタを口に運びながらあっけらかんと言った。この場合、現金ではなくこの旅行そのものが給料である。

 と、愛華が五目炒飯をスプーンで掬って、

 

「ふふ。真里亜なら逆に、辛い仕事を進んで引き受けるかもね」

 

 むしろ、ただ座ってるだけの仕事でも放置プレイに早変わりするかもしれない。

 

「でも知尋君、それって役に立ってるの?」

「……ん、どうかな」

 

 ハンバーグ――李狐達の料理には遠く及ばないものの中々美味しい――を箸を切り分けつつ、知尋は曖昧に答えた。

 あれから、更に隕石を凝視し続けたものの、やはり変化は見られなかった。

 加賀見達は「好きなようにしていい」と言ってくれたものの、もう少しアプローチの仕方を考えた方が良い気もする。

 せっかくだから愛華達の意見も聞いてみようか。

 

「えっと……例え話なんだけど。言葉もジェスチャーも通じない人が自分の世界に閉じこもってたとして、どうやったらこっちに興味を持ってもらえるかな?」

 

 知尋の質問に三人の少女が目を瞬いた。

 数秒後、それぞれ思い思いの答えが返ってくる。

 

「ひっぱたくとか」

「そうですね、お腹が空いて動き出すまで待ってればいいんじゃないですか?」

「ええと、私だったら肩を叩いてみるとか……笑ってみる、とかかな」

 

 食事後に残りの四人にも聞いてみたところ「脇腹をくすぐる」「大きな声を出す」「相手の言葉を勉強する」「相手の大切な物を人質に取る」などの意見が出た。

 どれが誰の意見かは言わずもがな。

 過激派に属する灰人信奉者、プラス李狐の意見はちょっと採用しづらそうだが……。

 

「ありがとう。参考にしてみるよ」

 

 知尋は皆に笑顔でお礼を言った。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 皆から出た意見は概ね「視覚以外からのアプローチ」に関するものだった。

 特に、触覚と聴覚。

 言葉が通じなくても音は聞こえるかもしれないし、動けなくても感覚はあるかもしれない。声をかけたり触れたりすれば、何らかの効果があるかもしれない。

 もちろん、人と鉱物(?)では同じように行くとは限らないが。

 

「あの石、持ってもいいですか?」

「ああ。ハンマーを使っても壊れないのは確認しているから、好きなように扱ってくれていい」

 

 加賀見から了承を貰い、新しい試みを加えることを決意。

 なお、島に来て三日目――研究に参加してからは二日目、朝食後に研究室へ向かうと、昨日と違い観月の姿が無かった。プライベートの予定もあるため、彼女は一日に数回、軽く顔を見せる程度になるらしい。

 灰人に「俺だけじゃ不満か?」とか言われたものの、正直、彼はいてもいなくても構わない。というか、どっちにしろ楓が一緒である。

 

「よいしょ、っと……」

 

 隔離空間に入った知尋は隕石に両手で触れ、そっと持ち上げた。

 ずっしりとした重みが腕に伝わる。情緒のない例え方をすれば、漬物石でも持っている感じだ。

 それを抱きかかえて座り、膝に乗せた。

 

「ここからどうするの、兄さん?」

 

 実体化したちさとが隕石を覗き込みながら尋ねてくる。

 

「どう、ってこともないんだけど。ちさと、このまま世間話でもしようよ」

「お話? いいけど……」

「ほら、すぐ傍で楽しい話をされてたら気になるかな、と」

 

 声を聞かせるにしても延々と話しかけ続けるのは鬱陶しいかもしれない。

 あくまでも相手に興味を持ってもらう前提で考えるなら、敢えて隕石そのものを意識しすぎない方がいいのではないか。

 

「なるほど。天岩戸みたいな感じだね」

 

 ちさとがこくんと頷き、知尋の正面に座った。

 

「それで、どんなお話がいいかな?」

「ん……『落とし物』の話がいいんじゃないかな」

 

 少しでも自分に関連のある話の方が興味を引くだろう。

 知尋は膝に乗せた隕石を撫でながら、ちさとと共に、記憶に残る『落とし物』の話を語っていった。

 灰人達が聞いている可能性を考えて裏事情は省き、覚えている限りで最も古いもの――楓との思い出から一つずつ話していった。

 二人が持っている記憶は基本的に同じもの。だから思い出話は非常にしやすい。また、二人に分かれてからの体験の差や性別の差、微妙な性格の違いから感想が分かれたりするので、当人達としても無意味ではなかった。

 

「楓さんの能力は本当に凄いよね」

「うん。個人で完結する能力としては最上級だと思う。……お蔭で、僕としては複雑だったな」

「そうだよね。そこは、私にとっては過去のことだからなあ」

 

 楓に続いては、テレビで見たり道で見かけたりした『落とし物』の話。

 知尋が小さい頃はまだ『落とし物』の存在が今ほど浸透していなかった。同時に絶対数も少なく、時折見かける彼らはまるで物語の世界の住人のようだった。

 自分もあんな風に。

 昔は単純に憧れていた。むしろ、実際に『読心』を手に入れてからは、心を読まれることを嫌った人々からの無視や虐め、姉の能力との格差に悩まされた。そしてそれは、能力者養成学校である柴鳳に入っても続いた。

 

 西崎李狐との確執。

 あの少女からは特に目の敵にされ、その影響でクラスメートからも敬遠されていた。李狐からの攻撃自体は訓練に紛れている部分もあり、表立って批判されることは殆どなかった。

 こういう言い方をするのは良くないが、あの神代や愛華だって正面から助けてはくれなかったのだ。

 

「……懐かしいね」

「……うん」

 

 今となっては懐かしいと言える。

 知尋にとってもあの頃のことはもう過去の話だ。

 

 李狐を含めたクラスメートの能力を一つ一つ思い返した後、六月にやってきた転校生、深海真里亜の話題に。『自己治癒』と『報復』。能力として見れば個人で完結しきっていた彼女は、その実、自らの全てを委ねられる主を求めていた。

 

 それから1-Aの少女、御宿華。神代のライバル、湯瀬朱香。鈴に七瀬、四葉達生徒会メンバー。それから沙雪を始めとする風紀委員。

 果ては対抗戦で出会った他校の生徒達、そして深海灰人と燕条観月まで。

 思えばよくもまあ、これだけの『落とし物』と出会ってきたものである。

 能力の感想や対戦経験まで丁寧に触れていくと、時間がいくらあっても足りないほどだ。ついつい、昼食は中で食べさせてもらい、ちさとと延々話し続けてしまった。

 

「和泉君、今日はそろそろ終わりにしなさい」

「あ、はい」

 

 気づけば規定の五時間が過ぎていたらしい。

 ちさとと頷きあった知尋は、相変わらず膝の上に乗ったままの隕石を見つめた。

 

「君のことも、いつか思い出になるのかな」

 

 なんて。

 感傷的というかなんというか。

 芝居がかった台詞で語り掛けた直後のことだった。

 

「―――ぇ」

 

 殆ど何の前触れもなく。

 まるで電源が落ちるように、意識が途絶えた。

 気を失った後――自分の身体が倒れたのかどうかすら、知尋にはわからなかった。

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